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蒼風のヘルモーズ  作者:
『ハザマの国』編

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第33話 やけに静かな森の内

話の展開を少し変えるため、再投稿しました

 巷で囁かれている、純粋無垢な子供だけが被害に遭っているらしい『神隠し』事件とは、少しだけ毛色が異なっている、御年四十一歳——そう、紛うことなき中年である男性の失踪。

 自衛の装備どころか、頼りになる護衛犬も連れずに。たった一人で近くの山へ山菜を探しに。

 ギルド伝いのその情報を聞けば聞くほど不用心だなぁ——つい最近まで魔獣の生息数が極端に少ないらしいソルフーレンの片田舎で、それはもう温温と、戦いを学ぶこともせずに過ごしていた自分なんかが言えることではないけど——と思ってしまう、当の行方不明者を捜索するために、僕達は行方不明者の住居があるスミカザリ管轄内の西の山村へと、ハザマの国からの要請でギルドが用意してくれた、ほぼ荷車だろう質素を地で行った馬車に乗り向かっていく。


「件の村へはいつごろ着きそうなの?」


 一陣二陣といった集団から遅れてしまった故、たった四人しか乗っていないほぼ貸切の馬車。

 その四人のうちの一人である僕は、同じく馬車に揺られているルルド君にそんな確認を取った。

 やることもなく武具の手入れをしていた彼は、僕からの問いに動かしていた手を止めて、ギルドから受け取っていたクエストの書類、そこに書かれている目的地の詳細に目を通していく。


「地図を見た感じ、ここからだと……ざっと、明後日の夕時くらいかな」


「明後日か……結構遠いんだね」


「だね。スミカザリと目的の山村の間には、ギルド支部がある宿場町があるっぽいけど、今回は素通りだ。適当な補給のための携行食は四人分は持ち合わせてるし、水もギルドが樽で用意してくれてるから問題ない。ま、このガタガタな道で寝られるかが、道中での課題だろうね」


 なるほどね。目的地への到着が明後日になるのだとすれば、今夜と明日はここ、硬くて常に揺れている荷車の上で就寝となるわけだ。

 ぶっ通しで目的地に向かっていくわけだからな。

 でもまあ、荷車で昼寝とかしょっちゅうしてるし、なんの不安もないのが正直なところだが。

 ていうか、マジで『しまった』だ。

 今みたいな緊急出動のことを、まったく想定していなかった。

 だから炊かなきゃ食べられない生の米しか、僕は栄養補給可能な食料を持ち合わせていない。

 梅干しは厚意で頂けただけで、それを手に入れられたのは能動ではなく、ただの受動だった。

 だからもし、この即席捜索隊のリーダであろうルルド君が、計四人分の携行食を持ち合わせていなかったら、僕は隊員の誰かから貴重な栄養源を分けてもらうことになっていただろう。

 二日分のご飯持ってないお! だから分けてちょ? と。

 申し訳なさと不甲斐なさを誤魔化すためにカカさん風で言うのは、事前の情報無しで急遽捜索に参加したという事実があっても、少々図々しいような気がするから。

 そんな不安の芽を先んじてリーダーが潰してくれたのは、正直に助かった。そんな自分を卑しいとは思うけど。


「俺は問題ないぜ。牛小屋でも寝れるしな」


「僕も羊たちと昼寝をしたことがあるから、多分だけど大丈夫。それと、ごめん。こういう時の想定をしていなくて、食料は生米と梅干ししかないんだ。だから、頼ることになっちゃう」


「いやいや、そんなこと気にしないでくれ。俺が二人の退路を塞ぐように誘ったのがそもそもの問題なんだ。こんな緊急出動なんて一般人のソラが想定することじゃない。ソラの用意が足らなかったのは全て俺の責任だ。だから、気にする必要も反省する必要も全くないよ。それと、こんなところでも寝られるって言ってくれて俺は安心した。ごめん。そしてありがとう、二人とも。……でもまあ、一番の不安は寝不足のロウベリーがする八つ当たりなんだけどさ!」


 常に揺れ動いているこんな状態で、冒険者ではない僕やトウキ君が落ち着いて寝られるのか。

 浅くとも睡眠を取らなければ、二日間ぶっ通しの移動に生じる負担は甚だしい。二人とも常人より遥かに丈夫そうだけど、強引に引っ張り出してきてしまったから、ことさら心配に思う。

