第18話 柳川、落つ
柳川の水は、静かに濁り始めていた。
かつて城を守っていたはずの水が、いまや城を蝕んでいる。
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「……効いてきてるな」
紹運が城を見据える。
道雪は輿の中で目を細めた。
「水は嘘をつかぬ。流れを変えれば、すべてが狂う」
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水門を押さえられた柳川城は、次第に機能を失っていた。
舟の往来は滞り、補給は細る。
湿地はただの障害ではなく、逃げ場を奪う檻へと変わる。
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「兵の動きも鈍い」
紹運が言う。
「士気も落ちておる。長くは持つまい」
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だが――
城はまだ落ちない。
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「意地か」
「それもある」
道雪は静かに続ける。
「だがもう一つ。外だ」
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龍造寺方の残存勢力。
完全に叩いたとはいえ、小勢はなお周囲に潜む。
それが、城に“まだ戦える”と思わせている。
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「なら、その望みも断つ」
紹運が即答する。
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翌朝。
紹運は再び兵を率いて出た。
残敵の掃討。
徹底的に、逃げ場を潰す。
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「一人も残すなとは言わん」
紹運が言う。
「だが、“戦える”と思わせるな」
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各地で小競り合いが続く。
だが、もはや勝敗は見えていた。
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昼過ぎ。
物見が戻る。
「周辺の敵勢、ほぼ壊滅!」
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紹運は短く頷いた。
「これで終いだ」
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本陣。
道雪のもとへ報が届く。
「外の憂い、断たれました」
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道雪はわずかに息を吐く。
「これで城は孤立した」
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そして――
その日の夕刻。
柳川城から使者が現れた。
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「……開城の儀、願いたい」
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静寂が落ちる。
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紹運が道雪を見る。
輿の中で、道雪がゆっくりと頷いた。
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「受けよう」
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城門が開く。
長く続いた籠城は、ついに終わりを迎えた。
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大友勢は整然と入城する。
略奪も、無用な殺しもない。
ただ、戦の終わりを受け入れさせる。
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「見事だな」
紹運がぽつりと言う。
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道雪は静かに答える。
「戦とは、斬ることではない。屈させることだ」
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城内。
疲弊しきった兵たちが、武器を置いていく。
水に頼った城は、水に裏切られた。
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「これで筑後は……」
紹運が言いかける。
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道雪が首を振る。
「まだだ」
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その目は、すでに次を見ている。
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「残るは南と東」
「秋月か」
「それだけではない」
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島津。
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その名を、二人は口にしない。
だが――
忘れているはずもない。
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耳川。
あの敗北。
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道雪が低く言う。
「……あの時とは違う」
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紹運も頷く。
「ああ。今の儂らなら、やれる」
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短い言葉。
だが、その裏には確かな手応えがあった。
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柳川。
筑後最大の要害は、いま大友の手に落ちた。
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流れは完全に変わった。
守る側から、攻める側へ。
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だが――
戦は終わらない。
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むしろここからが、本当の戦いだった。
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夜。
城内に静けさが戻る。
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輿に乗ったまま、道雪は空を見上げる。
雲の切れ間から、月が覗いていた。
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「紹運」
「なんだ」
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「次は、負けぬ」
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紹運は笑った。
「当たり前だ」
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その声は、静かな夜に溶けていく。
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筑後は、取り戻した。
だが――
九州の覇は、まだ誰のものでもない。




