第41話 天下の風
【第四章 義の人】
勝ち負けより、大事なものがある。——宗茂は、知っていた。
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帰ってきた。
柳川。
秋の水路が、光っている。柳が、揺れている。
「……変わっていない」
馬を止める。しばらく——ただ、見ていた。
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城門前。
誾千代が、立っていた。
「お帰りなさい」
「……ただいま」
二人は、それだけ言った。それで——十分だった。
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城内。
誾千代が、茶を出す。
宗茂は、縁側に座る。
花宗川の水音が——聞こえる。
「……静かだな」
「はい」
「朝鮮とは——違う」
「当然です」
誾千代が、隣に座る。
「露梁の話——聞かせてもらえますか」
「……長い話になる」
「時間はあります」
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しばらく——水面を見ていた。
「島津と——共に戦った」
誾千代が、少し間を置く。
「……父上の仇と」
「ああ」
「後悔は」
「ない」
一拍。
「敗軍を討つは——武家の誉れにあらず」
誾千代は、頷く。
「……殿らしい」
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夜。
眠れなかった。
天井を見る。
柳川に戻るたびに——眠れない。静かすぎて。
だが——今夜は、違う理由だった。
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天下が、動いている。
秀吉が死んで——誰もが、次を見ている。
家康が。三成が。諸将が。
「……どう動く」
独り言。誰も、答えない。
だが——
宗茂の中では。すでに——答えが、あった。
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翌朝。
誾千代と、花宗川を歩く。
水が、流れている。民が、頭を下げる。子供が、走る。老人が、笑う。
「……これだ」
「何が、ですか」
「守るべきものが——ここにある」
誾千代は、水を見る。
「はい」
「だから——間違えられない」
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誾千代が、宗茂を見る。
「……何かを、決めましたか」
宗茂は、答えない。
水の音が、続く。
「誾千代」
「はい」
「お前は——どう思う」
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誾千代は、しばらく——花宗川を、見ていた。
「立花は」
静かに、言う。
「秀吉公に、育てていただきました」
「ああ」
「柳川も——秀吉公から、いただきました」
「ああ」
「ならば——」
一拍。
「答えは、一つです」
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誾千代を、見る。
誾千代は、前を向いたまま。
「勝ち負けは——関係ありません」
「……そうだな」
「義のために——動いてください」
「……ああ」
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風が、吹く。花宗川の柳が、揺れる。
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その時。
使者が、来た。
「徳川家康様より——御書状にございます」
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宗茂と誾千代が、顔を見合わせる。
「……来たか」
「はい」
「読むか」
「読まねばなりません」
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書状を、開く。
「東軍に——加われ」
そして——「法外な恩賞を、約束する」
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宗茂は、書状を閉じる。
「どうしますか」
立ち上がる。
「使者を——呼べ」
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使者が、来る。
静かに言う。
「秀吉公の恩義を忘れて東軍に付くなら——」
一拍。
「命を絶った方が、よい」
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使者が、青ざめる。
「……よろしいので」
「よい」
「徳川様が——」
「伝えろ」
短く。「それだけだ」
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使者が、去る。
誾千代が、隣に立つ。
「……決めましたね」
「ああ」
「後悔は」
「ない」
一拍。
「お前と——同じ答えだ」
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誾千代は、少し間を置く。
そして——
「……そうですか」
小さく。その口の端が——わずかに、上がった。
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天下が、動いていた。
立花は——義のために、動く。
たとえ——その先に、何が待っていても。
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次回、第42話「家康の使者」——西軍か、東軍か。宗茂の覚悟が、固まる。
あとがき
41話は「静」の回として書きました。
露梁から帰った宗茂が、花宗川を歩きながら誾千代と話す。その会話の中で——答えが決まる。「義のために動いてください」という誾千代の一言が、この話の核心です。
誾千代は感情的に「行かないで」とは言わない。ただ——立花としての筋道を、静かに示す。この女の強さが、宗茂の背中を押す。
家康からの書状が来て、即座に断る場面で締めました。迷わない。それが宗茂という男です。
次の42話では、その決断の重さを——誾千代との最後の夜として描きます。
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