第8話「ライバル」
モンスターライダー
第8話「ライバル」
美穂は厳人と共に、呼吸が荒く顔中が赤くなった翔を担いで、寮の医務室へ運んだ。
医者は見た目よりも軽い風邪だと言い、風邪薬を処方した。
再び翔をベッドに戻す。その時、厳人の携帯電話に、春菜から電話がかかってきた。
春菜は、今回襲ってきたモンスターの事を話した。モンスターの精神攻撃のせいで厳人達は意識不明になっていたらしい。
翔が風邪になった事を告げると、それもモンスターが原因である可能性が高いという。だが、モンスターは真白と愛が倒したから、その風邪も今はもうただの風邪である、とも。
厳人は電話を切った。
「組織の人から?」
美穂は翔の頭の後ろに氷枕を敷いている。
翔は、眠っているらしい。
「うん。……須藤さん」
「美穂って呼べってば」
「そんな事より須藤さん」
厳人は、春菜から電話で聞いた事を話した。
「そっか、それであたし達、寝ちゃってたんだ。覚えてないけど」
「そう、それで翔も風邪をひいた。だから」
厳人は、美穂の顔を直視した。
「どしたの、改まって」
「須藤さん。やっぱりおれたちは一緒に居ちゃいけない」
「どうして」
「モンスターがおれや翔を狙ってくる。須藤さんを巻きこんでしまうから。だから、もう一緒には」
「馬鹿野郎っ!!!」
美穂が、怒鳴り声をあげた。
あまりの大声で、翔は何事かと目を覚ました。
「守ってあげるって言ったじゃない!! 厳ちゃんも翔ちゃんも、大切な弟だもん! お姉さんとして、逃げ出す訳にはいかないよ!」
「いや、同い年でしょ……?」
「厳ちゃん、誕生日は?」
「え、9月13日」
「翔ちゃんは?」
「……6月7日」
「あたしは6月6日生まれ!!! ほら、ギリギリお姉さんだ!!」
「なんだそりゃ。大体、学年一緒だし」
誕生日の理屈には厳人も翔も乗り気がしない様だ。
なので、美穂は別の角度から攻める事にした。
「あたしは一人っ子! 厳ちゃんは兄弟いる?」
「兄が一人いる」
「やっぱり弟だ!」
「いや、兄と言っても本当の兄じゃ無くて」
「細かい事は言いっこなし! とにかく厳ちゃんは弟よ!」
厳人は、もう反論するのも疲れた。美穂の押しに負けた。
「わかったよ、いいよそれで」
「よし! 翔ちゃんは兄弟いる?」
聞かれた翔は、少し考えた。
「……兄や弟というか……血の繋がりは無い、兄弟みたいなものなら」
「よく分かんないけど、翔ちゃんも弟ってことにする!!」
美穂は強引に決定した。
「そしてあたしはお姉さん。だから、守りたい。何となくね。きっとあたし達3人、前世で姉弟だったのよ」
それも悪くないかもな。
厳人と翔は、そんな風に思った。
それから夜まで、美穂は厳人に勉強を教えたり、翔の看病をした。
そして、夜遅くに帰って行った。
その頃、研究所の中の、愛の部屋に、愛と真白はいた。
二人は、ソファに座っている。
愛が、真白の背中に抱きついている。横から、真白に覆い被さるように。
真白は、愛が真白の体の前に回す手を握っている。
何時間もずっと一緒に過ごしていた。
真白は、既に春菜にはメールを入れている。遅くなるから、夕飯の支度はできないと。
深夜になる。そろそろ、真白は帰らないといけない。
「愛ちゃん、起きてる?」
喋っていない時間が続いていた。だが愛は起きていた。
「うん」
「もう帰らないと。春菜さんが心配するから」
「やだ」
「愛ちゃん」
「なんだか、真白がすごく強くなって、わたしの手の届かない所へ行ってしまいそう」
真白とパワードが見せた戦いが、愛にそう感じさせた。
「だから放したくない。ずっと、真白を守っていたい」
「私はどこにも行かないよ。」
真白は、愛の手を握る手に、力を込めた。
「愛ちゃんは私を守ってくれた。私も、愛ちゃんを守るから。だから今夜はもう、放して」
愛は、母親に諭された子供のように、しぶしぶと真白を放した。
