表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼風のヘルモーズ  作者: 黒炎さん
『ハザマの国』編〈1〉
43/44

第40話 ゴルゴーンまでの長い道のり

 顔を顰めたくなる醜聞が絶えない、バケッド氏。クソ親父に違いないそんな彼を救出するべく、僕達は彼が強制労働を行なっている可能性が頗る高い、ハザマの国で最も巨大な金鉱——名を『ゴルゴン金山』を目指して進んでいく。

 して、遥か彼方に存在しているゴルゴン金山を目指し始めた肝心の一日目は、僕が抱いていた漠然とした不安のことを揶揄うように、特に何事もなく終わりを迎えた。


 狂人と化しているマルさんが放つ『殺気』に当てられて、オバケに怯える幼子のようにシクシクと咽び泣くドッカリ。

 憐憫を感じさせてくるドッカリのことを、別に構う気がなかったからではないが、しかし余裕が無かったために無視していた、魔獣遭遇への危惧から周囲を警戒している僕。

 顔を強張らせながら周囲に視線を巡らせていた僕に華奢な体を預け、安心しきったように昼寝するマイマイちゃん。

 

 呼吸も動きも意思すらも揃っていない、まさに凸凹四人組。だが、意外に上手くやれそうな予感がしてしまう面々。

 妙な不安と期待を抱いてしまうそんな一行は半日の移動の末に最寄りの宿村へと寄り、見つけた宿屋で休息を取る。


 しっかりとした栄養が摂れる夕食と、身を清める気持ちがいい湯浴びを済ませた後に僕との相部屋を所望したマイマイちゃんと共に部屋に入って、そこにある二つの内一つのベッドで仰向けになった僕は、就寝する前に今日の反省——魔獣を危惧しすぎて、気力を消耗させすぎた——を行い、明日に向けての気持ち的な備えを支度する。

 

 そんな感じでゴルゴン金山を目指す移動は続き、出発から五日目の夜。目的地までの道程の四分の一ほどを通過してきた現在の正確な時刻は、五月二十二日の午後八時すぎ。 

 なるべく早くに目的地であるゴルゴン金山、延いてはその金山を擁する『ゴルゴーン』という町に着くよう、進み行く道を地図と格闘しながら試行錯誤してきた一行はとうとう向こう見ずな駆け足が祟り、周りに人家が無い、そもそも人里ではない場所で野営を行うことになってしまった。

  

 人々が幾星霜と繰り返していく営みの中で、確かな光を放ちて闇夜を照らす灯火。それが生み出してくれる暖かさなど、この場には皆無。聞こえてくるのは虫達のさざめき、空から降るのは日中のものよりもうんと乏しい星々の光輝。

 強い日照りが特徴の夏季が近づいてきているせいで、やや肌寒い程度で済んでいる辺りに作業と止めて意識を逸らせば、無限に蔓延っている闇が無面で微笑んでくる。

 

 しかし馬車など通るはずがない深い山道の脇、そこで野営を行うための作業を進めていく僕は恐怖心など抱くことなく、着々と掘った穴に拾ってきた枝木と落ち葉を入れて、間違っても飛び火せぬよう幾つもの石で囲まれているそこに、リップさんから貰った火の魔道具を用いて火を灯した。


 魔力が蓄えられている魔石が、開放ボタンを押したことで魔力を放出し、それが魔法式を通ることで火が生まれる。

 巷で聞いたそんな話を、パチパチという乾いた音を耳に入れると共に思い出しながら、あっという間に落ち葉から木の枝、そして倒木から採取した薪木に広がっていく火炎。


 火種から火へ。火から大きな火炎へ。その様子をじっと見つめていた僕は、馬車に取り付けている作動中の魔道照明が不要になるくらいの炎明を認めた後に、微かに物の輪郭が窺える程度の暗闇の中で馬達の世話をしていたマルさんに合図を送り、魔力の浪費を抑えるべく証明を消させた。 


「あとは『魔獣対策』ですねぇ。ソラくん、本当に一人で大丈夫ですか? もしもの時は私も戦いますからねぇ!」


「は、はい。もしもの時は助けを呼ぶので、マルさんはそれまで寝ててください。明日も移動しなきゃいけないし。そもそも馬車を操れるのマルさんだけなんですから」


「も、もしもの時は、俺もやるぞっ!」


「…………ドッカリにできるの?」


 初の野営を行うための準備を各自で進めていって、四苦八苦しながらも無事に完了させた、バケッド救出隊の面々。

 面々は不快感すら覚えるほどに空いてしまっている胃袋を慰めるために、生食できない食材に火を入れられる焚き火の元へと自然に歩み寄って、それを囲うように腰掛けた。


 お疲れ様と声掛けしてしまうくらいの疲労顔をしてしまっているのは、子供だから仕方ないマイマイちゃんと、大人なんだからシッカリしろなドッカリの二人である。

 対し、体力がある僕と、旅慣れしているマルさんは平気な様子で、遅くなった夕食を摂るべく料理等を進めていく。


 その待ち時間的な間に交わされていた会話の中で、ドッカリの強がりが一際な違和感を放っていて、それに『お前じゃ無理だろ』というジト目をするマイマイちゃんが問う。


「ややっ、やっ、やるぞっ? 俺は戦えるんだ…………」


「…………ふーん」 


 ガタガタと大きく体を震えさせながら必死に取れる強がりを言われても、まったく信用に足らないな。いざという時になったら、皆んなを置いて一番に逃げ出しそうだしな、コイツ。

