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蒼風のヘルモーズ  作者:
『ハザマの国』編

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第46話 戦いが終わって

47と48を纏めました

 あまりにも強すぎたトウキ君に救助された、小腸穴開、肋骨骨折、腹に『弾牙』が突き刺さったまま等の重傷を負っている僕は、彼に肩を借りながら冒険者達を逃した方へと歩き出した。

 トウキ君は相当なスピードでここまで来たようで、魔窟内で分かれたらしい——というより、単純に脚力の差で置き去りにしたのだと思われ——ルルド君達と合流できたのは、脂汗を無限に滴らせている僕のペースに合わせていたのもあって、かれこれ十数分後のことであった。


 かくかくしかじか……。


 それはもう汗まみれになりながら、僕達のもとへ全速力で駆け付けてくれたルルド君とロウベリーさんは、病的に息が浅い僕が見せる『重傷ぶり』にゾワワッと血の気を引かせ。

 何故が別れることなく、二人に付き従っていたゲントウさんに至っては、

「よくやったぞ、茶髪の! あの化け物相手に大金星だ!!」なぁんて、これが冒険者流なのか、えらく興奮気味に僕の『健闘』を讃えてくれた。

 まあ、しっかりと『末恐ろしい睨み』を効かせた彼女にドガンッと蹴りを入れられたが……。


 そうして、なんだかんだで熟練の冒険者であるゲントウさん主導のもと、動ける四人は即席の『担架』を作製。それに乗せられる形で、僕の牛歩ならぬ蝸牛歩は解決。

 鬼国の祭りである『御輿』みたいだな。なんてトウキ君が言えば、祭り上げられてる気分はどうだい? この際だし凱旋っぽくする? とかなんとかルルド君がおふざけ気味に言う。

 僕はそれに一言、お腹痛い、と返した。

 そんなこんなで、治癒術士がいる『キャンプ』に僕は運び込まれるのだった……。


「茶髪の人……っ!」


「ぶっ、無事なんですか!?」


 僕が身を挺して逃した、やはり若輩だった冒険者達もこのキャンプにいた。

 彼等は担ぎ込まれた僕のことを見つけた途端、涙目になりながら駆け寄ってきて。

 命に別状はないか、死なないでください、とかなんとか。

「保菌者の可能性があるので誰も近寄らないでくださーい」

「英雄を感染症で殺したい人ー! 私がテメエを殺すよー!」

 と、僕を囲っている治癒術士の人に阻まれながらも、しかし頻りに喚いていた。


 どうやら自分達のせいで他人が死ぬというのは、彼等に取っては許容できないことのようだ。 究極の自己責任主義、と言ったところか。

 駆け出しと言っても、彼等も自己責任を具現した職業たる冒険者の一人だしな。

 まあ、冒険者ではない僕としてもそれは許容できないことだし、共感だけど。


 僕自身、自分の体が大丈夫なのかは判断が付けらない状態なのだが。

 しかし「もうダメだな……爺ちゃんによろしく」なぁんて言うわけにもいかないし、だいじょうぶだいじょうぶ、なんて。

 風邪をひいた母親のように、微笑みかけながらそう答えてみた。

 だけど彼等は「俺達のせいで」とか「本当にごめんなさい……」とか。何を言っても自分を責めることを止められないようだったので、これは僕が元気になった姿を見せないことにはどうしようもないなと、僕は腹の穴を閉ざす気概で苦笑を浮かべた。

  

「……んん? あの、肋骨はどこも折れてはいないようですが」


「え? でも、完全に折れたと思ったんです、けど……思いっきり掠りましたし」


「酷い打撲は見られますが、何番も折れてはいません。無事です。これはもう軟膏だけで十ぶ……いや! 彼の勇者様と同じ『風の加護』を宿している御方! あの勇者様にも向けられていた寵愛を受けている。ならば……ええ。今魔法を掛けます!!」


