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第9話「守る」


モンスターライダー


第9話「守る」



 研究所・警備室。

 作戦担当の東条茂は、椅子に座ったまま眠っていた。

 昼過ぎの時間帯。茂はいつの間にか、居眠りをしていたのだった。


 だがその眠りを、緊急警報のサイレン音が断ち切った。


 茂は大きな音に跳ね起き、ブザーの原因を確認すべくモニター画面を切り替える。


 研究所の外部の風景。空に、大きな黒い穴が開いている。

 ただし研究所からは遠い。そして、この戦闘都市の上でもない。


 穴は、市民が住んでいる市街地の真上に現れていた。


 茂は電話機とコンピューター機械を操作し、市街地警察に警告を発した。


 警備室の扉が開き、副長・手塚春菜が大慌てで入ってきた。

「どうしたの東条!! このサイレンは!?」

「あ、手塚さん。見ての通りです」

 茂はモニターを指さした。


 黒い穴から、何かが出てきた。

「あれは!?」

 その物体は、銀色で、灰皿のような形をしていた。


 俗に言う、空飛ぶ円盤だ。

 ただし、何があったのか、半分に割れていて、半月型になっていた。


 茂は無人戦闘機発進スイッチを押した。

 しかし、間にあわなかった。

 円盤は今にも墜落しそうに、ふらふらと飛んでいた。

 その動きは、落下する場所を探しているようでもあった。

 そして、円盤は最適な地面を見つけたかのように、地面へと落下していった。



 体育の授業をやっていた厳人達が潰されずに済んだのは、体育館を使っていたからである。

 グラウンドにはその時、誰もいなかった。だからこそ円盤はそこを選んで落ちたのだろう。


 生徒と教師が、何事かと体育館から飛び出す。すると、目の前には銀色の残骸がある。

 空に空いた穴は、いつの間にか無くなっていた。

 円盤は墜落したものの、その程度の衝撃では傷つかない。もとから付いていた傷があるだけだ。


 厳人、そして翔は気付いた。美穂が居ない。

 美穂は独りで、円盤の方へ近付いていた。

 厳人と翔は大急ぎで走って追いかけた。


 厳人が美穂の腕を掴む。

「須藤さん!!」

「あ、見つかっちゃったか」

 美穂は、悪戯の見つかった子供のような様子で笑う。

「何やってるんだ、危険だから」

 翔も、美穂のもう片方の腕を掴む。

「須藤さん、行こう」


「あのね。あたしがこの学校に来たのは、もともとは啓次がここに進学する事にしたからだけど、それだけじゃ無くて。なんか面白そうな事が起きるかもって」

「今はそんな昔話してる場合じゃないって」

 早くしないと、この円盤から何か出てくるかもしれない。

 墜落したように見えるが、この円盤が何なのかはまだ分からない。


 だが美穂は、そんな事はお構いなしに喋る。

「厳ちゃんも翔ちゃんも戦ってて、羨ましいって気持ちもあるし」

「話は後で聞くから」

「それからね。あたしはお姉さんなのに、二人を守るにはまだ力が足りないって思ったの。戦闘が起きればずっと待ってる事しかできない。昨日風邪をひいて、少しも守れなくて、気付いた。あたしはもっと、強くなりたい。その可能性があるなら、どんな危険でも冒したい」


『その気持ちは本当ですね?』


 円盤の破損部分の穴から、四角い機械が出てきた。

 三人は身構えるが、機械は宙に浮いたまま、特に危害を加える様子が無い。

 機械から、音が聞こえてくる。

『わたしは、あなた方の敵ではありません。この船にはもう、戦う力はございません』

「本当?」

『あなた方の敵でしたら、すぐにでもあの建物を目指して進撃するでしょう』

 機械は、細い触手状の腕で、研究所の方を指さして言った。

『この船の乗組員は、もう生きてはおりません。種族の殆んどが死滅し、契約モンスターと存在核を船に乗せて宇宙を逃げておりました。やがては自分達のような知識を持った種族の星に流れ着き、その星の住人と契約を結ぶつもりでした。しかし、存在核は敵に奪われ、数人の者も消滅しました。ですから、この契約モンスターと、彼の存在核だけがこの船に乗り、ここに辿り着いたのです』

「存在核って?」

『それを奪われると種族が滅びる、存在そのものの中心核の事です。あなた達人類も、それを守って戦っていたのでしょう?』

 美穂は厳人と翔の方を振り返る。

 二人は、頷いた。

『わたしは、モンスターとの契約の為に作られた人工知能でございます。モンスターの契約者が死んだときに、作動するように設定されておりました関係で、製造主が滅んだ後もこうして働いているのであります』

