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蒼風のヘルモーズ  作者:
『ソルフーレン』編〈1〉
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第8話 『フリュー』の地を踏み締める

 馬車の列ほどではないが、長蛇としか形容できなかった入都者達の列に並部こと、かれこれ一時間半。太陽が徐々に東へと傾いてきている青空の下でとうとう目前に検問所が迫ってきていることを認めた僕は、僕よりも一歩早く検問所に入れたおじさんの背中を一体どういう手続きが必要なのか、それを知るためにじっくりと観察する。 

 首都と外界の境界線上に建つ検問所には、強行突破できないように設置されている仕切りの遮断棒と、遮断棒を持ち上げる装置があるのだろうカウンターが見受けられた。

 入都、もしくは出都する際に通る必要がある検問所。そこにあるカウンターを挟んだ場所で仁王立ちしている検問官に、先に行ったおじさんは手に持った鉄のプレートを提示する。すると、おじさんは所持している荷物の中身を調べられることなく、持ち上がった遮断棒を素通りして、中へと入っていってしまうのだった……。

 

「次の方!」


「は、はい!」

 

 やっときたぞ、遂に来たぞ、僕の番が! 燃える意思など他所にガチガチに緊張している僕の体は、酷くぎこちない動きを周囲に見せながら検問官の前まで向かった。

 そして『やはり』と言うべきか、緊張で全身に汗を湛えてしまっている僕は、しかし素面のままである男性の検問官に『とある物』の提示を求められてしまった……。


「身分証、または通行許可証の提示をお願いします」


「…………………………?」

 

 み、身分証? 通行許可証? な、なにそれ……。そんなの持っていないし、誰にも渡されていないんですが……。

 

「あ、えっと…………持って、ないです」


「では発行致しますので、あちらへ向かってください」


 男性検問官は白の皮手袋に包まれている人差し指をある方へと指し、その方向を僕は目で追いかけた。そこには防壁をくり抜いて内部に取り付けたような『窓口』っぽい場所があり、そこで今に提示を求められた身分証か通行書を発行するようだった。


「分かりました。行ってきます」


 首都に関して右も左も分からないでいる僕に、言葉よりも分かりやすかった明確な指示を出してくれた検問官に感謝を述べた僕は、促されるままそこへと向かった。


「………………ええっと……こんにちは」


 やや挙動不審になりながら指示された場所にある窓口の前に立つと、そこから見えたのは黙々と小難しい事務作業をこなしている、制服なのだろう女性物のスーツを着用した女性で。その女性は僕が窓口に張り付いていることに気付いている様子はなく、作業の邪魔をしていいのかなと言葉を掛けあぐねていた僕は汗を湛えつつも息を飲み、場違いなのではという挨拶と共にコンコンと分厚すぎる窓硝子をノックした。

 

「あっ、申し訳ありません! 少々お待ちください!!」

 

 感じの良い人だ。そんな安堵を女性が発した驚愕の一声で察せられた僕は人知れず胸を撫で下ろして、行っていた事務作業の中断に急いている女性を黙って見守った。


「コホン……。対応に遅れてしまい誠に申し訳ありませんでした……では。こんにちは、私は世界冒険者協会の事務員。名をイーマルと申します。こちらで発行するギルド身分証は世界各国での身元証明に使用できます。紛失ですか? 初発行ですか?」 


 イーマルという名の、人族の僕はもっていない大きなモフモフの犬の耳を頭部から生やしている、外見上間違いなく『獣人族』であろう事務員をしているらしい女性がさらっと言った、とある言葉。それに驚愕を露わにしてしまっている僕は、先ほどの『世界冒険者協会』という言葉を何度も頭の中で、えらく興奮しながら反芻させた。


「世界冒険者協会…………」


 世界冒険者協会……って『ギルド』のこと、だよな。え、すご! 爺ちゃんの言っていた組織は実在したんだ……!


