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蒼風のヘルモーズ  作者:
『ハザマの国』編

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第38話 鬼の拳

 若者からの歯に衣着せぬ発言を聞いて、今にも不貞寝しそうなくらい意気消沈したヤバい体臭のおじさんと、火傷跡が目立ったその強面からは想像が付かないほど親身だった男性に見送られながら、まるで冥世の入り口かのように大きな顎門を開いている、何らかの魔族の手が加わって作られたらしい無限の暗闇に浸されている巨大洞窟へと、僕たちは歩みを進めていった。


 二・一・一の陣形。初めてのフォーメーション。


 中遠距離の攻撃能力がないという点と、所持している近距離主体の武装的という点で最前列を張ることになった僕とルルド君は、火が灯されている自前のランタンを緊張していることが分かる表情で、あちらこちらへ揺らしている。

 中衛位置で男三人に守られる形となっている、中遠距離能力に特化しているらしい魔法使いのロウベリーさんというと、僕たちが装備している飾り気のない無骨なランタンとは違って小型な、謎に赤色のリボンが巻き付けられているせいで非常に可愛らしくなっているそれを構えていた。

 

 対し、夜目が効くからと自前のランタンを所持していないらしい、あまりにも準備不十分なトウキ君はというと、仕方ないからと僕が渡した、火の魔道具を腰のポーチに忍ばせている。

 これは趣味に超熱心な恩人からの頂き物だから、絶対に無くさないでね。絶対だよ。という言葉と疑りの目力を共に受け取った彼は、しかし平然とした様子で「オウ」とだけ返事をした。

   

 なんとも気の抜けている雰囲気を醸しているトウキ君を信頼していないわけじゃないけど、ちょっとだけ心配だな。

 まあ、ロウベリーさんが彼の先頭に立つわけだし、多分大丈夫だろう。音的にね。

 今日が無事に終わって、ここで居なくなったという行方不明の三人を含めた全員で村に帰ったら、たとえ邪魔になるからと嫌がっても、彼には万屋で適当なランタンを買わせなくてはな。

 

 場違いかもしれないそんなことを思いつつ、僕はどこまでも音が反響していく巨大洞窟——地下にある怪物の巣と言う方が正しいのかもしれない場所を右へ左へ、一切の隙なく睥睨した。

 目測で縦は九メートル、横幅は高さ以上だ。

 大きすぎる洞窟の入り口からして、その内部も入り口相応に巨大なのだろうと考えてはいたけど、こうして見ると、やはり甚だしくデカいな。


 まるで見上げるほどの大岩が、自ずと進んで掘削したかのようですらある、威容。

 向かい風が微かに感じられるし、この道を進んでいけばどこかに出られるのか。

 しかし真っ向から浴びせられる微風は暗闇に浸された影響で、鳥肌を催させるくらいひんやりとしている。乾燥しきっている冬のような、肌を突き刺さんばかりな冷気ではなく、じめっと絡みつくような感触。

 これは、麓を越えた先にある村に流れていたものと、そっくりそのままの空気だ。


 さらにはこの悪臭である。

 腐ったものをさらに腐らせたような、腐敗した死肉を極限まで発酵させたような、何ともこの世のものとは思えない、悪臭という言葉がよく似合う強烈な臭気。この洞窟に近づくほど強烈になっていた悪臭が、いざここに立てば吐き気を催すほどだ。

 

 ——正直言って、もう帰りたいくらいなのだが。


 しかしここで逃げ出してしまえば、トウキ君——は大丈夫そうか——他、ここで消息を絶った二名の冒険者、そしてアメヤマさんの命が危うくなる故、自分の思いのままに行動はできない。

 闇が支配している空洞。どこまでも続く暗黒の長蛇。

 幾つもの『頭』を生やしているのだろう、無数に枝分かれしている洞窟内部をぬらりと通り抜けてくるのは、悪臭を孕む不気味な風。僕はそれらを前にしては内容物の逆流を抑えるように、静かに口元に手を添えて、息を呑んだ。


「臭うのかい?」


 洞窟に入ってしばらくの場所で露骨に顔を顰めていた僕に、隣に立つルルド君が声を掛けた。


「うん……めちゃくちゃ臭っさい」


 問われた僕は鼻を鳴らしながら、甚だしく気分を害する悪臭が流れていることを知らせる。

 ルルド君はその返答に顔を強張らせた。彼が浮かべている表情は、この悪臭や悪寒に対するものではなく、ただ『自分は何も感じられていない』という僕との差異についてのものだろう。