「契約者?」

『力の無い、しかし知識を持っている種族は、モンスターと契約をするのです。仲間が何らかの理由で居なくなってしまい、独りで存在核を守り続けているモンスター。彼らの存在核を我々が一か所に集め、共に守ろうという契約です。モンスターには一人の契約者が必要で、契約者はモンスターに乗り、知恵の力を駆使して一緒に闘うのです』

「あたしも、その契約者になれるの?」

『もちろん。契約者に必要なのは、その種族で最低限の年齢であるという事と、戦う意思だけです。どう致しますか?』


 美穂は、一歩進み出た。

 厳人も翔も、止められない。危険な事だと言っても、美穂は考えを変えはしないと分かっている。


 だが厳人は何故か不安になった。美穂が危険だという事ではなく、もっと別の事で。

 厳人は思わず、美穂の肩を掴んだ。

「……厳ちゃん?」

 美穂が振り向く。

「あ……ごめん」

 厳人は肩から手を放した。


 美穂は一歩前に踏み出す。


「その話、乗ります。あたし、契約者になる」

『了解です。』

 機械が光を発し、作動音を鳴らして動き始める。

 そしてそれが止んだとき、機械は再び言葉を発する。


『無事、契約は完了しました』


 円盤が少し、揺れた。

 円盤の上部が開き、中からモンスターが現れる。


 それは恐竜、いや、古代の海竜のような姿をしていた。

 手足がヒレのようになっていて、尻尾にもヒレが付いている。二本のヒレを使って直立している。

 やや長い首の先に、口ばし状の鋭い先端を持つ頭部。そして全身が紫色に近い体色をしている。


「これが、あたしの新しい仲間」


 須道美穂は、契約者となった。



 春菜から一通りの事を聞かされた美穂は、研究室に入ってきた。


 窓から、モンスターキューブに入っていくあのモンスターが見える。

 そして、ベルトコンベアに乗って地下室へ運ばれていく存在核も。


 研究室には、美穂以外に、大人3人、子供3人。メンバーが集まっている。


「須藤・美穂。高校生です。モンスターの契約者になりました。よろしくお願いします!」

 美穂は頭を下げた。

「ああ、それなんだけど」

 春菜が思い出したように言い出す。

「他のモンスターと区別する為に<シーサーペント>と呼ぶ事にするから。」

「シーサーペント?」

「伝説のオオウミヘビの事よ。さて、」


 春菜は、ホワイトボードにシーサーペントの絵を描いた。

「シーサーペントについて説明するわね」

 春菜は、さきほど回収された円盤の契約マシンから、シーサーペントの事は大体聞いていた。

「このヒレと、渦上のエネルギー放射を使って水中・空中・地中・宇宙問わず高速で飛べるらしい。武器はカッターにもなるヒレと、鋭いくちばし。このくちばしからは、貫通力の強い光線を出すって言ってたわ」

「なるほど」

 美穂がうなずく。

 だが理解しているのかどうかは、美穂の顔からは読み取れない。今まで一度も戦場に出ていない美穂が、エネルギーとかビームとか言われても、実感を持てているのかどうかは不明だ。


