第26話 岩屋城
夏の空は、高かった。
─
岩屋城。
石垣に、血が滲んでいた。
─
数は、最初から足りなかった。
七百。
対する島津は、数万。
それでも──退かなかった。
─
「まだ、動くな」
低い声。
兵たちが、息を呑む。
「ここで稼いだ一日が──
誰かの命になる」
誰の命か、言わない。
だが、全員が分かっていた。
─
数日が、過ぎた。
城壁は、もはや原形をとどめていない。
兵は、減り続ける。
それでも、旗は倒れなかった。
─
最後の朝。
高橋紹運は、静かに刀を抜いた。
「……よく、戦った」
兵たちへ。
それだけだった。
次の瞬間、槍が胸を貫いた。
城は、落ちた。
─
だが──
その数日は、あまりにも重かった。
─ ─ ─
立花山城。
「……岩屋城、陥落」
その報が届いた瞬間、
空気が凍りついた。
誰も顔を上げない。
「……そうか」
静かに応じたのは、立花宗茂。
その隣に立つのは、立花誾千代。
立花家当主。
その眼は、揺るがない。
─
「……殿は、務めを果たされた」
誾千代の声は、静かで、重い。
悲嘆はない。
だが──
その奥にあるものを、誰もが感じていた。
─
宗茂は、何も言わない。
ただ、腰の刀に手をかける。
意識が、過去へ沈む。
─ ─ ─
──あの日。
目の前にいたのは、父・高橋紹運。
「宗茂。立花に行くことになる」
「一つ、問う」
「高橋と立花が戦うことになったら、
どうする」
「高橋に味方いたします」
即答。
「違う」
鋭く、断ち切られる。
「養子に行ったならば、
もはや高橋の人間ではない」
一歩、踏み出す。
「立花勢の先鋒となり──」
間。
「わしを討て」
言葉が、胸を打つ。
─
「道雪殿は未練を嫌う。
迷えば義絶される」
刀が、差し出される。
「備前長光。
義を失えば、この場で自害せよ」
宗茂は、その刀を受け取った。
その瞬間──
“高橋”は終わり、
“立花”が始まった。
─ ─ ─
回想が、断ち切られる。
宗茂の手には、あの刀。
静かに、握る。
─
「……殿」
誾千代が、呼ぶ。
「顔を上げよ」
命じるように、しかし静かに。
宗茂は、顔を上げる。
その目に、迷いはない。
─
「悲しむなとは言わぬ」
誾千代は言う。
「だが──立花は、ここにある」
その言葉は、“当主”のものだった。
─
「道雪殿は逝き、
紹運殿もまた逝った」
一拍。
「されど──家は、潰えておらぬ」
さらに一歩。
宗茂の正面に立つ。
「我らが支える」
それは妻ではない。
立花の主としての言葉。
─
宗茂は、静かに頷く。
「……ああ」
「守る」
誾千代もまた、応じる。
「守り抜く」
二人の声が、重なる。
─ ─ ─
外では、すでに敵が動いている。
黒き軍勢が、筑前へと迫る。
だが──
誾千代は、一歩前に出た。
その背に、立花を背負い。
静かに言い放つ。
「来るなら来い」
そして──
「ここが、立花だ」
一拍。
「──誰一人、退かせぬ」
最後までお読みいただきありがとうございます!
次回は**【本日21時】**に更新予定です。
迫る島津の大軍に宗茂と誾千代がどう立ち向かうか……!という展開になりますので、ぜひお見逃しなく。
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