「え? いや、軟膏で済むなら別に魔法は……」


「はああああああああああああああああああああああああ!」


「ああっ! 問答無用で治された!?」


 風の加護が『害』を払っているらしく、故に患部の掃除消毒は不要だということで、早々に腹部に突き刺さっている女王の遺物たる『弾牙』を摘出。

 末に『治癒魔法』を行使して、多量の出血を強いている、結構大きい穴開を塞ぐ。


 魔法により穴開は——これはあくまでも応急処置。稚拙、私程度の魔法では深傷に対して高い効果を発揮できません。自己治癒未全の状態で激しい運動などをすると、弱く結合された箇所が再び離れてしまう可能性があるので、どうか控えてくださいまし。と念押しされた——塞がり、出血死の線がなくなった僕は、折れたと思われていた肋骨を触診していた治癒術士のエルフ、ルシェンナさんに「折れていない」と『?顔』で言われ、彼女と同じように首を傾げた。


 軟膏で済む程度の打撲しか診られないから、もう放置してても良さげだね。的なことを言いかけていたのに、途端に魔法を全力行使しだした彼女に僕は素っ頓狂な声を上げつつ……。

 なんだかんだで、僕の容態は回復。横倒しだった上半身を起こすのだった。


「大丈夫そうかい?」


 ルシェンナさんは、謎に恭しく僕のことを扱ってくる。

 伝説の風の勇者はエルフの憧れの的。

 なんてことをリップさんは言っていたし、彼女も例に漏れず……ということなのだろうか。

 しかし、僕は件の『伝説の風の勇者』ではないし。勇者と呼ばれる実力も実績もない。

 それに加えてこの歳まで勇者、というか。

 ただの人間が『勇者』足り得る超常。いや、勇者になるための『資格』か。

 つまり『加護』そのものについての知識——そもそも自分が風の加護を宿していることさえ忘れてた——が欠落していたから、なんというか、それにムズムズとした違和感を感じる。


 花のように凛とした横顔を見せながら、子供にするように甲斐甲斐しく世話を焼く。

 泣きつき甘えつき、一歩間違えれば『変態』として逮捕されていた——というか、僕がその気になればアウトだったかもしれない——だろうカカさんとは丸切り違うタイプだ。

 けど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、あの人の面影というのを感じた。

 品行方正さを姿形でひしひしと感じさせてくる彼女を見て、あの人の顔を思い浮かべるのは失礼というか、中傷の枠に入りそうだが、そこは同じエルフ族だからで誤魔化してしまおうか。

 それにしても、なんだか懐かしい気分になるな……。


 真の殺し合い。命と命の奪い合い。即ち弱肉強食の絶対摂理。

 紛うことなき激闘だった。

 あれは、誰が見ても同じ答えを述べるに違いなき『死闘』だった。

 この気持ちは……それを経て、生き残ったばかりだから生まれ出たものだろう。少しだけ『故郷』に帰りたい、みんなの顔を一目だけ見たいという、この僕の思いは。


「吐き気や目眩はないよね? ほら、顔のとこ、ヤスリで削られたような痕があったし。もし頭を打ってたら時間差で症状が出ちゃう。もし吐き気とかがしたら……開頭するしかないわ」


「あはは……頭は庇っていたから一度も打ってないですし、だから開頭とかはぁ……しなくても大丈夫すよぉ、ええ。んと、僕はもう平気だよ、ルルド君。穴が開いたところはまだ少しだけ痛むけど、それ以外はもう痛みも引いてきた。ルシェンナさんが諸々治してくれたからさ」


「ええーっ!?」と、目玉が勢いよく飛び出そうになる、開頭などという爆弾発言。

 脳という最重要機関にダメージがあるなら順当なのかもしれないが、普通に怖い。

 そんなことを生真面目とした顔で言ってのけたロウベリーさんに対し、僕は盛大に顔を引き攣らせながら、自分が至極健全だということを精一杯の苦笑にて示した。

 そして、同様の苦笑を浮かべているルルド君の質問に対して、自分は大丈夫だと伝える。

 私、なにか変なこと言った? 正論だと思うんだけど。

 という疑問顔をしているロウベリーさんに引いていること丸分かりなルルド君は、僕のその答えに「それならよかった」と笑った。


「よし。ソラも無事だったし、一旦、村に戻ろうか。適当な休息を取ったら全員で子蜘蛛退治開始だ。あのレベルの怪物になりうる危険因子は、是が非でも排除しなくてはいけない」


「この洞窟をまさしく虱潰しに。想像するだけで疲れるけど、やらなくちゃいけないのよね」


「ああ。これは『今に必ずやらなくてはいけない』ことだ。今回は真実、トウキとソラがいたから何とかなっただけ。そう、ただ『運』が良かっただけなんだ。その幸運は常じゃない。だから最悪の芽は早いうちに取り除いておかないと、今回以上の被害が出てもおかしくはない」

