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蒼風のヘルモーズ  作者:
『ハザマの国』編

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第48話 戦いが終わって〈3〉

「……明日の別れ、しかしその悲しみを忘れられるくらいの、この奇跡的な出会いを祝して」


「「「カンパーイ!!」」」


「うーい」


 ここは、スミカザリの町の一角にある、何の変哲もない酒場。

 店名の方は、掲げられていた看板が掠れすぎていて、不明。故に酒場としか言えない。

 時刻は、僕が武器を取りに行って数時間が経った夜。だいたい十九時が過ぎたくらいだろう。

 宿屋になっている二階が丸見え。

 仕切り無し。

 まさにバリアフリー。

 一言で、大衆的。密会なんかには絶対に使えない店内の形。


 四人で囲んでいる円卓——お腹が空いたから料理に目が行っちゃう——から視線をずらすだけで、エールを飲み交わす冒険者らしき団体、そして仕事終わりだろう町の人々が認められる。

 僕がいるのは、かなり広い店の右手壁際で、隣にはトウキ君が。彼は乾杯の前に、すでに卓に出されている料理に手を付けていて、すごくマイペースだった。

 っていうか、僕の分は残しといてくれよ。いや、もう先に取っちゃえ。オラオラ。これもこれも。ああっ、最後の一個が!?


 ……話が逸れたてしまったが。

 僕の対面には場違いな香水の香りを漂わせるロウベリーさんがいて、彼女は桃色の果実酒が注がれている、今に乾杯の打ち合いを終えたグラスを一気に傾けている。

 大分くさかった挨拶を終えたルルド君は、彼女の隣で泡が溢れているジョッキを呷っていた。

 僕はというと、酒の類は飲まないということでオレンジジュースを味わっている。

 自分のスカスカの胃袋が満たされるように、トウキ君と静かな戦いを繰り広げながら……。

 まさに四者四様。それもまた良い。

 風情がある。と言うほど綺麗なことではない気がするが。


「ゴク、ゴクッ——プハァッ! やっぱり冒険者と言えば、エールだよね!」


「冒険者なんて安定した職業じゃないし、安くて大量に飲めるものを選んでるだけでしょ」


「おいおい、ロウベリーもこれを飲んでごらんよ。そうすればその偏見は変わるはずさ!」


「いらない」


「あ、あぁ……そう。ウック」


「えぇ……ルルド君、もう酔ってない?」


「こんなのほっといいの。場酔いして吐いちゃうくらい酒に弱いくせに、冒険者はーって意味不明のイメージに流されて、質の悪い安酒を呷っちゃうバカルルドなんて」


「あ、あはは……そうですか」


「……うぷっ」


「「吐くな吐くな!?」」

 

 たった一杯で、喉と頬を蛙のように膨らませたルルド君に対し、僕とロウベリーさんはグラスをひっくり返す勢いで、口に含んでいる『ソレ』を飲み込めと叫ぶ。

 そして、ゴキュリ、と。ルルド君は『茹でられたタコ』くらい真っ赤になっている歪な顔を正常な形へと戻した。 

 

「゛あ゛あぁー……ふぃぅ〜、今のは危ながったねぇ」


「何を他人事みたいに言ってるわけ!? もう! ルルドは酒禁止!!」


「トウキ君も一票入れてよ、禁酒に」


「おう、酒に弱えなら飲まねえ方がいいぜ。周りが大変だからな」


「はい! これで三票入りましたー。ということで、もう注文したらダメ」


「…………はぁい」


 カカさん以上の『下戸』みたいだな、ルルド君は。

 これは生きるのに必須な水以外を与えちゃいけないタイプ。

 好き好んで飲酒するくせに、飲んだらすぐにバッタンするのはマジであの人にそっくりだ。

 っていうか、なんで酒に弱い人に限って、酒好きなんだろう。

 サチおばさんは嗜む程度だったけど、どれだけ飲んでも素面だったもんなぁ。

 微塵も顔色に変化なかったし。

 もしかすると、これには『相関関係』というのがあるのかもしれないな。

 酒の好き度に比例して、酒に対して弱くなる——みたいな。

 好きだと弱くなる。ってなんか、むかーしに強制読書させられた恋愛小説にそんなことが書いてあった気がする。

 とすると、酒を飲まない、飲もうとも思ってない僕は『酒豪』になり得るのかも。

 

 なーんて。大事な『お別れ会』であるにも関わらず、それを酒でぶち壊しにしかねないルルド君に、大噴火を幻視させるくらい怒り心頭なロウベリーさんを遠目で見ながら、本当に大変だなぁ、と。