「ありがと、愛ちゃん」
「真白」
「うん」
「また明日」
「うん、また明日。」
愛と真白は、笑顔でそう言って別れた。
真白は家に着くと、まずは、遅くなった事を詫びようと思った。
春菜はリビングルームの椅子に座っている。テーブルの上には、食べ終わったカップラーメンの残骸が置いてある。
「春菜さん。遅くなってごめんなさい。あと、夕飯の準備が出来なくてごめんなさい」
「真白も、愛もね」
春菜は、唐突に語りだした。
「真白は、わたしにとっては本当の娘の様なものなの」
それは前にも言った。
「それから愛も、わたしにとっては娘みたいなものなのよ」
それは、初めて言う事だ。
「だから、いや、だからって言うのもおかしいかな、そのつまり」
春菜は考えがまとまっていない様だ。
「だからその…… おめでとう、真白」
「い、いきなり何の事ですか、春菜さん」
答えず、春菜は逆に聞いてくる。
「愛の部屋で、何してたの?」
真白は、赤くなる。
「いやいや、無理に言わなくていいのよ」
春菜は真面目な表情から一転、笑顔を作った。
「わたしは、真白が幸せならそれでいい。だってわたし、お母さんだもの。愛はわたしにとっていい子じゃないけど、悪い子じゃないって知ってる。悔しいけど、わたしよりも強いって事も。愛になら真白を任せても大丈夫だと思う」
「ありがとう、春菜さん」
次の日の、昼ごろ。
厳人は、部屋のベッドで寝ていた。
本当なら、学校で授業を受けている時間だ。翔はとっくに学校へ行っている。
翔の風邪は既に完治した。代わりに、厳人と美穂が風邪をひいてしまった。
厳人は、携帯電話で美穂と話している。
『高熱出ちゃってさあ、厳ちゃんのお見舞いに行けないよ』
美穂も自宅でずっと寝込んでいる。
『昨日は守るとか何とか言ったのに、今日こんな有様で。ごめんね』
「い、いや、いつも助けてもらってるし」
『仕方ないから、今日は翔ちゃんに厳ちゃんを任せるよ』
厳人は不安だが、ルームメイトだから仕方がない。
『心配無いって。それじゃあね』
電話を終えて、厳人は再び独りになった。
二段ベッドの上段に寝ているので、視界に映るのは天井ばかり。
ずっと見ていると眠くなる。厳人は、まるで催眠術にかかったように、眠りに落ちて行った。
厳人の目の前に、黄緑色の怪物がいる。
密林に住む爬虫類の『カメレオン』に似ているが、二本足で直立している。
厳人は、カメレオンに向かって叫んだ。
「うまく戦えないのは、お前が弱いせいだ!!」
カメレオンも口を開き、今度は厳人に対して反論する。
「戦う? 戦っているのはおれだけだ。お前はただ、おれの上に乗っかっているだけじゃないか」
「違う!」
厳人は否定する。
「一緒に戦ってるんだ!」
「お前がおれに何をしてくれた?」
「サポートを!」
「お前の指示無しでは『消える』事が出来ないという、制約を付けてくれただけだ」
「そんな事は無い」
「お前は、足かせじゃ無いのか」
「……おれは役に立っている」
厳人は自信を持ってそれを言う事が出来ない。
「一緒に戦って、強くなった気分か?」
「気分じゃない、強くなったんだ」
「すべて、おれの力だ」
カメレオンは厳人を責める。
「お前は無能なんだよ。だから皆がお前を嫌いになる。父も母も、兄もみんなそうだった。仲間だと思っていた友人達も、去って行った。独りになった」
「しかし……この場所で新しい仲間が出来たんだ」
「本当か?」
「本当だよ」
「ここに来て初めて出会った仲間。愛は、真白と一つになった。そして、翔と美穂も、君の知らない所で結ばれるんじゃないか?」
「そ、そんな事にはならない……」
「そうなれば、お前に残されるのは芝啓次か?」
高等学校に入って初めて出来た友達。隣の席の。
「最近あまり話してないな」
それは、厳人が美穂と勉強するようになったから。