 

 ルルド君は、山下の村に一度帰還して、十分な休息を取るという旨を、僕とロウベリーさん、そして冒険者の誰かからもらったのだろう、口の中が砂漠化してしまいそうなパッサパサのビスケットを貪っているトウキ君へと伝える。今の疲労困憊な『超バッドコンディション』を整えたらここに舞い戻って、魔窟に跋扈している危険因子たる『石蜘蛛』どもを駆逐する、とも。


「自力で歩けそうかい? ソラ」


「うん。全然オッケー。お腹が空いてるくらいだよ」


「はははっ、それなら良かった。よし、それじゃあ四人で村に戻るとしようか」


「了解」


「ええ」


「オウ」


 + + +


 死闘が終わり、それから一日も経たずに迎えたのは、まさに『激闘』の一週間だった。

 吐きそうになるくらい『無限』に湧き出てきたのは、魔窟の民たる蜘蛛型の魔族。

 あの『クソ強女王』とまでは行かぬものの、僕が戦い、ルナさんが討伐した犬型魔獣以上の戦闘力を有し、自国を守る兵士よろしく、果敢に討伐隊の冒険者等に襲い掛かってきた成体。

 小動物程度の力しかなく、故に手子摺るわけもない、ただ逃げ惑うだけだった未成熟の個体。

 バラバラな能力。しかし一様に骨が折れた。

 前者は力が強く、後者はその個体数のせいで。


 弱音に苦言、さらには暴言。苛立ちと怒髪天、仕舞いにはストレスでゲロを吐く。

 背負わされたのは苦行。修行というには過酷がすぎた、冒険者達のお仕事。

 それを何とか、圧倒的にアウェーな環境である、魔窟内でこなしていった。

 ……こなしていた。

 と言うより、ハザマの国から『洞窟調査をするから、先に魔族を駆逐しておいて』とクエストならぬ『強要』をされていたと言った方が正しいが……。

 地域の安全のためにはやるしかなく。

 あまりにも人外。広大が過ぎている魔窟をマンパワーによりゴリ押し攻略。至る所にある出口を封鎖し、端から巻き網漁の如く中心へと向かって駆除を進めていき。


 一十百千万。


 到底数えきれない量の蜘蛛型魔族を駆り尽くし、周辺地域は安全を手に入れた。駆除活動前に外界へ逃げ去った個体は、犬を連れてくる国の武士隊に一任。国よりも先んじて保全活動を行なっていた僕達は食糧などの物資を無償提供してくれた心優しい村の人々と共に、それはもう天界にも届くほどの『葬祭』を行い、一団は解散した。


 そうして——。


 陽気な日差しに照らされている、何の変化もないスミカザリの町。その大通りを、僕は歩く。

 

「たしか、この辺だったよな。ああ、ここだここだ」


 現在時刻は、人歴千○三七年の五月三十日、その午後三時半過ぎ。

 スミカザリの大通りは、工芸の町と言われるだけはあり、人通りは都心と比べれば非常に慎ましやかで、鼓膜を打つのはチラホラといる流浪人らしき通行人が奏でる喧騒ではなく、何を作っているのか一目瞭然な看板を掲げた工房から漏れ出ている、多種多様な工作の音色だった。

 聞いていて飽きない十色の音。

 揺り椅子に腰掛けながら目を閉じて、陽光を浴びながらウトウトと拝聴するのも一興だろう。

 しかし僕は、この強烈な眠気を覚えさせる優しい白光を浴びつつも、何度も目元を擦りながら耐え、己が愛剣の専門的な整備を依頼している『鍛冶屋』へと、遅めの足を進めていた……。


「ごめんくださーい! 鏡面の片手剣の整備を依頼していた『ソラ・ヒュウル』です!」


 向こうから来る人をわざわざ避けなくてもいいくらいの余裕がある、とても歩きやすい大通りを眠そうに移動していた僕は、見覚えのある薄暗い路地へとふらふらと入っていき、日陰でひんやりとしているそこで『カーンカーン』という、槌が熱された鉄を打つ快音を響かせている、客足の方は一眼で悪いと窺えてしまう、愛剣の整備を依頼していた鍛冶屋の暖簾を潜った。

