第5話「予感」
モンスターライダー
第5話「予感」
神里愛。
彼女は考えている。
なぜ、重傷を負う結果が分かっていたのに、浅城厳人をかばったのか?厳人は愛にとって、幾らでも代わりがいるただの人間なのに。
なぜ、愛はモンスターに変身しなかったのか?変身すれば、ドラゴンの到着を待たずとも、あの程度の敵を真っ二つにする事など容易いだろうに。
真白を悲しませたくないから?なぜ?
初めて会った時、なぜ手を繋ぎたいなんて思ったのだろう。その格闘術を見るまでもなく、真白を選びたかった本当の理由は何だろう。
真白を見ていて、気がつくと感じている、胸のざわめきは何だろう。なぜ、もっと見ていたいと
想うのだろう。
愛は、目を覚ました。
目を覚ますと、愛は病室のベッドにいた。
ベッドの横で、イスに座っている4人。真白、厳人、美穂、啓次。座ったまま、4人は寝ていた。
4人を起こすと、4人は口々に謝ってきた。
守れなかったという真白。何もできなかったという厳人。そもそも皆を誘ってしまった自分が悪いという啓次と美穂。
愛は、
「わたしは平気だから大丈夫」
そう言って笑う。
この時も、なぜそんな事を言うのかはよく分かっていない。
今の愛は、みんなの気持ちよりも、自分の気持ちを考えるのに精一杯で、皆の謝罪は聞き流していた。
それから何時間もたった。
愛は、春菜のいる研究室のドアを開けた。
「あれ、愛。もう普通に歩けるようになったのね。」
「春菜。実は・・・聞きたい事があるんだ」
「春菜<さん>でしょ」
言いながら、春菜は内心驚いていた。愛が、何かを進んで知りたいと思う事なんて今まで無かったから。
愛は質問を始める。
「真白の事で。なぜ、親じゃ無い春菜が育ててるの?本当の親は?それから、ただ優しいからって言うだけじゃ、契約者になりたがる理由にはならないと思う。だから、真白の事を教えてほしい」
「どうしてそんな事を気にするの?」
「べつにいいだろ」
「真白本人には聞いたの?」
「・・・聞きづらかった」
春菜は安心した。
それは、真白がきっと思い出したくない事だ。愛がなぜこんなことを知りたがるのかは分からないけれど、真白に無理やり言わせないでいてくれて、ほっとした。
安心した半面、やはり驚きも大きい。
愛は自分勝手で、戦いしか興味が無かった。その愛が、真白に対して聞くのをためらうとは?
春菜は、しかし話してはいけないと思う。
「話せない。だって、真白がそれを話していいと思ってるかどうか、分からないもの。でも、どうしても聞きたいなら、そうねえ、
愛。あなたが、人間じゃなくて、モンスターだってことも、真白に話さなくちゃいけないと思う。真白の秘密を知るなら、あなたの秘密だって。」
それを聞いた愛の表情。
さびしいような、悲しいような。恐れるような。
「駄目だ、話しちゃだめだ」
この間は、真白に話そうとしていたのに。
「駄目よ。話さなきゃ、フェアじゃ無い」
「やめろ。
話したら、殺す」
愛は、春菜に背を向けて、研究室から出て行った。
そして愛は、研究所内の自室へと向かった。
しかし、自室の前で待っていたのは、真白だった。
「・・・あ、愛ちゃん」
「真白。どうしてここに」
「ちょっと、聞きたい事があって。」
愛が、春菜に聞きたい事があったように。
「入っていい?」
「・・・いいよ」
2人は、部屋に入る。
「あのね、愛ちゃん。 愛ちゃんは、友達なんていらないって言ってた。でも愛ちゃんは厳人君を助けてくれた。どうして?どうして愛ちゃんはそんなに強いの?だって私、愛ちゃんを守れなかった。愛ちゃんの事をもっと知りたい。だから教えて?この間、聞きそびれた事」
「いやだ」
と、愛は言った。
「この間は言いかけてたじゃない」
「気が変わった」
「そんな」
「真白は、これを知ったらきっと怖がるよ。わたしの事避けるようになる」
「ならないよ」
真白は断言する。
「どうして?」
「私が嫌いなのは、私自身だけだから」
その理由も、愛は知りたい。
だが聞けない。これを聞いたら、真白を傷つけるような気がする。
「とにかく、わたしは言いたくないから」
愛は、逃げるように、自分の部屋を出て行った。
真白は、ただ茫然と立ち尽くしていた。
愛はただ自分の行動の理由が分からずに戸惑っている。自身が重傷を負った事は、特にどういう風にも思っていない。
だが、愛が傷を負うのを防げなかったと感じる真白。そして、原因を作ったと思っている、美穂と啓次は気に病んでいる。
愛は厳人をかばって敵に捕まった。愛が傷つく直接の原因を作った厳人はもっと傷ついている。