 そのことを暗に察せてしまった僕はしかし何も言うことなく、持っているランタンを掲げた。


「スンスン……んぅー、やっぱり私は何も感じられないな。外より肌寒いなぁ、ってくらい」


 小型のランタンを杖を持っていない左手の方に握っているロウベリーさんが、先程の僕と同じように鼻を鳴らす。

 だが、何も臭わなかったと伝えるように、可愛らしい仕草で首を傾げた。

 

「俺もソラが感じているそれは何も分からねえな。ま、加護由来ってことなんだろう。ただ、ここに『大量の何か』がいるのは確かだ。だが薄い。微々たる気配しか発してねえ……こりゃ『蟲』くせえな」


 最後にトウキ君が、僕だけが感じているらしい悪臭と感触は、やはり風の加護に由来したものだろうと暗に言う。

 そして自陣最強の彼だけが有する、僕の先天性の超感覚とは毛色がまったく違った肌の感覚により、洞窟に潜んでいるだろう『何か』が『蟲かもしれない』と言った。

 この右も左もな状況においては、金銀財宝に勝るとも劣らない貴重な情報。

 それを惜しげもなく全員に共有したトウキ君に、ルルド君は顎に手を添えながらやや興奮気味に頷いてみせた。


「蟲……蟲型か……! なるほどね……うん。ありがとう、トウキ。その情報はかなり有益だ。蟲型の魔族なら俺たちみたいな哺乳類型とは違って、壁面を自由に移動できてしまう。それなら、前後左右に警戒を払うだけじゃあ足らない。全方向からの奇襲を警戒して進んでいこう」

 

 鼻下を指で擦っているトウキ君の言葉を聞いて、それならば四方八方、まさに『三次元』の警戒を払わなければいけないと言い付けたルルド君に、僕とロウベリーさんはコクリと頷いた。

 この洞窟を掘削したのが『蟲型』という点を考えてみると、一体どんな姿なの? と思ってしまうけど、確かに、さっきのように前後左右を警戒するだけでは、左右の壁面に天井部——まさに全方向から奇襲してこれる蟲的敵性存在への対処が致命的に遅れてしまう可能性が高い。頻りに首を回して『周囲』を警戒していたとしても、上は『死角』のままだからだ。

 よし、自分や仲間達の命を守るために、ルルド君が言った通りに全方向の気配を探っていかないとな。僕は無言で気を引き締めながら、腰に差した鏡面剣の柄を静かに、空いている左手で握った。


「よし、これと決めた道を定めるまで、奥へと進んで行ってみようか。このまま一本道だったら笑い話だけど、そんなわけないしね。ソラ、風の感触はどんな感じだい? 向かい風は?」


「違う感触をしてる風が幾つか、向かいから流れてきてる。外まで抜けてる道は一つじゃないね。でも、向かいの出口まではかなり遠いかも。どの風も洞窟でキンキンに冷やされてるよ」


「なるほどね。この洞窟は現在地の山と同規模の広大さをしているだろうと言っていたし、分岐一つを調べるのに相当な時間と神経を割くことになりそうだな。気を引き締めなきゃだね」


 軽めのジョークを混ぜながら、ルルド君が質問を発する。それを受けた僕は、肌身で感じられることをそのままに答えた。

 この長大な洞窟の分岐は一つや二つどころではなく、そして幾つもの吹き抜け——つまり『出口』と呼べるものが洞窟には複数存在しているということを。最後に、どの出口もここから遥か遠くにあるだろうとの実感も言葉にし、彼に伝える。その情報に、ルルド君は顎に手を添えて『一筋縄じゃいかなそうだ』と苦々しい顔で唸った。

 

「…………ぬぅー」


 重い責任が肩に乗っているのだろうリーダーが浮かべている苦しい横顔に流し目を送っていた僕は、唐突に自分のショルダーバッグを漁り出したロウベリーさんに意識を引き寄せられる。

 急にどうしたと彼女を見たのは僕だけでなく、先程まで苦しそうに考え込んでいたルルド君に、有象無象の微的な気配しかない周囲に懐疑の視線を巡らせていたトウキ君も同じであった。

 男三人から奇異の眼差しを向けられている彼女は、しかし我関せずで動きを止めることなく、暫しの捜索の果てに『謎の小さい包み紙』をバッグの中から取り出した。

 なんだなんだと全員の注目を集めていた謎の包み紙を掲げる彼女は、ニッコリとしている目の中に渋々な感情を滲ませつつも、その包み紙を開いて、出てきた中身を僕たちへと手渡した。