 そういう配慮が、醸す雰囲気から透けているルルド君に、トウキ君は冗談っぽい返事をして、続いて苦笑していた僕が、今回のような事態への想定をしていなかったが故の不備を謝罪する。

 途端にルルド君は首を振りながら、僕がした謝罪の不要さを説いた。

 終わりに彼なりの本当に思っているのだろうジョークをかませば、案の定、隊の裏番が拳をミシミシと鳴らしだして。

  

「言っていいことと悪いことがあるよね? 分かんないなら仕方ないね。殴るから。グーで」


「え、いや……今のは……その……あの……えっと…………ごっ、ごべんなさぁい」


 行方不明になった人物の捜索という、命が懸かっている重大な任務を、たいした覚悟も物資も備えることなく、突発的に引き受けてしまった僕が人知れず抱えていた緊張。それに目敏く気付き、自分なりに解そうとしたのだろうリーダーが奇を衒って放ってしまった、余計な一言。

 当初の狙い通りに僕の緊張は和らいだものの、しかし、それと引き換えになってしまったのは、髪を逆立てた裏番からの漆黒の視線に突き刺されて儚く消えた、リーダーの平穏であった。

 僕の緊張を解消する代わりの贄となることを考え及ばずに選択してしまったルルド君は、眉を逆立てた顔が末恐ろしいロウベリーさんに心身を縮こませて、この世から消滅しかけている。


「クスッ」


 僕のような弱輩ではどうにも介入してあげられない、長年連れ添った夫婦のような、あまり時間を積んでいない恋人のような、もはや家族同然の幼馴染のような、二人の男女の諍いごと。

 一方的だったそれを静かに見守っていた僕は、大きな溜め息を吐きつつも、シクシクと啜り泣いている彼を責めるのを止めたロウベリーさんが見せた『ちょっと言い過ぎたかな。でもコイツが悪いし』という、なんともバツが悪そうな顔に、ついつい微笑の声を漏らしてしまった。

 コイツが悪いのに自分が謝るなんておかしい。そう考えたのだろう彼女は、何時ぞやのクソ生意気な誰かさんのようにぷいっと外方を向く。


 最初から最後まで場のことなど知らぬ存ぜぬで爆睡しているトウキ君は論外として、とうとう味方になってくれていいはずの相棒から見放されてしまったルルド君は、手で顔を覆いながらも目に見えて意気消沈し、それを傍目にしていた僕は我慢できずに噛んだ笑い声を漏らした。

 それからは、睦まじい男女による、既視感しかない一悶着の第二ラウンドやら。

 ルルド君が患っている不治の花粉症による、滝のように止まらない鼻水やら。

 ロウベリーさんの甘いもの食べたいによる、あの木に生ってる果実を取ってこいルルドやら。

 そういった無視できない何だかんだがありつつも、割と平和に移動を続けていた一行は、長い暗夜が明けた五月二十一日の昼頃に、走り続けた馬を休ませるため、山中で一時下車をした。


「この辺にネストがあるって情報はないけど、浮浪型の魔獣がいる可能性はある。だから出来るだけ互いから距離を取らないように。それじゃ、久方ぶりのレストを贅沢にするために、ソラが持ち合わせてた生米を炊いて食べよう。俺とソラは薪とか山菜を集めるから、ロウベリーは適当な竈を作っててくれ。トウキは御者さんと馬と、ついでにロウベリーの護衛を頼んだ」


 ほぼ半日、椅子どころか座布団すらない荷車に乗っていたせいで、尻に痺れを感じている様子のルルド君。

 彼はようやく感じられた開放感に顔を晴れさせ、一思いに大きな背伸びをした。

 木床から降り立った足裏でしっかりと掴んでいる、至極安定した大地。

 やはり人間という生き物は大地に足跡を刻んでいくことが合っているのだろうと思わせる、圧倒的な充足感たるや。


 それに疲労の表情を崩したのは彼だけでなく、ようやく訪れた安楽、それで意図せず出てしまった欠伸を上品に手で隠しているロウベリーさんや、ちょっとした量のビスケットでしかなかった携行食程度では一食として足らず、昼前から鳴りそうな腹を摩り続けている僕も同じで。 

