第16話 犬尾城・竹井城、連撃
筑後の空は重かった。
夏の湿り気を帯びた風が、戦の気配を運んでくる。
高牟礼城を落とした勢いのまま、立花道雪と高橋紹運は次の標的へと兵を進めていた。
「次は犬尾だな」
紹運が地図を睨む。
輿に乗った道雪が低く応じる。
「うむ。だが、ただ攻めるだけではつまらぬ」
紹運は口元を歪めた。
「また何か仕掛けるつもりか」
「当然だ。儂らは数で劣る。ならば、敵を動かして崩す」
筑後の戦は、単なる力押しでは勝てぬ。
周囲にはなおも龍造寺方に与する勢力が残り、さらに秋月・筑紫らも油断ならぬ。
一つの判断の遅れが、戦局を一気にひっくり返す。
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道雪は輿に揺られながら、前方の地形をじっと見据えていた。
低い丘陵。
その奥に広がる集落。
そして、その先にある犬尾城。
「紹運」
「なんだ」
「敵は、こちらが高牟礼で足を止めると思っておる」
「だろうな。普通はそう読む」
「ならば、その裏を突く」
紹運が頷く。
「強行軍か」
「そうだ。夜を使う」
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その夜。
大友勢は火を落とし、音を殺して進んだ。
兵の鎧が擦れる音すら許されぬ。
ただ、草を踏む足音と息遣いだけが、闇の中に溶けていく。
紹運が低く言う。
「兵がよく持つな」
道雪は静かに答えた。
「ここで遅れれば、次はない。皆、分かっておる」
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夜明け前。
犬尾城の眼前に、大友勢はすでに布陣していた。
城兵はまだ半ば眠りの中にある。
「かかれ」
紹運の一声で、前衛が一斉に動いた。
太鼓は鳴らさぬ。
鬨の声も抑える。
ただ一気に距離を詰め、城門へと圧をかける。
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同時に、丘陵に潜ませていた鉄砲隊が火を吹いた。
乾いた銃声が連なり、城壁の上で慌てふためく兵を撃ち抜く。
「伏兵、出せ」
道雪の指示が飛ぶ。
林に潜んでいた兵が一斉に現れ、城の側面へと回り込む。
城兵は完全に対応を誤った。
正面に気を取られた瞬間、側面から崩される。
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「今だ、押し切れ」
紹運が叫ぶ。
城門へ取りついた兵が、槌で叩き、火を放つ。
内からは必死の抵抗がある。
だが――
遅い。
すでに戦は決していた。
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やがて、城内から使者が現れる。
「降る……開城する……!」
紹運は一瞬だけ道雪を見た。
輿の中の道雪が、静かに頷く。
「受け入れよ」
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犬尾城は、わずか半日で落ちた。
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だが、休む間はない。
「次は竹井だ」
紹運が言う。
道雪も即座に応じる。
「間を置くな。敵に立て直す時間を与えるな」
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竹井城。
ここは容易くはない。
地形はやや高く、周囲には支援に動ける勢力もいる。
「正面からやるか?」
紹運の問いに、道雪は首を振る。
「いや。揺さぶる」
「どうやる」
「焼く」
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その日の夕刻。
大友勢は城下へと火を放った。
民家、倉、畑――
炎は瞬く間に広がり、黒煙が空を覆う。
城内は騒然となる。
「城を出るか、籠るか」
その判断を、敵に迫る。
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「出てくるぞ」
紹運が言う。
その通りだった。
城兵の一部が、火を止めるため外へ出た。
その瞬間。
「撃て」
鉄砲が火を吹く。
前へ出た兵は、一気に崩れた。
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「さらに押せ」
紹運が前衛を突っ込ませる。
混乱したままの敵は、統制を失っていく。
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道雪は輿の中で目を閉じ、耳で戦を聞いていた。
銃声。
叫び声。
鉄のぶつかる音。
それらが、戦の流れを語る。
やがて――
「城門、破れました!」
報が届く。
道雪は静かに言った。
「入れ。ただし、無用な殺しはするな」
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竹井城もまた、陥ちた。
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戦後。
焼け残った城下に、静けさが戻る。
紹運が空を見上げた。
「……速すぎるな」
道雪も頷く。
「速さこそが、今の儂らの武器だ」
「龍造寺も、秋月も、もう油断せんぞ」
「それでよい。正面から来るなら、叩き潰すだけだ」
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二人は言葉を切る。
その視線の先には、まだ落としていない城がいくつもあった。
筑後は、まだ完全には戻っていない。
だが――
流れは、確実に大友へと傾き始めていた。
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次なる戦場へ。
道雪の輿は、静かに前へ進む。