「とりあえず、改めてよろしくね。一応、先輩方! 」

 美穂は再び、今度は契約者4人に向けて挨拶をする。


 その中で、厳人はずっと不安感に襲われていた。

 表情には出ていなかったが、翔はそれを敏感に感じ取った。

 翔には、理解できない。美穂が守ってくれる事の何が不安になるのか。

 翔は不思議に思っていた。



 次の日、学校の教室。休み時間になり、美穂が厳人に勉強を教えている時の事だった。


「厳ちゃん? おおい、ちゃんと聞いてる?」


 厳人はいつの間にか、上の空になっていた。

「あ、ごめん」

「もう、今日の厳ちゃんなんか変だよ? 」

 厳人はいつでも、集中力が無い。だが、今日の厳人は普段にも増して気が散っていた。

「もしかしてお腹が痛いとか?」

「いや、そんなんじゃ無いから」

「じゃあ、昨日アレだったとか?」

「アレって何だ? とにかく何でも無いから」


 厳人は何をそんなに不安がっているのか。

 厳人の後ろの席で、翔は寝ながら二人のやり取りを聞き、そう思った。

 だから、二人きりになった時、聞いてみようかと思った。美穂が原因だとしたら、厳人は本人の前では言い辛いだろうから。



 そして放課後、その機会はやってきた。

 委員会活動が終わり、厳人と翔は寮の部屋へ帰ってきた。

 美穂は、委員長への伝達があると言われ、先生に呼び出されている。


「昨日から厳人、変じゃない?」

 翔は早速聞いてみた。

「なんだ? 何の事だ?」

「何かそわそわして。悩みでもあるの?」

「そわそわなんて、」

「須藤さんが契約者になった事で何か?」


 厳人は、翔があまりに鋭く言い当てたので、驚いた。

 その驚きが、厳人の表情にも表れてしまったのだろう。

「やっぱり」

「何で分かったんだよ」

「何となく雰囲気で」

「そっか」

 翔はいつも、喋るよりもじっと観察している事の方が多かった。

 表情に出なくても、そういう空気のような物でも読んでしまう。そういう能力が身についている。


「ぼくには分からない。須藤さんの強さを、厳人は信じてないの?」

「信じてるよ。そう言う事じゃ無いんだ、不安なのは」

 翔はますます分からないと言いたげな顔になった。

 厳人は、ちゃんと説明しなきゃ、分かってもらえそうにないと思い、言葉を探した。


「須藤さんはおれ達を守ってくれる。それは嬉しい。でも……それは戦い以外での事なんだ。戦いの時まで守られるのは、不安だ。翔には分からないかもしれないけど」

「分かんない。厳人が何を言っているのか、ぼくには分からないよ」

「そうだよな」


「須藤さんは何時だってぼく達を守ってくれる。それでいい」


「そう、なんだよな」


 翔には分からない。疑問は深まるばかりだ。


「じゃあおれ、聞いて来るよ」

「誰に?」

「前からずっと、日常でも戦いでも、守る守られる関係を続けてた人達にさ」

 翔にも、それは愛と真白の事だとすぐに分かった。

「じゃあ、ぼくも行くよ」

「お前はここで須藤さんを待ってろよ。じゃあな」


 厳人は扉を開けて、歩き出した。

 とりあえず先ずは、研究所の、愛の自室へ行こうと思った。



 その頃、愛の自室には、愛と真白がいた。


 愛は、また真白を抱きしめていた。

 ずっと、それを続けていた。


 時間がたって、真白が聞いた。


「愛ちゃん」

 愛は抱きついたまま、答える。

「なあに、真白?」

「どうして、教えてくれないの?」


 愛は、黙ってしまった。

 真白の質問は続く。

「愛ちゃんの事。どうして隠すの? それから、どうしてずっと、私に何もしないの?」


 愛は答えない。

 愛はずっと、真白に抱きついているだけで、何もしなかった。

 まるでそうする事しか知らないように。

 本当は知っている。どうしたいか。だが、愛には出来なかった。


 それが真白には、まるで拒絶のように感じられてしまった。

「私の事、嫌いなの?」


「違う!!」

 愛は、叫んだ。

「私は、真白が大好き」

 真白を抱きしめる手に、力が入った。

 だが、その力も、どこか割れやすい物を触るように、微妙なバランスを保っていた。


「もっと、強く抱いてよ」


「……わたしは、真白を傷付けたくない。嫌われたくない。真白が大好きで、大好きだから」

 愛は、微かに震えていた。

 傷付けたくないから、思いきり抱きしめられなくなった。

 嫌われたくないから、秘密を話す事を躊躇ってきた。


 真白もようやく気付いた。むしろ愛は真白が好きだから、何も出来なくなっていた。


