第4話 泣き止んだら村が救われていました
夜だった。
それは、目で見て分かったわけじゃない。
赤ん坊の視界では、昼も夜も大差ない。
だが、空気が違う。
家の中が静かすぎる。
(……起きてるな、これ)
普段なら、夜はもっと音がある。
薪の爆ぜる音、外を歩く足音、遠くの獣の声。
それが、ない。
代わりに聞こえてくるのは――低く、押し殺した声。
「……やっぱり、来てる」
父親の声だった。
(来てる? 何が)
「村の外れで、結界が歪んだって……」
母親が、息を詰める。
「魔物、よね」
その単語だけは、妙にはっきり聞き取れた。
(……ああ、そうか)
異世界。
剣と魔法。
村。
(そりゃ、いるよな。魔物)
妙に納得している自分がいる一方で、
胸の奥がざわざわと騒ぎ始めた。
――怖い。
理由は分からない。
だが、理屈より先に、感情が反応している。
(……この感覚、知ってる)
前世で、トラブルの匂いを察知したとき。
プロジェクトが炎上する直前の、あの空気。
「……ユウト、起きてる?」
母親が、そっと俺を覗き込む。
(起きてるけど、起きてない)
答えられない代わりに、瞬きをする。
その瞬間。
――家が、揺れた。
(……え)
重い衝撃。
地面を叩くような、鈍い音。
外から、叫び声が聞こえた。
「魔物だ! 西から――!」
(……想像より、近いな)
次の瞬間、胸が締め付けられた。
苦しい。
息がうまく吸えない。
(……あ、これ)
泣く。
泣くしかない。
「おぎゃあああああああ!」
自分でも驚くほど、大きな声が出た。
(……うるさい! 俺が一番びっくりしてる!)
だが、止まらない。
感情が溢れるように、声が続く。
怖い。
分からない。
どうすればいい。
――その時だった。
泣き声が、妙に「通る」感覚があった。
空気を震わせる、というより、
空気の流れそのものに乗っているような。
(……何だ、これ)
家の外で、別の声が上がる。
「……止まった?」
「魔物が……足を止めてる……?」
父親が、扉越しに息を呑む。
「……逃げてる?」
(……え?)
俺は泣きながら、必死に考える。
(何か、変なことしたか?)
――していない。
ただ、泣いただけだ。
だが、その泣き声は、
なぜか「整って」いた。
音程。
間。
息の吸い方。
(……まさか)
前世での癖が、ふと蘇る。
クレーム対応。
会議調整。
場の空気を壊さない声量。
(……無意識に、最適化してた?)
泣き声が、村を包む。
すると、外の騒音が、遠ざかっていく。
獣の咆哮が、消える。
「……結界、安定してる……?」
誰かが、信じられない声で言った。
やがて――静寂。
俺の喉も、限界を迎えた。
「……」
自然と、泣き止む。
(……疲れた)
視界の端で、父親が崩れ落ちるのが見えた。
「……助かった……」
母親が、俺を強く抱きしめる。
その腕が、少し震えている。
「……祝福、なの……?」
その言葉が、やけに重く響いた。
(祝福、ね)
意識が薄れていく中、ぼんやりと思う。
(それ、だいたい後で面倒になるやつだ)
前世でも、
「優秀」「特別」「期待してる」
そう言われた先に待っていたのは――
(……まあ、今は赤ん坊だしな)
考えるのをやめる。
眠気が、すべてを攫っていった。
――翌朝。
村では、こう囁かれるようになる。
「あの夜、赤ん坊の泣き声で、村が救われた」
そして俺は、
知らないうちに――
“触れてはいけない子”として、認識され始めていた。
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