第18話 笑顔のまま立場を固定してくる貴族令嬢が一番怖い
彼女と出会ったのは、放課後の図書館だった。
正確には――
出会うように仕組まれていたのだと思う。
◇
学園の図書館は、静かだ。
それもそのはずで、
ここを使う生徒の多くは、成績上位者か、
あるいは「静かに考える必要のある者」だけだ。
(……後者の意味、重くないか)
俺は、資料棚の前で立ち止まっていた。
王国史。
魔法制度史。
貴族家系録。
(……全部、今後必要になるやつだ)
本を一冊引き抜いた、その時。
「――それ、初年度で読む本じゃありませんわ」
柔らかい声が、背後からした。
(……来たな)
振り向く。
金色に近い淡い茶髪。
完璧に整えられた制服。
微笑みは優雅で、隙がない。
(……貴族令嬢、完成形だ)
「失礼」
彼女は、軽く礼をする。
「私は、エリシア・フォン・ヴァルデン」
(……名門だな)
「噂の“特別枠”さんに、ご挨拶をと思いまして」
(噂、広がるの早すぎだろ)
◇
「噂、ですか」
俺がそう言うと、彼女は微笑みを崩さない。
「ええ。
序列を拒否して、
上位貴族を止め、
教師を困らせている、と」
(……だいぶ脚色されてる)
「事実と違う点は?」
「困らせるつもりは、ありません」
エリシアは、くすっと笑った。
「そこが、一番困るのですわ」
(……なるほど)
◇
彼女は、自然な動作で隣の席に腰掛けた。
許可は、取らない。
だが、不快感もない。
(……距離感、完成してる)
「あなた、味方を作るのが下手ですの」
唐突だが、否定できない。
「序列に入らない、という選択は――」
「敵を作らない代わりに、
守ってくれる“枠”も失う」
(……正論)
リーナと違い、
セラとも違う。
彼女は――
構造の話をしている。
◇
「では、どうすれば?」
俺がそう聞くと、
エリシアは、少しだけ首を傾げた。
「簡単ですわ」
「枠に入らず、枠を作る」
(……簡単に言うな)
「例えば」
彼女は、指を立てる。
「序列外の特別枠」
「教師も扱いに困る存在」
「無闇に敵対すると、問題になる生徒」
(……すでに、そう見られてる)
「そこに」
彼女は、微笑んだ。
「“貴族が一人、付いている”」
(……あ)
(それ、効くな)
◇
「安心してください」
エリシアは、即座に言う。
「私は、あなたを支配したいわけではありません」
(逆に怖い)
「ただ――」
「この学園は、力だけでは動きませんの」
「評判、記録、推薦、会議」
「それらを動かせる人間が、必要です」
(……つまり)
「あなたは、力」
「私は、立場」
(……はっきり言うな)
◇
「取引、ですか?」
俺がそう聞くと、
エリシアは、少し考えてから答えた。
「協力、ですわ」
(同じ言葉でも、重みが違う)
「拒否権は?」
「もちろん」
「ただし――」
彼女は、目を細める。
「拒否しても、
私は“あなたに好意的な貴族”として動きます」
(……詰んでないか?)
◇
俺は、溜息をついた。
(……この人が一番厄介だ)
力で測れない。
敵対しても、美しく微笑む。
(……前世で一番苦手なタイプ)
だが――
「……お願いします」
そう言うと、
エリシアは、満足そうに頷いた。
「賢明ですわ」
◇
その日以降。
学園内で、妙な変化が起きた。
露骨な敵意が減る
教師の態度が慎重になる
貴族席の視線が、計算に変わる
リーナが言った。
「……政治、入った」
セラは、眉をひそめた。
「……面倒くせぇ」
俺は、心の中で同意する。
こうして俺の周囲には――
理論、武力、政治
三つの視点が揃った。
そして学園は、
いよいよ“遊び場”ではなくなる。
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