第18話 熱くなりすぎ『リップ』さん
四月十六日の早朝。現在時刻は午前の六時半が少し過ぎた辺り。短針が六を刺すよりも前に起床して早々に出発の支度を済ませていた僕とエリオラさんとリップさんの三人は、三十分遅い起床を果たしたアミュアちゃんの支度が終わるのを待ってから宿を出て、首都の大西門へと向かった。
太陽が顔を出してすぐの時間帯のせいか、外を出歩いている人は昼間よりも断然少なく。新聞配達をする人や開店の準備に追われている人、ウォーキングをする健康志向な人など、昼間見ない人々が朝霧に覆われた都に現れていた。
「はゎぁ〜〜〜っ……んぅ。ソラ、眠いから負んぶして」
「ええーーーっ、昨日あれだけ負ぶったのに?」
「アンタに拒否権なんかないっつーの! しょいっ!」
「っとと……はあ。もぉー…………」
「ほらほら! 文句なんか言ってないでハキハキと進みなさい!」
ただでさえ同室の子の鼾で熟睡できておらず、昨日の長距離移動での疲労が解消し切れていないっていうのに。
そんな思いを喉奥まで込み上げさせつつお嬢様を不機嫌にさせるのはいけないと泣く泣くながら堪えた僕は、唐突に手渡せれてしまった蒼宝玉の杖を片手にしながらアミュアちゃんのことを背負って歩き、道中で立ち寄った有名らしいパン屋で「朝から油物っスか」と言われながらコッテリ揚げパンを購入。それを美味しそうに齧った。
さすが有名店と言われているだけはある。と絶賛できる揚げパンの味に舌鼓を打って『ホクホク顔』をしていた僕。
その様子を僕の顔の真横にあった目で認めたのだろうアミュアちゃんが、唐突に「一口だけ頂戴よ」と言ってくる。
紛れもない朝食であるサクサク食感の揚げパンを「ゴクリ」と大きく喉を鳴らして飲み込んだ僕は、右肩から顔を出してそんなことを言ってきたアミュアちゃんにジト目を送って「さっき『苺のクロワッサン』食べてたじゃん……」と言った。
そう。アミュアちゃんは「これがいい」と言って、ピンク色をした『苺のクロワッサン』を僕に買わせていたのだ。
これまでの宿泊費や食費等の出費はエリオラさん達に全額出してもらっていたからこそ彼女に食事を奢るのは別に良いのだけども、今日は丸一日壁外を歩き回りそうなのに、力の源になる朝食を減らすのはなぁ——という思いが強く。
空腹で力が出ないなんてことは極力避けたいが、それを伝えたとして我儘お嬢様が引き下がるわけがないからなぁ。
「そんなの関係ないわよ! お腹空いたから一口頂戴!」
ほらな、やっぱり。本当に分かりやすいよ、このお嬢様は……。
「はぁあ……。一口ね? 本当に一口だけだからね?」
たった数日程度の付き合いではあるものの、幼稚な彼女が『普通の一口如き』で終わらせないと理解していた僕は、どうせ限界まで口を広げて丸っと齧り付くに決まっている、と。スッと細めた疑いの目を肩から顔を出す彼女に向けながら、手に持っていた齧り跡のある揚げパンを差し出した。
「それで良し! ふふっ。それじゃ……あーーーんっ!」
そして案の定、限界まで口を開け広げたアミュアちゃんは、僕の揚げパンの『半分以上』を頬張っていきやがった。
「ほらあ! やっぱり『一口の大きさじゃない』じゃないじゃん! 僕の朝食なんだよ、これえ!」
「良いじゃん! そんな小さいこと気にしないの!」
「全然小さくないんだが。もぉーーー」
「あははっ、牛になってる」
「もう、牛になりたい気分だよ…………はぁむっ。んぅ」
「ふふっ。すごく美味しいでしょ、それ」
「はぁあ……めっちゃ美味しいよ、これ」
予想できていた通りのことが目の前で起きて、堪らずといった風に溜息を吐いた僕は残りの半分を一気に平らげる。
可愛げのある欲張りさんのせいで元の半分以下になってしまっていた朝食を摂り終えた僕が、ふと前に視線を戻すと目的の『大西門』がすぐそこまで迫ってきていた。
視線を六十度ほど上げなければ天辺が見通せぬほどに巨大な『大西門』には甚だしい既視感を感じさせられて、それは僕がフリューの地を踏むために通った『大東門』と寸分違わないそっくりそのままな造りをしているからだろう。
して、ようやく到着した大西門の前には武装をしている、言い方は悪くなるが、えらくガラが悪い冒険者が統率なく闊歩していた。それに何事かと僕が不思議に首を傾げていると、僕の斜め後ろを歩いていたリップさんが耳打ちをし、
「あれは他冒険者とチームアップをせずに魔獣討伐の報酬を全額抱え込もうとしている人達っスよ」と教えてくれた。