「違うな。嫌になったんだろ? あいつはモンスターの話を信じない。彼とお前の間にある距離が。そして啓次はもう不良じゃない。勉強してこの学校に入った。アルバイトも始めた。お前と違って、優秀な、いや、普通の人間なんだ」
「そうさ厳人。君は普通の人間じゃない。異常だ。いくら頑張っても、勉強もスポーツも人並みにすら出来ない。そして何の才能も無い。そんな人間居ると思うか? いないよ。君はある意味特別だ。あまりにクズだという点で、この世界で唯一の存在。人間じゃ無いのかもしれない」
「……そんな事が、あるもんか」
「お前は誰の役にも立てない。だから当然、誰もお前に優しくはしない。お前は独りになるんだ。お前が無能だったせいでな」
厳人は目を開けた。
再び、退屈な天井が視界に映る。
カメレオンはモンスターである。モンスターとは、強力な生命力を持った高次生命体。ただし、知能と生命力は、どちらか一方しか与えられない物らしい。だから、人間が自力で空を飛んだり、火を噴いたり出来ない様に、モンスターも機械を使ったり、言葉を話したりは出来ない。
カメレオンが喋るはずが無いのだ。例えテレパシーの様な物を使っても。だから、厳人に話しかけてきたカメレオンはただの、夢の幻。
もしかすると、オレンジ色の敵による精神攻撃の夢。それをもう一度見たのかもしれない。
厳人は思った。カメレオンは喋らないが故に、彼の意思は分からない。厳人とカメレオンを繋いでいるのはただの契約だ。厳人は、少なくともカメレオンの邪魔をしない限り、共に闘える。たとえ皆が厳人から離れていっても、カメレオンだけは離れない。
それからは、眠ればあのような悪夢を見る気がして、厳人は眠れなかった。目覚めたのが昼をだいぶ過ぎたころだったので、放課後になるのにそれほど時間はかからなかった。
ドアが開いた。もちろん、入ってきたのは美穂ではなく、翔だった。
翔は何も言わず、二段ベッドの梯子を上ってくる。
「……なんだよ」
「……病人が上段で寝てると、何かと危ない……」
「トイレに行くとき滑って落下するって言いたいのか?」
「うん」
「残念だったな、さっきちゃんと降りられたよ」
「次は失敗するかも」
「……わかったよ、降りればいいんだろ」
厳人は梯子を降りて、下段、翔のベッドに入った。そして翔が厳人の布団を降ろした。
敷布団から、翔のにおいがする。
他人のベッドに入るのは気分が悪い。だが、厳人はこの口数の少ない隣人と不毛な言い争いを続ける方が嫌だった。
翔が氷枕を入れ替えるというので、温くなった物を差し出し、冷たい枕を受け取った。
それから翔はベッドの横の椅子に座り、厳人をじっと、観察するように見始めた。
厳人は、眠ればあの悪夢にうなされる。
眠らなければ、翔の視線が気になり落ち着かない。ジレンマだ。
「おい翔」
「なに?」
「美穂に頼まれたから、おれを見てるのか?」
「うん」
はっきりと言い切る翔に、厳人はなぜかムカついた。
だから、皮肉を言ってみた。
「お前が風邪をひいて、おれは喜んでたんだ。おれはお前より健康だぞってお前を見下してた。だがその次の日にはこのざまだ。よかっっただろう、敵がこんなんで」
「喋らない方が、治りやすい」
「うるさい。おれはな、人間が二人以上いる空間で、二人とも黙ってるなんて耐えられないんだよ!最近は須藤さんが居たから良かった。でも今はだめだ。おれを黙らせたいならお前が喋れ!」
翔はしばらく黙っていたが、やがて話を始めた。
「……ぼくが昔、風邪をひいたときの話……」
タイトルみたいに言ったな、と厳人は思った。
「ぼくの部屋には誰も来なかった。薬を与えられ、ひたすら寝かされていた。訓練の時以外は、仲間は顔を合わせる事は許されない。彼らも、ぼくを仲間と思っていたかは分からない」
どうやら、スパイとして訓練されていた頃の話らしい。
「……ぼくには、本当の親はいない。孤児。彼らに、育てられた」
彼らとは。