 そんな僕のことを具に観察していたのだろうさすがのリーダーは、疲れた馬を休めているギルドに雇われた御者を傍目にしながら、今昼の食事をしっかりとしたものにする提案をした。


「ちょっと、ルルド。ついで、ってどういうこと? 説明して。内容次第では殴るから」


「あはは……まあまあ。実力的に守られる必要はないけど〝一応は〟ってことですよ。多分」


 戦闘能力がない御者と、全員の足である馬たち。

 そして、手放しの信を置けぬほどの実力がないわけではないが、しかし『幼馴染』として個人的な心配を向けられているロウベリーさん。

 それらの護衛を一身に任せられた、捜索隊の中で間違いなく最強であろう寝起きの大きな欠伸を掻いているトウキ君は、えらく緊張感のない顔をしながら「オウ」という一言だけを返す。

 続いて、ルルド君の発言の最後らへんに気に食わない点があったという顔のロウベリーさんが、鬼人族よりも鬼っぽい恐ろしい目付きで、ヤベっという顔をする失言者に食って掛かった。

 しかし空腹の僕に宥められる形で渋々に折れ、今にも舌打ちしそうな顔で竈作りを始める……。

 

「…………そ、それじゃあ、キノコとか、食べられる山菜を取りに行こうか。行方不明の人を探す手前で、間違っても逸れないように気を付けながらね」


「あ、ああ……そうだね。ミイラ取りがミイラ的な。ホッ。んじゃ、もしもの事態は人生に付き物。だから万全に気を付けていこう。キノコとかが手に入れば、それと御者さんとっておきの醤油と酒を使って『五目飯』ができるし、木の根元を重点的に見ていくということで」


「了解」


 幼馴染って割と危ない側面もあるんだなと苦笑してしまう僕は、自分に非があるのに冷や汗を湛えながら胸を撫で下ろしているルルド君に注意を促し、それを受けた彼はコクリと頷いた。

 ホッとした息を吐く彼は目当てにしている食材を僕に共有する。

 そんな彼が今昼の贅沢として作ろうとしている『五目飯』とはたしか、米に椎茸などのキノコ類、あと鶏肉だったかを醤油と酒、そして砂糖を溶いた水で炊いて作る米料理だったはずだ。


 米食は、パン等の麦食が主流だった故国ソルフーレンには全くなかった故、この手の料理はあまり食べ慣れていない。スミカザリの酒場で食べた『チキンパエリア』はもう絶品だったが。

 ここハザマの国に来てからは、白米、玄米、雑穀米等々。

 それらが主な食事であったから、ある程度の味は想像つくものの。しかし、未だに食していない料理の味はいかほどのものなのか。その興味と楽しみは尽きないのが正直なところである。

 単に食欲が強いだけだろ——って言っちまうのは無粋ってもんよ。なあ?


「お、コゴミだ。ラッキー」


「ソラ、このキノコって毒あったっけ……?」


 疲れた馬達を休ませている場所から二人して離れ、休憩所の側にあった原生林へと慎重に入り込む。

 そこで田舎者の勘を従前に発揮して、僕はじゃんじゃん食用の山菜を採取していった。

 途中、宣言通りに木の根元を見ていたルルドが、発見した藍色の傘をしているキノコを手に取って、それが食べられるかどうかの判断をつかせるべく、こと詳しそうな僕に問いを投げる。


「ん? ……あぁ、それ、ホクロサケガサだ。傘の裏側に幾つかの黒子があるから毒持ちだね。似た黒子がないやつは食べられるんだけど」


 顔を上げた僕は、彼が掲げている謎のキノコを観察して、傘の裏側に特徴的な黒色の斑点があることを認める。

 記憶にある特徴からして、当のキノコが毒有りで食用でないこと分かった。

 ホクロサケガサは醸造酒に似た匂いを発するが、その独特な匂いの元になっている成分には、粘液接触をした部分を麻痺させる神経毒的な効果があり、もし食べてしまうと二日ほどは口腔と食道の麻痺が続いてしまう。

 胃酸で分解ができるらしいから、それ以下は問題ないそうだが。

 そのことを教えると、せっかく食べられると思ったのに、まったく食に適さない毒があることが分かった彼は途端に顔を顰め、お前食えねえのかよ、という顔を何言わぬキノコに向けた。


