第47話 轍は未来へと続いている
さすが工芸の。いや、技術の都と言うべきか。
超精細で超小型の集合絵を描いてくれる腕利きの画家がいて、出来上がった四枚の絵を飾り入れておくロケットも手に入れることができた。
すべてが同じ町で完結。とても喜ばしく、少し残念な気持ちになった。
それは、この四人での楽しい時の終わりが、すぐそこに来てしまっているということだから。
僕は四人それぞれが、統一性のないバラバラなポーズを取っている絵が収められている宝物を空に掲げながら眺め、視線をスミカザリの大通り、流浪人や商人しかいない場所へと戻した。
「…………ふぅ」
白雲の一つもない空は、見入ればどこまでも吸い込まれてしまいそうなくらいに、蒼い。僕の瞳は何十年と人の手が入っていない樹海のような濃緑色だけど、今は蒼一色に染まっている。
前髪や頬、素肌の首筋を撫でていく風は心地いい程度で、堪えきれない欠伸を出させる。
数十人どころじゃない冒険者達の尽力により、巣食っていた魔が消え去った北の大山から降りてくる、ひんやりとして非常に澄んでいる空気は裸の鼻奥を愛撫して、僕に鼻頭を擦らせた。
鼓膜を打つのは商談の熱戦。流浪人の口笛。工房を持つ職人の色とりどりな演奏。
あと、可愛らしい雀の囀りも少し。それで鼓膜が揺れる。だけど、心はとても凪いでいる。
昨日は逢う魔が時よりも、曇天の夜空よりも暗かったのに、今は無色透明だった。
思いはある。寂しいという。だけど、大丈夫だった。成長じゃない。これは一期一会ではないという言い聞かせ、一種の暗示のせいだ。
この別れは、納得しなきゃ、いけないことだって。
現在時刻は五月三十一日の、午前十時過ぎ。
五月三十日の夜に行われた『お別れ会』から、一日が経過している。つまり、馬鹿で賢いルルド君と、意外とお茶目なロウベリーさんと、別れる日。離別の時。
「…………あそこだ」
待ち合わせをしている場所は、視線の先。
スミカザリに四つある外界への出入り口たる門のうちの一つ、西方にある大門だ。
二人と別れた後、僕達は北——ハザマの国の中心にある『サクラビ』へ向かうということで、トウキ君は自分用の物資調達を行いに、僕と離れている。僕はというと、昨日に済ませていた。
だけど、トウキ君はおそらく先に到着している。
彼がビューンと走れば、広大なスミカザリの町の東端と西端なんてそこからそこだろうから。
一番年下の僕が最後でいいのか。別にいいか。そんな無駄な思いを抱き、一人で微笑んで。
西の大門を通り抜けた僕は、今生ではない、だけど寂しい、友人達との別れに、向き合った。
「お、来た来た! おーい、ソラ! こっちこっち!」
「ほら、ソラ君! 走った走った!」
「ちょっ、もう。急ぎじゃないんだから、しんみりと落ち着かせてよ、二人とも!」
「「ダメダメ!!」」
「ええぇ」
可能な限り吟味して、ようやく購入したのだろう武槍を笑顔で仲間に見せている若手冒険者。
商談が上手くいかなかったのか、昼前だというのに暗い顔をしている商人。
客引きでの縄張り争いだろう、公衆の面前ならぬ門前で激しめの口論を展開し、門衛の人にどうどうと窘められている御者のおじさん達もいた。
ついつい友人達を探す目を引かれる中、声が届いた。こっちだと。そして、早く早く、とも。
僕は何故に急かすと思いながらも嬉しげな笑顔で、声がした方に目を向けて、駆け寄る。
その途中、まさかの人物がルルド君達の側に居ることに、片方の瞼を怪訝げに広げた。
二人の反応的に、もしかすると偶然じゃないのかもしれない。だから、言葉にして問う。
「なんで『ゲントウ』さんが一緒にいるの?」
やはり先に到着していたトウキ君もいる、年若い友人達の輪の中に入った僕は、そこでかなーり浮いている初老の男性——魔窟で救出し、この町で別れたゲントウさんに疑問を口にした。
なんで、あなたがいるんですか? と。
「なに、ちとした武者修行だ。魔窟での一件で、世が広いことを痛感した。この歳になって鍛え直しというのは笑われようが、しかしワシも武人。上には上がいるなら、また登るだけだ」
