第41話 頼もしい五人目
「というわけで、晴れてここにいるトウキ君が、我らバケッド救出隊の五人目のメンバーとなりました」
「ま、甚だ急だが、アンタらの力になるぜ。よろしく」
「ホォ! これは頼もしい! よろしくですよぉ!」
「ま、まあ、ヨロです…………へへっ」
「…………」
僕の端的な参加説明に耳を傾けていたのは、食堂の長椅子に腰掛けながら僕とトウキ君のことを交互に見ていたマルさんとドッカリ、そしてマイマイちゃんの三人だ。
話の終わり際に自己挨拶を行ったトウキ君に対して、マルさんは嬉々として差し出されていた手を両手で握り返し、ドッカリは責役が増えたのかもという不安をもろに顔に出していて、マイマイちゃんに至っては終始無言という……。
頼もしい仲間が加わったというのに、なんともハッチャけた言葉が出てこない、しんみりとした空気が場に流れる。
それに居た堪れなさを感じてしまうことを禁じ得なかった僕は、視線のみを無意味に動かして空気入れ替えの好機を探る。しかし救出隊メンバーを好奇の視線で見回していたトウキ君が不思議そうに、止まっていた話題を先取した。
「ガリにハゲ、愛想がない子供に風の加護持ち……少し仲間が個性的すぎないか? なんだ、この集まりは。どんな偶然が起こったら、この面々が一堂に会すんだよ」
「ま、まあ……面々は、ふ、普通……じゃないかなぁ?」
「「「「いやいや」」」」
べ、別に、当たり障りのない言葉で静まった場を和ませようとした僕に全員でツッコミを入れなくてもよくない?
それにしても〝個性的〟か。いやでも、マルさんは見慣れない民族衣装を着ているから個性的と言えるかもだけど、禿頭で皮の胸当てを付けたドッカリとか、ジト目がデフォルトのマイマイちゃんとかは……んんー、ふ……普通か?
真っ向から言われてみると、ここに集まっている面々は非常に特徴的な気がしてくる。マルさんが度を越した『狂人』という要点以外は、もはやどうでもいいとさえ思っていたから、再認識すると些か目立つメンバーに思えてきた。
強面弱虫のドッカリに、痩せ狂人マルさん。なに考えてるか分からないマイマイちゃんに普通すぎる僕。これに鬼人のトウキ君が加われば……さらに個性的になるな!
「た、頼もしいよねっ!」
「そう…………?」
もうどうすることもできない空気に堪え兼ねた必死な僕が振った言葉に対し、マイマイちゃんは怪訝に首を傾げた。
それに僕は空笑いするしかなくて。そして思う、たしかに諸手を上げて頼もしいと言える人は現救出隊メンバーの中に居なかったのではと。マルさんは狂気的なアレだし、ドッカリは自覚しないクズだし、マイマイちゃんは子供だし。
僕は今まで出会ってきた人達と比べれば、まあまあ頼りない若輩である、という少なからず心の中に存在する自覚がある故に論外だし、今日、救出隊に正式加入したトウキ君は頗る頼りになるかもだけど、加わったその日に抱えきれない『重り』をハイハイと背負わせるのは如何なものか。
ちょっと場を和ませようとした会話から別方向に思考を連続させて、その末に小さい唸り声を上げながら頭を抱えてしまう僕に、そこまで考えなくてもいいだろと思っている顔をしているトウキ君とマイマイちゃんは苦笑を向けた。
「まあ、頼もしい味方は何人いても良いですからねぇ! 朝食を摂ったばかりでさっそくですが、出発するとしましょう! 目的地までの道程はまだまだ長いですし!」
話が終わって唸り声だけが聞こえていた場をサッと切り替えたのは、パンにバターを塗っただけの朝食を食べ終えたマルさんであった。
ドッカリは朝から山盛りの白米を食らっていたが、コイツが食べ終わるまでの時間は惜しいという感じで、急いで白米を描き込んで咽せるドッカリを傍目に持ってきていた荷物を抱えて、僕達は宿屋を後にする。
「それじゃあ、北東にある宿場町まで移動しますよぉ!」
置き去りにされないように急いだせいで、口の周りを米粒まみれにしているドッカリが飛び乗り、ようやく出発できるようになった救出隊の一行。
米粒を舌と両手で残さず食べていくドッカリに僕は苦笑しながら、パシンッという振るわれた手綱と、動き出した車輪が奏でる音を耳にした。
目指すはゴルゴン金山を擁している、金工の町『ゴルゴーン』だ。なんでもそこは、世界有数の金採掘量を誇っている金山で採掘された金鉱を高純度に製錬し、出来上がった金塊を細工してアクサセリーに、その金細工を他国等に輸出することで、莫大な財を成している富町なのだそうだ。
ゴルゴーンという町の名前の由来は掘れば掘るほど金が採掘される金山を所有している一族の家名に則ったものだそうで、その情報だけで当一族の財力が窺えるというもの。
一つの町でハザマの国の首都『サクラビ』に肉薄する経済規模を誇っており、そこかしこが金ピカな町なんだとか。