「ちぇ、ちょうどいい大きさだったのに」


「仕方ないよ、毒あるし」


「詳しいね。さすが一人旅をしてるだけある」


「あはは。僕に勉強を教えてくれた人が薬師だったから、その人のおかげだよ」


 生産性のない雑談は程々にし。

 不必要に手に入ってしまった『毒キノコ』をポイッと無造作に放り捨てて、僕たちは計五人で共にする昼食を一段と贅沢にするための食材探しを続行した。

 休憩地の北方に広がっていた原生林。

 人の手が加わっていない、自然そのままの圧巻な景色。そんなところを荒らしてしまうのは些か不敬のように思えるものの、しかし食欲という魔物に取り憑かれている二人は何も言わずに、ズカズカと行く道を阻む枝葉を手で払い退けていく。


 ガサガサガサガサ、と。鳥や獣の鳴き声、果てに魔獣の遠吠えすら聞こえない、厳かな静寂に満ち満ちていた一帯に響く、異音。

 それを奏でているのは、両手一杯の山菜を採取した僕である。

 約一時間。ちょっと不気味に思えてくる物静かな原生林の中を、山菜採取という目的だけで探索していた。

 現在時刻は見上げれば中天であることを鑑みて、正午を回ったところだろうか。

 僕のすぐ近くで辛そうに腰を伸ばしているルルド君はというと、食用の野草に関する知識が乏しいという理由で、五目飯と、できれば汁物を作るため、キノコ類のみに狙いを絞っていた。

 初っ端から毒有りだった故、難航するかと思われていたキノコ探しも、かれこれ一時間ほど人の手が加わっていない森林の中を彷徨っていれば、十分すぎる量を手に入れることができて。


「〜〜〜〜〜っぁ。うん、粗方見て回って、ちょうどいい量の食材は手に入ったね。でも、もう少しだけ奥の方に行ってみよう。もしかしたらロウベリーの機嫌を取れる果物があるかもだし」


「オッケー。この国に自生してるやつだと、アケビとかビワ、イチジクとかだね。どれも美味しいやつ」


「おっ、いいねいいね。絶対に見つけて持って帰ろう。それでロウベリーのご機嫌取りだ」


「ふふっ。今日は失言で殴られないといいね」


「はははっ、そうなるといいなぁ」


 手に入れた山菜のほとんどを背負うリュックの空いたスペースに詰め込んだ僕は、ルルド君からの提案のもと、昼食のデザートとなる自然のフルーツを探しに森林の奥へと進んでいった。

 無邪気な風で重なる、葉の音色。

 折れた枝葉が地に落ちて、大地に新たな根を生やす。

 春風と陽光に当たって新芽が生えてきている、厚く着込まれた樹皮の凹凸はまさに十色。

 同じ種であるのに彫りの形は千差万別で、さまざまな姿形を有している人間と似ていると思えた。

 そんな景色に目を向けながらも、僕の意識はまったく別のことに強強しく引っ張られていた。


「なんかさあ、やっぱり静かすぎない? こんなに鳥の声とか聞こえてこないものかな?」


 訝しんだ顔をする僕が抱いていた疑問はそんなこと。

 春暮れの五月下旬、その昼間にここまで生き物の気配を感じられないものなのか。

 しかも人間の手が加わっていない原生林の只中で。

 あまりにも静か。

 波立たない水面が鏡になる静寂が、ここにはある。だから疑問は尽きない。

 ハザマの国に来てから、かれこれ十日ほどが経っている。

 その十日間の間で、たくさんの野鳥や昆虫、さらに珍しい部類であろう鹿や猪なんかを、ふとした時に見つけられていたのだが。


 僕たちがいる原生林には、そういった生き物の気配は不気味なほど皆無だった。

 雑草の上を這っている虫すら、ここまでで一匹たりとも見つけられていないのは、流石におかしいだろう。

 音が聞こえてこないのだ。

 僕たち以外の声音が、呼吸が、鼓動が、一切に感じられないのだ。

 まるで嵐が来る前のように、ただただ静か。

 だから、耳鳴りに似た音を鼓膜が鳴らしている。

 この地に襲いかかった『災禍』から逃げてしまったように、ここには何もない。

 誰もいない。

 それに片眉を上げたのは僕だけでなく。隣を歩いているルルド君も同じだった。


「たしかにそうなんだよね。もしかしたら野生動物の天敵である魔獣が、この近くに潜伏している可能性があるけど……。如何せんアクションが無さすぎるから判断できないんだよなぁ」