「日本を陰で牛耳る組織。彼らにスパイとして育てられた10人の内の1人。将来スパイ活動をさせるための。そして君達を監視するためにここへ送り込まれた」
厳人は驚いていた。
話の内容にではなく、翔が一言以上の言葉を話すのは今まで聞いた事が無かったから。
「前に入らされた中学では、無口なぼくに話しかける人間はいなかった。いじわるされる事はあったけど。でも、須藤さんも厳人も、ぼくの傍にいてくれる」
「ルームメイトだからだ」
「喋らないでよ」
厳人は喋らずにはいられなくなった。翔の言葉をさえぎって、続ける。
「それに、監視のために、お前が傍にいただけだろ」
「それでもいい。ぼくは厳人を、友達だと思ってる。須藤さんを、譲る気は無いけど」
翔は、ここまで話して、いったん止まった。
息が切れている。全力疾走の後のように。
「どうした?」
「あまり、はなし、慣れてなくて、疲れた……」
翔も、孤独な人間だった。
だが厳人は、最近孤独になったにすぎない。翔は厳人とは違う。ずっと孤独だったのだ。
「おれは、お前を友達だとは思ってない」
翔は、相変わらずの無表情で、厳人の言葉を聞いている。
「おれは、ライバルだと思っているよ。だから、傍にいてやる。お前を倒すためにな」
翔の、携帯電話が鳴った。
翔は一言二言話して、電話を切った。
「モンスターか」
厳人はベッドから起き出る。
翔はその前に立ちふさがる。
「……病人は、寝てなきゃダメ」
だが、厳人も引く気はない。
「言ったろ、ライバルだって。こないだの雨の日みたいな、遅れはとらない」
翔は、厳人の肩を支えた。
厳人は驚く。
翔は照れ臭そうに目をそらす。
「……風邪、悪化させたら、須藤さんに怒られる……」
厳人と翔は、多少時間はかかったが、モンスターキューブに辿り着いた。
愛と真白は、既に出撃していた。厳人と翔の到着を察知して、キューブゲートが開き始める。
その作動音を聞いて、春菜は研究室の窓の方を見る。そして驚いた。
春菜は電話で、翔にだけ来いと言ったのに、厳人も居たからだ。
館内放送用マイクを使い、呼び掛ける。
『何やってるの厳人君!! 病人は寝てなさい!!』
厳人も春菜に聞こえるように叫んだ。
「大丈夫です! 戦うのはおれじゃない。カメレオンだ!」
徐々に、モンスターが地下から上昇してくる。
翔は、厳人の肩を放す。厳人は多少ふらつく。
それを見て翔は心配そうな顔をする。
「……本当に、大丈夫?」
厳人はそんな翔に向かって、親指を立ててみせる。
「あんまり情けをかけるなよ、ライバルなんだからさ」
カメレオンとドッグがキューブゲートから出現する。
厳人と翔はその操縦室へ入り、モンスターと共に地上へ昇って行った。
街の中に、赤いドラゴンと青いパワードが待っていた。
無線スピーカーから二人の声が響く。
『厳人君、病気じゃないの!? 大丈夫なの?』
『病人は帰れ! 足手まといだ!』
「手塚さんにも言ったが、カメレオンが戦えればそれで何とか大丈夫。一応、意識は鮮明だから」
ドラゴン、パワード、ドッグ、そしてカメレオンが横一列に並んだ。
『厳人、翔。くれぐれも争うなよ。ここは戦場だ』
愛が念を押す。
「大丈夫だ。分かってるから。なあ、翔?」
『うん。』
前方からモンスターが近付いて来る。
かなりの高速で接近してくるが、どうやら地上を走っているようだ。
敵が二体いると気付いた頃には、既にパワードが襲われていた。
敵は、体は真っ白だが、虎のような姿をしている。
だが多くのモンスターと同じ様に、二本足で歩いている。
一見したところ、その爪と牙以外には、足の速さくらいしか武器はなさそうだ。
一体は、パワードの胴を鋭い爪で切りつける。
もう一体は、肩に噛みつく。
「真白!!」
愛が叫ぶが、パワードはそんなに軟ではない。
かすり傷一つ負わず、反撃のハンマーハンドを振りおろす。
敵はパワードをあきらめて、一撃を避けると離脱する。
