第34話 明軍来たる
冬だった。
朝鮮の冬は——九州とは、違う。
骨まで刺す寒さ。
息が、白い。
地面が、凍っている。
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「……寒いな」
十時が、呟く。
「我慢しろ」
「してます」
「顔に出ている」
「殿も出ています」
宗茂は、答えなかった。
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報せが、来た。
「明軍——平壌を奪還」
幕内が、静まり返る。
「李如松率いる本隊——四万」
誰かが、息を飲む。
四万。
日本軍の先鋒が、押し返された。
小西行長の軍が——敗れた。
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「南下してくる」
隆景が、静かに言う。
「止めなければならない」
諸将の視線が、動く。
宗茂は——地図を見ていた。
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龍泉。
地形を、読む。
道が、狭い。両側に、丘。
「……ここだ」
十時が、覗き込む。
「伏せますか」
「ああ」
「相手は——明軍です」
「知っている」
「朝鮮軍とは——違います」
「知っている」
十時は、黙った。
宗茂は、地図から目を上げる。
「だから——同じ戦法は使わない」
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夜。
作戦を練る。
明軍は、強い。装備が違う。火器が違う。騎馬の質が違う。
正面からぶつかれば——消耗する。
「引きつけて、崩す」
宗茂が言う。
「前衛が退く。追わせる。道を狭める」
「そこで——」
「両側の丘から、一斉に」
十時が、頷く。
「釣り野伏せ、ですね」
「形は同じだ」
一拍。
「だが——退く速さを、倍にする」
「倍、ですか」
「明軍の騎馬は速い。引きつける距離が足りなければ——逃げ切れない」
十時は、しばらく考える。
「……できます」
「やれ」
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夜明け前。
配置につく。
丘の上。草の陰。
息を、殺す。
冷たい風が、吹く。
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夜明け。
前衛が、動く。
少数の立花兵が——明軍の前に現れる。
明軍が、止まる。
様子を、見ている。
「……来ないか」
十時が、小声で言う。
「待て」
「敵将、慎重です」
「待て」
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しばらく——
明軍が、動いた。
騎馬が、前に出る。
速い。
「来た」
「前衛——引け!」
前衛が、走る。
明軍の騎馬が——追う。
速い。予想より、速い。
「……っ」
宗茂は、息を詰める。
「今だ!」
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両側の丘から——立花勢が飛び出す。
明軍騎馬の側面へ。
激突。
「押せ!」
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だが——
明軍は、崩れない。
騎馬が、向きを変える。
速い。対応が、速い。
「……強い」
十時が、刀を振りながら言う。
「強いな」
宗茂も、斬りながら答える。
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一人、斬る。
二人、斬る。
だが——敵も、斬り返してくる。
九州では——感じなかった圧力。
大陸の軍の、重さ。
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「引け!」
宗茂が叫ぶ。
「城まで——引け!」
立花勢が、退く。
明軍が、追う。
城門——
「今だ!」
門が閉まる。
追ってきた明軍騎馬を——城壁から叩く。
銃声。矢。
明軍が、止まる。
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退いた。
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静寂。
宗茂は、城壁の上に立つ。
遠ざかる明軍を、見る。
「……強い」
十時が、隣に立つ。
「はい」
「朝鮮軍とは——別物だ」
「はい」
一拍。
「だが——」
「だが?」
「止めた」
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十時が、息を吐く。
「止めましたね」
「ああ」
「次は——」
「もっと大きく来る」
宗茂は、遠くを見る。
明軍が消えた方角。
「李如松は——ここで終わらない」
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夜。
小早川隆景から、使者が来る。
「立花——よく防いだ」
「だが」
使者が、続ける。
「本隊が、動く」
「碧蹄館か」
使者が、目を見開く。
「……なぜ分かりました」
「地形を見れば——そこしかない」
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宗茂は、地図を広げる。
碧蹄館。
漢城の北。狭い道。丘が連なる。
「ここで——決める」
十時が、地図を覗く。
「敵は、四万です」
「知っている」
「こちらは——」
「三千だ」
沈黙。
十時は、しばらく地図を見ていた。
「……勝てますか」
宗茂は、答えない。
しばらく——
「勝つために、戦うのではない」
十時が、顔を上げる。
「では」
「止めるために——戦う」
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その言葉が。
どこかで、聞いた言葉に——似ていた。
立花山城。
あの朝。
「守るために戦う。そして——時間を稼ぐ」
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変わっていない。
戦場が変わっても。
海を渡っても。
戦う理由は——同じだった。
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宗茂は、刀を確かめる。
備前長光。
紹運から受け継いだ、刀。
「……父上」
静かに、呟く。
「明日も——戦います」
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朝鮮の夜が、深くなる。
碧蹄館は——すぐそこだった。
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(第35話へ)
本日も一日お付き合いいただきありがとうございました!
投稿3日目で、すでに多くの方に読んでいただけて感謝の極みです。
次回は【明日6時】にアップ予定であり、本34話で「止めるために戦う」と決めた宗茂が、いよいよ碧蹄館へ。
史実通り、立花・高橋勢3,000が明軍の先鋒を担い、寡兵で敵を食い止めて小早川隆景の本隊が来るまで戦い続ける。シリーズ最大の戦闘回です。
一話に収めるには密度が高すぎるので、前半・後半の二部構成にします。35話は夜明けから午前中——先鋒戦と窮地まで。
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