 真白は、愛の手を握った。

「愛ちゃん。わたし、愛ちゃんになら傷付けられたいよ。だって愛ちゃんもそう言ってくれたし、私も愛ちゃんが、大好きだもの」

「無理……真白を傷付けるなんて」

「愛ちゃん」


 真白は、愛の手を放し、いったん立ち上がって愛の方へ向き直る。


「愛ちゃん。……キス、しよう」


 愛は戸惑った表情を見せた。


「そんな顔しないで。私の事が好きなら、私を奪って。傷付けてよ。私は、受け入れてあげるから」

「真白」

「出来ないなら、私が愛ちゃんを奪っちゃうよ」


 真白が、愛に顔を、近付けていく。

 愛は、どうしていいか分からず、ただただ真白を見つめていた。


 真白の、動きが止まる。


「愛ちゃん……瞳……真っ赤に光ってる……」


 愛は、ソファから飛び上がって、真白から離れた。


「愛ちゃん?」

 愛は、目を両手で隠した。


 愛は、興奮して、自分を抑えられなくなっていた。だから、春菜を襲った時のように瞳を赤く光らせてしまったのだ。


「ごめん……興奮して。……怖いよね? 今のわたし……」


「違うの愛ちゃん! 私、そんな事は」

「嫌いになるでしょ? わたしのこと」

 愛は、涙ぐんだ声でそう言った。


 そんな愛を、真白は抱きしめた。

「違うのよ、愛ちゃん。私、すごく素敵だなって思ったの」

 愛の、震えが止まった。

「だって、すごく綺麗なんだもん。愛ちゃんの、その瞳。もっと、見せてよ」


 真白は愛を放して、その顔を再び見た。

 愛の瞳は、元に戻っていた。


 真白はもう一度、愛に顔を近づけてみた。

 愛の頬が熱くなるのと同時に、瞳が真っ赤に輝きだした。

「そう、その光が。愛ちゃんのその瞳。私だけのものにしたいって思えるもの」


「真白……」

 愛は瞳から光を出すと同時に、目から涙を流した。

 その涙を、真白の指が拭き取った。

「だから泣かないで、愛ちゃん」


 その時、来客を告げるチャイムが鳴った。


 真白は、愛から離れた。

「ごめん。続きはまた、あとでね」

「……うん」



 愛は玄関のドアを開けた。


「……厳人」

 そこには、厳人が立っていた。

「よう。……実は、聞きたい事があって…… !」


 厳人は、真白が部屋の奥に居る事に気がついた。


「厳人?」

 良く見ると、愛の目には泣いた跡があった。


「……悪い! 邪魔をしたみたいだ。帰るよ」

「いや……聞きたい事があったんじゃないのか」

「今は、聞きづらいから」

 愛は不思議そうな顔をした。


 厳人は、愛か真白か、どちらか一方になら聞けると思った。しかし、両方いると、聞きづらい。

 聞かれる方も、恥ずかしいと思うに違いない。そういう風に考えて、聞くのを躊躇う。

 でも今の愛を見て、聞かずとも何となく、答えは掴めたような気がする。

 愛が泣いていた。真白と二人きりの時に。

 厳人は愛と真白の関係を、愛が真白を守っているものだと思っていた。

 だが、愛は泣いていた。

 この二人は、本当はどちらかが片方を守るとか、そういう関係では無いのかもしれない。

 だとすれば、厳人はもう特に聞く事はない。


 急に、真白の携帯電話が鳴った。


 それは毎度の事ながら、春菜からの連絡で、モンスターの襲来を告げるものだった。

 真白と愛と、そして厳人はワープポイントへ走って行った。


 厳人の不安は解決されずに、次の戦いが始まってしまった。

 厳人は戦いの中で、不安を消しさる方法を見つけるしかない。



 モンスターキューブに到着すると、美穂と翔が待っていた。

「あ、厳ちゃん。愛ちゃんにマッシー」

 美穂が手を振ってくる。


 厳人は、心の中で気合いを入れた。

 いつも守られているからと言って、戦いの中でも守られるとは限らない。

 美穂がそう言っていたように、厳人は一応、先輩だ。

 美穂を守って戦えるかもしれない。厳人はそう意気込んだ。



 5人は発進した。


 街の中に、5体のモンスターが並んだ。

 赤いドラゴン。

 青鬼のパワード。

 黄緑のカメレオン。

 灰色のドッグ。

 紫色のシーサーペント。


 5体の目の前に、一体の敵がいる。

 蟹のような姿をしたモンスター。六本の足と、ハサミのある二本の腕。


 その口から、何かが放たれた。

 それは大きな杭だが、後方からエネルギーを噴射して飛んでくる。ミサイルのようだ。

 一発ではなく、何発ものミサイルが同時に発射されていた。