「長時間なら補給も必要になるだろうし、はい、皆んなに私虎の子の『金平糖』をあげよう」


 虎の子と言うだけあって、本当は誰にも渡したくなかったのだろう、彼女のとっておきの携行食。それを善意だけで渡してくれた彼女に礼を言いながら、僕は一番に金平糖を受け取った。

 金平糖。この握ったらめちゃくちゃ痛そうな棘がある玉型の砂糖菓子は、僕の故郷ソルフーレンでもたまに食べられていたものだ。特に摘んで食べられるからカカさんが好んでいたっけ。

 僕は甘い物が好きじゃないから遠慮しておきたいけど、甘党らしいロウベリーさんが渡してくれた虎の子故、それを不躾にするのはよろしくないよな。この際だ、味を思い出してみよう。


「ありがとうございます、ロウベリーさん。いただきます」


 僕は彼女から手渡された、四粒の色とりどりな金平糖を手皿に乗せて、これじゃ貴重品だから、せめて味わって食べてねと念押し気味に言っている彼女に、苦笑しながらも感謝を述べた。

 やっぱり、自分で全部食べたいという欲が口から溢れ出てきているな、ロウベリーさん。それを抑えてまで僕たちに渡してくれるなんて、相当無理をしていそうだ。

 忠告の通り、一粒一粒を味わって食べないといけないな。


「ロウベリーが後生大事にしていた菓子をくれるだなんて、今度は流れ星じゃなくて、隕石でも降ってくるんじゃないか? ちょっと不安を感じちゃうなぁ」


 おいおい、いつになったらその失言癖は治せるってんだ、まったく。

 僕は軽蔑気味なジト目の視線を、何も分かっていない風ににへらっとしているルルド君へと送り、一粒を口に放った。

 一気に噛み砕かず、少しずつ舌の上で溶かして、僕は金平糖を味わった。それに『うんうん、通だね?』と、まるで仲間を見つけたような視線を向けてきている彼女へ、実は甘いの苦手なんですよ、という言葉を砂糖味の生唾と共に、僕は飲み込む。


「あんがとよ。ボリボリ。あー、美味かった」


「「「一気食い!?」」」


 ちょっとは味わいなよ、トウキ君……。

 というような一筋の汗を誘う『てんやわんや』がありつつも、なんとか気を取り直した捜索隊の面々はいざ、洞窟の奥へと歩みを進めはじめた。

 

 何物も見通せぬ真っ暗闇。

 その黒をランタンの光で払いながら進んでいく道中、大体十五分くらい歩いた頃に、先に突入していた定期報告のために帰還している冒険者たちとすれ違った。

 あの火傷跡の冒険者の勘——一時間か四刻半くらいで定期報告が来るだろう——は当たっていたわけだ。

 頑張れよー若造ども! という軽口的叱咤をくれる先達に、片や嬉しげに、片やぶっきらぼうに返事を送りながら、彼等彼女等が手に入れている情報を頼んで提供してもらう。

 行方不明者を『発見/保護』した人にのみ報酬は支払われるらしいけど、今は同業者が見舞われたアクシデントも同時に解決へと動いているため、険悪な雰囲気もなく情報を受け取れた。

 

 曰く、先達が入っていった道は、二時間ほど歩いても端にたどり着かず、道中には虫も動物もいなくて、かなり不気味だったとか。

 それを聞いて『なるほど』と、僕とルルド君は頷いた。して「ありがとございました。助かります」という感謝を告げた後に別れてから、幾度と先陣を切っていた冒険者達とすれ違う度に、この先にある『一の印』を付けている道は行き止まりやら、向こうの道はどんどん下っていくやら。そういった貴重な生の情報を提供してもらう。 

 僕達は自分達が進もうという道の取捨選択に、得られたそれらの情報を利用して、生き物の気配は数多くあるものの、あまりにも微細で位置が掴めない洞窟、その奥へ奥へと進んでいった。 


 ……カツーン、カツーン、と。ルルド君が履いている先芯が鉄で覆われた靴が、大袈裟な足音を鳴らしている。どこまでも反響していくその音を耳に入れて、一体どこまでこの暗闇は続いているんだと、僕は一筋の汗を落とした。

