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蒼風のヘルモーズ  作者:
『ハザマの国』編

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第28話 ハザマの国で出会う人たち

「…………ここが、ハザマの国!」


 年中、風が止まない故に『風の国』と呼ばれているソルフーレン。

 そして『芸能の国』などと巷では呼ばれているらしい〝ハザマの国〟との国境。

 その国境線上に互いの領土を仕切るよう建てられているのは、堅牢な関所である。

 

 威圧感甚だしい巨躯をする強馬のチャージすらも難なく受け止めてしまうだろう、見上げるほどの関所の大門——その横方にある高さにして三メートル弱の人間用の門口を、頭を振りながら大人しく列を守っている長蛇の馬車の横目にしつつ通り抜けて行った僕は、揺蕩う薄雲があるくらいで非常に晴れ晴れとしている蒼穹よりも目を引いてくる、目前のまさに圧巻たる光景に目を見開いていた。


「………………すご」


 その圧巻に呆然とする僕の視界を埋め尽くしているのは、どこまでも果てしなく続いている、まるで夏雲を突き抜けるほどの巨人が植物を編んで作った絨毯を敷き詰めているかのような、本当に何も無いと言っていい、緑地の山々で。


 そう……僕の視界いっぱいに広がっているのは『山』だ。

 

 前方には山。右を向いても山。左を向いても変わらずに山。後ろは関所だけど、戻ってしまえば山道を下るという。

 ソルフーレンにも山地に囲まれた場所は多々あるけど、ここまで平坦が存在していない場所は記憶の中に存在しない。

 平坦な場所が全く見当たらないということは、僕の視界の範囲内には『平らな道』が存在しないということになる。

 そうなってくると一体全体、ハザマの国の交通の便、それにソルフーレンとの貿易なんかはどうなっているんだか。


 今に見た通りだと考えれば、山肌に生えている木々や斜度のある土砂を削って平らにし、そこを道にしているのだろうけども、直線ではない九十九折り(つづらおり)を走るとなれば凄まじい体力と時間、それらに掛かるコスト、そして産毛逆立つ危険を伴ってしまうことが想像に容易い。

 まさかとは思うけど、ハザマの国の交通手段は『馬ではなく鳥の類』だとか……なんて夢みたいなことないよな? 

 今日まで滞在していたソルフーレンでは、人間が持ち上げられる程度の重量をしている荷物や、できるだけ速やかに要人の手元へと届けなければならない伝書など、本当に様々な郵便物を一手に運んでくれる、ソルフーレンの国鳥で草食の大型鳥でもある『クサカミハヤテ』が各地の郵便局で飼われていたけども、陸路での物流が滞りそうなハザマの国にも、もしかして似たような鳥類がいるのだろうか。


 …………んぅー? 生物図鑑に載ってたっけ、そんなの。


 たしか、ハザマの国が定めている国鳥は、秋を映えさせるイチョウの葉のように黄色い美しい羽と、固有の発声器官から鳴らされる鈴音のような声が特徴的な『吉鳥・フクヨビ』だった気が。

 でも、小鳥だったよな、あの黄色いの。


 というか、この山景色はどこまで続いているのだろうか。


 遥か彼方まで広がり尽くしている圧巻だろう光景に見入ったまま、開口で呆けた直立不動を見せていた僕は、徐に手傘を差し目を細め、遠くの山々の一面を凝視する。


 僕の瞳よりは明るい濃緑の絨毯。それが際限なく敷き詰められている晩春の山地。そこにはチラホラと、染みのように点在している桃——いや、桜色の箇所が見受けられて。


 僕の記憶と知識が正しいならば、あの桜色こそ、爺ちゃんが語っていた『山桜』というやつなのではないだろうか。それとも桜に似ているだけの別植物? 

