第6話 赤ん坊ですが、監視対象になりました
それは、すぐに分かった。
視線が、増えた。
(……増えた、というか……固定された?)
赤ん坊の視界は曖昧だ。
だが、それでも「同じ位置に、同じ気配がある」ことくらいは察知できる。
家の中。
村の入口。
井戸のそば。
(……見張り、だな)
あからさまではない。
武装もしていない。
ただ、いる。
いるだけで、十分に圧になる。
「……最近、人が多いわね」
母親が、ぽつりと言った。
父親は答えない。
その沈黙が、答えだった。
◇
名付けの儀から数日。
生活自体は、何も変わっていない。
畑に出る父親。
家事をする母親。
俺は、揺り籠。
だが、空気は変わった。
「教会の方が、様子を見に」
「心配してくださってるそうで」
そう言って訪れる男たちは、
決まって俺を見る。
長すぎる。
測るような目。
(……前世なら、完全に人事評価面談)
赤ん坊であることが、唯一の救いだ。
「かわいいですね」
その言葉の裏に、
**「危険かどうか」**が透けて見える。
(……効率、悪いな)
見張るなら、もっと堂々とやればいい。
中途半端だから、余計に神経を使う。
――そんなことを考えている自分に、苦笑した。
(……いや、赤ん坊の思考じゃない)
◇
ある日、父親が村長と話しているのを聞いた。
「……学園、という話も出ている」
(来たな)
「まだ早すぎるでしょう」
「分かってる。だが……囲い込むなら、早い方がいいと」
囲い込む。
その単語が、妙に生々しい。
(……人材扱いだな、完全に)
村長の声が、低くなる。
「教会だけじゃない。貴族も、嗅ぎつけ始めてる」
(でしょうね)
積み木。
壁の文字。
魔物退散。
(この世界でそれやったら、そりゃ注目される)
「……逃げるか?」
父親が、ぽつりと言った。
母親が、息を呑む。
「この村を……?」
「いや……ユウトだけでも」
その言葉に、胸が少しだけ、ざわついた。
(……それは、やめた方がいい)
理由は明確だ。
(今の俺、守られないと即詰む)
赤ん坊の移動。
隠密。
生存率。
(全部、最低だ)
だが、それを伝える術はない。
◇
その夜。
俺は、泣いた。
理由は単純だ。
(……眠れない)
気配が多すぎる。
空気が張り詰めすぎている。
(……調整、するか)
意識的に、声を出す。
「おぎゃ……」
弱め。
長く。
間隔を一定に。
(……これくらいで)
泣き声が、家の外へ流れる。
すると。
ざわついていた気配が、
少しずつ、緩んでいく。
(……効いてるな)
警戒心が、下がる。
緊張が、解ける。
前世で何度もやった。
会議前の雑談。
張り詰めた空気を、少しだけ緩める技。
(……まさか、泣き声で使うとは)
母親が、抱き上げる。
「大丈夫よ……ここにいるわ」
(……ありがとう)
その腕の中で、俺は考える。
(この世界、たぶん……)
(俺を、放っておかない)
それは、確信に近かった。
◇
翌日。
教会の使者が、正式な書簡を持ってきた。
「定期観察の件ですが……」
「拒否は……?」
父親の問いに、使者は静かに首を振る。
「推奨、です」
(推奨=拒否不可)
母親が、俺を見る。
不安。
迷い。
(……まあ、そうなるよな)
俺は、赤ん坊らしく、欠伸をした。
(どうせ、逃げ場はない)
(だったら……)
(利用できるものは、利用しよう)
赤ん坊にできることは、少ない。
だが――
「最適化」だけは、もう手放せないらしい。
――こうして俺は、
村の赤ん坊でありながら、
教会・貴族・学園の視界に入る存在となった。
そして、この頃から――
周囲は、こう呼び始める。
「あの子は、育ち方を間違えちゃいけない」
……随分と、重たい期待だと思う。
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