氣賀 直人
「よしっ、今日も見つけた!」
本作の主人公[氣賀 直人]は、ゴミ捨て場を漁り新聞紙を探していた。
そして、見つけた新聞紙を持ち帰った。家なんてあるはずもなく、路上の段ボールの上、即ち僕の居場所で読むだけだ。
「やっぱり、行政の情報は相変わらずか。数か月前と何一つ変わっていない。」
読み終われば、そこで販売する。たった五十円程度の収入だ。直人は途中で読むことが退屈になり、新聞を売ってしまった。
翌日も、その翌日も、何一つ変わらず売り続ける。そうして金を稼いできた。
だが、ある日の街中で、中々見ることのない光景を目にした。
「お願いしますっ。どうか、会社に戻してください。私には、妻も子もいるんです。働かないと生きていけないんです。」
ぼろ布を着た男性が、黒スーツとサングラスのお偉いさんにすがっていた。
人のことは言えないが、実に哀れだと思った。男なら泣かずに現実を受け入れろ、と。
「じゃぁ、妻も子も捨てろよ! 周りを見てみろ。あそこでゴミ箱漁ってる少年や、物乞いしてる女性を。」
突然、黒服の男性が叫ぶように声を上げた。
ゴミ箱漁っている少年とは、直人のことだ。直人はそれに、小馬鹿にされた様な気がして腹が立った。
「でも、私はまだ働けます。もう二度と、過ちは犯しません。」
「そんなこと、知るか! 断言する。お前なんかより、失うものの無いあいつらの方が、遥かに強い。」
そう言い残して、黒服の男性は目の前の大きな建物に入っていった。
直人は見なかったことにして、またゴミ箱を漁りはじめた。
だが、挫折していた男性がそっと立ち上がり、狂人のように暴れ回った。
「もう、何も要らない。俺は自由なんだ! 失うものは何も無い!」
何やら希望に溢れた声色だった。
人間は堕ちるとそこまで変わり果てるのかと、直人はすこし怖くなった。
その夜、直人は段ボールの下の地面を堀り、小銭を隠した。心配性な直人の、寝る準備だ。
すると、何処からかパトカーのサイレンが鳴り響いた。
あまりにも退屈していた直人は、少し見に行くことにした。
「うるせぇ、離せ!」
そこには、暴れ回っていたあの男性が警察に捕まっている光景があった。
やけくその強盗殺人だそう。
あまり面白いものではなかったので、直人は直ぐに立ち去った。
だが眠ろうとしても、そのことが頭に張り付いて上手く寝れないのだった。
「自由って、何をしても良いってことなのかな。僕は今、自由なのかな。」
気付けば夜の二時を超えていた。
直人は静かに立ち上がり、周りを見渡した。街灯の付かない街並みはとても暗く、月明かりでも精々三十メートル程度しか見えない。
そして、近くのホームレスに近づいた。
「生きてますか~?」
彼は、三日前からピクリとも動かなくなり、今では死人である。
直人は、彼の後ろに置いてあった壺を手に取った。そして家に持ち帰り、中身だけを奪って元の場所に戻した。
仮に彼が生きていたとしても、バレないようにするためだ。
「おっ、割と金持ってるじゃん。」
中には、合計二○五六円、干し柿、家族のものと思われる写真が一枚入っていた。
干し柿はそのまま食べ、写真は表面が見えなくなるまで荒石に擦りつけ、埋めておいた。
そんなことしなくても見つかる訳ない、と思ったが、念には念を入れておいたのだ。
だが突然、直人は極度の緊張と不安に襲われた。
自分の行動は、ただの犯罪行為だ。生きるために死人から財産を奪うのは如何なものか。
その日は不眠だった…。
翌日、直人は日が昇ると直ぐに彼の方向を見つめた。
やはり、彼は動く気配がない。
本当に死人になったのだと確信すると、いつものゴミ箱漁りは後回しで、近くのスーパーマーケットに向かった。
数年前には大量の商品が並んでいたスーパーも、今となってはスカスカ状態だ。
陳列棚には、数えられる程しか物がない。店員は三人で、週三日の昼間しか開いていない。
本当に変わり果てた社会情勢が、各地を侵食しているのだった。
直人は店の奥に陳列していた缶ビールを手に取った。
値段は千百円。他と比べると少々安い値段だ。
そして店員の元へと持って行った。
勿論、店員には直人が未成年であることは見て分かった。しかし、商品の販売を拒むと売れなくなると思ったのか、年齢確認無しで缶ビールを売り渡した。
路上の段ボールに戻って缶ビールを飲んでいると、あの強盗殺人犯を解雇していた黒服の男性に見つかった。
流石に金持ちにでも見つかれば警察沙汰になり兼ねないと思い、背中に缶ビールを隠した。
だが、彼は疑うこともなく直人に近づいた。
「そこのガキ、今ビール飲んでたよな? 出せよ。」
その体格と低い声が怖く感じ、圧に逆らえないまま告発した。
「今、うちの会社で人間が減ってるんだ。」
彼は名刺を見せてきた。名前は、[獅子谷]と言うらしい。
「お前がうちに来ると言うなら、さっきの悪事は見逃してやる。だが、断れば直ぐにでも警察に突き出す。」
別に断る理由もないが、了承する理由も見当たらない。
警察に呼ばれたところで、酒を没収されるだけだ。
「月給三万、どうする?」
僕は反射的に 「やる」 と答えた。
生きるのに精一杯な僕が、普通の生活が可能な賃金を手に入れるなど、非現実的だと思っていたからだ。
「よし、ついてこい。」