 そして、買える手持ちなどないくせに『おぉー』と目を引くいろいろな武器を飾っている展覧場どころか、勘定台にも姿が見えない、整備の依頼を出した時に対応してくれた店主を呼ぶ。

 しっかりと、今に来店してきた人間が、整備の依頼を出している僕であるとも伝えつつ——。


「っととと。らっしゃい、ソラ坊! おめえの剣はちゃんと出来上がってるぜ! ほらよ!」


 近所迷惑を考え、少しだけ抑えられていた呼び声に応じ、店の奥——鍛冶場へと繋がっているところから、おそらく、というか音的にも間違いなく鍛錬中だった、鍛治師の店主が現れる。

 鬼国・鬼ヶ島や、ハザマの国の伝承にある『妖怪』で例えるに、河童。

 店主は毛髪が一本もないそんな頭頂部を、首に巻いていた煤だらけの手拭いで謎に念入りに拭き、土間という店内の利点を大きく使って、汗でびしょびしょであるそれを一思いに絞った。

 ジョバジョバー、と。


 店舗だけど住居でもありますよね、ここ。それなのに大分汚すなぁ。怒られないのかなぁ。

 自分の家じゃないから別にいいのだけど、しかしねぇ。という感情の苦笑を僕は浮かべつつ、勘定台の側に立てかけられ、今に笑顔の店主からホイッと手渡された愛剣を受け取った。

 数日ぶりに手の中に戻ってきた鏡面剣。その感触を一通り感じた後、僕は店主に頭を下げた。

 どうも、ありがとうございました、と。


「いいってことよ。それがオラの仕事だからな。それより、大分危なかったぜ? もしオラが整備しないまま、何度か強めに打ち合ってたら、間違いなく剣身に罅が走るくらいにな」


 鍛冶屋の店主は、研がれ、磨き抜かれている美しい鏡面の剣身を舐めるように見ていた僕と、当の鏡面剣とに視線を行き来させ、末に、ふぅーと厳しい一仕事を乗り越えた風に額を拭った。


「もう大丈夫そうですか? 整備では修復ができない箇所とかありませんでしたかね?」


「問題ねえ。相当『キテた』けど、ちょちょっいっと熱を入れてやったらその通りの万万全よ。んでも、性能と見合ってねえ使い方は控えときな。今回は大丈夫だったってだけ。そう思っとくんだぜ?」


 トウキ君ほどの技量は僕にはない。だから、今回は『たまたま破損しなかった』だけ。

 言外にそう伝えられた僕は、実力的な自分自身の至らなさに目を伏せ。

 そして、無茶な使い方を強要されていたにも関わらず、どうにか壊れずに踏ん張ってくれた、僕の命を繋いでくれた『相棒』に人知れずジンと胸打たれつつ、反省したような頷きを見せた。


「……肝に銘じます」


「ああ、それがいい。んじゃ、オラは途中の鍛錬に戻るから。またな、ソラ坊」


「——はい! 御縁があれば、また」


 + + +


「……明日の別れ、しかしその悲しみを忘れられるくらいの、この奇跡的な出会いを祝して」


「「「カンパーイ!!」」」


「うーい」


 ここは、スミカザリの町の一角にある、何の変哲もない酒場。

 店名の方は、掲げられていた看板が掠れすぎていて、不明。故に酒場としか言えない。

 時刻は、僕が武器を取りに行って数時間が経った夜。だいたい十九時が過ぎたくらいだろう。

 宿屋になっている二階が丸見え。

 仕切り無し。

 まさにバリアフリー。

 一言で、大衆的。密会なんかには絶対に使えない店内の形。


 四人で囲んでいる円卓——お腹が空いたから料理に目が行っちゃう——から視線をずらすだけで、エールを飲み交わす冒険者らしき団体、そして仕事終わりだろう町の人々が認められる。

 僕がいるのは、かなり広い店の右手壁際で、隣にはトウキ君が。彼は乾杯の前に、すでに卓に出されている料理に手を付けていて、すごくマイペースだった。

 っていうか、僕の分は残しといてくれよ。いや、もう先に取っちゃえ。オラオラ。これもこれも。ああっ、最後の一個が!?