 そんな、本人に伝えるには酷な思いを僕と無言で共有しているマイマイちゃんは、これは駄目だなと早々に見切りを付けた顔をして、ズリッと僕の方に体を近づけた。

 無視を決めるマイマイちゃんとは対照的に、あからさまな胡乱を向けている僕に、ドッカリは驚いたような顔をする。 


「そっ、ソラさんまで俺を、う、疑ってるのかよっ!?」


「うん」


「………………あ、そう」


「さあ、そろそろで夕食の用意が済みますよぉ!」


 この面々の中ではまだ慈悲がある方である僕が行った即答に、とうとう膝を抱えて蹲ってしまった涙目のドッカリ。

 まさに木偶の坊となった彼に軽蔑の眼差しを向けるマイマイちゃんを僕は苦笑しながら窘めつつ、手伝いをしないドッカリを無視して食事を摂る準備を終わらせた。


 武器屋マイマイミーがある宿場町を発ってから、かれこれ五日も馬車揺られ。その長くも短くもない日数の中で初となる野営。現在地が人里ではない故に用意が難しい夕食。

しかし食事抜きは有り得ないため四苦八苦しながらも用意された夕食は、〝バンダッタ〟という酷く干魃した不毛の地でも精強にすくすくと育ってしまう『特殊な麦』がふんだんに使われて作られた、約一ヶ月も常温で日持ちしてしまう非常に硬いパンと、四人分にしては小さかった故に解して鍋にぶち込んでできた、干し肉と芋のスパイススープだ。


 スープのスパイス加減は僕に一任されていたため、失敗できないなと緊張しつつも、一口飲んでみれば美味も美味。

 三人も美味しいと言ってくれて、僕は堪らず笑みを溢した。

 僕謹製のスープが完飲されて底突けば、まだ熱い鍋に水が注ぎ込まれ、睡眠前の体を温めてくれる白湯が用意される。 

 ぐつぐつと鍋に注がれている湯が無意味に沸騰している。それを湯気が立つカップを手に持っている四人が呆然と見つめていた。まさに長閑な時間。

 ここは外界。魔獣の生息数がソルフーレンよりも多いハザマの国の空の下。危険が付き物のはずなのに、しかし夜天に見下ろされているこの静寂がとても心地良い。

 その安らぎを共有している面々は、ふと空を見上げたマイマイちゃんに倣うように、首を上げて星々の瞬きを見る。


「なんか……新鮮…………変なの…………」


「ははっ、たしかに新鮮だし、変な感じがするね。僕も野営は初めてだったし、緊張するかなって思ってたんだけど。不思議だなぁ、今ならよく眠れそうな気がしてる」


「お、俺も! よく眠れる感じがするっ!」


「ドッカリは見張り番だよ。僕と二時間おきに交代ね」


「ドッカリは寝るな」


「…………え?」


「私は何度か野営の経験がありますからねぇ、あんまり新鮮味は感じられませんが。ですが……ええ。この『仲間と共に生きている』という感覚は初めてです。とても不思議なものですねぇ……。心地よくて、安心してしまいますよ」


 瞳に星を映しているマイマイちゃんが語った本音に僕が思いを繋ぎ、それに肖ったドッカリが顔を明るくさせれば、僕とマイマイちゃんが冷や水を掛けて意気消沈と様変わりし、冷や水を掛けたコンビはその千変万化を見て苦笑する。

 そして依然マイペースを崩さないマルさんは「この歳になって、こんな宝物のような経験ができるとは……」と、ある種の感動を覚えているような泣きそうな顔をしていた。 


 夕食を摂り終えて暫くすると夜が更け込んで、寒さというものを一層強く感じるようになった。その頃にはマイマイちゃんとマルさんは眠りに落ちていて、魔獣に警戒しないといけない僕は焚き火に当たりながら自身を抓っていた。

 夕食時の団欒の際には忘れていた『緊張』を確かに思い出した僕の心身は強張り、抓る痛み以上に目を冴えさせる。

 

 そんなことを至極冷静に認識してしまう、おそらく話し相手がいないせいで暇なのだろう僕は火を絶やさぬように短剣を素早く振るい、すぐ横にあった丸太を細かな薪木に変えて、それをポイッと目前の火の盛りに投げ入れた。

 夜を凌ぐのは大変だ。普段なら僕ではない人間が人里を守って、無辜で無力な人々が危険な夜を安全に明かす手伝いをしているから、いざ自分が守り手になれば、その多大なる苦労を心底理解できる。


「………………」


 ふと視線を送った山道の二方。焚き火の光明が届いていないそこは真っ暗な闇に覆われていて、何物も見通せない。

 もし、この場を立ち去って、世界を隔てるように蔓延っている『闇』の方へと歩いて向かえば、僕はどこに着くのだろうか。辿り着いたそこは、この場と同じような現世なのだろうか。はたまた死者だけが赴ける冥世なのだろうか。


 死を迎えらなら『天界』という、こことは別の世界に魂は召されると話に聞くけれど、実際にはどうなんだろうな。僕には前世の記憶が無いから、その言葉が事実なのかという確信が得られない。

 死んだら無に帰すなどとは思えないけど、その真理は、その事実は、一体どんなものなんだろうか。


 妙な知的好奇心を抱いてしまったのは、この静寂が原因なのか。はたまた『死の覚悟』を決めているが故か。それは分からない。当人でさえも与り知らない、無意識。


「ガァー……ゴォーー……ヌガァーーー…………」 


「…………はぁ。熟睡して、二時間後に起きれるのか?」


 今晩の頼もしい味方になるはずであったドッカリは、僕とマイマイちゃんの予想通りと言うべきか、案の定『一緒に見張りするから、無視しないでよォ!』とほざいていたのに、アミュアちゃんほどではない鼾を掻いて、ぐっすりと寝てしまっていた。


「まったく…………」


 後で叩き起こしてやろうと思いつつ、僕は警戒を続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