第12話 沖田畷・間者潜入
天正十三年、秋。
沖田畷。
立花宗茂と誾千代は、龍造寺軍の間者に扮して戦場近くに身を潜めていた。
目的は一つ——隆信公を島津軍に討たせるため、意図的に誤情報を与えること。
「殿、この布陣、島津軍の動きは間違いなく隆信公に伝えるべきです」
誾千代の声は緊張でかすれている。
宗茂はうなずき、慎重に目を細める。
「油断せぬこと。隆信公は肥前の熊、荒々しく豪放。少しの不自然さでも疑われる」
二人は農民や雑兵に扮して、隆信公の陣営に接近する。
馬の手入れや物資の整理を手伝うふりをして、周囲に溶け込む。
隆信公が豪快に怒鳴る。
「おい、馬の手入れはどうなっておる! 何をぼんやりしておるのだ!」
その声に兵も萎縮する。
宗茂は胸の内で緊張を噛みしめながら、低く答える。
「隆信公、この川の渡しは安全です。島津軍は別方向に兵を配しており、問題ありません」
誾千代も慎重に添える。
「こちらの道は安定しております。敵の動きも心配無用です」
隆信公は荒々しく眉をひそめる。
「ふむ……お前たち、よく見ておるな」
二人は微笑みを作り、内心で計画通りだと確認する。
「この情報で隆信公を、我らが狙う地点に誘導できる」
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午後、島津軍の位置と地形を確認。
宗茂は低声で誾千代に指示する。
「右側の谷を進むと危険だと伝える。隆信公は荒々しい性格ゆえ、反発してさらに前進するだろう」
誾千代は息を詰め、隆信公に進言する。
「殿、右の谷は伏兵の可能性があります。迂回が賢明かと」
隆信公は怒鳴る。
「迂回か? よかろう、しかし俺は前に進む!」
荒々しい決断に、二人は胸を撫で下ろす。
誤報は成功した。
宗茂は遠くから島津軍の位置を確認する。
「これで隆信公は島津の攻勢を受ける……しかし、兵を無駄死にさせぬよう距離を計る」
日が傾き、隆信公の隊列は孤立する。
島津軍の槍が襲い、隆信公は討たれる。
旗が倒れ、戦場に一瞬の静寂が訪れる。
宗茂と誾千代は森の陰で息を整える。
「成功……隆信公を討たせることができた」
誾千代も小さくうなずく。
夜、二人は宿に戻る。
直接戦わず、間者としての働きで戦局を動かした経験は、後の筑後奪回作戦に確実に生きることを確認した。