 ……話が逸れたてしまったが。

 僕の対面には場違いな香水の香りを漂わせるロウベリーさんがいて、彼女は桃色の果実酒が注がれている、今に乾杯の打ち合いを終えたグラスを一気に傾けている。

 大分くさかった挨拶を終えたルルド君は、彼女の隣で泡が溢れているジョッキを呷っていた。

 僕はというと、酒の類は飲まないということでオレンジジュースを味わっている。

 自分のスカスカの胃袋が満たされるように、トウキ君と静かな戦いを繰り広げながら……。

 まさに四者四様。それもまた良い。

 風情がある。と言うほど綺麗なことではない気がするが。


「ゴク、ゴクッ——プハァッ! やっぱり冒険者と言えば、エールだよね!」


「冒険者なんて安定した職業じゃないし、安くて大量に飲めるものを選んでるだけでしょ」


「おいおい、ロウベリーもこれを飲んでごらんよ。そうすればその偏見は変わるはずさ!」


「いらない」


「あ、あぁ……そう。ウック」


「えぇ……ルルド君、もう酔ってない?」


「こんなのほっといいの。場酔いして吐いちゃうくらい酒に弱いくせに、冒険者はーって意味不明のイメージに流されて、質の悪い安酒を呷っちゃうバカルルドなんて」


「あ、あはは……そうですか」


「……うぷっ」


「「吐くな吐くな!?」」

 

 たった一杯で、喉と頬を蛙のように膨らませたルルド君に対し、僕とロウベリーさんはグラスをひっくり返す勢いで、口に含んでいる『ソレ』を飲み込めと叫ぶ。

 そして、ゴキュリ、と。ルルド君は『茹でられたタコ』くらい真っ赤になっている歪な顔を正常な形へと戻した。 

 

「゛あ゛あぁー……ふぃぅ〜、今のは危ながったねぇ」


「何を他人事みたいに言ってるわけ!? もう! ルルドは酒禁止!!」


「トウキ君も一票入れてよ、禁酒に」


「おう、酒に弱えなら飲まねえ方がいいぜ。周りが大変だからな」


「はい! これで三票入りましたー。ということで、もう注文したらダメ」


「…………はぁい」


 カカさん以上の『下戸』みたいだな、ルルド君は。

 これは生きるのに必須な水以外を与えちゃいけないタイプ。

 好き好んで飲酒するくせに、飲んだらすぐにバッタンするのはマジであの人にそっくりだ。

 っていうか、なんで酒に弱い人に限って、酒好きなんだろう。

 サチおばさんは嗜む程度だったけど、どれだけ飲んでも素面だったもんなぁ。

 微塵も顔色に変化なかったし。

 もしかすると、これには『相関関係』というのがあるのかもしれないな。

 酒の好き度に比例して、酒に対して弱くなる——みたいな。

 好きだと弱くなる。ってなんか、むかーしに強制読書させられた恋愛小説にそんなことが書いてあった気がする。

 とすると、酒を飲まない、飲もうとも思ってない僕は『酒豪』になり得るのかも。

 

 なーんて。大事な『お別れ会』であるにも関わらず、それを酒でぶち壊しにしかねないルルド君に、大噴火を幻視させるくらい怒り心頭なロウベリーさんを遠目で見ながら、本当に大変だなぁ、と。

 僕は苦笑しながらにそう思った。そうして徐にオレンジジュースが注がれたコップを傾けると、横から手が伸びてきた。


「ソラ、その皿食わねえならくれよ」


「皿は食べものじゃないよー。だからあげない。足りないなら適当に注文しなよ」


「ま、そうだな。おーい、注文頼む!」


「マジでまだ食うのかい……」


 相変わらず、ものすごい食欲だなぁ、トウキ君。

 彼は僕が皿に確保していた『茄子の天ぷら』を指差し、それ食わねえならくれよと、まだ口の中に残っている、野菜滓で作られた『かき揚げ』を咀嚼しながら言う。

 しかしこれは、トウキ君に卓上のものを食い尽くされてもいいように、先んじて僕が隔離していたものである故、イイヨー、とあげるわけもなく。ちょっとだけウザい『揚げ足』を取ってみた後、食べる分だけの再注文するよう促した。 


 それにしても。

 おにぎり換算で十数個分の揚げ物を既に平らげているっていうのに、まだ入るのかよ。ってか、昼にたくさんの山芋が掛けられた温蕎麦を八杯くらい食べてたよな。

 でも、今も昼も全然お腹が出張ってないし。まったく『底』が見えてこない。

 ともすれば、食べたものは胃袋に溜まっていないのかもしれないな。 

 もしかして、どこかに消えてる……? まさか魔法か? 魔法なのか? いや、これが魔法だったらしょうもなさすぎるな。まったく『夢』というものがない。

 まさか、爆速で消化してるとかか? この速さで?