そうして直人は、大きな建物の中に案内された。
そこには大広間があり、高級感を漂わせていた。
「おっ、獅子谷か。そいつは誰だ?」
「新人だ。仲良くしてやれ。」
社員はざっと七人程度だ。
「お前には今日からここで働いてもらう。ここは情報の売買をする会社だ。」
獅子谷はいきなり直人に紙袋を渡した。
「誰でもいい。ここにあるポケットティッシュを全て売りつけろ。価格は…、そうだな。五円で十分だ。」
あまりの不自然さに、直人は困惑した。
今日中に、六十個を売ればいいだけ。簡単すぎることが、怪しさを増大させた。
「ただし、条件がある。一つ、そのポケットティッシュを使うな。中に隠された情報を目にする恐れがある。二つ、得たお金は全て俺に返せ。商品は必ず全て売れ。ネコババしたら、即座に殺す。三つ、同じ人には売るな。それぞれ別の人間に売れ。」
直人は声を出す間もなく、部屋を追い出された。そしてトボトボと売っていった。
「獅子谷、あのガキもチョロかったな。」
「ああ。人間の心理なんて単純なものだ。」
不安な人間に解放の道を与え信頼を得る。人間は簡単過ぎる仕事を怪しく思う。それでおいて、後付けで一見厳しく見える条件を与えれば、楽に人を働かせることができる。
つまり、あのポケットティッシュに情報なんて隠されていない。それっぽく魅せるための嘘だ。
全ては獅子谷の計画だった。
そして、直人は一時間もしないうちに帰ってきた。
「早かったな。何処で売ってきた?」
「地下鉄ホール。あそこは、金を持ってる人とホームレスが溜まってるから。金持ちは少し頼めば情けで買ってくれた。ホームレスは、安価の商品に目がないから。」
「商売をわかってるじゃないか。」
そして、給料として二千円を渡された。
また、翌日もここに来ることを約束した。
日付が変わると、直人は走って会社に向かった。
だが、昨日とは大きく違っていた。
「よし来たな。」
挨拶を交わすこともなく、直人は連れて行かれた。
場所は、地下鉄ホールの中だった。そこで直人は衝撃的な物を見た。
直人が売り渡した人たちが、死体となっていたのだ。
それには、訳も分からず体が震えた。
「え…?どうして。」
「答えは簡単だ。お前が売ったからだよ。あれには猛毒が塗られていた。」
後付けされた条件の全ては、獅子谷にとって都合よくするものの他なかったのだ。
直人は、絶望のあまり全身の力が抜け落ちた。
「僕が…。僕が彼らを殺したんだ。」
そして、獅子谷はトドメを刺すように、言い放った。
「その通りだ。金に目を奪われなければ、こんなことにはならなかっただろう。」
直人は、いっそのこと獅子谷を殺してやろうかと考えた。
「どうする。警察に行くか? ま、お前がどうあがいても俺らが指示した証拠がないからな。」
「じゃあどうすればいい? 僕は、何をすれば許される。」
直人は、獅子谷に頼むことしか出来なかった。
こうなってしまった以上、自分一人の力で生きていくことは不可能に近いからだ。
獅子谷の手のひらで踊らされる自分が惨めで哀れだと思った。でも、それ以外の方法が思いつかない。
「安心しろ。お前はまだ有能だ。」
それから、直人は獅子谷と車に乗った。両腕両足を縛られ、顔には麻布袋を被せられた。
もう何処の何時か分からない。何時間も同じ状態だ。
視界が開けた時には、直人はビルの屋上にいた。
「おい、見ろよ。廃れた人間の営みを。」
獅子谷は明るく話しかける。
勿論、僕にそんな気力は一ミリも無い。
「お前さ、今疲れてんだろ? 人、殺して。」
直人は、誰のせいだと思ってるんだ、と言ってやりたい気持ちをグッとこらえた。
「今更過去は変えられねぇよ。なら、善の為に人を殺せばいいと、思わないか?」
要するに、悪人を殺せという意味だろう。
直人は小さく首を縦に振った。
「ああ。そうするよ。」
獅子谷は微笑んだ。
間接的に人を殺せるようになったからだ。自分がすることなく、世界は思うままにいく。
そういう気持ちが隠しきれていない様子だった。
そして遠くを指さした。
「日が昇るぞ。」
日の出を眺め、黄昏る獅子谷を、直人は突き落とした。
善の為に人を殺した。それだけだ。勿論、それなりの覚悟はあった。
下を覗き込むと地面には血が飛び散り、獅子谷は息絶えていた。
「なんて清々しいんだ。お前なんかより、俺の方が強かった。何せ、失うものが無いからな。」
そのまま、直人は建ち並ぶビルを飛び移って移動した。
最終的には、ホテルの屋上から一階までをエレベーターで降りた。
見慣れない景色。直人は近くのラーメン店に入った。
「いらっしゃいませ。こんな朝早くから客が来るなんて、珍しいな。」
店主が元気な挨拶をした。
「こんな朝早くから開店してる飲食店のほうが珍しいですよ。」
「はは、確かにそうだな。」
直人は味噌ラーメンの少盛りを注文した。
不景気以来、初めて食べるラーメンに静かに感動していた。
お会計では、百円玉を残した全ての有り金を、店主に渡した。
「こんなにも。どんな気まぐれだい?」
直人は無言で店を出た。
そして、近くにあった公衆電話を手に取った。
人を殺して罪から逃げることなんて出来るはずがない。
そうして、直人は警察に自首をした。
「僕は素直に現実を受け止めるよ。」