 たしか三月の暮れか、四月の初め頃に桜の蕾は開花するんじゃなかったっけ。

 今は五月の初めだし違うのか? まあ、どっちでもいいか。 


「————ん?」


 よ〜く山肌を観察していると、山の中腹辺りが線を引くように禿げていることが認められて、その線上で地を這う蟻のように小さな点がジワジワと動いていることも見えた。 

 多分だけど、あれが人里へと向かうための道路なんだろうな。背高く隆起している山々の斜肌を平行に削っていき、馬車等が並行で安全に走れるよう舗装しているに違いない。


 これは、さっきの僕の考えが的中していたわけだな。あの禿げた線上を動いているのは馬車。ってことは、ここから人里まで凄まじい時間が掛かってしまう可能性が高いな。

 なにせ目的地までの山形(やまなり)の道程が、無駄足ではないかと思わせるに足りる蛇行を強要してくるからな。


 見晴らしが頗るいいこの場所から遥か遠くを見通しても、人里があるような場所は、人が住める平地は見当たらない。

 どこまでもどこまでも『山と山と山』だけが視界に広がっている紛うことなき事実。とくれば、ここから徒歩で人里まで移動するのは困難を極めることが想像に難くはない。

 全力を尽くしたら、ここから人里まで歩いていけるだろう。けど、絶対に行きたくはないというのが正直な思いだった。


 物理的にも記憶的にも詳細な地図がない現状で、山の中に入っていくのは危険。 

 遭難でもしてみろ、死ぬぞオメエ。

 

 とりあえず、僕のことを乗せて最寄りの人里まで連れて行ってくれる馬車を探さないと、先には進めなさそうだな。

 ハザマの国に入国してきたばかりの、ソルフーレンの商車に乗せてもらおう。

 品を積む荷車は大きいから、一人が乗るくらいの隙間は空いているはずだろうしな。 

 比較的、荷物の少ない馬車を重点的に声を掛けていってみるか。

 そう考えを纏めた僕は「よし!」とリュックを背負い直して、関所の車両専用門前で馬車が通ってくるのを待った。


「————? お、来た来た」 


 陽光煌めく晴天に晒されながらの待ち惚け中。足元で転がっていた小石を靴先で無造作に突きながら持て余していた暇を一つ一つ潰していき、かれこれ十五分が経った頃か。

 僕が向いている方に存在していた関所の大門——個人が使うにはオーバーだろう大きさをしている大門が、歯車が強い力で回っているような音を鳴らして、数十分前に別離を迎えたばかりである故国ソルフーレンの顔を覗き見させた。

 

「あの、ちょっといいですか?」


 馬車一台が通れるくらいに開かれている関所の大門からゆっくりと入ってきて、足跡に車輪跡だらけの大地に新しい(わだち)を刻もうという馬車へと声を掛けた僕は、急に声を掛けられてキョトンとしている御者の男性と話す。


「ああ、誰かと思えばぁ、さっき一人で関所を通ってった兄ちゃんじゃねえか。とくれば、最寄りまでってか?」


「ま、まさにそれです! お願いできませんかね?」


「ええよ、ええよ、乗ってきな。どうせ品物を向こうの村まで運ぶだけだしよ。護衛が付いてくれるなら一安心だ」


 関所通過を最前列で見ていた御者の男性は非常に察しがよくて、何の滞りもなくトントン拍子に話が進んだ。

 値段等の交渉に時間と気力が割かれることを危惧していた僕は、思わず手に入った杞憂を胸を撫で下ろすと共に他所へ放る。


「力になれるかは不安ですけど、頑張ります。本当に助かりました……。あ、これ足りるか分かんないんですけど」


 人差し指で指示されるがまま、まだ製粉されていない大量の小麦の袋が積み込まれている馬車へと乗り込んだ僕は、続けている話ついでに事前に用意していた運賃——ハザマの国の適正価格が不明である故、用意したのはソルフーレンで内で通じるだろう百ルーレン——を差し出そうとした。

 が、ちょうど男性の肩の辺りにある、運賃に叶うかは分からない金銭を握る僕の手は、御者の逞しい手に遮られる。 


「ああ、賃はいらねえよ。ついでだって言ったろ?」


「え、いいんですか……?」


「ええよ、ええよ。気にすんなって。見たところ長旅をしよってんだろ? んな旺盛な若いのから金は取れんてさ」


「…………ありがとうございますっ!!」


「ワハハ! そいじゃあ出発するけ、荷物下ろしとき」


「はいっ!」


 心温かい男性からの言葉に顔を晴れさせた僕は、己が心に身を任せるまま勢いよく感謝を告げる。すれば男性は豪快に欠けた前歯を見せながら笑い、派手に手綱を振るった。

 

 * * *


「じゃあな、ソラ坊! 元気でお母ちゃんと会えよな!」


「はい! ここまでご親切にありがとうございました!」

 

