第3話 お絵描きが古代文字扱いされました
白い。
というより、まだ「白っぽい」と言った方が正しい。
俺の視界は相変わらず解像度が低く、色の境界も曖昧だが、それでも壁が新しく塗り直されたことは分かった。
(……ああ、やっぱり積み木の件、気にしてるな)
両親は何も言わない。
だが、積み木は片付けられ、俺の手の届かない棚の上に置かれたままだ。
(正解だと思う。俺でも怖い)
その代わりに与えられたのが、炭の棒だった。
「ほら、ユウト。これなら……」
母親は言葉を濁しながら、それを俺の前に置く。
(……描けってことか)
掴む。
前より、指が動く。
震えながらも、壁に先端を当てると、黒い線が残った。
(……書けるな)
何を描くつもりだったわけじゃない。
ただ、手が動く方向に、抵抗が少ない流れを選んだだけだ。
線を引く。
曲げる。
重ねる。
(……この角度、無駄がない)
集中しているとき、時間感覚は消える。
前世でもそうだった。
「……あなた」
背後で、父親の声がした。
「……これ、何に見える?」
「……文字、よね」
母親の声が、かすれている。
(文字?)
そこで初めて、自分の描いたものを見る。
歪んだ線の集合体。
だが、どこか規則性がある。
(……あ)
気づいた。
(これ、フローチャートだ)
正確には、
「最短経路」「エネルギー損失の少ない流れ」を
無意識に可視化したもの。
だが、この世界の人間にとっては――
「……古代文字だ」
父親が、確信を持って言った。
「魔力の流れを示す……失われた体系だ」
(いや、違う。違うけど……説明できない)
その瞬間。
壁の文字が、淡く光った。
(……またか)
「……魔力、集まってる……」
母親が、息を呑む。
文字の線に沿って、空気が流れる。
熱も、冷気もない。
ただ、整えられた感覚だけが残る。
(……効率、良すぎだろ)
次の瞬間、ぱちん、と音がして光が消えた。
何も起きない。
壊れもしない。
だが。
「……保存だ」
父親が、震える声で言った。
「消さない方がいい。いや……消せない」
(消せないって……壁なんだけど)
その日の夜。
「……司祭様に、相談した方がいいと思う」
母親が、小さく言った。
(やめろ。絶対やめろ)
だが、声は出ない。
(……これ、完全に詰んでないか?)
俺は天井を見ながら、静かに瞬きをした。
前世で学んだことがある。
無自覚な最適化は、だいたい組織を呼ぶ。
そして組織は、
個人にとって、だいたい碌なことをしない。
(……次は、誰が来るんだ)
その予感は、残念ながら――外れなかった。
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