第1話 「少年と怪獣」
モンスターライダー
第1話「少年と怪獣」
少年は駅を降りた。
電車は無人で、コンピューター制御によって走っている。
駅にも、人はいなかった。
駅を降りたら人の姿が見えるかと思ったが、人っ子ひとりいない。
ここは都心から少し離れた周辺都市。それでも都市は都市だ。目の前には会社ビルがいくつも並んでいる。
時間は昼の12時頃。
この街は一体何なんだろう。こんな不思議な所だとは聞いていない。
いや。
少年はやっと人を一人発見した。
目の前の、公園のベンチに座っている。
真っ赤なワンピースの少女。
何をしているのだろうか。
眠っているようには見えない。
少年はそのまま通り過ぎようとした。
「おい」
少女のほうから声がした。
周りに人はいない。
どう見ても呼ばれたのは少年だった。
「おいそこの少年」
また呼ばれた。
少年は少女のほうへ歩いて行った。
「おれに何か用?」
「あんたこそ研究所に用なの?」
少年は確かに研究所に用がある。
しかし。
「なんでわかるんだよ」
用があるのは他の所かもしれないだろ。
「この街は研究所以外は誰もいないよ。知らない?」
確かに、人の気配は感じない。
「何でそんな事が」
どんな街だ?ここは。
「なんも知らないんだね。そっか。呼ばれて来た訳じゃあ無いんだ。つまんない」
少女は納得したようだ。少年は、訳が分からない。
「お前は研究所の人間なのか?」
「うん」
面倒そうに答える少女。
「おれは浅城真市って人に会いに来たんだ」
「へえ、浅城さんに。友達?」
「は」
浅城真市は大体40歳くらいの男性だ。少年と友達には見えないだろう。
「おれは息子だよ」
「そっか」
「研究所にいるんだよな」
「うん、いるよ」
「そうか。ありがと」
少年は歩き去って行った。
この少女はいったい何者だろう。少年は少し気になった。研究所の誰かの娘だろうか?だが、少年には関係ないことだ。少年は父親に会いに来ただけだから。
少年の父親はずっとこの街で働いていたらしい。少年が生まれるよりも前に、とてつもなく巨大な古代遺跡が埋まっていることが判明して以来、考古学者として父親・浅城 真市は発掘調査隊に加わっていた。
少年・浅城 厳人はこの街に来た事はあるかもしれない。しかし覚えていない。そして父親の顔も覚えていない。物心ついた頃には、厳人は田舎町にある、父親の兄の家にいた。
父に捨てられたとは思っていない。父のことは全く思い出せないから、厳人にとっての親は完全に父の兄夫婦だ。何の違和感もなかった。本当の父親じゃないという事だけは知っていたが、それを意識した事は無かった。なぜ預けられたのかは気にした事もない。母が死んだ事と関係があるのかどうかも。
兄夫婦には本当の息子がいた。厳人にとっての兄。しかし兄夫婦は、厳人にも実の息子と区別することなく接した。幼稚園までは。
本当の子供じゃないから区別されたという訳じゃ無い。ただ、兄は勉強もスポーツもよくできて、才能があった。しかし厳人は、なにもできない。落ちこぼれだった。机に向かって集中していられない。体力もなくて運動音痴。そんな厳人はだんだん見放されるようになり、気がついたら、悪ガキ達とつるみ、自転車で街中を走り回っては下らない悪戯ばかりする、そんな奴になっていた。
自信がない。自分を無能だと思っている。だからそれを忘れようとして、不良を気取り、いつも仲間たちと一緒にいる。
しかし中学校に入ると。仲間たちは勉強のためにグループから抜けて行った。仲間たちは高校進学のことを真剣に考え出した。彼らはやろうと思えば勉強できる。ただ退屈だから不良をやってた。しかし厳人は違った。
高校受験が始まる頃、厳人は一人ぼっちになっていた。無能な自分と、有能な兄。これからどうしよう。どうしておれは、こんな奴なんだ。そんな事を一人で考え始め、そして思い出した。
おれは父さんと母さんの本当の子供じゃない。だからこんなにダメなのか?そんなわけない。そういうのは遺伝じゃない。でも、本当の父さんはどうなんだ。おれみたいに無能か?それとも有能か。
厳人は自分のルーツがあるかもしれないと思った。それを知って、具体的にどうするかは考えなかった。ただ知りたいだけだった。だから、こうしてこの街にやって来た。
厳人は研究所の入り口にたどりついた。