何もできずに傷つけた。自分の無力を見せつけられた。契約者として、カメレオンと共に闘う事で紛らわしていた、自分が何もできないという事。思いだしてしまった。
だが、それだけでは終わらなかった。
厳人はそれからしばらく後、学校のテストで赤点を取った。
厳人は勉強ができない。集中力も無いし、半ばあきらめて、殆んど勉強せずに試験に臨んでいた。
だが、いざ答案が返却され、赤点の数字が現れると、まるで自分の全てを数字によって否定されたような気分になる。
契約者。特別な存在で、だからそれ以外には何もいらない。そう思っていても、無力・無能を直視させられれば、傷つく。
そして、契約者としても、厳人は決して有能ではない。
カメレオンに乗り込んだ厳人は、敵の触手による攻撃にさらされていた。
街の中で、ドラゴンとカメレオンが、鞭のような触手を避け続けている。
青鬼・パワードが、両腕のハンマー・ハンドで触手を振り払う。
3本の触手が、3体を攻撃している。
敵は、はるか上空にいる。
空の上から、触手を伸ばして地上にいるモンスターを攻撃している。
敵は、鳥のような顔と翼を持ち、そして黄色く、植物のような下半身には短い脚と、3本の触手が付いている。
ドラゴンによって切断された鳥の内の一体と、同じく輪切りになって倒された、歩くキノコの体。この二つが融合して生まれた。
軍が回収していた、モンスターの死体。しかしこれらの死体は完全には死んでおらず、再び蘇るために、死体同士が食い合い、その結果、合成獣のような姿になったのだ。
ドラゴンは、走りながらも上空に向かって火炎弾を連射する。
パワードも、触手を腕で払いながら、2本の角からビームを撃ちまくる。
敵は高速で空を飛び回りながら触手を伸ばしてくる。しかし、地上にいる敵を狙う以上、飛行の軌道は規則的にならざるを得ない。火炎とビームは、何発かは外れたが、その多くは命中した。
しかし、キノコのモンスターの力によって、合成獣の体の表面には薄い電磁防壁が張られている。
その力で、火炎弾もビームも弾かれる。
厳人とカメレオンはずっと逃げ回っていた。カメレオンは遠くの敵を倒す武器を持っていない。厳人は何かできる事は無いか、逃げながら考え続ける。しかし思いつかない。
「愛ちゃん」
真白が言う。
『何?』
「私が、触手は何とかするから」
パワードの2本の角の間に、光が集まる。
チャージしている間は動けない。だがパワードは、触手の攻撃にはびくともしない。
角の間から、強力な光線が生まれる。
光線を、拡散させて発射する。
拡散することで威力は弱まる。しかし、敵の自在に動く触手を、光が消滅させる。
「今だ」
ドラゴンの、太ももの角が伸びる。
角が枝分かれして、翼のように変形する。
そのまま、ドラゴンは上空へ飛んでいく。
合成獣は翼を鍵爪のように変形させる。
下から迫ってくるドラゴンに対し、合成獣は、口ばしと鍵爪の狙いを定め、真下に向かって飛んでいく。
ドラゴンは、敵の背中側を通る形でかわす。
合成獣の背中と、ドラゴンの背中がすれ違う。ドラゴンの頭の角が、合成獣を切り裂いていた。
合成獣は縦に真っ二つになり、地面に落下していった。
3体と3人は、研究所地下の施設、モンスターキューブに帰ってくる。
カメレオンの内部の部屋から出た厳人は、肩を落とし、うつむいて、倒れそうだ。
厳人はモンスターに乗って戦った後、いつも自身に満ちたような顔をしていた。自身の活躍が、敵を倒すことに結び付かなかった場合でも。
しかし、今回は違う。活躍すらできなかった。厳人とカメレオンの存在は、殆んど何の役にも立たなかった。
真白は、厳人に何か言葉をかけたい。でも、いったい何を言ったらいいのか分からない。
愛がそれに気付いた。だから、真白の代わりに愛が言った。真白のために。
「厳人。カメレオンだけが持ってる力がある。ドラゴンにも、パワードにも無い。そしてカメレオンに指示できるのはあんただけ。だから・・・落ち込む事なんて無い」
厳人は。
「お前がそんな事言うなんてな。ありがと、でも、慰めは要らねえよ」
そう言って、厳人は独りで去って行った。
どんなに落ち込んでいても、仕事はしなくてはいけない。
厳人の仕事はモンスターに乗って戦う事だけじゃない。高校生としての生活も両立しなくちゃならない彼の仕事は、あとは勉強と委員会だ。
放課後になり、皆いなくなった教室。厳人と、委員長の須道美穂。厳人のルームメイトで、厳人と同じ委員長補佐の佐野翔。3人がそろった。