 新天地故に右も左も分からない僕のことを最寄りの宿村まで親切に送ってくれた御者の男性が発する激励に対して、抱いている希望に比例しているのだろう口角の吊り上げ具合、まさに晴れ晴れとした表情をしている僕は感謝を返す。

 その澄み切った感謝に満面の笑みを浮かべた御者の男性は、関所の時と同様に握っている手綱をパシッと強く打ち、日が落ち切った暗がりの中を馬車で走って行ってしまった。


 既に朧げな黄昏を過ぎ去った夜の浅側である。

 今から宿村を発つということは考えられないから、去って行った御者は村のどこか、行き付けの宿屋にでも向かったのだろう。 

 大量の小麦が詰め込まれた袋を荷下ろしするのを手伝った僕も彼に倣って、どこかで夜を明かす一室を取らねばな。 


「さて、行くか」


 早朝の濃霧を想起させるほどに先がまったく見通せない、茫漠としている闇夜。それに紛れて姿が見えなくなった馬車の進路方向から視線を切り、徐にリュックを背負い直す。

 そうして軽く息を吐いた僕は、夜天に散りばんだ星々に見下ろされながら、今晩を安全に越すための宿を探しに歩く。


「…………日が落ちてるから、はっきりと見えないなぁ」


 宿を探すのに歩くならと、そのついでにハザマの国特有の建築を見てみようかなと思っていた僕は、日が沈んで薄暗いが故に手触り以外が調べられないなと内心でボヤいた。


 撫でるように触れてみれば固められた土のような感触が、農作業をしない人と比べて硬質な僕の掌から伝わってくる。

 土壁は直接燃えないから貰い火をしづらく、それ故に火事に強いって話に聞く。

 ただ適切な処置をしておかないと、主な原料が土であるから雨風にやられてしまうとも聞いた。


「…………おっ、あれは」


 そんなことを、灯火が乾いた音を奏でている村を歩きながら考えていた僕は、ようやくそれらしい看板を見つける。

 リップさんからもらった火の魔道具を用いることでここが民宿であると知り、その民宿の入り口へ足を進めていった。

 ほぼ民家である平家民宿の前に立って、いざ入らんと木製引き戸の取っ手に指を掛けると、ガタガタという重めの音だけが辺りに響き、外に出されたままの無情が継続する。

 どうやら、閂で戸締まりがされてるみたいだ。

 そりゃあ開けっ放しにはしないよな、民宿以前に民家なんだし。

 

「あの、ごめんくださーい」

 

 しっかりと戸締まりがされている目前の引き戸と違って、炊事場だろう場所にある無双窓は開けられており、一人が入り込める隙間ではないそこから漏れてきているのは、確かに住人がいることを告げる、火の暖かな生活光であった。

 それを視線で認めたからこそ、僕は中の人に戸を開けてもらい、そして泊めさせてもらおうと声を上げ、戸を叩く。すると、すぐ民宿内でアクションが起こった。

 バタバタという足音が僕の呼び声に応じて現れては、僕が待ち構えている引き戸の前まで小走りでやって来て、引き戸を開けられないようにしていた横木を退けてくれた。


「————あいあい、今開けただよ!」


 横木を取り除き、入室を心待ちにしていた僕に声を掛けたのは、言葉の端々に棘が感じられない、えらく気が良さそうな男性の声だった。

 それに人知れずホッと安心した僕は、そのまま引っ掛かりがなくなった引き戸を開けて、明るい民宿に上がり込む。


「どうもすみませんでした。夜分なのに急に来てしまって。あの、それで宿泊の方を一人、お願いできますかね?」


「ええよ、ええよ! さ、入りなさい。寒いでしょお」


「ありがとうございます。それじゃあ、お邪魔します」


 戸締まりの横木を取り払ってくれたのは、亀の甲羅を模したのだろう模様が施されている赤い半纏を着込んだ、見たところ七十歳後半くらいのお爺さんであった。

 お爺さんはどこまでも寂しい闇夜に曝されている僕のことを客人に驚いている顔で認めた後、家の中へと早く入るように言う。

 その心優しい誘いに空虚だった胸の内を温かくした僕は感謝を口にして、踏んでいる土間から、少し高い段差の先にある居間の方へと、靴を甲斐甲斐しく脱いで向かった。


 漆が塗られているからこそ黒色に見えなくもない、濃い茶色の床板に柱。どことなく安心してしまう、暗色の内観。

 他所の家ということを忘れて転寝したくなるそんな居間の中央には、定期的に入れ替えているのだろう綺麗な灰で満ちている、ソルフーレンでは見慣れない囲炉裏があった。


 囲炉裏の真ん中には形が確かな木炭が綺麗に積み置かれており、ほんのりと赤く輝いて、家屋の中に温もりを流す。その温もりを浴びているのは、僕を招き入れてくれたお爺さんの伴侶だろう、お爺さんと比べて膨よかなお婆さんだ。

