第43話 勝敗に拘らず
伊勢へ向かう道。
秋の風が、冷たかった。
立花の旗が、進む。
宗茂は、馬上で——前を見ていた。
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「殿」
十時が、隣に並ぶ。
「なんだ」
「……本当に、よかったのですか」
「何が」
「家康殿の誘いを——断って」
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宗茂は、答えない。
しばらく——道を見ていた。
「十時」
「はい」
「お前は——どう思う」
十時は、少し間を置く。
「……正直に言えば」
「言え」
「西軍に、勝ち目は薄いと思います」
「そうだな」
「兵力も——諸将の結束も——」
「そうだな」
「それでも——」
「ああ」
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十時は、しばらく黙る。
「……理解できません」
「そうか」
「殿は——なぜ」
宗茂は、馬を止める。
振り返る。
後ろに——立花の旗が、並んでいる。
「十時」
「はい」
「秀吉公は——何をしてくれた」
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十時は、答えない。
宗茂が、続ける。
「柳川を——くれた」
「……はい」
「鎮西一、と——言ってくれた」
「はい」
「立花を——天下に認めてくれた」
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一拍。
「その恩を——忘れて、勝ち馬に乗る」
宗茂は、前を向く。
「それが——武士か」
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十時は、しばらく——
馬上で、考えていた。
やがて。
「……わかりました」
「そうか」
「理解はできませんが」
「構わない」
「ついていきます」
「知っている」
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行軍が、再び動き出す。
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その夜。
野営地。
薦野増時が、宗茂の前に来た。
家老。古参の重臣。
「殿」
「増時か」
「……申し上げたいことが」
「座れ」
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焚き火の前。
増時が、座る。
その顔が——真剣だった。
「殿」
「なんだ」
「西軍には——勝ち目がありません」
「知っている」
増時が、目を見開く。
「知って——おられるので」
「ああ」
「それでも——」
「ああ」
⸻
増時は、しばらく——火を見る。
「……殿」
「なんだ」
「柳川が——なくなります」
「そうだな」
「民が——苦しみます」
「……そうだな」
「誾千代様も——」
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宗茂が、増時を見る。
増時は、続ける。
「誾千代様も——路頭に迷われます」
「……知っている」
「それでも——」
「ああ」
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増時は、膝に手を置く。
「……なぜ、ですか」
静かに、問う。
怒りではない。
本当に——理解したいという目だった。
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宗茂は、火を見る。
しばらく——黙っていた。
「増時」
「はい」
「お前は——道雪殿を覚えているか」
「……当然です」
「紹運殿も」
「はい」
「あの二人は——」
一拍。
「勝てる戦しか、しなかったか」
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増時が——
目を閉じる。
「……いいえ」
「岩屋城は——」
「勝てない戦でした」
「それでも——紹運殿は」
「……戦いました」
「なぜだ」
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増時は、答えない。
宗茂が、続ける。
「義のために——動いたからだ」
「……」
「勝ち負けより——大事なものがある」
「それが」
「それが——立花だ」
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焚き火が、揺れる。
増時は——
長い間、火を見ていた。
⸻
やがて。
「……わかりました」
「そうか」
「ついていきます」
「増時」
「はい」
「お前は——柳川に残れ」
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増時が、顔を上げる。
「……殿」
「柳川を——頼む」
「しかし——」
「誾千代一人に——任せられない」
一拍。
「お前がいれば——安心だ」
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増時は、しばらく——
宗茂を見ていた。
その目が——揺れている。
「……承知」
小さく、頷く。
「必ず——守ります」
「ああ」
「殿も——」
「ああ」
「……ご武運を」
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増時が、去る。
十時が、近づく。
「……聞いていました」
「そうか」
「増時が——泣いていましたよ」
「そうか」
「珍しい」
「……そうだな」
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宗茂は、火を見る。
道雪の顔が——浮かぶ。
紹運の顔が——浮かぶ。
「……二人なら、どうしたか」
小さく、呟く。
答えは——分かっていた。
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同じことを——したはずだ。
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翌日。
石田三成との接触。
三成が、宗茂の前に来る。
切れ者の目。
計算する目。
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「立花殿——よく来てくれた」
「御意にて」
「兵は」
「二千五百」
三成が、頷く。
「伊勢方面を——頼みたい」
「承知」
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三成は、宗茂を見る。
しばらく——
「立花殿」
「なんだ」
「……なぜ、来た」
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宗茂は、三成を見る。
「義のために」
短く、言う。
三成は——
少し間を置く。
「勝ち目が薄いと——知って」
「知っている」
「それでも」
「ああ」
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三成は——
その目が、少し——変わった。
計算する目ではなく。
何か——別のものが、宿った。
「……立花殿は」
「なんだ」
「道雪殿に——似ているな」
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宗茂は、答えない。
ただ——
その言葉を、胸の中で——
転がした。
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道雪殿に——似ている。
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「……そうであれば」
小さく、呟く。
「本望だ」
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天下が——動いていた。
立花は——義のために、その流れに入っていく。
勝ち負けは——関係ない。
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それが——立花だった。
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次回、第44話「西軍へ」——伊勢方面、立花が動く。
この話の核心は二つです。
一つは薦野増時との会話。増時は怒って進言しているのではなく、本当に理解したくて聞いている。その真剣さに宗茂が応える。「義のために動いたからだ」という言葉が、この物語全体のテーマを改めて言語化した瞬間です。
もう一つは石田三成の「道雪殿に似ているな」という一言。三成は計算高い人間として描かれることが多い。しかしこの場面では、計算を超えた何かを感じている。宗茂という男の器が、三成の目にも映った——そういう場面にしたかった。
次の44話は伊勢方面での戦いです。しかし宗茂の主戦場は大津城になります。関ヶ原本戦には間に合わない——その皮肉な運命へ向かっていきます。
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