 洞窟の内部は想像していたよりも人工じみていて、本当に生物が作ったんだなと僕に思わせる。まあ、この洞窟を掘り進めたのが『魔族』なら、この世にあってはならない『異物』ならば、生物として形容するべきじゃないのかもしれないが。 


 左右にある岩壁を何となしに触ってみれば、至極滑らかな感触が得られる。

 ランタンを向けてみても、苔の一つも生えていない。

 ただただ無機質と言えてしまう、そんな内部の状態。天井の方へ手ランタンを掲げてみれば、シルクの編み物を敷き詰めたような様相が認められた。天井に敷き詰められているこの、さしずめ『ホワイトカーペット』は、どこまでも続いている洞窟と同様に、入り口を過ぎてしばらくしたところから、常に僕たちの真上に存在していた。


 これは洞窟特有のものなのか。はたまた洞窟を開削した『魔族』に起因しているものなのか。


 それは、上の方を向いたまま無言を貫いているトウキ君を除く僕たち三人で意見を交換してもハッキリとはせず、故に天井に敷かれたシルク布的なものに意識を向けるのは、調査が足りていない今は無駄だろうと、僕たちはジッと見上げていた視線を切って、真っ直ぐ前を向いた。

 そして、顔を前に向け直したトウキ君がふと言った、

「上にある臭えやつは、まとめて燃やしちまったほうがいいだろうな。だが、その考えを共有しておかねえと、他の冒険者どもに被害が出るだろうし、今は放置だな」を聞いて、僕たちはあれが『魔族由来のもの』だと確信する。


 しかし彼が言ったとおり、半密閉の洞窟内で燃焼行為に及ぶのは、燃やすことを知らされていない他の冒険者達に中毒症状を招く恐れがある故、今はノータッチにすべきだろうと頷いた。

 そもそも天井のあれが気持ちよく燃えるのかは不透明。だけど、もし木綿のように甚だしく燃えやすければ、ほぼ間違いなく大火災になってしまう。

 そうなってしまったら、この洞窟で消えた行方不明者達にも被害が及んでしまうことは明白で、なら尚更に今は放置しておいたほうが了だ。


 ——まさに、その時だった。

 

 長くなった思考を終えて、魔族が敷き詰めたと思われるシルク布的な何かを張った天井から、茫漠たる無明へと視線を向け直した僕は、ふと誰にも見えない『何か』に引き寄せられたように、すぐそこに存在している『壁』に視線を縫い付ける。

 そして呆然とした後、目を見開いた。


「え…………?」


 吹いている。風が吹いている。出口がある前からじゃない。入り口がある後ろからでもない。風が、左手にある壁から、吹いていた。

 微かに、だけど微細な存在を知らせるために全力で。僕のもとに実体無き手を。触れば簡単に解けてしまう風の手を、壁の向こうから伸ばしている。


 僕はその手を無意識に取って、引かれた。ふらふらと、まるで雷の如き甚だしい驚愕に打たれて狼狽えているように、こんなところでそれを感じるわけがないと頭では分かっているのに、しかし確かな感触を得てしまって否定できないように。

 ただただ愕然としてしまっている、そんな表情をしてしまいながら、僕は視線をそこから逸らすことなく、握ったか弱い手を離すことなく、一直線に、寄り道をせずに、確かに『風が吹いている壁の元』へと足を進めていった。その壁の前に立った途端に顔一面で感じたのは、まさに春。紛うことなき〝春風〟である。

 

「隙間…………?」

 

 なんの前触れもなく唐突に、道などないはずの壁の方から、一陣の春風が僕のもとに届いた。

 それは底知れない洞窟によってえも言えない悪臭を孕んでいた冷風ではなく、春の陽気に熱された、即ち新風。

 それに悪臭はなく、ただ眠くなるような緑陽の香りだけが込められていて。

 まるで、迷いなく一直線に僕のもとへやって来たような、春一陣。

 脳裏に閃いたのは、最近聞いたばかりである『啓示』という言葉。

 ——まさか。という顔をしてしまう僕に、何も感じていない様子のルルド君が首を傾げて口を開いた。


「どうかしたのかい、ソラ?」


 大型だろう魔族の巣たる洞窟に突入してから、三十分が経過している。ざっと『三キロ』は進んできているものの、未だに出口からは程遠い場所に僕たちはいた。

 もはやちゃんと進んでいるのかと疑ってしまいたくなるくらい、黒一色のみの不変を呈し続けていた道の中、頭脳明晰なルルド君やロウベリーさん、そして自陣最強の雰囲気を纏っているトウキ君でさえも気付けないとある『隙間』へと、唯一の気付きを得た僕は呆然と口にする。