 シーサーペントは、口ばしから光線を放った。

 光線はドリルのように回転しながら直進し、ミサイルを撃ち落とした。

 ドラゴンは火球を、パワードは光線を、ドッグは光弾を放ち、それぞれミサイルを迎撃する。

 カメレオンはその自在に動く尻尾を使い、ミサイルを横から打ち、はたき落した。


「カメレオン。姿を消せ」

 厳人が呟いた。カメレオンはその声に従い、見えなくなった。


「ちょ、厳人!? 何やってる!!」

 愛が叫ぶ。真白達も驚いた。

 だが、その声は厳人には届かない。

 厳人は、活躍する事しか頭に無かった。チームの事より、自分が敵を倒す事だけを考えていた。

 敵は、これまでの個体に比べれば弱そうにみえた。カメレオンの力だけで倒せると思った。

 敵の懐に飛び込んだカメレオンは、その爪で蟹の目に切りつけた。


 だが、敵の目は、傷一つ付かなかった。

 厳人は驚いた。目は一番弱い部分のはずだ。それでも傷付けられないなんて。


 蟹の反撃が始まった。

 目に当たった爪の衝撃や気配から、蟹はカメレオンの大体の位置を掴んだ。

 両腕のハサミが、カメレオンめがけて連続で振り下ろされる。

 カメレオンは何とかそれを避け、尚も蟹の体に爪をふるい続ける。

 だが、蟹の体は一向にダメージを受けない。

 このままでは埒が明かない。厳人はいったん蟹から離れて出直そうかと考えた。


 しかし、蟹の方はそれを許す気はなかった。

 蟹の口から、ミサイルが発射される。

 それはカメレオンを狙わず、カメレオンと蟹の周りを高速で回り続ける。

 カメレオンは脱出不能になった。


 4人の仲間は、それをずっと見ていた。

 射撃武器を使えば、蟹のすぐそばにいるカメレオンに当たってしまう恐れがある。

 接近して戦おうにも、姿を消しているカメレオンの存在が邪魔だった。

 何度も無線で厳人に呼び掛けたが、応答は無かった。


 このままでは、カメレオンがやられるのを待つばかりだ。

 とりあえず、近付いて、カメレオンの脱出を妨げる、ミサイルの囲いを壊すしかない。

 愛はドラゴンを前進させようとした。


『待って、あたしに任せて』

 美穂が、無線で呼び掛けた。

「できるの?」

『シーサーペントの力なら、たぶんできるよ』

 愛は前進をやめ、美穂に任せる事にした。


「厳ちゃん、聞こえているなら、気を付けてね」

 美穂は、シーサーペントに行動の内容を伝えた。


 シーサーペントは、口ばしから光線を発射した。

 光線は蟹には当たらず、蟹の真上を通過した。

 しかし、光線は照射され続けている。

 蟹と、カメレオンの目には、真上に巨大な光の剣が出現したかのように見える。

 そしてその剣が、ゆっくりと下がってくる。

 カメレオンは何とか、それが降ろされる方向から離れた。

 光線は、上から振り下ろされ、蟹の外骨格を切り裂いていく。

 そして、蟹は真っ二つになった。


 蟹が倒された事で、ミサイルも、制御する者がいなくなったために地面に突っ込み、自爆した。


 厳人は助かった。

 しかし、厳人の心は晴れやかではない。

 ちっとも役に立てなかったばかりか、みんなに迷惑をかけた。

 完全に足を引っ張った。今まで以上の無能を曝した。


「おれって駄目だ、やっぱり」



 真っ暗な空の下で、厳人はブランコに座っている。

 厳人は公園に独りでいた。周りには誰もいない。

 誰にもこの場所は教えていない。

 モンスターキューブに戻り、カメレオン操縦室から出た後、逃げるように研究所から走り去った。


 皆は心配しているだろうか、と考える。

 別に何も思っていないかもしれない。厳人は役立たずだった。戦いの邪魔をした。

 厳人は、皆に嫌われたかもしれないと思った。


「厳人」


 声がする方を振り返ると、翔だった。


「なんで分かった。この場所が」

 厳人はそう聞いたが、良く見ると、聞くまでもない事だった。

 翔は激しく息切れをしていた。きっと、街中を探し回ったのだろう。

「厳人。帰ろう」

 翔は美穂に居場所を知らせるメールを送りながら言った。

 だが、厳人は帰りたくない。

「皆、怒ってるだろ?」

「ううん、別に誰も怒って無いよ」

 厳人は翔の方を見る。

 厳人の事を気遣って、嘘を言っている様には見え無かった。本当に怒って無いのかもしれない。


「そうだな、誰もおれに期待なんかしてなかったから」

「そういう事じゃないよ」

「じゃあどういう事なんだよ。おれには分かんないよ!!」

 厳人は、叫んだ。ブランコから立ち上がって叫んだ。