 

 お婆さんは急な来客だろうに顔を悪くすることなく、民宿も兼ねている家に入ってきた僕に優しい微笑みを向けた。


「あんらぁ、若いお客さんだこと。ほら、そこに座って座って! 今お餅焼いてるから、たくさん食べてってね〜」


「わっ、ありがとうございます、お婆さん。まだ夕食を食べてなくて、お腹ペコペコだったので本当に助かります」

 

 囲炉裏で暖を取っているお婆さんは、僕が座ろう空いている空間に、手の届く範囲にあった座布団を敷いてくれた。

 それを横目にしながら、誰の邪魔にならないだろう居間の端っこに背負っていた重い荷物と着ていたコートを置いた僕は、お婆さんに指で指された通り、そこへと腰掛ける。

 僕が柔らかい座布団の上で胡座を掻いたのを見届けたお婆さんは、丸くした目を僕に向けて、正直な思いを口にした。


「あらまぁ、あんたくらいの年頃はモリモリの食べ盛りでしょうに! それじゃあおじやを用意したげるわねぇ!」


「えっ、でも、お爺さんたちはもう夕食を食べ終わってるんじゃ……。わ、悪いですよ、僕だけのためになんて」


 寂しい夜風に当たっていた僕は、囲炉裏の温もりを向かわせた両の掌で感じつつ、お婆さんの心遣いに言葉を返す。

  

「そんなこたぁ全っ然気にしなくてええだよ〜。ワシらはもう爺婆でしょ? だから食が細ぉくなっててな、食材が余っとるんよ。んだから若い子が沢山食べてくれると助かるんだ。だから遠慮せんで、いっぱい食べてってくんろ」


「爺の言ってる通りよ。婆たちはお腹が空かんから、餅だけ食べて寝ようとしてたんよ。だから気にせんでよ〜」


 僕がした配慮など杞憂であると暗に告げている、優しい表情の老夫婦。それに困ったような、それでいて嬉しそうな顔をしてしまった僕は、コクリという頷きをした。


「…………それなら御言葉に甘えて。御厚意、本当にありがとうございます、お爺さん、お婆さん」


「あはは、爺婆なんかに遠慮なんてしなくて、いいのいいの。さ、爺さんは漬物取ってきてな。婆は鍋を見とくけ」


「あいあい」


「あっ、手伝います!」


 孫を見るような目をする老夫婦に対し、気恥ずかしい苦笑をしてしまった僕は、僕のために用意してもらうことになった夕食の準備を、自分にできる限りで手伝うのだった。


 そして、お婆さん特製のキノコのおじやを三人して食べながら、僕は二人に聞かれる形でソルフーレンの話をする。

 血の繋がりはないけれど、しかし、実の家族の間に流れるような朗らかな空気が確かに感じられた、短い団欒な時。

 

 それはあっという間に過ぎて、獣の遠吠えがどこからか聞こえる暗夜は明けた。

 母探しのことを教えた僕は老夫婦に勧められる形で、ハザマの国の中心にある、世界一の大桜樹——それを囲うように栄えている、ハザマの国の首都『サクラビ』へと向かう。


「絶対、また来ます。それじゃあ…………行ってきますっ!!」


「あい、行ってらっしゃい、ソラちゃん。体にも心にも、十分に気をつけるんだよ」


「サクラビは遠いから、気をつけて行くだよ」


 朝が来て、それに続く別れの際に。昨晩と今朝の団欒を既に恋しんでいながらも、受け入れた旅立ち。精一杯の声を出して挨拶をする僕に、お婆さんとお爺さんが微笑んだ。

 そうして、僕はサクラビがあるという北を目指して歩き出した。大きく、確かに、にこやかに微笑んでいる二人に手を振って——。

大幅にハザマの国編を修正することにしました。前のままだと30文字を超えることになったと思うので。

おそらく20万文字いかないくらいでハザマの国編は終わります。

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