 

「この壁の向こうから『風』を感じる」……と。


 その言葉を聞いて、ロウベリーさんは当の壁を睨むように観察する。しかし、他の場所と比べても何一つ変わりはなく、どこからどう見ても『ただの壁』という評価しか得られなかった。

 だが、風の加護に由来している可能性を加味して、観察だけでは終わらせない。手を当てて感触を、熱を、違和感を探る。顔を近づけて匂いを、風を、異変を探る。押して、引いて、杖で叩いて。それでようやく、目の前に聳える岩壁がここにあるべきでない異物であると悟った。


「やけに凹凸が目立っている粗い表面。石垣みたいに密接に積み上げられて生じたような、幾つもの石隙。それだけじゃあ正否の判断は付けられなかったけど、今に『魔力』を流して探ってみて、ようやく分かったわ。これは天然のものじゃない。人工物——というより、この場合は『魔工物』と言ったそれだわ。かなりギュウギュウだったけど、私の魔力が阻まれることなく流れていったから。ソラ君が感じている風も、多分この隙間からやって来てるんだと思う」


 ま、マジでスゲーな……ロウベリーさん。

 あの『ガキことアミュアさん』より、間違いなく格上じゃないか。いや、あの人が他の魔法使いと比べて圧倒的に格下なだけなのかもしれないけど。


「なるほどね。んー、わざわざ労力を掛けて、退路にもなりうる道を塞いだということは、そうした魔族側からしてみれば、こっちの道には進んできてほしくないということだよね。ある程度のリスクを飲み込んででも近づけたくない。とくれば、こうして塞がれてしまっている道は根城へ続いていると見ていいかもしれないな。しかし、俺たちの主目的は行方不明者の救出。あくまでも『魔族の討伐』は『二の次』だ。それを踏まえて、どうするか。ここはまさに岐路。まあ、俺たちが洞窟に突入する以前からこのままだった可能性も捨てきれないけど——ね」


 整形され、密に積み上げられた石垣——何人も通さない意思が丸見えな岩壁ならぬ、岩防壁。

 それを見上げていたルルド君はさすがの推考を重ね、末に導き出された結果を語ってみせる。

 彼の横目の視線は、かなりの力づくで隠されていた道を発見〝は〟したものの、この道が捜索隊にとっての正解なのかは依然として不明、だから『どうするべきか』を問うものであった。

 ルルド君が言った通り、仮に隠蔽されていた道が魔族の根城へと続いていたとして、そこに捜索隊の面々が探している行方不明者達がいるのかは、行ってみなければ分からないのが現実。


 しかし行方不明者達にはあまり時間が——僕の勘だから信憑性はかなり低い——残されていない可能性が高く、故に『寄り道』になりかねない行動を取るのは、本末転倒と言えてしまう。

 おそらく彼は、岩石で塞がれている怪しい道を進むか、今のまま塞がれていない普通の道で捜索を続行するか。その判断を下すために、また、トウキ君や僕の直感を尋ねているのだろう。

 いやぁ、にしたって僕なんかのを頼りにしてほしくないんだよなぁ……。

 でも、零にしか見えないこんな隙間を縫ってまで、僕のもと『風の子』がやって来たということは、それは『風の神からの啓示』ということなのかもしれないわけで。実感は乏しいけど。


「ソラの『風』は塞がれてる方を推してるんだろ? なら、そっちが正解なんじゃねえの?」


 なんとも答えを言い悩んでいた僕に、トウキ君が至極あっけらかんとした様子でそう言った。

 これが啓示かもしれないとは考えていたけど、しかし確信が持てていないのが正直なところ。

 だが、この現象を無視するのはあまりにも御粗末だ。

 間違いなく、今も塞がれたままである道の先には『何か』がある。

 上位存在であり、この世の全てを見ているだろう『風の神』が僕へ知らせようと、相対させようとしている『何か』が。


 しかし、それが行方不明者なのかは不明だ。なんせハッキリした言葉での知らせでないから。

 風の神はこの洞窟に潜んでいるのだろう諸悪の根源を打倒させようとしている? 

