第17話 柳川、水の城
筑後の戦は、次の段へ進んでいた。
犬尾、竹井――
立て続けの攻略で勢いに乗る大友勢。
だが、その前に立ちはだかる城は、これまでとは格が違った。
柳川。
水に守られた難攻不落の城。
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「厄介だな」
紹運が吐き捨てるように言う。
道雪は輿の中で、静かに目を細めた。
「うむ。ここは力では落ちぬ」
柳川城は、無数の水路と湿地に囲まれている。
道は限られ、兵の展開も制限される。
無理に攻めれば、逆に損害を出すだけだ。
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「どう崩す?」
紹運の問い。
道雪はしばし黙し、やがて言う。
「兵ではなく、“場”を崩す」
「場?」
「水だ」
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柳川の強さは、水にある。
ならば――
その水を逆に使う。
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数日後。
大友勢は城の周囲に広く展開した。
正面からは攻めない。
ただ、じわじわと圧をかける。
兵を散らし、補給路を断ち、周辺の集落を制圧していく。
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「締め上げるわけか」
紹運が言う。
「そうだ。城は生き物だ。息を止めれば、いずれ弱る」
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さらに道雪は命じた。
「水路を調べよ」
兵たちは泥に足を取られながら、水の流れを探る。
どこから水が入り、どこへ抜けるのか。
それを徹底的に洗い出す。
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「……なるほどな」
数日後、紹運が頷いた。
「水門を押さえれば、城は自由に動けなくなる」
「そういうことだ」
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だが――
敵も黙ってはいない。
龍造寺方の援軍が、周辺で動き始めていた。
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「来るぞ」
物見が駆け込む。
「数は?」
「およそ三千――秋月、草野の兵も混じっております!」
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紹運が笑う。
「ようやく来たか」
道雪も静かに言う。
「ここが肝だ」
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柳川を攻めながら、外の敵とも戦う。
この二正面をどう捌くかで、戦の行方は決まる。
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「紹運」
「なんだ」
「外の敵は、お前に任せる」
「いいのか」
「お前が一番、動かせる」
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紹運は即座に立ち上がる。
「任された」
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その日の夕刻。
紹運は兵を率いて、柳川近郊の平地へと出た。
敵はすでに布陣している。
数では互角か、やや劣る。
だが――
「関係ねえ」
紹運が前を見据える。
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「前衛、下がれ」
意外な命令だった。
兵が一瞬ざわつく。
だがすぐに動く。
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敵はそれを見て、勢いづく。
「押せぇ!」
前進してくる。
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その瞬間。
「今だ」
紹運が手を振る。
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左右の林から、伏兵が現れる。
さらに、背後に回していた部隊が敵の退路を断つ。
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「挟め!」
鉄砲が火を吹き、敵陣が崩れる。
前へ出た勢いのまま、引くこともできない。
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「……やっぱりな」
紹運が呟く。
「釣られたか」
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敵は完全に包囲され、潰走した。
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一方その頃。
柳川城の周囲では、道雪が静かに布陣を進めていた。
輿に乗り、水路を見つめる。
「……ここだな」
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水門の一つ。
そこを押さえれば、水の流れが変わる。
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「兵を出せ」
小隊が密かに動き、水門へと取り付く。
敵の警戒は、外の戦に向いている。
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「今のうちだ」
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やがて、水の流れが変わる。
城内の水位がわずかに狂い始める。
舟の動きが鈍る。
補給の導線が乱れる。
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「効いてきたな」
道雪が呟く。
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数日後。
城内の動きは明らかに鈍っていた。
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「紹運、戻ったか」
「外は片付けた」
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二人は短く言葉を交わす。
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「あと一押しだ」
「どうする」
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道雪は静かに言う。
「開城させる」
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攻め落とすのではない。
崩して、降ろす。
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柳川城。
その巨大な水の要害は、いま静かに追い詰められていた。
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戦は、まだ終わらぬ。
だが――
勝ちの形は、見え始めていた。