「ゴルゴーン製っていう『その界隈では有名なブランドの金細工』を遥々他所から買いにきた富豪たちを狙った窃盗なんかが多いらしいですよ。町は治安向上に金を掛けてるらしいですが、下働きと御上との生活水準の開きが半端じゃないらしくて、下働き連中の妬み嫉みやらであんまり意味もないらしいです。衛兵と犯罪グループが裏で繋がってるとかいう噂も立つくらいだし、貴重品なんかはなるべく隠しておいた方がいいですね。んなわけで、どうか気を付けてくださいね、ソラさんは」
「えっ、ぼ、僕……?」
求められた自分が知っている情報を淡々とした口調で開示していくドッカリが、ぼんやりと蒼穹を見上げながら話を聞いていた僕に行った注意勧告。
唐突にそれが向けられた理由が理解できず、背もたれにしていた荷台の縁から勢いよく背を離した僕は、瞠目しながら発言の意味を問うた。が、答え発せられず、流れる沈黙。
無言で『とある一点』を見つめてくる皆んなに片方の眉尻を怪訝げに吊り上げた僕は、目前の光景に倣うように皆が視線を縫い付けている『僕の左手』に目を向けた。
「あぁ、この『銀の指輪』のことを言ってたのか」
たしかに、これは絶対に盗まれるわけにはいかない大切な宝物だ。皆んなが目で伝えている通り、気を付けねばな。
「というか、その高級そうな指輪はどこで手に入れた物なんです? ソラさんって、まあ、こう言っちゃあなんですけど、お洒落なんてする感じじゃないですよね?」
「ははっ。これはさ、エリオラさんっていう戦友みたいな、まあ『姉的』かな……その人から貰った物なんだ。知ってる? エリオラさんのこと。有名らしいんだけど」
「ええ……ちょっと、存じ上げないっすね」
この指輪を僕に授けたエリオラさんはフリューの人々から羨望の眼差しを向けられる程度には高名な冒険者だった。
故に、三流以下とは言えども『一応は冒険者』であるドッカリが知らないなどとは思えなかったのだが……。
まさかとは思うけど、経歴詐称とかしてないよな、コイツ。そうなってくると『ドッカリ』が本名かも怪しくなってくるぞ。
「ドッカリって本当に冒険者? 嘘ついてないよね? てか本名だよね?」
「そ、そんなっ、嘘なんてついてないですよっ! あと、ドッカリは本名ですよ!」
「ソラ、ドッカリは冒険者じゃない。コイツは犯罪者」
「たしかに」
頗る怪しい所感に目を細めてしまう僕が吐いた疑いの言葉を聞き、ドッカリは声を裏返しながら違うと釈明する。
しかし僕の隣でトウキ君が出発前に商店で買っていた『カリントウ』なる砂糖菓子をもらって食べていたマイマイちゃんが歯に衣着せぬ確信を堂々と言ってのける。
それに頷きを見せた僕に絶望顔をするドッカリはというと、意味もない必死な感じで僕の方にズイッと詰め寄って、
「な、なんでこんな急に貶されるんすか、俺がっ!? ってか、ソラさんは俺の味方になってくださいよぉっ!?」
と、唾を飛ばす勢いで叫んだ。
「えぇ、やだよ」
「なんでぇっ!?」
肩を掴んで、人の身を慮ることなくブンブンと揺らしてくるドッカリの助け乞いをツンと拒否した僕は、トウキ君から投げ渡されたカリントウの一つを口に運んだ。
揚げ菓子の全身に纏われている黒糖の激甘。それについ顔を顰めてしまうものの、なんとかザクザクと咀嚼して飲み込み、次のカリントウを手で制止する。
「ソラの指輪、キレイだよね…………」
「そうだね……カッコいいかな?」
「…………」
「え?」
町村でよく見られる、その辺の露店などでは売っていない高価さを節々に感じさせてくる銀の指輪に対し、えらく興味津々な顔をしているマイマイちゃんは、こういうのが気になる年頃なのか目をキラキラと輝かせ、握っていた僕の左手、その指にはめられている指輪を優しく撫でていた。
素人の僕から見ても、緻密に刻まれた謎の模様の装飾が施されているこの指輪が高価なものだろうことは分かるし、おまけに紫色に光っているから、お洒落でもあるのだろう。まあ、お洒落っていうのがよく分かんないんだけども……。
「これはエリオラさんからもらった大切な物だから、絶対に盗まれちゃ駄目だ。ありがとう、ドッカリ。提言通り気を付けるよ」
「へ、へへへっ……う、うす」
犯罪者という紛うことなき汚名をどうにかしてほしいとの救助要請は『事実だから無理』と突っ撥ねはしたものの、ドッカリがしてくれた注意勧告は確かに意義のあるものであったために、僕は真っ向からその発言への感謝を伝えた。
その感謝に責め立てられたことを忘れたような嬉し顔をして、ドッカリは自身のスキンヘッドをにへらっと笑いながら掻く。
トウキ君は御者台がある方に背中を預けながら我関せずでカリントウを貪り、マイマイちゃんはまだ指輪に興味津々。
まさに自由を謳歌している三人を見て僕は苦笑しつつ、マイマイちゃんに関しては満足するまで指輪を見せてあげ、ドッカリに関しては満足するまで放置してやった。
「…………」
これは言葉通りの命懸けで、エリオラさんの弟——エデルさんが身を挺して『アロンズ』から守り抜いた宝物だ。
そしてその指輪を『最愛との喪失』の果てに託されたエリオラさんも、ずっと奪われないように今まで守ってきた。
だからもし、次に託された僕がこの宝を無くしてしまえば、その罪は、僕が死んでも償えないほど大きいに違いない。