第25話 崩れゆく大友
風が、変わっていた。
筑後を駆け抜け、敵を崩し、城を落とし——
あれほどまでに勢いを誇った軍勢は、
いま、静かに軋んでいた。
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「……また離反か」
低く呟いたのは、高橋紹運だった。
手にした書状には、短く記されている。
“筑前国衆、従わず”
「理由は」
「年貢の取り立てに不満、とのことにございます」
「……不満、か」
鼻で笑うでもなく、ただ繰り返す。
戦は勝っている。
だが——国は、まとまらない。
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「殿がおればな」
誰かが、ぽつりと漏らした。
一瞬、空気が凍る。
「おらぬ者の話をしても、仕方あるまい」
静かに、断ち切る。
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「どこが崩れる」
「豊前・筑前ともに不穏。加えて——」
家臣が一瞬、言い淀む。
「……申せ」
「南より、島津勢が」
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ついに来た。
島津義久。そして——島津家久。
「あの連中が、動いたか」
紹運の目が、細くなる。
沖田畷で見せた、あの戦。正面から受ければ、ただでは済まぬ。
「兵数は」
「三万規模に達するかと」
「……こちらは」
「一万に満たぬかと」
沈黙。
「だが——戦う」
迷いは、ない。
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「どこで受ける」
その問いに、誰も即答できない。
地は広く、兵は足りず、国はまとまらない。
そして——“決める者”がいない。
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立花山城。
城内は、異様な静けさに包まれていた。
「……来るな」
呟いたのは、立花宗茂。
視線は、地図の南へ。
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「島津勢、筑前へ侵入の兆し」
宗茂は、ゆっくりと頷いた。
「ならば——ここだ」
指が止まる。
「この城を抜かれれば、北は崩れる」
家臣たちが息を呑む。
「攻めぬのですか」
誰かが問う。かつての立花なら——違う答えだった。
「今は、違う」
宗茂は静かに言う。
「守る」
一拍。
「勝つためではない。負けぬために戦う」
その言葉に、空気が締まる。
「守りきれば、次がある」
宗茂の目は、揺らがない。
若い。だが、迷いはない。
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豊後。
大友義統のもとでは、軍議が続いていた。
「筑前を守るべきか」
「いや、豊後を固めるべき」
「兵を集めよ」
「どこへだ」
言葉だけが、飛び交う。
誰も、決めない。誰も、決められない。
かつての大友には——道雪がいた。紹運がいた。宗麟がいた。
だが今は。
「……決せぬか」
誰かの声が、虚しく響く。
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その間にも——南から、確実に近づく軍勢がある。
統制され、鍛え上げられ、勝つために動く軍。
対する大友は——崩れながら、戦おうとしている。
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「繋ぐための戦になる」
紹運が、静かに言った。
冒頭の問いとは、もう違う声だった。
覚悟が、そこにあった。
「誰かが生き残るために——時間を稼ぐ」
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その”誰か”が誰なのか。
まだ、誰も口にはしない。
だが、分かっている。
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立花山城。あの若き当主。宗茂。
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「……行くぞ」
紹運が立ち上がる。
向かう先は、ただ一つ。
死地。
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島津が、来る。
九州の命運を分ける戦が、いま、静かに始まろうとしていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
次回は**【本日18時】**に更新予定です。
実父である紹運が……!という展開になりますので、ぜひお見逃しなく。
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