第40話 露梁
秋の終わり。
報せが、来た。
「太閤殿下——薨去」
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釜山の陣。
静寂。
誰も、声を出さない。
宗茂は——
目を閉じた。
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秀吉。
「鎮西一」と言った男。
「西国無双」と言った男。
柳川を——与えた男。
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「……逝ったか」
小さく、呟く。
答えは——ない。
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撤退命令が、下る。
「全軍——朝鮮より引け」
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だが。
順天倭城の小西行長が——
動けなかった。
明水軍に、海を封鎖されている。
陸も——明・朝鮮軍に囲まれている。
「……出られない」
使者が、言う。
「海からも——陸からも」
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宗茂は、地図を見る。
順天。
露梁海峡。
「……海から、行く」
十時が、地図を覗く。
「敵の水軍は——」
「陳璘の明水軍」
「李舜臣の朝鮮水軍も」
「知っている」
「強敵です」
「知っている」
「それでも——」
「行長殿を——見捨てられない」
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島津義弘のもとへ、使者を送る。
「共に——行長殿を救おう」
返答は、早かった。
「承知した」
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十時が、言う。
「殿」
「なんだ」
「島津と——共に戦いますか」
「ああ」
「……父上の仇、では」
「戦場に——私怨は持ち込まない」
宗茂は、前を向く。
「今は——同じ日本の将だ」
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夜。
船が、出る。
露梁海峡。
暗い海。
波が、荒い。
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「……来るぞ」
宗茂は、甲板に立つ。
闇の中から——
松明が、現れる。
無数の。
明水軍。朝鮮水軍。
李舜臣の旗が——見える。
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「怯むな」
低く、言う。
「進め」
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海戦。
砲声が、響く。
波が、揺れる。
船が、ぶつかる。
炎が、上がる。
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宗茂は、甲板で指揮する。
「右へ——回れ!」
「砲、撃て!」
「突っ込め!」
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混乱の海の中。
宗茂は——冷静だった。
陸の戦と——同じだ。
引きつけて。崩して。突く。
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泗川から——島津義弘の船が、現れる。
城から打って出て——
立花勢と、合流する。
「……来たか」
「立花殿」
島津の将が、叫ぶ。
「共に——参る!」
「ああ!」
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挟撃。
明水軍が——崩れる。
朝鮮軍船、六十艘を捕獲。
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だが——
戦の中で。
報せが、届く。
「李舜臣——」
「なんだ」
「討ち死に、と」
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宗茂は——
その報せを、聞いた。
「……」
何も言わない。
海を、見る。
炎が、揺れている。
「武人だった」
静かに、言う。
それだけだった。
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封鎖が——破れた。
行長の船が、動き出す。
「……出られる」
十時が、言う。
「ああ」
「間に合いました」
「ああ」
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朝鮮水軍船、六十艘を率いて——帰途へ。
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撤退。
船が、東へ向かう。
朝鮮の地が——遠くなる。
宗茂は、甲板に立つ。
消えていく陸を、見る。
「……終わった」
十時が、隣に立つ。
「はい」
「長かったな」
「……長かったです」
「帰れるか」
「帰れます」
「柳川に」
「柳川に」
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二人は——
しばらく、海を見ていた。
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船の中。
宗茂は、筆を取る。
紙を広げる。
誾千代への手紙。
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何を書くか。
しばらく——考える。
露梁のことは——書けない。
秀吉の死は——もう知っているだろう。
島津義弘と共に戦ったことは——
どう書けばいいか。
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結局——
「帰る。花宗川を——見に行く」
それだけを、書いた。
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海が、光る。
九州が——見え始める。
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「殿」
十時が、声をかける。
「なんだ」
「……泣いていますか」
「泣いていない」
「そうですか」
「風が——目に入った」
「……そうですか」
十時は、それ以上言わなかった。
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九州。
柳川。
水路。
花宗川。
誾千代。
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帰る。
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今度こそ——
戦のない場所へ。
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だが——
天下は。
まだ、動いていた。
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秀吉が死んで——
次に来るものが。
すでに、動き始めていた。
次回、第41話「天下の風」——関ヶ原前夜、宗茂の選択。
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あとがき
露梁海戦を書きながら、李舜臣のことを考えていました。
この物語は宗茂の視点で書いています。だから李舜臣は「敵将」です。しかし——その死を聞いた宗茂が「武人だった」と一言だけ言う。それだけにしました。多くを語らない方が、重い。
島津義弘と共に戦う場面も、この話の核心の一つです。父・紹運を討った島津と肩を並べて戦う。宗茂は「私怨は持ち込まない」と言う。この男の器の大きさを——セリフ一つで表現したかった。
誾千代への手紙が「帰る。花宗川を見に行く」だけで終わるのは、意図的です。言葉が多い時より——少ない時の方が、気持ちが重い。
次の41話からは第四章「義の人」に入ります。関ヶ原前夜——家康からの誘いを断る場面、そして宗茂が西軍を選ぶ理由を描きます。
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