委員会といっても、行事がまだまだ先であるため、ほとんど試験の採点を手伝わされるだけだが。
「実は重大なお知らせがあります」
美穂が言った。
「お知らせ?」
「うん。実は、先生に言われたの。厳ちゃんの事で」
厳人は、心当たりがあった。
なお委員会を始めた時に、美穂は距離を縮めるためだと、厳人を『厳ちゃん』、翔を『翔ちゃん』と呼ぶようにした。
美穂は話を続ける。
「厳ちゃん、この間のテスト、赤点だったでしょ」
厳人は、やっぱりその話か、と思った。
「先生から言われたのよ、厳ちゃんが成績を上げるか、新しい委員長補佐を探すか、って。」
厳人は、仕方ないな、と納得した。
委員会の仕事を始めてから、まだ殆んど時間がたっていない。だから未練はない。
どうせ、学校は勉強をするところだ。それが出来ないおれには居場所は無い。そう思った。
だが、美穂は言う。
「だから、厳ちゃんの成績を上げる方向で行きたいと思う」
「無理だ」
厳人は反射的に言う。
「どうして?」
「おれは今まで、成績が良かった事が無いから」
「あたしが教えてあげるからさ」
「、内容もわかんないけど、おれは集中できないんだ。教えてもらったくらいじゃ伸びないよ」
「それなら、つきっきりで一緒に勉強してあげる!それなら大丈夫でしょ?あたし結構暇だから」
「・・・なんでそんなに世話好きなんだ」
「だって、せっかく委員会の仲間になったのに、辞めていったら寂しいじゃん。委員会が嫌いなわけじゃないんでしょ?
「・・・とにかく無理だ」
「やりなさい!委員長命令よ!それで、翔ちゃん」
今度は、翔の方を見る。
「ちょっとこれから、委員会の仕事、任せっきりになっちゃうけど、ごめんね?可能な限り手伝うから」
「・・・うん」
翔は、うなずく。
その日から、美穂と厳人の戦いが始まった。
授業の合間の休み時間になるたびに、美穂は厳人の席まで出向いて勉強を教える。専属の教師のように。
そんな二人を、厳人の隣の席の芝啓次は、「つきあってるのか?」とからかう。
厳人は、「うるさい、相変わらず短髪似合って無い野郎!」とからかい返す。啓次はバイトを始めるため、長髪だった髪を切ったから。
言い合いをしてると、美穂が「集中しろ!」と言って、厳人と啓次の頭を殴る。
翔は厳人の後ろの席で、ずっと委員会の仕事をやっている。
美穂は、厳人があまりに勉強できない事に、教えながら驚いていたが、粘り強く、あきらめなかった。
クラスだけじゃなくて、委員会の時間でも、仕事そっちのけで厳人と勉強をする。次のテストまでに何とか学力を上げなくてはならない。そのため、下級クラスのテスト採点という仕事はほぼ翔にまる投げになっていた。美穂は謝るが、翔は嫌な顔一つしなかった。
そして、委員会の時間が終わっても、美穂はさらに、厳人と翔の寮へ押し掛けて勉強を継続する。
厳人は気になって聞いてみる。
「帰りが遅くなってもいいのか?」
親に怒られたりしないのか?
「ああ、うちは放任だから」
美穂は答える。
厳人の親も、放任だった。厳人は見放され、何も期待されていなかったから、何時に帰ろうが怒られなかった。だから美穂も同じなのかと思った。
しかし。
「あ、いや、冷たい親だって訳じゃないよ?自由にさせてくれる人たちなのよ」
否定された。
厳人と美穂が勉強している間、翔はまだ終わらない委員会の仕事をやっている。
「翔ちゃん、やっぱりそろそろ代ろうか?」
美穂が聞くと、翔は首を振り、答える。
「いや、いい・・・」
「ごめんね、翔ちゃん」
美穂が翔の頭をなでる。
翔の顔が、ちょっと赤くなっているように見えた。
それを見てなぜか、いらっとする厳人。
美穂は厳人の方に振り返りながら言う。
「ほら、厳ちゃんも翔ちゃんに御礼言わなきゃ・・・あれ?」
美穂が、何かに気付いた。
「厳ちゃん」
「なんだ?」
「ひょっとして厳ちゃんも撫でられたい?」
厳人は赤くなる。
「な、何言ってんだ」
「耳が赤くなってるよ。かわいい」
美穂は厳人の頭をなでる。
「や、やめろよ」
その手を振り払う厳人。
「あはは、翔ちゃんも厳ちゃんも、女の子に慣れてないなあ」
厳人も翔も、その通りなので反論できない。
「翔ちゃんは前の学校共学だった?」
「・・・男子校・・・」
「そっか。厳ちゃんは?」
「共学だったさ、でも男の友達しかいなかったからなあ」
「ふうん」
「そういうあんたはどうなんだ」
美穂は、男友達が多い気がする。
芝啓次も、美穂の知り合いだったというし。
「あたしは昔から、男とか女とか関係なく遊んでたからなあ」
「啓次もか」
「うん、いや、啓次はちょっと違う」
違う?