 僕は苦笑しながらにそう思った。そうして徐にオレンジジュースが注がれたコップを傾けると、横から手が伸びてきた。


「ソラ、その皿食わねえならくれよ」


「皿は食べものじゃないよー。だからあげない。足りないなら適当に注文しなよ」


「ま、そうだな。おーい、注文頼む!」


「マジでまだ食うのかい……」


 相変わらず、ものすごい食欲だなぁ、トウキ君。

 彼は僕が皿に確保していた『茄子の天ぷら』を指差し、それ食わねえならくれよと、まだ口の中に残っている、野菜滓で作られた『かき揚げ』を咀嚼しながら言う。

 しかしこれは、トウキ君に卓上のものを食い尽くされてもいいように、先んじて僕が隔離していたものである故、イイヨー、とあげるわけもなく。ちょっとだけウザい『揚げ足』を取ってみた後、食べる分だけの再注文するよう促した。 


 それにしても。

 おにぎり換算で十数個分の揚げ物を既に平らげているっていうのに、まだ入るのかよ。ってか、昼にたくさんの山芋が掛けられた温蕎麦を八杯くらい食べてたよな。

 でも、今も昼も全然お腹が出張ってないし。まったく『底』が見えてこない。

 ともすれば、食べたものは胃袋に溜まっていないのかもしれないな。 

 もしかして、どこかに消えてる……? まさか魔法か? 魔法なのか? いや、これが魔法だったらしょうもなさすぎるな。まったく『夢』というものがない。

 まさか、爆速で消化してるとかか? この速さで?

 いやいや、それは流石に人外過ぎだろ。

 ……んー、でもまあ、トウキ君ならあり得るかぁ。うん。

 うお、この大根の漬物ウマっ! ボリボリ。


「ぐっ、んぐっ——ぷはぁ。ただの水が沁みるぅ。あ、お姉さん! ミートボール追加で!」


「かしこまり!」


「あ、私はこの果実酒のおかわりを」


「はーい!」 


 ただの水をまるで酒のように飲み干してみせたルルド君が、既に『無』になっている卓上の皿にキョトンとすれば、自分が食べる用の料理を注文。

 そのついでに、ロウベリーさんは飲み物のおかわりを願う。お別れ会だというのに、湿ったくなるどころか、みんなやけに楽しげだ。


 ガヤガヤ、ガヤガヤ。


 午後の二十時を回って、店を訪れ、席に着く客の数が目に見えて増える。

 喧騒は真昼間のスミカザリの雑踏以上で、一軒の中で密閉されているからだろうが、少しだけ騒がしいと感じた。

 別れ。次に会う時は不明瞭。それは全員分かってる。

 しんみりした話は何も進まず、四人はまさに四様に食事を進めていく。僕は鶏卵と醤油を絡めて炒め作られた焼飯と、根野菜の煮物。

 トウキ君は一言で雑食。とりあえず何でも注文をして食べていた。

 

 当初の支払い方法は『四人で割り勘』となるはずだったが、それはもう機能停止。というか、機能するはずなかった。一人の大食漢のせいで。

 というわけで、各々が食べた分の会計を個別に済ませることで、苦笑している三人と、まだまだ食べ足りていない様子の一人は同意する。

 ロウベリーさんは女性だからか少食で、気に入ったのだろう果実酒を三杯ほど飲んで、あとは僕が『食べます?』と分けた煮物を数口。

 主食の方は天ぷらの盛り合わせだった。

 満場一致で禁酒を言い渡され、水、もしくはジュースしか飲めなくなったルルド君はというと、ちょっと暗い顔をしながら、塩で味付けがされた炒り豆を摘んでいる。

 ルルド君の炒り豆は後でこっそりと頂くとして、そろそろ何か話したいな。

 

 二人は、ロウベリーさんの故郷である、中央大陸にある国『エリュン』へ向かうと言っていた。そこで彼女が幼少のころに暮らしていた場所、おそらく存命だという祖父母が住んでいる場所へ行くと。

 トウキ君は色々と『調べたいこと』があるからハザマの国を歩くと言っていて、詳しくは聞けていないから多分だけど、しばらくは漠然とした旅程を組んでいる僕と共に行動してくれる。その辺の話を、詳しく聞きたい。だからそう、僕は言葉にする。 

 

「二人は、遠いエリュンに行って、ロウベリーさんが住んでいた場所を見に行くんでしょ?」


「ああ、そうだよ。二人、というより、ロウベリーが、だね。家を継ぐ必要がなかった俺は早いうちに冒険者になると決めていて、事実それだけだったから、年若い彼女の護衛も兼ねてついてきた。まあ、世界の中心たるエリュンにある『世界樹』を一目見たいと思ったのも大いにあるけどね」


「年若いって、ルルドはたった一つ上でしょ」


「はははっ、そうだったね。君がすこぶる子供っぽいから忘れてたよ」


「殺すぞ」


「…………ごめんなさい」


「あ、あはは……」


 安いとは言っても酒は酒。それが入っても相変わらずなんだな、ルルド君は。

 もう根治できない類のもののように思える。

 酒は百薬の長。それも効かないとは恐れ入るよ。やれやれだ。

  