 それとも、この洞窟のどこかにいる行方不明者達の居場所を、漠然とだが知らせてくれている? それは分からない……けど。

 僕らのことをあっち側へ導こうとしている風の子は、僕が抱いているこの『助けたい』という思いを汲んでくれている気がする。——だから。


「……僕は行方不明になっている、魔族に囚われているのかもしれない人達を助けたい。その思いを汲んで『風』が導いてくれているのなら。多分、この道の先に行方不明者が——全員とは言わないけど、そのうちの誰かがいるはず。だから、僕は『こっち』へ行くべきだと思う」


 僕が指差した方を見て、ルルド君、ロウベリーさん、トウキ君がそれぞれに頷いた。広大過ぎる洞窟を捜索するんだから、神助なんかいくらあってもいい。それなら、今はこれに従おう。


「あのさ、塞がってる方に行くことを決めたはいいけど、どうするの? これ」


 洞窟を限界まで浸している暗闇に差し込んだ、光明。

 決して眩しくはないけれど、曇天の裂け目から降る『光芒』のようなそれで 無限に続いているような錯覚すら覚える暗道の中から、最善を導くように、全員の進むべき道を照らしてだしてくれたのは、天よりの風の御手だった。

 そして、四人全員が進む道を一つに定めた後、頷きを終えたロウベリーさんが、進もうとしている道は依然として、大小様々な、しかし整然としている岩石で埋め尽くされていると言う。 

 進むと決めたまではいいが、どうやって岩石群で塞がれている道を進もうというのか、とも。

 彼女のその言葉に、僕とルルド君は「確かにぃ」と口を揃える。そもそも塞がれているんだから、通る通らない以前に『通れない』んだったな。

 怪し過ぎる塞がれた道の発見。そしてそこを進むか進まないかの判断。それらのせいで目の前の細部に脚光が届いていなかったようだ。

  

「あ、ロウベリーならその杖を使った梃子でいけるんじゃないか? よく突発的に再燃したダイエット意欲で重たい小麦袋を進んで持ち上げていたしさ。よしっ」


「よしっ、じゃねえよ、いけるか殺すぞ」


「…………ごめんなさい」


 マジで馬鹿だろコイツ〜……というツッコミは喉奥で抑えつつ。

 僕はこれからどうするべきかと首を傾げ、腕を組む。

 ルルドアホンダラが言っていた通り、ミッチミチに詰め込まれているこの岩石群をどかすのであれば、道具を用いた梃子を使うくらいしか手はなさそうだ。

 大小様々なのだから、持ち上げられる小さいのから外していけばいいというのは素人の考え。

 これは絶妙なバランスで成り立っているだけで、下手をすれば総崩れが起きてしまうだろう。

 そうなれば、これの至近で作業をする人員に被害が及ぶのは必然

 。坂から転がした拳大の石を脛にぶつければ、酷い青痣ができるのは想像に難くはない。最悪の場合は骨折すら有り得る。

 故にこれの解体は専門の知識と経験に基づいて、極々慎重に行わねばならない——のだが。如何せん『時間的な余裕』が僕達にはない。なぜなら被害者達に残されている猶予が僅かな気がするから。まあ、勘の域は出ないのだが。

 

「んじゃ、ぶっ壊すか」


 人族なのに鬼の形相をしているロウベリーさんが、防衛的団子になっているルルド君をリンチしているのを横目に、どうするかなぁと悩んでいると、トウキ君が不意にそんなことを言う。


「え? どうやって壊すつもりなの?」


 ——一体なにをする気なの? 


 目を点にしながらそう問い掛ける僕に、問われたトウキ君は楽観も悲観もしていない真っ直ぐな目を向けながら「まあ見てろって」と言葉少なに答えを吐いた。

 大人数人が、数日掛かりで撤去できる規模のそれ。いくら『エリオラさん以上の闘気』を全身から発露しているトウキ君であろうとも、至難なのではないか。

 僕が抱いていたその思いは、まるで『これから起きることを予期して、怯えている』かのように、ゴロッと一粒の小石を吐き出した岩石群を前にしている彼の背中を見て——そして数瞬後に巻き起こる想像外の光景を見て、跡形もなく消え失せた。


「鬼拳」


 浅く腰を落として、左拳を脇腹の方で溜める。言うなれば『正拳突き』であろう構えを取った彼が、ルーティンなのだろう何事かを小声で呟いた瞬間。生き物のような足がない故に逃げることができない岩石群が、行く手を阻んでいた頑強の群れが。


 甚だしい『大爆砕』によって、眼前から消え失せたのである——。

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