第23話 雷、墜つ
夜明け前。
空はまだ暗く、わずかに白み始めた東の空が、
新たな一日の訪れを告げようとしていた。
高良大社の杜は、
不気味なほど静まり返っている。
風すら、止んでいた。
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輿の内。
立花道雪の呼吸は、
もはや数えるほどになっていた。
傍らには、高橋紹運。
一歩も離れず、その最期の時を見届けようとしている。
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「……紹運」
かすかな声。
それでも、はっきりと届いた。
「はっ」
即座に応じる。
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「……静かだな」
「……はっ」
外の様子を思い浮かべる。
兵も、物音を立てぬよう息を潜めている。
誰もが知っているのだ。
——今が、その時であることを。
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「良い」
道雪は、わずかに頷く。
「戦場であっても……この静けさは、嫌いではない」
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その言葉に、紹運は何も返せない。
ただ、黙って聞く。
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「……長く、生きた」
ぽつりと、落ちる。
「戦に明け、戦に暮れ……」
「……」
「悔いがないと言えば、嘘になる」
小さく息を吐く。
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「だが——」
その声が、わずかに強くなる。
「退くべき時に退き、戦うべき時に戦った」
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「それでよい」
自らに言い聞かせるように、言った。
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沈黙。
やがて、再び口を開く。
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「紹運」
「はっ」
「……あとは、任せる」
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その言葉は、軽くはなかった。
重く、そして確かに、託された。
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「……はっ」
紹運は、深く頭を下げる。
その声は震えていたが、崩れはしない。
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道雪は、それを見て——
わずかに、笑った。
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「……それでよい」
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その瞬間だった。
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遠く。
空の奥で、かすかな光が走った。
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次の刹那——
轟音。
雷が、山を裂いた。
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同時に。
道雪の身体が、わずかに震え——
静かに、止まった。
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音が、消える。
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風も、声も、すべてが止まったかのような静寂。
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「……殿?」
紹運が、顔を上げる。
返事はない。
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「……殿」
もう一度。
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それでも、応えはなかった。
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ゆっくりと、手を取る。
冷え始めている。
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理解した。
理解してしまった。
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「……っ」
喉の奥で、声にならぬものが詰まる。
だが——
泣かなかった。
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ただ、静かに。
その手を、置いた。
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外では、雷鳴の余韻が消えていく。
そして。
わずかな光が、山を照らし始めた。
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その光は、確かに一つの時代の終わりを告げていた。
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“雷神”
そう呼ばれた男。
立花道雪。
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その生涯は——
今、ここに終わった。
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だが。
戦は、終わらない。
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紹運は、ゆっくりと立ち上がる。
顔を上げる。
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その目に、迷いはなかった。
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「……行くぞ」
誰にともなく、呟く。
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風が、再び吹き始めた。
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新たな戦が。
今、静かに動き出していた。