サングラスをかけた、背の高い、屈強な警備員が立っていた。
古代遺跡関係の研究所。研究資料や出土品の盗難を警戒しているのだろうか。
警備員が厳人に気付いた。
「君!!」
警備員は厳人のほうへ駆け寄ってくる。
「ここは関係者以外は立ち入り禁止だよ」
「おれは、浅城真市の息子です」
警備員は驚いた顔を見せた。
「え、浅城さんの。浅城さん息子いたんだ。へー知らなかった!」
警備員はドアの開閉スイッチを押した。
自動ドアがゆっくり開く。
「お父さんに会いに来たんだね?」
「はい、まあ」
「今は地下室で副長と一緒に研究をしているはずだよ。あそこのエレベーターを使って地下12階に行ってね」
「どうも」
厳人はドアをくぐり、エレベーターに乗り込む。地下12階のボタンを押す。エレベーターは降下していった。
直後、入口に、赤いワンピースの少女が歩いてきた。
自動ドアが閉まるのを確認した警備員は振り返り、少女に気付いた。
「あれ、愛ちゃんおかえり」
愛と呼ばれた少女はそれには答えず、言う。
「東条さん、レーダーを確認して。モンスターがくるよ」
「なんだって、ついに来たか!!」
東条と呼ばれた警備員はドアをくぐり、走って行った。
続いて、愛も非常階段のほうへ走っていく。
地下十二階に到着し、厳人はエレベーターから出た。
研究室。いろいろな、よくわからない機械が置いてある。
地下なのに窓がある。まるで東京タワーの展望室のような。
窓の外に広い、穴が広がる。発掘してできた穴だろうか。
中年の男性と、同じくらいに見える女性の、背広を着た、研究者らしき人が機械を操作しながら喋っている。
「やはり、我々では契約者として登録されませんね」
「ですねえ、やはり神里の言うように、年齢に制限があるようです」
男性のほうが、厳人の父親だろうか。
本当に父さんだろうか。厳人は父親の顔を全く知らない。とりあえず、彼が浅城真市かどうか聞いてみよう。そう思って厳人は二人のほうへ歩き出した。
瞬間、ブザーのような、けたたましい音が鳴った。
「なんだ!?」
「浅城さん、装置が登録を始めています!!」
機械の画面が点灯し、大きなモニターに無数の文字が流れ出した。日本語じゃない。見たこともない、古代の文字だ。
「やっぱり僕達でも契約出来たって事ですか!?」
「いや違います、おかしい、・・・あれ、ちょっと」
女性の方が振り向いた。
「どうしたんです手塚さん」
「誰かいるじゃないですか!」
「!!」
二人はようやく厳人の存在に気づく。
機械のブザー音が止んだ。
画面の文字が消え、写真が現れた。
それは少年、厳人の姿だった。
二人の研究員が厳人のところに駆けてくる。
「誰だ君は!!なんでここにいる!!」
浅城と呼ばれていた男性が聞いて来る。
厳人は答える。
「おれは、浅城厳人」
男性は意外な答えに驚く。
厳人は、続ける。
「あなたは、浅城真市ですか?おれの父親の」
「厳人だって・・・?」
「ちょっと浅城さん」
手塚と呼ばれていた研究員が割り込んでくる。
「なんか複雑な家庭の事情みたいだけど、今はそれどころじゃ無いですよ」
「・・・そうだな、大変だ」
大人二人は深刻そうな表情。
厳人のせいか?
「あの、おれ、ひょっとして何かまずい事しましたか?」
突然、警報が鳴り響いた。
「!」
警報とともに、スピーカーから放送が入る。
『モンスターです!!モンスターが現れました!!映像、出します』
入り口にいた警備員の声だ。
モニターがライブカメラの映像に切り替わる。
空を、戦闘機のような影が3つ、横切っていく。あれが、モンスターだろうか。
厳人は、何も知らない。訳が分からない。
「何なんだ、いったい」
大人二人は、厳人を無視して慌ただしく動き出した。
「浅城さん、ハッチを開けますよ」
「了解。あ、もう神里はスタンバイしてるみたいです」
浅城真市は窓の向こうの空洞を見ながら言う。
浅城厳人はその視線を追う。
窓の向こう。大きな地下の空洞の中、鉄の床の上に立っている。
赤いワンピースの少女。
「あいつは!」
厳人が駅前で会った少女。
遠くにいる、少女が厳人のほうを見た。
≪へえ、結局あんた契約したんだ≫
「!?」
厳人の頭の中に声がする。
≪聞こえてる?わたしだよ≫
厳人は混乱する。
あいつは何者なんだ!?それよりも、契約ってなんだ!?