「カッコイイですね」
「ワハハ! だろう。武者修行をすると決めた時に、この黄土髪の童と偶然会ってな。そこでスカウトをされ、エリュンにまでついていくことになった。というわけだ。分かったか?」
「なるほどぉ」
ここ近辺の冒険者界隈で、武人と囁かれているゲントウさんが、遥か遠い『エリュン』までの旅路に同行してくれるというのは、物凄く心強い。
まだ駆け出しのルルド君達と比べ、彼には倍以上の人生経験と戦闘経験があると言っていい。
これで二人の安全度は飛躍したわけだ。
偶然。というより、奇跡だな。
停滞を拒み、成長するための武者修行をしたい。離れていた遥か遠くにある故国へ行きたい。
利害が一致しているそんな顔見知り同士が、広い町の中で口合わせもなく再開するなんてさ。
「というわけで、俺達は一旦は目的地のエリュンまで、行動を共にすることになったんだ。俺みたいな冒険者の下っ端のカバーを、熟練のゲントウさんがしてくれるのは非常に心強いよ」
「私的には、ソラ君かトウキ君、もしくは二人ともの方が良かったんだけどねぇ。こんな加齢臭プンプンのおっさんよりも」
「フン、オマエさんもいずれはこうなる。時とは残酷なものだからな」
「なるかぁ!」
「はははっ。人間なんだし、ロウベリーが『オバさん』になるのは確定しているんだけどね」
「殺す」
「それも確定した!?」
夫婦漫才は相変わらずだなぁ。かなりトゲトゲしいけど、これはこれで寂しい心も和む和む。
まあ、なんであれ落ち着いてくれ。じゃないと事が進まないし。別に、それでもいいけどさ。
「ゴホン。それじゃあ、話を変えて。ソラとトウキは、二人でサクラビへ向かうんだよね?」
ルルド君は、中々な蹴りを入れられた自分の尻を「痛てて」と撫でながら、苦笑している僕と、やはり我関せず、町で買ったのだろう煎餅を食べているトウキ君に、そんな確認を取った。
「うん、そうだよ。細かな計画は立ててないから、行き当たりばったりなんだけどね」
「ま、計画を立てるほどの『目当て』がねえから、無いのも順当だろうぜ。俺もソラも、そこにあるかも分からねえ情報を求めてるだけだしな」
「言えてるね」
無計画。それも『旅』というもの。醍醐味とも言えると思う。
行程等々の計画が一切無いことに対して、まったく気にしている素振りのない僕は、一人じゃなくて二人だし、まあなんとかなるだろう。という楽観をもって、ルルド君に言葉を返した。
すれば、トウキ君がすかさずにフォローを入れる。
僕が『サクラビ』へ向かうのは、あるかも分からない母さんについての情報を求めて。トウキ君も同じように、昨今のハザマの国で噂されている『神隠し』についてを調べるために行く。
各々が求めている情報は、生き物や道具のような『実体』を持たない。
僕達はどうにかそれらを入手しようと動くつもりであるため、サクラビへ向かうというのも、人の流れが最も大きかろう『この国の首都』だからなのであった。それ以外に特に理由はない。
故に、綿密な計画を立てる意味と、計画を立てる気もなかった。それが現状。
そして僕達の返答に納得したような頷きを見せたルルド君は、微笑を浮かべながら口を開く。
「こと神隠し事件に関しては、俺達は国外に行くわけだから協力はできないけれど、ソラのお母さんの件は俺達なりに動いてみるよ。何かあったら、ギルドの掲示板に情報を残しておく」
「ありがとう、助かる」
「いいってことさ。うん、ソラはオルカストラに行くとは聞いたけど、それならトウキの方は、自分の目的が解決した後にどこに向かうかは決めているのかい?」
「神隠しの件は、俺が持っている本来の『目的』から逸脱した、いわば寄り道。被害者がいる手前で言い方は悪いが、ついで、なわけだ。それが済んだ後は……そうだな。とりあえずは西にある『聖王国』を目指すかな。あそこには、俺が求めている情報がある可能性が高いしよ」
「……トウキの本来の目的について聞いても?」
「それは言えねえ。巻き込みたくないからな」
「……そうか。じゃあ追求しないでおくよ」