「あっ、えっと、は、初ですっ! 初発行です!」


「ふふっ。かしこまりました。ではこちらの……よいしょ。こちらのギルド身分証を発行する際に必須な書類に『名前・性別・出身』とうの記入をお願いします」


「わ、分かりました!」


 自慢話でしか聞いたことがなかった『世界冒険者協会・ギルド』なる組織が、この世に確と実在しているということに対する多大なる興奮で体を上下に揺らしてしまっている僕は、そんな僕の様子を見て笑みを溢しているイーマルさんが窓口の下の方にある隙間から差し出してきた、発行する際に記入が必須だという書類を受け取った。


 世界冒険者協会身分証発行時・必要書類——取扱重注意。

 

 なるほど。細々とした注意書きがされているけど特段注意しておく点とか、身分証発行によって個人の行動に制約が課されてしまうような引っ掛かる点は何も無いな。

 遺失した身分証の再発行には予め決めていた暗号が必須で、それを忘れてしまった場合は今回記入した情報を厳密に破棄し、厳格な状況にて再取得の必要性がある。

 先述した『もしも自己身分証を遺失してしまった場合』の注意点や、遺失した際に取るべき、そして再発行をする際に取らなければいけない行動なんかも、まあこんなもんだろうなという感じのものばかりだ。僕が気にする必要がある記述はこの書類には何一つ書かれておないし、早速、身分証の発行に必要な情報を記入していこうか。


 えっと、名前は『ソラ』で、性別はおと——


「あ、フルネームでお願いします」


「あ、あっ、はいっ!」


 えっと、名前は『ソラ・ヒュウル』で、性別は『男』。

 出身は『ソルフーレン』でいいんだよな? 


「…………あの、出身って故郷の村の名前を書いた方がいいんですかね?」

 

「いえ、大まかに出身国を記入していただければ、それで大丈夫ですよ」

 

「そうなんですね」ってことは、あとは暗号かぁ。ま、爺ちゃんのフルネームとかでいいだろ。これで書類はいいのかな? 他に未記入なところはないな。よし、完了! 


「出来ました」


「はい。お預かりします…………確認が終わりました。では、今から『ソラ・ヒュウル様』の身分証を発行致します。身分証の発行が完了し、お手渡しが可能になるまで少々お時間が掛かります。十五分ほどですのでそれまで窓口近くでお待ちください」


「分かりました」


 笑みを浮かべながら必須手続きが完了したことを知らせてくれたイーマルさんに感謝を告げた僕は、彼女が言った僕の身分証の発行が完了するまでの待ち時間を潰すために、他の利用者が来るかもしてない窓口の前から他の人の邪魔になってしまわないように横手へと移動し、防壁に背をもたれさせながら検問所を通る人達を観察した。


「………………」


 僕が列に並んだ時は『縦』であったため、他人の風貌を窺うのに制限があったのだが、少し離れた斜め向かいのここではそれがなく、何しようもない待ち時間というのもあって、入都しようとする列を作っている人々の顔を、格好を、珍しい武装をじっくり気ままに観察することができた。

 既視感しかない長蛇の列を作り出している人々の中には、故郷にいるカカさんと同じ特徴を持つエルフに、実は爺ちゃんって人族ではないのでは? と疑いたくなるくらい特徴が似通っている、しかし身長は僕や爺ちゃんよりも低い、一体いくつなんだろうなと思ってしまう老け顔のドワーフ。


 あと、やけに子供っぽいけど杖を持っているし……あれはもしかして、亜人族の中で最も身長が低く、老化するのがエルフやドワーフの次に遅いと言われている、身体的特徴が人族の子供とソックリだという『小人族』なのかな?

 こうして見ると他種族の身体的特徴は、カカさんから教わっていた通りだな。不老で容姿端麗で耳が長く尖っていたり、僕くらい若くても老け顔で短足短腕で、その代わり全種族の中で最も筋骨が発達していたり。実年齢が分からないくらい子供のような容姿をしていたり。頭部から多種な獣耳、臀部からは多様な尻尾が生えていたり。

 僕と同じ人間だというのに、ただ種族という点が違うだけでここまで身体的な違いが出てくるんだなと僕は見ていて楽しくなってしまい、時間の流れを忘れてしまう。

 

「ソラさ〜ん! 身分証の発行が終わりましたよ〜!!」


「あ! はいっ!」


 いつの間にか十五分という時間が過ぎてしまっていたようで、窓口から大きな声で呼ばれてしまった僕は急いで防壁から背中を離し、急いで窓口の前へと向かった。


「すっ、すいません……! ちょっと楽しくなっちゃって」


「ふふふっ。では、こちらがソラさんの『身分証』になります。大切にお預かりくださいませ。紛失時は先ほどの書類の内容に沿った行動を取るようお願いいたします」


「お、おお〜〜……っと、は、ハイっ…………!」

 