「今は友達だけどね。中3まで、付き合ってたんだ。」
「え」
厳人は驚く。
翔も、表情は変わらないけど、驚いている。
「だって、今普通に友達じゃんか」
「何に驚いてんの?意外だった?」
「そうじゃなくてさ、だって彼氏彼女だったんだろ?」
「うん。そういう言い方ちょっと変だけど、うん。」
「振ったのか?気まずくなるもんじゃないのか?友達として付き合えなくなったりしないのか」
「啓次はね、」
解説が始まった。
「恋人というより親友だったんだ。あたしも啓次も、あのころ中一で、なんやかんやで出会った。あたし達二人とも、異性の付き合いってやつをしてみたいって憧れてて、付き合い始めた。でもね、付き合って3年間たって、あたし達は良い親友だって気付いたの。啓次も、あたしも。それで、親友の関係になった」
美穂は、なんだか懐かしむような顔をして。
「啓次が高校に進学するって決めた時、あたしはまだ啓次と付き合ってた。それで、おもしろそうだったし啓次と一緒の高校へ行くことにしたの。その時啓次は勉強が全然できなかったから、あたしがずっと付き添って勉強教えてたんだ。ちょうど、今みたいに。・・・
そうだ。そんな事より勉強続けないと」
喋るのに夢中で、勉強の事はすっかり忘れていた。
厳人にとってはいい気分転換だった。
再び、勉強を再開する。
そんなこんなで、次のテストも終わって、答案返却の日になった。
厳人はたくさん勉強した。美穂がずっとついていた。だから、すごく長い時間、勉強を続かる事が出来た。モンスター襲撃時以外の空いた時間は、ずっと勉強していた。
だから、厳人でも期待せずにはいられなかった。今回は、テストでいい点を取れるんじゃないか、と。期待していた。テストの前日まで。
しかし今は、何も期待せず、自分の名前が呼ばれるのを待っている。
「浅城厳人」
厳人は席から立ち上がり、答案を受け取るために歩き出した。
その後の、放課後。
「小さいころから、勉強も運動もダメだった。おれはクズ同然の人間として生まれてきた。そう思ってる。だからおれの周りからは皆いなくなるし、誰もおれに期待しないから、誰もおれを必要としない。皆は悪くない。悪いのはいつだっておれだけだ。今回のテストだってそうだ」
厳人はいっきにまくし立てている。
「あんたがずっと付き添ってくれたのは、俺に期待してくれたからだろう。だけどおれは裏切ってしまった。委員会は降りるしかない」
「あきらめるのはまだ早いよ」
美穂は言う。
「次や、その次のテストもある」
「いいかげんにしろよ」
厳人は力なく言う。
「今までずっとだめだったんだ。そんな風に慰めるのは残酷だ。いくら頑張ったって出来ない奴はいるんだよ、ここに」
「でもね、厳ちゃん」
美穂はなおも言う。
「それでも、もう少し頑張ってほしい」
「もう少し・・・もう少し頑張ってもダメだったら、どうすればいいんだよ」
「駄目だったら、その時は、・・・あたしが、責任をとる」
「・・・どうやって?」
「あたしがね、厳ちゃんを守ってあげる。厳ちゃんみたいな子、結構好きだから」
「・・・何言ってんだ」
「あたしは、まじめだよ」
はじめて、好きだと言われた。
こんな自分を、好きだと言ってくれた。
厳人は。
携帯電話が鳴った。
副長・手塚春菜の声。
モンスターが、また現れた。
「ごめん、おれは行かなくちゃ」
「モンスター退治?」
何で知ってんの?
「何で知ってんの?って言いたげな顔だね。やっぱりそうなんだ」
「な、何の事だ」
「行ってきなよ。あたしはここで、待ってるから」
厳人は、扉を抜けて、走っていく。
厳人は少し、足が軽くなったような気がした。
続く