「トウキ君はさ、なにか色々と調べにこの国を回るんでしょ?」


「んぐんぐ、ゴクッ……回るっつうか、まあ調べるのはそうだな」


「何を調べるとか、聞いてもいい感じ?」


「……神隠し。それをもうちょい調べたい。もしあの時のヤツなら…………」


「?」


「いや、なんでもねえ。んで、そういうソラの方はどうするんだよ? どこか行く当てはあるのか? 居なくなった母ちゃんを探してるんだろ?」


 少なからず心に引っ掛かる発言があったものの、話を振られてしまったので——あまり話したくなさそうだったので——僕は求められている己の答えを『うーん』と搾り出す。


「居なくなった母さんの足取りが不明な以上、いろんなところに顔を出して、虱潰しに母さんについてを聞くしか手がないんだよね。だから……うーん。風に流されるようにソルフーレンを北上してこの国に来たから、このまま北に——オルカストラに行くことになるのかなぁ?」


「オルカストラ……歌の国か。たしか『歌姫』ってのがいるんだったよな」


 歌姫。姫と言われているだけで、王族ではないそれについては少し、耳に入れたことがある。

 オルカストラの『世界三大劇場』の一つで定期的に、その歌を観衆に披露していると。

 疲れ切った体。鬱屈とした心。そして凍りついた『魂』さえも、暖かく、まるで天界にいるかのように蕩けさせてしまう天上の歌唱なのだと、商人のおじさんが言っていたっけ。

 その話を聞いて気にならないという方が無理だけど、まず争奪戦だろう聴衆席は取れないだろうし、一度だけ聴いてみたいというこの思いが叶うことは、おそらく一生ないと思われ。

 僕以上に歌姫の歌を聴きたいという人は多いだろうし、そんな人から限りがある聴衆席を奪ってまで、歌姫のそれを聴きたいとは、僕は思えていないしさ。


「ああ。絶歌の姫君だね。まあ、彼の国は君主制じゃないし、姫とは名ばかりだが。もうそろそろで四年に一度の『聖歌祭』だし、もしかするとソラはタイミング良く参加できるかもね」


「聖歌祭かぁー、一生に一度は参加してみたいけど、今回はお預けねぇ。私達はハザマの国の西部から九国大陸のサイゴーンに行って、そこからまた船に乗って中央大陸に行くわけだし」


「だね。俺達は次に期待ということで。まあ、聖歌祭は楽しむような祭りではないんだが」


 聖歌祭。うーん、聞いたことがないな言葉だな。

 聖歌というと、聖神教関係かな? 

 祭事。というわりには、ルルド君が言った『楽しむようなものではない』が心に引っ掛かる。オルカストラって宗教国家じゃなかったはずだし、だとすると、聖神教は無関係?

 ……無から考えるよりも誰かに聞いた方が早そうだな。でも、

 

『え? そんなことも知らないの?? 一般常識の範疇じゃない???』


 なんて箱入り娘ならぬ息子扱いを受けてしまう可能性——は面々に限っては有り得ないものの、だがしかし。

 あの、加護やら勇者やらを知らされた時のなんとも言えない空気を感じて新しい今だと、ちょっと抵抗があるな。いや、割と強めのそれが。でもまあ、聞いちゃおう。


「————ぁ」


「そういえばさ!」


「ぁ、はい」


「んん? ソラ君、今なにか言おうとしてた? 話があるならお先にどうぞ」


「え? あ、あぁ、いや。僕は全然大丈夫ですよ。ただ、ほら。トウキ君が食べてるその丼物が美味しそうだなぁ——って感じで」


「ああ、これか? これ『親子丼』な」


「へぇー……うん? なにが『親子』なの?」


「ほら、卵と鶏肉を一緒くたにしてるだろ? だから親子丼」


「…………マジか」


「マジだ」


「……………………」


 おいおい、とんでもねえネーミングだな。ちょっと信じられねえよ。何を食ったらそんな残酷な名称を思いついて付けるんだ。鶏肉と卵か。やかましいわ。

 

「それでさ!」


 僕が『親子丼』なる料理名の理由が『非常に終わっている』ことに引き攣っていると、一時中断されていたロウベリーさんが話を再開する。

 それに耳を傾けた男三人は、それぞれが手掴みで紫芋の天ぷらを齧った。女性の話というのは時として、意味が無いことがある。

 そう理解している故の、男なりの暗の反応であったが、しかし。次に語られた『良い提案』に、我関せずのトウキ君以外の二人が『ああー』と視線を交わし合った。


「四人で集合してる絵を描いてもらいましょ。この出会いを祝してなら、特に!」

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