 いやいや、それは流石に人外過ぎだろ。

 ……んー、でもまあ、トウキ君ならあり得るかぁ。うん。

 うお、この大根の漬物ウマっ! ボリボリ。


「ぐっ、んぐっ——ぷはぁ。ただの水が沁みるぅ。あ、お姉さん! ミートボール追加で!」


「かしこまり!」


「あ、私はこの果実酒のおかわりを」


「はーい!」 


 ただの水をまるで酒のように飲み干してみせたルルド君が、既に『無』になっている卓上の皿にキョトンとすれば、自分が食べる用の料理を注文。

 そのついでに、ロウベリーさんは飲み物のおかわりを願う。お別れ会だというのに、湿ったくなるどころか、みんなやけに楽しげだ。


 ガヤガヤ、ガヤガヤ。


 午後の二十時を回って、店を訪れ、席に着く客の数が目に見えて増える。

 喧騒は真昼間のスミカザリの雑踏以上で、一軒の中で密閉されているからだろうが、少しだけ騒がしいと感じた。

 別れ。次に会う時は不明瞭。それは全員分かってる。

 しんみりした話は何も進まず、四人はまさに四様に食事を進めていく。僕は鶏卵と醤油を絡めて炒め作られた焼飯と、根野菜の煮物。

 トウキ君は一言で雑食。とりあえず何でも注文をして食べていた。

 

 当初の支払い方法は『四人で割り勘』となるはずだったが、それはもう機能停止。というか、機能するはずなかった。一人の大食漢のせいで。

 というわけで、各々が食べた分の会計を個別に済ませることで、苦笑している三人と、まだまだ食べ足りていない様子の一人は同意する。

 ロウベリーさんは女性だからか少食で、気に入ったのだろう果実酒を三杯ほど飲んで、あとは僕が『食べます?』と分けた煮物を数口。

 主食の方は天ぷらの盛り合わせだった。

 満場一致で禁酒を言い渡され、水、もしくはジュースしか飲めなくなったルルド君はというと、ちょっと暗い顔をしながら、塩で味付けがされた炒り豆を摘んでいる。

 ルルド君の炒り豆は後でこっそりと頂くとして、そろそろ何か話したいな。

 

 二人は、ロウベリーさんの故郷である、中央大陸にある国『エリュン』へ向かうと言っていた。そこで彼女が幼少のころに暮らしていた場所、おそらく存命だという祖父母が住んでいる場所へ行くと。

 トウキ君は色々と『調べたいこと』があるからハザマの国を歩くと言っていて、詳しくは聞けていないから多分だけど、しばらくは漠然とした旅程を組んでいる僕と共に行動してくれる。その辺の話を、詳しく聞きたい。だからそう、僕は言葉にする。 

 

「二人は、遠いエリュンに行って、ロウベリーさんが住んでいた場所を見に行くんでしょ?」


「ああ、そうだよ。二人、というより、ロウベリーが、だね。家を継ぐ必要がなかった俺は早いうちに冒険者になると決めていて、事実それだけだったから、年若い彼女の護衛も兼ねてついてきた。まあ、世界の中心たるエリュンにある『世界樹』を一目見たいと思ったのも大いにあるけどね」


「年若いって、ルルドはたった一つ上でしょ」


「はははっ、そうだったね。君がすこぶる子供っぽいから忘れてたよ」


「殺すぞ」


「…………ごめんなさい」


「あ、あはは……」


 安いとは言っても酒は酒。それが入っても相変わらずなんだな、ルルド君は。

 もう根治できない類のもののように思える。

 酒は百薬の長。それも効かないとは恐れ入るよ。やれやれだ。

  

