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蒼風のヘルモーズ  作者:
『ハザマの国』編

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第42話 開戦衝突一閃火花

 特定の環境が噛み合った場合にのみ発芽することができる、まさに自然の奇跡。光食発光植物・コケアオミドロ。

 それらが頭上に張り広げられている異常に糸が太い蜘蛛の巣に幾百幾千万と吊るされていて、あたかも蒼の星々が間近に降臨しているかのようで、それはもう美しく。

 しかしそんな幻想的な光景をも投げ出させる極大の一撃が、僕達を圧殺せんと襲い掛かった。

 四人の中でただ一人、上で機を狙っていたデガブツのことを気取っていた僕は、その存在を広めよう声を吐く間も無く自由落下という選択を取ったヤツに対し、必死な形相をして叫んだ。

 一切の余裕がない僕の叫びに意図通り無駄な思考を省いてくれた三人は、先を駆け抜けていく僕のすぐ後ろを全速力で追いかける。

 何がなんだか訳が分かっていないだろう三人のことを襲うのは、先程まで僕達がいた場所を中心にした大爆発、それに付随する猛烈な爆風塵である。


「〜〜〜〜〜っっっ、マジでなにっっ!?」


「なっ、何がっっ、何が起きたっっっ!?」


「ッ上だッッ! デケエのがワシらを一網打尽にしようとして、待ち構えていやがった!!」


 尋常ではない新女王の重量に、万物に付与される『重力』が加えられた、美麗さの欠片もない伸し掛かり的な一撃は、それを受け止めることしかできない地面に夥しい亀裂を生じさせる。

 大地が奏でるさも悲鳴のような爆音が洞窟全域に響き渡った次の瞬間、荒ぶ甚だしい爆風に対して腕で顔を庇っていた僕達の元へ、視界機能を不全に陥らせる規模の粉塵が襲い掛かった。

 砂色の幕が下りている爆心地。

 砂幕で何物も見通せないそこへと真っ先に視線を向けたのは、無意識に纏われている風の膜によって、粉塵の軌道をスルリと眼前で逸らしている僕であった。

 突然すぎる大波乱。

 まったく状況が飲み込めていないような反応を見せているロウベリーさんとルルド君へ、混乱しつつも今の状況を理解したゲントウさんが、怒号のような声を上げる。

 僕はそれを横目にしながら、静かに鏡面剣を引き抜いた。

 もはや逃げられぬと理解した故に。


『ギュギィギギィ————?』


 粉塵の中にある円錐をした白銀の殻。

 それが岩肌の大地に突き刺さっているのが薄らと、影として認められる。逆三角形となっているそれの上部で蠢いているのは、巨大な蟲の脚だった。

 ブォォォオ、という高くはない不気味な音を奏でながら、流れてきた一陣の風が砂幕を払う。

 仰向けの状態になっている身を、八つの異様に太い、まるで大木のような脚を蠢かせて立て直し、砂色の幕がようやく上がった先で『疑問』の感情が滲んでいる声を発するのは、ヤツだ。


 なぜ、気配を殺していた己の存在を気取れた。

 なぜ、不可避の絶撃を、たった数秒の猶予も与えなかった我が一撃を回避することが叶った。

 なぜ、こうして我が威容を見せてなお、その戦意を絶やさない。その殺意を弱らせない。

 なぜだ? なぜだ?? なぜだ??? なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ?

 我と相対してなお、一切の恐れを表すことがない『お前』は一体、何者だという?


 その疑問が、血のように真っ赤な八つの眼光に乗せられて、睨み返している僕へと送られた。

 ここに追い込まれた僕達へ正真正銘の奇襲、真なる一撃鏖殺を仕掛けてきた大蜘蛛。洞窟に散らばっている石蜘蛛の新たな母体にして最新の女王。その姿を一言で表せば〝巨大〟だった。


 選りすぐった単一の、それはもう山のような鉱石を融解させては精錬し、さらに砂を使って磨き抜いたかのように一切の粗さがないその光沢を青光で目立たせている、綺麗にダイヤモンドカットされた白銀の殻を含めれば、新女王の全高は、目測であるが七メートルを超えていた。