 近くに魔獣が潜伏している可能性。その言葉を聞いた僕は、脳裏にあの時の犬型魔獣を走らせる。だが、解せなかった。

 魔獣が近くに潜伏しているだけで、虫までいなくなるのか? と。


「原生物の天敵が近くにいるだけで、虫までいなくなったりするもんなの?」


「んー……たしかに言う通りだ。この状況は、魔獣が辺りを彷徨いていたってだけでは片付けられなそうだし」


「…………行方不明になった件と関係あるかな」


「ないとは断言できないね。まだ何も分かっていないから。でも、なくはないかな」


 徐に立ち止まった僕は腰に差している鏡面剣の柄に手を当てつつ、同じく立ち止まって、現在時刻を太陽の位置で測っているルルド君に疑問を投げかけた。

 すると、視線を僕の方へ向けた彼は、幾つもの可能性を脳内で取捨選択していっている険しい表情をしながら口を開いた。

 今回の行方不明事件の原因に、魔獣の影があるかもしれないと。


「どうする?」


「すこし見て回ろう。もし魔獣の痕跡があったら、戻ってロウベリー達に知らせる。俺たちだけで対処できる自信がないし、トウキを連れて行ったほうが確かなはずだ」


「分かった」


 互いに頷き合って、止めていた足を進めた。

 用意していた緊張感をより強くした二人は、奇襲を避けるべく死角になるところを注視し、何もいないと断じてから、別方へと視線を向ける。

 この森林の中で潜伏している魔獣は既に、悠長に山菜取りをしていた僕たちのことを捕捉しているかもしれない。

 そんな茫漠とした不安を深く吐いた息に乗せて、僕は再び立ち止まった。 

 可能性の一つ一つを丁寧に潰していくこと、かれこれ二十分弱。

 先ほどの山菜探し以上の集中力を用いて辺りを隈無く捜索したものの、獣の姿どころか、足跡すらも見つけられなかった。

 

「…………駄目だ。これ以上闇雲に彷徨っても意味が無い。休憩地に戻ろう」


「…………うん」

 

 この、露骨に不自然である大自然の状況は、依然として不明のままであった。それになんとも言えない気持ち悪さを覚えているのは、僕とルルド君の二人。されど当事象の原因究明は叶わないことを、諦めずに辺りを捜索していた二人は認めていた。


「この静寂が魔獣によるものなら、もしかすると地上型じゃないのかもしれない」


「と言うと?」


「もしかすると現状の原因は、飛行型、もしくは地下型のせいなのかもしれないってこと」


「空を飛んだり、地下を穿孔してるってこと?」


「ああ。そうなってくると、俺たちみたいな地上行動をする人間にはどうしようもない。……だから切り替えよう。俺たちには今はやるべき仕事がある」


 そう言って、ルルド君は辺りに張り巡らせていた警戒を緩めた。

 スッと肩の力を抜いた彼は、さすが本職の切り替え力で、緊張感を感じさせない微笑みを浮かべる。しかし、死角から急襲された場合の即時対応準備は万全の様子で。

 そんな彼の様子に途方もない安心感を覚えた僕は、彼に倣ってホッと息を吐いた。


「それじゃ、必要なものは全て問題なく手に入ったし。みんなを待たせてる休憩地に帰るとしよう。ロウベリーにフルーツは勿体無い。山菜でも食わせとけ! ってね」


「ふふ。それ聞かれてたりして」


「……………………え? き、聞かれてないはず……」


「さあ? どうだろ」


 白ける僕に、怯えるルルド君。そんな二人はそれぞれで違う表情を浮かべながら、一直線に帰路に着く。一人は着々と歩みを進め、もう一人は遅い渋々の足取りで。

 しばらくして、三人を待たせている休憩地に帰り着いた僕たちは、火の準備を済ませていたロウベリーさんに「悪口言ってたよね?」と詰められるのであった……。


「まさか、ソラの言う通り、やっぱり聞かれてたのか……?」


「やっぱりってどういうことなの、ルルドぉぉ?」


「ギ、ギクッ」

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