ドラゴンが追いかけていく。敵は二手に分かれた。
一体の虎はドッグとカメレオンの方へ向かって行く。
ドラゴンは火炎を撃ちまくった。
だが虎のスピードの前に、どれも命中しない。
ドラゴンのスピードすら、虎には追いつけず、接近戦にも持ち込めない。
ただし、敵もドラゴンに近付かない限り、攻撃する事は叶わない。
片方の虎は、カメレオンに迫った。
カメレオンは間一髪、かわす。敵の爪の一撃を。だが敵も、カメレオンがすれ違いざまにあてようとした爪を避けた。
ドッグは、右手の、銃のような指から、エネルギーの弾丸を発射した。
虎は高速で動いて銃撃を避ける。
真白とパワードは立ち尽くす。
光線を放てば、味方に当たってしまうかもしれない。どちみち、あのスピードでは命中しまい。
真白は、今できる事を考え始めた。
「……よし、動いても無駄だ。」
愛が呟き、ドラゴンは走るのを止めた。
虎を追えば追うほど、ドラゴンが消耗するだけだ。接近戦ならドラゴンの方が強いかもしれない。
襲いかかってきた敵を、逆に返り討ちにしてやろう。愛はそう考えた。
「ん……? ドラゴン? なんだそれ」
愛は、何かに気がついた。
「翔、カメレオンを消すぞ」
通信で、厳人は翔に呼び掛ける。
『どうする気?』
「カメレオンが消えたのを見れば、敵はドッグの方を襲うはず」
『ぼくは身代わり?』
「そうさ。虎が動きまわっている限り、姿を消してもカメレオンには攻撃できない。分かるな。 ドッグなら、カメレオンの位置は把握できるから問題ないだろ」
『うん。分かった』
カメレオンは姿を消した。
二体の虎は、立ち止まっているドラゴンとドッグに向かって走ってくる。
敵の爪が迫った時、ドラゴンとカメレオンは動いた。
ドッグに切りつけようとする虎の横腹に、カメレオンの爪が炸裂する。
敵の爪を弾き飛ばし、ドラゴンの7本の角が命中する。
ドラゴンの頭に、剣のように鋭い角が。そして両足の腿から二本。足の踵からも二本。さらに両腕からも出現する。
隠し武器のように、体から刃物を出現させた。これが、今までの戦いの経験から、ドラゴンが進化した姿だ。進化しているのはパワードだけでは無かった。
だが、敵はまだ倒れていない。
攻撃の衝撃によるダメージはあった。しかし、虎は、皮膚の表面を覆う固い体毛によって守られ、刃が深く刺さっていなかった。
「なんだって、だめなのか」
『皆、こっちを見て!!』
真白の声が、全員のスピーカーに響き渡る。
パワードが、角と両腕からエネルギーを出し、顔の前に巨大なエネルギーの球体を作っていた。
オレンジを消滅させた新たな技。触れた者を一瞬で蒸発させる光の玉だ。
ドラゴンとカメレオンは虎を放り投げた。
虎は放物線を描いて、パワードの球体に飛び込んでいく。
そして、虎は消滅した。
厳人の風邪は、戦いによって悪化してはいなかった。次の日になると、熱も下がり寝ている必要もなくなった。厳人はいつものように学校へ行く。
ただし、完全にいつもと同じではない。
いつもは翔とは別々に学校へ行く。その日は二人で一緒に行った。
学校に着くと、厳人は翔に、数学の宿題を写させてくれと言った。
本当は美穂に写させてもらう予定だったが、何となく翔に頼んだ。
「……いいよ」
翔は相変わらずの無表情でそう言って、ノートを見せてくれた。
隣の席の芝啓次が、そんな二人のやり取りを珍しそうに眺めている。
教室のドアが開いて、美穂が入ってきた。
美穂は、厳人と翔を見て、驚く。
「おはよー! どうしたの二人とも。仲良くなったんだ?」
二人は首を振る。
「……そんな事無い」
「おれ達、ライバルだから」
そんな二人が、美穂には意地を張り合う兄弟のように見えたのだろう。本当は仲良しで、なのに素直にそう言えないから、ライバルだとか言う。
「……あんたたち、本当にかわいいなー」
美穂は両手で二人の頭を撫でた。
二人は、やはり睨み合ってしまうのだった。
続く