 ふぅー、と。縦の高さをを測るのを止めて、横の長さを視界で得られる情報を駆使して測る。

 ダンダンッ、と。ピッケルのように先が尖っている脚を地面に突き刺したヤツの全長は、前に出ている長い前脚と、同じように突き出た後脚を合わせれば、十メートル以上はあった。その超巨体を支えている述べ八つの強脚は、まるで濃い森林に根を張った大木のようですらある。

 蜘蛛という生物を見知っていれば、目の前のヤツの脚部は異常に太く発達していると分かる。

 一対の主眼と三対の複眼。正面にある脚と同数をした真っ赤な眼は、僕の頭部よりも大きい。

 瞼がないそれは果てしなく無機で、しかし眼の奥でチラついている殺意はこの上なく有機だ。

 気配に素体、戦意に殺意、それを一つに纏めて異形。目前のヤツは事実『原生物』ではない。

 コロスベキイブツ。

 鏡面剣を青白く煌めかせながら、僕は右手で握っている剣の柄をまるで歯軋りのようにギリギリと鳴らして、ゆっくりと、油断なく、明確な殺意を以て——構えた。


「……どうやら、ワシらを逃す気はないようだな。茶髪の、そのナイフを貸せ。おそらく、ワシが戦った『旧女王』よりも、目の前のヤツは遥かに強い。ならば無手など無謀の極み。ワシの槍では旧女王の脚すらも傷一つがやっとであった。ヤツはそれ以上の硬度を持っていると見ていい。故にこれより狙うならば、他の部位にしておけ。先に柄物を逝かせたくないならな」


 殺意を隠そうともしない、睨むような、今にも噛みつきそうな、それはもう険しい顔をしていた僕の臨戦態勢を他所に、不敵な、しかし絶望を間近にしたような暗い笑みを浮かべていたゲントウさんが、ベルトに差したままでいたルルド君のサバイバルナイフを渡すように言った。

 その言葉に冷静すぎている視線を送った僕は、彼の状態を再確認する。所持していた武器の全てをヤツの『生みの親』との戦闘で失ってしまっている彼の現状は、紛うことなき徒手空拳。戦うための武器どころか、身を守るための防具すらもない。軽装をした僕以下の装備類である。

 ボロボロになっている藍色の道着を着ているだけのゲントウさんの姿は、さながら武道の達人のようであるが、しかし相対している新女王の前では、あまりにも心許無いと思えてしまう。

 しかし重要な戦力だ。僕は敵から目を逸らさぬまま、鞘ごとナイフを投げ渡した。

 一瞥もせずにそれを受け取ったゲントウさんは、手入れがされているサバイバルナイフ、硬質な体表を威張った新女王に対してはなんの役にも立たないだろうを見ても、その不敵な笑みを崩さない。


「……石蜘蛛の肉壁によって塞がれてしまった入り口とは違い、俺達の背後にある『出口』は何にも塞がれていない。別れているトウキとの合流は絶望的になってしまうが、隙さえあればここからの脱出は可能そうだ。それもこれも、ヤツが持っている『脚』次第ではあるけれど」


「黄土髪の小童、下手な鬼ごっこなら止めておけ。自殺行為ぞ。旧女王でさえ、ワシよりも速かった。ヤツはそれ以上の可能性が高いときている。ならば、茶髪のよりも遅いワシやお前や嬢ちゃんの足で『ヤツを振り切れるかも』などというのは、心底くだらない妄想に違いない」


「っ…………」 


 広間中央の爆心地に悠然と佇んでいる新女王の背後、数千体からなる石蜘蛛の肉壁にて塞がれてしまっている広間への入り口、その対面。現状で認められる唯一の逃げ道——広間の出口。

 そこは石蜘蛛が作り出している壁も、新女王の巨体の阻みもなく、完全なるフリーであった。

 油断のない振り向きの末に確認ができた『逃げ道』に、ルルド君は全員逃亡生存を幻視して、あの甚だしい巨体が発揮できる速度が、自分達を上回っていなければ、逃走が可能だと言った。

 しかし。逃げられない現状を理解して、臨戦態勢を取っている僕やゲントウさんとは違う視点、別の希望を見つめていた彼に、現実を身をもって知っているゲントウさんが忠告を投げる。