「人の価値は、力や能力だろ? それが無いから、誰もおれの事なんか見てくれない」


「そんなこと、無いよ」

「いいや。守られてばっかりじゃダメなんだよ。そんなのは。普段守られていたって何か一つでも、皆の役に立てなくちゃ生きていく資格は無いんだ。なのに、おれは」

「どうして、そういう風に思うの?」


 厳人は、役に立つか、役立たずか、という基準でしか、自分の尊厳をはかれない。

「能力が低かった。役立たずだったから、嫌われたんだ。のけ者にされた。友達だと思っていた奴らも裏切った。翔も、須藤さんも、そんな事無いって言うだろう」

「うん」

「でも、そんなの分かんない。だって、お前達からおれは、もらう物がたくさんあるのに、おれから返せるものは一つも無いじゃないか!!」


「厳ちゃんの、ばか」


 気がつくと、厳人の後ろには美穂が立っていた。

「須藤さん……いつからそこに……」

「返せるものが無い? あたし、厳ちゃんからたくさんの物、もらってるよ!」

「え……」

 厳人には、思い当たる事が無い。

 美穂は厳人の為に自分の時間を犠牲にして勉強を教えてくれる。厳人は時間を奪っている。

 美穂は厳人に好意をくれた。ずっと一緒にいてくれる、安心をくれた。

 美穂無しでは、翔と今の関係になれたか分からない。翔との絆も、美穂からもらったものだ。

 厳人からは、何も返した覚えは無い。


「あたしは、厳ちゃんと翔ちゃんが好き。

 翔ちゃんは、何でもできるのに、幼くて、不器用で、さびしがり屋。

 厳ちゃんは、翔ちゃんよりも不器用で、孤独を恐れて、怖がり。

 それから、ホントの兄弟みたいな、二人の関係も好き。二人とも大好き。

 そんな気持ちを、もらっているの。二人から。」


「気持ちなんて、そんなのおれが役に立てた事にはならない」


「役に立つとか、どうでもいいんだよ」

 厳人にはそれが、理解できない。

「人の良い所って、役に立つ所だろ? 誰かの助けになる所だろ?」

「あたしが好きなのは、役に立ってくれたからじゃない」

「じゃあいったい、なんなんだ」


「翔ちゃんが翔ちゃんだから。厳ちゃんが、厳ちゃんだから。厳ちゃんの全部。悪い所なんて無い。あたしは翔ちゃんも厳ちゃんも、嫌いになれる所なんて無い。好きなのよ、厳ちゃん」


「おれは……」


 厳人は、無能をただの悪としか考えられなかった。

 だから自身のそんな所を呪った。呪えば呪うほど、自分を嫌いになっていった。

 なぜなら、厳人が無能と呼んだものは、厳人自身と不可分のものだったからだ。


 しかし、今。

 厳人はこれから、自分を本当に好きになれるかもしれない。その可能性が今、見えた。

 厳人の一番大切な美穂が、厳人の全部を、受け止めてくれる。その希望が、厳人を包み込んだ。


「おれは……ここにいても、いいの……?」


 美穂は、優しい笑顔を見せた。

「うん、いいよ。翔ちゃんも、良いよね?」


 翔も、厳人に微笑んで、頷いた。

「いいよ。でも……ライバルとして、ね」


 美穂は、両手で翔と厳人の肩を掴んだ。

「もう、そういうのやめて、二人ともあたしの彼氏になればいいのに」


 何の恥じらいもなくそう言った。

 厳人と翔は、赤くなった。

「あたしの事、好きでしょ?」


 厳人も翔も、躊躇いがちに頷いた。


「じゃあ。あたしが二人の事どれだけ好きか言ったんだから、二人も、言ってよね。告白、してよ」


 二人はしばらく沈黙した。


「優しい、所が好き。」

 翔が真っ先に口を開いた。

「強くて、太陽みたいな所が。」

 厳人がそれに続いた。

「明るくて」

「強引で」

「ちょっとだけ、意地悪で」

 二人は口々に想いを打ち明けて見せて行った。


「やだなあ、照れるよ。そんなに言われると」

 さすがの美穂も、ちょっと赤くなっていた。


「、好きだ、、須藤さん」

「……大好き、須藤さん」

 厳人と翔は、その言葉はほぼ同時に言った。


「美穂って、呼んでよ」


 そう言えば、まだ名字で呼んでいた二人。

「あたしの事好きなら、名前で呼んでよ」


「み、美穂さん」

「……美穂さん……」

「うん!」


 美穂は、二人の肩を抱きしめた。

「それじゃあ、帰ろっか」


 三人は、三人四脚のように、横に並んで歩いていく。

 暗い夜道を、帰っていく。



 だが、厳人は、優しさに包まれていた。



続く

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