「トウキ君はさ、なにか色々と調べにこの国を回るんでしょ?」


「んぐんぐ、ゴクッ……回るっつうか、まあ調べるのはそうだな」


「何を調べるとか、聞いてもいい感じ?」


「……神隠し。それをもうちょい調べたい。もしあの時のヤツなら…………」


「?」


「いや、なんでもねえ。んで、そういうソラの方はどうするんだよ? どこか行く当てはあるのか? 居なくなった母ちゃんを探してるんだろ?」


 少なからず心に引っ掛かる発言があったものの、話を振られてしまったので——あまり話したくなさそうだったので——僕は求められている己の答えを『うーん』と搾り出す。


「居なくなった母さんの足取りが不明な以上、いろんなところに顔を出して、虱潰しに母さんについてを聞くしか手がないんだよね。だから……うーん。風に流されるようにソルフーレンを北上してこの国に来たから、このまま北に——オルカストラに行くことになるのかなぁ?」


「オルカストラ……歌の国か。たしか『歌姫』ってのがいるんだったよな」


 歌姫。姫と言われているだけで、王族ではないそれについては少し、耳に入れたことがある。

 オルカストラの『世界三大劇場』の一つで定期的に、その歌を観衆に披露していると。

 疲れ切った体。鬱屈とした心。そして凍りついた『魂』さえも、暖かく、まるで天界にいるかのように蕩けさせてしまう天上の歌唱なのだと、商人のおじさんが言っていたっけ。

 その話を聞いて気にならないという方が無理だけど、まず争奪戦だろう聴衆席は取れないだろうし、一度だけ聴いてみたいというこの思いが叶うことは、おそらく一生ないと思われ。

 僕以上に歌姫の歌を聴きたいという人は多いだろうし、そんな人から限りがある聴衆席を奪ってまで、歌姫のそれを聴きたいとは、僕は思えていないしさ。


「ああ。絶歌の姫君だね。まあ、彼の国は君主制じゃないし、姫とは名ばかりだが。もうそろそろで四年に一度の『聖歌祭』だし、もしかするとソラはタイミング良く参加できるかもね」


「聖歌祭かぁー、一生に一度は参加してみたいけど、今回はお預けねぇ。私達はハザマの国の西部から九国大陸のサイゴーンに行って、そこからまた船に乗って中央大陸に行くわけだし」


「だね。俺達は次に期待ということで。まあ、聖歌祭は楽しむような祭りではないんだが」


 聖歌祭。うーん、聞いたことがないな言葉だな。

 聖歌というと、聖神教関係かな? 

 祭事。というわりには、ルルド君が言った『楽しむようなものではない』が心に引っ掛かる。オルカストラって宗教国家じゃなかったはずだし、だとすると、聖神教は無関係?

 ……無から考えるよりも誰かに聞いた方が早そうだな。でも、

 

『え? そんなことも知らないの?? 一般常識の範疇じゃない???』


 なんて箱入り娘ならぬ息子扱いを受けてしまう可能性——は面々に限っては有り得ないものの、だがしかし。

 あの、加護やら勇者やらを知らされた時のなんとも言えない空気を感じて新しい今だと、ちょっと抵抗があるな。いや、割と強めのそれが。でもまあ、聞いちゃおう。


「————ぁ」


「そういえばさ!」


「ぁ、はい」


「んん? ソラ君、今なにか言おうとしてた? 話があるならお先にどうぞ」


「え? あ、あぁ、いや。僕は全然大丈夫ですよ。ただ、ほら。トウキ君が食べてるその丼物が美味しそうだなぁ——って感じで」


「ああ、これか? これ『親子丼』な」


「へぇー……うん? なにが『親子』なの?」


「ほら、卵と鶏肉を一緒くたにしてるだろ? だから親子丼」


「…………マジか」


「マジだ」


「……………………」


 おいおい、とんでもねえネーミングだな。ちょっと信じられねえよ。何を食ったらそんな残酷な名称を思いついて付けるんだ。鶏肉と卵か。やかましいわ。

 

「それでさ!」


 僕が『親子丼』なる料理名の理由が『非常に終わっている』ことに引き攣っていると、一時中断されていたロウベリーさんが話を再開する。

 それに耳を傾けた男三人は、それぞれが手掴みで紫芋の天ぷらを齧った。女性の話というのは時として、意味が無いことがある。

 そう理解している故の、男なりの暗の反応であったが、しかし。次に語られた『良い提案』に、我関せずのトウキ君以外の二人が『ああー』と視線を交わし合った。


「四人で集合してる絵を描いてもらいましょ。この出会いを祝してなら、特に!」



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