お前では逃げられない。ソラ以下のお前では、ヤツよりも弱い旧女王でさえも、振り払えぬと。


「もう逃げられないのなら、戦う他に選択肢はない。立ち止まったら、あれに潰されて死ぬ」


「っっ…………俺のせいで、すまない」


「ルルドが謝んないでよ。ルルドが謝ったら、私の方も頭を下げなくちゃいけないんだし」


「それを言ったらワシもだな。ヤツに駆けっこで勝てぬのは、ワシも同じだ」


 今現在の状況における最大限は、目前の新女王の討伐だ。しかしそれよりも先ず念頭に置かねばならない最低限は、僕達全員の『生存』だった。ならば敵前逃亡の選択を脳内に過らせるのは、至極当たり前の話である。何より、これほど強大な敵を前にしたなら逃げたくもなる。が、僕は『逃げたい』などとは微塵も思っていなかった。

 四人の中で一番身体能力的に強いから、というわけではない。ただ、瞋恚の炎が燃えている胸の内の『声』に耳を傾けただけだ。故に『できるならば逃走の選択を取ろう』とは思っている。しかし、今を測ればそれは不可能。


 僕以外の脚が、新女王が誇っている脚に負けている時点で、ヤツに背中を見せるということは自殺行為に等しいからだ。その事実を暗に述べている僕に、唇を噛み締めていたルルド君は、己が弱いという非情な現実を直視したように、しかしそれでも不合理に立ち向かう覚悟を決めたように、自暴自棄的な謝罪を述べながら、鞘に収められていた真紅の剣を引き抜き、構える。

 勇者と呼ばれるに値する『勇気』を胸に抱いて、計八つの眼に睨みを外さない、強大な的に立ち向かおうとするルルド君の顔には、今までの緩い軍師然としたものではない、冒険者という死と隣り合わせの職種に就いて、己が人生を勇壮に歩いていく『漢』の覚悟が滲み出ていた。


 それに、中後衛で力を最大限発揮できる、前衛不得手な魔法使いとして、腰を抜かすことなく摺り足で新女王から距離を取っていたロウベリーさんが、ルルドが覚悟を決めたなら、私も決めなきゃいけないし、ルルドが謝るなら、私も謝らなきゃいけないじゃんと、軽口を叩いた。

 ゲントウさんも、ルルド君が要らない負い目を感じないように、大人としてフォロを入れる。

 僕は一気に引き締まった三人のその気配を最前衛で感じて、人知れず笑む。

 僕のそれに今までにない不快感を覚えたのか、新女王が醸している空気が一気に『赤怒』に染まった。しかし意に返さない。ルルド君は顎先に溜まった汗を滴らせながら「ふぅー」と息を吐いて、口を開く。


「トウキがいない俺達の中で『攻撃力最強』は、風の加護を有しているソラと、中位の水魔法を操れるロウベリーで間違いはない。今にある手札で考えつけるのは、ソラの風で魔法剣士みたいにヤツの体内を攻撃すること、そして、ロウベリーの水魔法を一点に集中させて頭部を穿つことくらいだ。それ以外でヤツに致命傷を与えられる気がしないのが正直なところだけど……討伐のチャンスはゼロじゃない」


 魔法剣士の戦い方は知らないものの、その作戦を理解した僕は軽く視線を向けて、口を開く。


「肉食が可能なレベルの咬合力を持っているヤツの口腔に、なんの防具も付けてないそのままの手を突っ込むことは、まったく現実的じゃない。……だから、ルルド君が出した『風で体内を荒らす』って案を実行するのなら、風を送り込める『切り口』を作り出さないといけない」


 僕のそれを聞いた後、最後衛にいるロウベリーさんが杖先に『水』を収縮させながら言った。


「水を一点に集中させて、アイツの図体に穴を開けるなら、相応の『溜め』が必要よ。ある程度の知能があれば、その溜めには十中八九気付かれる。だからもし、アレが『こっちに構えない』状況を作れたなら、二十秒でヤったげる。だけど、それで『トドメ』を刺せるとは思えない。現実味があるのは、私の魔法で開けた穴に、ソラ君が風を送って『爆散』させるって作戦ね」


 即時開戦を回避したい思惑があるのだろう、水魔法の溜めをそこそこに留めている彼女の立案に、僕とルルド君はコクリと頷く。

 確かに光明は見えた。まずは、ヤツの俊敏な動きを封じるために脚を狙うべきか……そんな思考がチラついている軍師の横顔を見て、武人が進言する。

 