≪知らないの?こういう事だよ≫
少女の真下の床が、動く。
それは大きなシャッターだった。
開ききっていないシャッターの中から、何かが昇ってくる。
巨大で、真っ赤な、怪獣。
ビルよりも大きい、肉食恐竜のような姿。
二本足で立ち、両腕・両足に鋭い爪。
頭部と太ももに、鋭利な刃のついた角がある。
少女は「ドラゴン」に飛び込んだ。
ドラゴンの後頭部が小さく開き、人間が入れるスペースを作る。
その中に入っている機械の部屋に、少女は吸い込まれていった。
≪あんたも契約した。モンスターと一緒に、戦うんだ≫
そのまま、ドラゴンの立っている場所が、エレベーターのように上昇し、ドラゴンは地上へと消えていった。
「おれも、戦えるのか?どんな敵と?」
厳人は窓のほうへ走る。
「お、おい、何する気だ!」
浅城真市と、手塚と呼ばれていた女性が追いかけてくる。
厳人は窓を開ける。
「おれにもやれるって言うなら、やってやる」
厳人は、叫ぶ。
「来るなら来い、モンスター!!!」
シャッターが、自動で開く。
「まずい、カメレオンが!!」
浅城真市と手塚が慌て始める。
「ええと、厳人!!下がるんだ!!」
「いやだ!!」
厳人は振り返る。
「おれが何かを操縦して、敵と戦えるようになったんでしょう!!」
「正確には操縦じゃない。それから、遊びじゃないんだぞ!!」
「おれは、やります」
シャッターの中から、緑色のモンスターが飛び出した。
二本足で立つ、「カメレオン」。
黄緑色の身体をしている。
左右が独立して動く目。
長くてしなやかな尾の先に、手のようなものが付いている。
浅城真市と手塚が、力づくで厳人を下がらせようとする。
尾が伸びてきて、窓ガラスを突き破り、大人達を振り切って厳人は尾の先端の手に捕まえられる。
恐怖を感じた。
しかし厳人は逃げ出せない。世界を守れるかもしれない。価値のある人間になれるかもしれない。
そのままカメレオンの尾は、厳人を後頭部の入口へと持っていく。
カメレオンの中に入る。
機械で保護された部屋。
内部は真っ暗だが、モニターのようなものが、外の映像らしきものを映している。
左右の映像がばらばらに動いている。この巨大なカメレオンの見ている視界だろうか。
カメレオンの身体が上昇し始めた。エレベーターが動き出したからだ。
穴の中を上り、地上へ。研究所ビルの壁面がドアのように開き、カメレオンはそこから外へ出る。
道や車が地面に見える。
視界が、ビルと同じ高さにある。
街の中に、さっき少女が中に入ったドラゴンが立っている。
『やあ。』
少女の声。今度はテレパシーじゃ無く、通信によりスピーカーから声が聞こえる。
『敵はまだ来てないよ』
『厳人!!』
今度は父、浅城真市の声がする。
『乗ってしまったからには仕方ない。厳人、もう気付いていると思うが、カメレオンはお前の操縦無しで動いているな。要は、お前は猛獣の上に乗っていると思えばいい』
「おれはどうすれば良いですか?」
『その部屋にいる限り、お前の意思をカメレオンに伝えられる。難しければ話しかければいい。状況に応じてカメレオンを監督するのがお前の仕事だ。まあ僕達もこの通信で指示を出すから』
カメレオンの視界に小さな影が映った。
見えたと思ったら、次の瞬間、カメレオンは真横によけた。
カメレオンの真横を、鳥のような怪物が一瞬で通過する。
鳥のモンスターが空から急降下してきたのだ。
同様に、ドラゴンは二体の鳥の体当たりをかわす。
そのまま三羽の鳥は、着地せずに向きを変え、再び上昇しようとする。
『逃がすな、撃て!!』
少女の声。
それに応え、ドラゴンは振り向く。
ドラゴンの口から、炎の弾が放たれる。
ミサイルのように鳥に向かって飛んでいく。
向きを変えるために減速した鳥はよけられず、命中。
鳥は炎にのまれ、爆発炎上、墜落した。
『わかった?戦い方が』
残り二体のモンスターは、上空へ戻る。
再び勢いを整えて急降下するため、空の上で円を描き、回りだした。
『厳人、言い忘れていた』
また、浅城真市の声。
『君たちの指示がないと使えない事になっている能力がある。ドラゴンなら火炎発射、カメレオンなら、[姿を消す]だ』
鳥が、降りてくる体勢に入る。
「わかったよ、父さん」
一体の鳥がカメレオンの方を向く。
「カメレオン、まだ消えるな。鳥の攻撃を避けるよりも前に、ぎりぎりで姿を消せ。わかるな」
反応はない。
だがおそらく、厳人の頭の中のイメージがカメレオンに伝わり、理解されたはずだ。
二体の鳥が、それぞれカメレオンとドラゴンめがけて接近する。
ドラゴンのほうに先に来た。
ドラゴンは太ももの長い角を真横に伸ばす。
鳥は、口ばしでドラゴンを突き刺すつもりか、まっすぐに飛んでくる。
ドラゴンはそれを避けつつ、すれ違いざまに、刀のような角で切り裂く。
真っ二つになった鳥が、地面に激突し、スピードがおさまらず滑っていく。
もう一体の鳥も、来た。
「カメレオン!!!」
カメレオンは姿を消す。
鳥は一瞬で消えたカメレオンに混乱した。
鳥は自分の目を疑い、いるはずのカメレオンに向かって突っ込む。
すでに鳥の進路にいないカメレオン。鳥はなおも直進し地面に激突。
「いまだ、やれ」
鳥はすぐに起き上がるが、飛び立つ隙を与えずカメレオンが襲いかかる。
カメレオンの爪が鳥の胸を貫いた。
厳人は初の戦いに勝利した。
『厳人』
父親の声。
『よくやった。おつかれ』
だが、厳人は聞いていない。
厳人は勝利、成功に酔いしれていた。
【いけるじゃないか。やれた。でっかい事を。生まれて初めて!!!
いいぞ、いいぞ、ここがおれの居場所だ。本当の。おれは生まれ変わるんだ。
おれは世界を救う存在になるんだ】
続く