第33話 異国の戦場
海が、終わった。
朝鮮の地。釜山。
船から降りた宗茂は、しばらく——動かなかった。
土の匂いが、違う。風の質が、違う。木々の形まで——何もかもが、知らない。
「……異国だな」
「当然です」
十時が、隣で言う。
「殿、初めて九州を出ましたか」
「……ああ」
「私もです」
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釜山の港。
日本軍の船が、並んでいる。無数の旗。無数の兵。
これほどの軍勢が——海を渡った。
その規模を、改めて感じた。
「天下人の戦は——違う」
小さく、呟く。
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軍議。
小早川隆景の幕内。諸将が、並ぶ。
宗茂も、その中にいた。
隆景が、地図を広げる。
「東萊城を抜く」
静かな声。だが——重い。
「立花は、右翼を担え」
「御意」
頭を下げる。
隆景の目が——一瞬、宗茂を見た。
値踏みではない。確認する目だった。
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東萊城。
城壁が、高い。九州の城とは——造りが違う。
「……堅い」
物見が戻る。
「守将、宋象賢。兵およそ千」
「城の弱点は」
「北面、やや低い」
宗茂は、城を見る。しばらく——黙っていた。
「正面から行く」
十時が、眉を上げる。
「また、ですか」
「ああ」
「理由を聞いても」
「敵に——立花の名を、教える」
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攻城。
鬨の声。立花勢が、城壁へ向かう。
矢が降る。石が飛ぶ。
「怯むな!」
宗茂が、先頭を走る。
梯子が、城壁にかかる。兵が、登る。血が、飛ぶ。
「押せ!」
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城門が、割れる。
東萊城、陥落。
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城内。
宗茂は、刀を収める。
守将・宋象賢は——最後まで、戦った。降伏しなかった。
その亡骸が、城の中央にあった。
しばらく——それを見ていた。
「……武人だな」
十時が、隣で言う。
「敵ですが」
「敵でも——武人は武人だ」
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頭を、下げた。
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進軍。北へ。漢城へ向かう道。
道の両脇に、村がある。人の気配が——ない。
逃げたのだ。
「……当然か」
軍勢が来れば、逃げる。それは——九州でも同じだった。
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六月。漢城の北方。
宇喜多秀家から、使者が来る。
「朝鮮軍が、北方に集結している」
「数は」
「……不明。だが、多い」
秀家の要請。
「立花——火計と釣り野伏せで、駆逐せよ」
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宗茂は、地図を広げる。地形を、読む。
山。川。道の幅。
「……できる」
十時が、問う。
「釣り野伏せは——島津の戦法では」
「そうだ」
地図を見たまま。
「沖田畷で、見た」
十時が、目を細める。
「見ただけで——」
「使える」
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夜。作戦を、練る。
前衛に、少数を出す。敵を引きつける。左右から、伏兵が出る。同時に——火計。
「単純だ」
「単純な戦法ほど——確実だ」
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夜明け前。
伏兵を、配置する。山の陰。林の中。
静かに。息を殺して。
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夜明け。
前衛が、動く。
少数の立花兵が——朝鮮軍の前に現れる。
朝鮮軍が、動く。
「追え!」
前衛が——引く。走る。引きつける。
限界まで。
「今だ!」
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左右から——立花勢が飛び出す。
同時に——火矢。草が、燃える。煙が、上がる。
朝鮮軍が——混乱する。
「どこから!」「囲まれた!」
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宗茂が、中央を突く。一気に。止まらない。
「押せ!」
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漢城北方の朝鮮軍——駆逐。
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戦が、終わる。
宗茂は、荒れた地に立つ。煙が、漂う。
燃えた草の匂い。九州とは——違う匂い。
「……勝った」
十時が、言う。
「はい」
「だが——」
遠くを見る。
「終わりではない」
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隆景からの使者が来る。
「小早川様が——仰っています」
「なんと」
「立花の戦い方——見事であると」
答えない。
ただ——空を、見上げる。
朝鮮の空。九州の空と——同じ青だった。
「父上」
小さく、呟く。
「まだ——戦っています」
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その夜。
一人で——柳川の方角を見た。
海の向こう。遠すぎて、見えない。
「誾千代」
風が、吹く。答えは——なかった。
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朝鮮の夜は、長かった。
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(第34話へ)
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