「旧女王と相見えた時、ワシが狙ったのは『脚』だった。しかしソイツの体表は岩の如く硬質でな、ワシの槍はちょっとの傷しか付けられず、一度も肉を打つことなく破壊されてしまった。故に脚を狙うのは止めておけ。狙うならば、まだ調べ付いていない腹か、排糸するケツだな」


 最前線で自ら剣を持って戦う、智略型の守戦士。軍団の頭脳。軍将。

 近い将来、冒険者の第一線を張っていると思わせるほどの確かな片鱗を見せているルルド君に、僕達は言葉を送った。

 できることをやるのに必要な過程の話。それを以て確かに組み上がった戦略。

 敵が持っている強点の情報と、弱点の仮定。脚を狙うことを諦めて、残された敵の部位。腹部、臀部、頭部。

 これより始まるは前哨戦。それにて調べ尽くす。

 頼りになる魔法使いが狙い定めるべき箇所を。あまりにも強大なヤツを討伐するために必要なプロセスを——全力で踏破していくために。


『ギュミミィィイ…………』 


「フゥー…………」


 原生物と異生物。

 光と影の聖神と魔神の腹より生まれた決して相容れないそれらが、此れより雌雄を決する戦場とするのは、直径二百メートル、高さ五十メートルの半楕円の広間だ。

 頭上三十メートルには、織物と見紛うほどの強靭太剛な一糸で編まれた蜘蛛の巣が張られている。しかし、天井にあるもの以外に蜘蛛の巣はなく、僕達の戦争と逃走を阻むものは何一つない。凄絶害心に染まり切る、真紅の八眼を有した『怪物という名の障害』が無ければの話だが……。

 超重量を受け止めて戦場の中心に生じてしまった、見上げれば必ずそこにある、月星に見られるような超巨大なクレーター。

 そこに佇んでいる新女王の口から、白い闘気が吐き出される。息が白い、それは陽光が入ってこず冷え切ったままな洞窟内の環境に影響されているわけではない。ただ全身の熱を極限まで高めて、寸秒後に始まろう気配がある戦闘に備えているのだ。

 僕は瞳を細める。そして吐く。ヤツと同じような、熱気を。白く染まった空気を。 


 〝臨戦用意〟


 耳鳴りを催す静寂。悴みそうになる膠着。時間が凝縮された。

 定めに沿って動こうとしている時計の針が『次』に突き刺さっている剣に止められているかのように、世界が静止している。

 呼吸は完璧に整えられている。

 肉体と精神は激闘を直前にして、そのコンディションを極限にまで高めている。

 視線は敵から逸らされず、その構えは即座の対応と行動を可能にしていた。


 四人と一体は動かない。

 それは、どちらも『己を殺し得る』と理解している故の間隙だった。 

 原にも異にも属さない神でさえ、打ち破ることを憚るだろうそれを、人外を体現したような極烈のチャージでブチ破って見せたのは。

 地の血道を模していると言っても過言ではない広大さ。

 地下に広がる原外魔窟。

 そこを統べたる支配蟲。

 数十万体からなる石蜘蛛の王国を優々と手中に収めた〝現女王〟である——!!


『ギュミミィミャィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!』


「————来るぞォッッッ!!」


 矮小な人間、それ以外の万物——一切、関係なし!

 全てを磨り潰すことが容易に達成できる超巨体ッ!

 その巨体に内包されたるは、圧倒的超質量ッッ!!

 質量に裏付けられている、埒外な超重量ッッッ!!


 それらを十全に利用した超絶威力の突撃が、迫る。

 それに叫びを上げたのは、目を見開く軍師だった。


 頼りないナイフ一本だけで武装しているゲントウさん。背負っていた荷物をかなぐり捨てて、今の自分にできる限りの状態を作り出したルルド君。前衛にしか適性がない三人から一歩引いたところで、新女王を挑発しないギリギリの溜めを敢行していたロウベリーさんが、飛び退く。

 新女王が行使した、地面を削りながらの超絶突攻に回避の選択をしたのは、この上ない正解。あんなものを真っ向から受け止められる人間なんて、それこそ『トウキ君くらい』だろうから。しかし、正面から挑むことができない僕が取ったその行動は。