 僕が湛えている興奮に釣られてしまったような朗らかな微笑を浮かべているイーマルさんから手渡された物は『ソラ・ヒュウル』という僕の名前と出身国がしっかりと目視で確認できるほどに深く刻まれている『銅製のメタルプレート』であった。

 素材が素材なのだから当然なわけなのだけど、全体が銅色をしているそれは非常に硬質で、大きさの割に結構重たかった。そんなメタルプレートの上左端の方には直径一センチほどの小さい穴が空いていて。これはおそらく、ここに紐か何かを通して鞄とかの持ち物に取り付けておくためのものだろう。僕も肌身離せないリュックを背負っているし、それに付けちゃおうかな。……落とさないかな? ま、大丈夫だろ。


「身分証の初回の発行は原則として無料ですが、再発行の場合は料金が発生するので、そこは注意してください」


「分かりました」 


 僕はよく話を聞いてますよという風に「うんうん」と頷きながらイーマルさんが語ってくれる事細かな説明に耳を傾けていく。そして説明の終わりに、この旅を始めるキッカケであり、大きな目的となっている失踪した母『フーシャ』について尋ねた。 

 母についての問い掛けをすると、イーマルさんは「本来であれば個人情報の検索はギルドの規則に反しているのですが……私とソラ様のここだけの秘密ということで。今から確認しますね」と片目を閉じながら言い、この『フリュー大東門外部・ギルド事務所』にて保管されている『蓄積した身分証発行者の名簿』を調べ始めてくれた。

 

 調査開始から十数分後、とても残念そうな表情を浮かべているイーマルさんから『フーシャという薄緑髪で痩せ身の女性についての発行履歴はここには何一つなく、僕が求めているような情報は何も得られなかった』という旨を伝えられてしまう。


 困り顔をしているイーマルさん曰く、フーシャという名前の女性は『この窓口に来たことがないし、延いてはフリューで身分証を発行したとの形跡がない』のだとか。

 ギルドが定めているそうな規則を違反してまで力になってもらったのに無意味な時間も割かせてしまった僕は、非常に申し訳なさそうな顔をにするイーマルさんに、


「いえ、お力になっていただけただけで嬉しかったです。規則の件と、お時間を多大にお掛けして申し訳ありません。本当にありがとうございました……」という感謝を伝えて、深々とした一礼をした後にトボトボと窓口から離れて行った。

 そうして二度目となる、入都する人のみで作られている長蛇の列、その最後尾に僕は並んだ。今回は一度目よりも非常に早い、体感で四十分しない程度で検問所の順番が来てくれた。僕はバックを背負い直して、懐に入れていた『身分証』を取り出す。 


「お久しぶりです。これ、身分証です……!」


「ははっ。はい、では確認致します……確認終わりました。武器の持ち込みは、腰に差しているナイフだけですか?」

 

 列に並ぶのと同様に二度目の顔合わせである、もう顔見知りと言っていいのではと思えている仲の検問官の男性は、僕の腰に差されているナイフを指差してそう言う。


「はいっ、これだけです」


「分かりました。では荷物の方を確認させてもらいます」


「ど、どうぞ!」


 僕は「こちらにどうぞ」と指定された受付台の上に背負っていたリュックを乗せ、検問官が調べ終わるのを待った。


「…………はい、確認終わりました。ようこそフリューへ! 歓迎いたします!」

 

 荷物の確認が何事もなく無事に終わったことを告げた検問官の声に追随して、目に見えて高揚している僕の目前でアクションを起こしたのは、何者も通さんと道を阻んでいた剛強その物である紅白縞模様の遮断棒であった。その遮断棒はまるで検問所のカウンターから返却された愛用のリュックを背負った僕のことを歓迎してくれているように、なんの突っ掛かりなくスルリと持ち上がって、閉ざしていた道を開けた。 


「とうとう来た…………!」ここが話に聞いていた『風の都・フリュー』!!


 僕は多大なる興奮でニヤつきながら、歓迎するように両手を挙げてくれているような検問用のゲートを通る。そして目前で歓迎するかのような日差しを浴びている首都の光景が徐々に徐々に大きく広がっていき、それに目を見開いてしまった僕は——

 一歩前へと力強い歩みを進めて、目前に広がっている果てしないフリューの地を、


「————!!」


 踏み締めた。

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