「ああ」
この十日間、短くとも濃すぎた時間の中、彼と行動を共にしていたからよく知っているけど、やっぱりトウキ君にも『旅を始めた確固たる理由』があるみたいだ。
半分以上が溶けている蝋燭の弱い灯りだけが照らす、スミカザリ西の宿の一室。
そこの、お世辞にも寝心地がいいとは言えやしない布団の上で静かに胡座を掻きながら、何事かを思い出している暗い様子を、彼は『狸寝入り』をしている僕に見せていた。
だから相当に『昏い過去』が彼にはあるのだと思える。
聞かないでほしい。誰も巻き込みたくはないから。その『巻き込む』というのは一体どういうことなんだろう。僕は彼へと視線を送りながら、そう思った。だけど、彼を慮って、黙った。
「……うん。最後に二人との話は済ませたし、そろそろ行こうか、二人とも」
「はいはい。ソラ君、トウキ君。またこの四人で一緒に、今度はもっとお洒落なところで豪勢なご飯を食べましょ
「はい、また四人で——あ、ゲントウさんもご一緒に?」
「ワシは遠慮する」
「ああ、そうですか。じゃあ、また四人で、いつか必ず」
「ええ。それじゃあまたね、二人とも!」
「はい! またいつか!」
「ああ、またな」
「ふふふっ」
したかった話は今に済ませた。だからもう、足踏みはしてちゃいけない。これ以上、ここに留まっていると、己の心が『動くこと』を拒否してしまうから。
寂しげで、だけど進むことを止めないという力強い眼差しで、ロウベリーさんとゲントウさんに出発することを彼は伝える。
ゲントウさんは『ワシから話すことなど何もなかろう』と、早々に背後に停めていた馬車に乗っていってしまった。
ワシと主らは別れを惜しむほどの仲ではないだろう、そういう笑みを浮かべながら。
ロウベリーさんは若干だが目を赤くしてしまっていて、だけど溢れそうになる雫を際際で押し止めながら、僕達に未来への約束と、今の悲しい別れを告げた。
そして、雨が上がって、花開いたような美しい笑みを咲かせながら、彼女も馬車に乗り込む。
最後に、ルルド君。
「ロウベリーが全部言っちゃったし、俺から言うことは何もないな。できれば、お洒落なところよりもドンチャン騒げる場所の方が好みなんだが……まあ、俺が物理的にへし折れさせられるのは目に見えてるので、何も言うまい。またね、二人とも。いつか必ず、どこかで会おう」
「うん。ロウベリーさんに殺されないように気を付けてよね」
「はははははっ! ああ、ソラの言う通り、死なないように気を付ける」
「俺も言うこと浮かばねえが。まあ強いて言うなら、風邪引くなよ」
「ああ、肝に銘じるよ。ありがとう、トウキ」
再会は、いつになるか分からない。
だって、未来は誰にも分からないから。多分、神様にだって。
だけど必ず会おう。
必ず、この四人で、このかけがえのない友人達で、同じ食卓を囲もう。
そんな誓いを交わし合い、ルルド君は僕が浮かべている『暗黒微笑』と共にかました、最悪の場合事実になりうるかもしれぬ『冗談』に大笑いしながら、馬車に乗る。
そして、後頭部をポリポリと掻きながらトウキ君が送った、健康に対する注意に頷いた。
車窓から顔を出して、半目になっているそれを向けてきているロウベリーさんから『ソラくぅん?』という、何とも恐ろしい声が聞こえた気がしたが、僕はにへらっと無視をする。
そうして、御者から最終確認が取られ、乗客たる三名の了承により手綱が鳴った。
停まっていた馬車がガラガラと動き出す。
青空の下。
草地に轍。
町の喧騒はやけに遠くて、ただ回り続ける車輪の音が目立っている。
鼓膜を揺らすのは声。僕のもの。友のもの。高低はバラバラ。だけど同じだった。
別れを惜しむ。離別を寂しぶ——。
「行っちゃったね」
「ああ」
「僕達も行こう」
「そうだな。一旦町に戻るか?」
「準備は済ませてる?」
「問題なし」
「じゃあ、このまま行こうよ。三人みたいに」
「だな」
——それら全てを受け入れて、真っ直ぐに前を向いて、僕達は『今』を進むのだ。
ハザマの国編——其の一
【完】
ハザマの国編はまだ続くよ