 自殺ものの『前進』だった。


「なあっ、ソラ!?」


「ソラ君っっ!?」


「なにをしてる!? 死ぬ気か茶髪の————っ!!」

 

 ドワーフの如き剛力を以て、槌を振り下ろしたかのように『ドンッ』と、難なく岩肌の地面に靴形を残しては、破砕して数瞬浮かんだ岩の破片、それを無遠慮に靴裏で後方へと散弾する。

 常軌を逸した爆発的加速。

 初速から馬超えの速度を発揮する僕の強脚に、フルチャージという超豪烈を見せつけていた新女王でさえ、全身に纏っている雰囲気で、予想だにしていなかったという驚愕を露わにした。

 風にこよなく愛されている僕の前進を阻む、空気の抵抗は無い。

 駆けの揺れに沿い緩やかに靡いているコートは尾を引くことなく、僕の全速力について来ていた。濃緑の軌跡が道に散る。


 〝ソラには見えていた〟


 ヤツの突撃の中にある『隙』が。

 新女王の腹と地面の隙間をするりと流れていく『風』の通り道が——。


「『——————ッ!!」』


 片や、十六年の間、なんの変哲もない田舎で温温と暮らしていた、たった一月半の旅しか経験と呼べる代物がない少年。風に愛された者。

 片や、見上げるほどの巨体、尋常ならざる超重量、幾年もの間、特別な繭の中で丹精に育てられていた、数多の同族を新たに統べる、魔蜘蛛の女王。真正の怪物。


 根本から相容れぬことなし原生と異生。

 二対の濃緑と八対の真紅。

 人の形。蜘蛛の形。しかし見開かれる眼に宿すた殺意は同一だった。

 互いに互いを敵と認識し、抹殺せんと駆け止めぬ。

 寸秒衝突。絶対必着。

 謙遜してばかり、しかし時折、妙な魔族への憎悪を覗かせていた男。それが取ったまさかの行動を前に、まるで雷に打たれたような衝撃を露わにしてしまう軍師と魔法使いと武人は、突撃が当たらない左右の地にて、ことの成り行きを見守るしかなく。


 一秒にも満たない時間の末に、一人と一体は衝突する。真っ向から、激突する。

 速度はソラが上。威力は岩蜘蛛が上。

 そんなこと、殺意に濡れきった睨みを外すことがない互いは既に知っていた。

 だが引かぬ。だが止まらぬ。たとえ速度で負けようと。たとえ威力で劣ろうとも。

 原生と異生、聖物と魔物、それらはまさに雌雄を決さんとして——


 突撃の速度を飛躍させた。

 

 そして、火を見るよりも明らかな原生側の敗北が待ち受けている、互いに動きつつも、その状況は『死の結末』の道程を辿るだけの状態だった中で——ソラが動いた。


「—————」


 動く絶壁と言って差し支えない、あまりにも巨大すぎる新女王と衝突する寸前、ソラは猛速で駆けていた二足のみを先行させて、前傾ならぬ『後傾』の姿勢を取った。

 意図して浮かされた二足の踵が、岩肌の粗目を撫で付ける。寝る時以外では珍しく、着地をしている後頭部の髪が逆撫でされて、少しくすぐったい。

 何より、僕の目前にある新女王の腹が視界の全てを奪っていて、せっかくの美しい広間の空が見えないことに苛立ちを覚えさせた。

 場違いな感情。それを瞬くことないまま一思いに捨て去って、僕は剣を振るった。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」


 後傾姿勢から繰り出すは大上段。

 手にくる感触は硬質。

 まるで巨大な岩を相手にしたようだ。

 ここも硬い。剣のせいじゃない。武器の性能が負けているわけじゃない。

 ただ僕が弱い。

 ただただ未熟。

 ただただ未完。

 脆弱貧弱低弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱。  

 あまりにも低次元すぎる、僕の実力の結果。

 鼻頭を擦らんほどの眼前で散り去った眩い火花。硬質な物を打った痺れ。そして何の痛撃も与えることができなかった現実を、冷静で、静かすぎる瞬きで認めて……。


 僕は『閉ざされていない出口の上部を狙うように激突』していった新女王のことを、ゆるりと立ち上がっては見つめるのだった……。 



『ギュミミィィイ——————』

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