なるほどな。ここに集まってきているいかにも一匹狼をしていそうな冒険者達は、他の同業者と協力せずに魔獣の発見討伐報酬を丸々いただこうとしているんだな。
三日前の大東門での集まりは『協調性』がある冒険者達ばかりだった覚えがあるんだけど、ここは一味違いそうだ。
先着している全員が醸している雰囲気や浮かべている表情、一挙手一投足の隙の無さで生ず緊張感。それを肌で感じてしまえば言葉よりも分かりやすく、ここにいる連中は皆、いつどのような場面でも、どんなに危機的状況であろうとも他冒険者——言い方を変えれば『ライバル』を蹴落してやるという意思を掲げていると理解できた。
そんな人達が素直に情報提供をしてくれるとは全く思えないのだが。エリオラさんトリップさんの二人は数人で群れていた冒険者の集団のところへと魔獣についての話を聞きにいってしまい、残された僕は厳つい冒険者達に『あれ? アイツ武装してなくね?』という好奇の視線を向けられて、ただただ居た堪れなく、肩を小さくした。
『え、エリオラさんっっっ!? あ、あのっ!?』
『うぇっ、ファ、ファンです! 握手してください!!』
『ま、魔獣の情報っすかっ! 情報交換なんてとんでもねえです! 俺らが知ってる限りでよければなんでも!!』
『そう? それなら助かるよ。ありがとう、君達』
『『『へっ、へへへっ! いえいえっ!』』』
暇をするアミュアちゃんと地面に転がっていた小石を蹴り合いながら時間を潰し、かれこれ数分。集団との情報交換——というにはあまりにも情報を押し付けられていた、冒険者の間でも人気者らしいエリオラさんの話を盗み聞きしていた僕は、差し出された情報の内容は知ってしまっているものの苦笑するエリオラさん達と合流し、
「どうでした?」と、エリオラさんに先程の成果を尋ねた。
「予測通り。西のフリュー大森林で魔獣を発見した者がいたみたいだ。魔獣のシルエットは四足の犬型。想像に容易いけど足が頗る速いタイプだよ。見つけた時は走り負けてしまったようで、そのまま見失ってしまったそうだ。それでこの辺りの冒険者達は魔獣潜伏地が大森林であると決定付けて、昨晩の内から動き回っているようだね」
エリオラさんの話が終わり、リップさんが注釈を入れる。
「昨日のうちにその魔獣の発見報告が冒険者間にばら撒かれたみたいで、大森林には首都中の冒険者が集中してるみたいっスよ。大森林の手前は粗方荒らされているでしょうから、ウチらは初日から『森の奥』に行かなきゃっスね」
「なるほど」
フリュー大森林。これは昨日の晩、ホテルのリビングで行われた作戦会議で一行が西方へ向かう切っ掛けになったやつだな。エリオラさんとリップさんが挙げた予想は、針の穴よりも小さな『的』へと見事に的中したというわけか。 それに対し、この場で拍手して「すげえゃっ!」と二人のことを褒め称えたい気分になったものの、さすがに公衆の面前で騒ぐ勇気がなかった僕は心の中で拍手喝采を送る。
冒険者という仕事柄と言うべきか、数多の経験と場数で培ってきた第六感のようなものが二人にはあるんだろうな。
さすが強面の冒険者ですら諂ってしまう熟練の冒険者であるエリオラさんとリップさんだ。それに比べてさぁ——
「そんな話したっけ? 聞いてないんだけど。そもそも作戦会議ってなに?」と恥ずかしげもなく言って、キョトンとした顔をする『冒険者・笑』のアミュアちゃん。
あまりにも予想通りが過ぎる発言にエリオラさんとリップさんは苦笑して肩を竦め、僕は呆れた表情で首を折った。
やっぱり話をしっかりと聞いてなかったんだな、この子は。っていうか、参加してたよね? あれ? 居たよな?
自分の記憶を疑いすらしてしまう思いを胸中で波紋させた僕は「昨日のホテルで作戦会議したじゃん……」と言う。
しかしアミュアちゃんは「ふーん。そ。覚えてないしどうでもいいわ」と言って、プイッとそっぽを向いてしまう。
そんな我儘お嬢様に対して、エリオラさんは仕方ないなというような大人の笑みを溢し、大西門の方向を指差した。
「それじゃあ。準備は整っているし、早速出発しようか」
「は、はいっ!」
エリオラさんの後に続くように僕と隣でまだ小石を蹴っているアミュアちゃん、そして最後尾をリップさんが歩み、魔獣討伐組の一行は大西門の検問所前へ向かった。
そこで大西門検問所の検問官——門衛の男性に自分達は冒険者であると伝え、ゲートを開けてもらって壁外に出る。
『魔獣の捜索——そして即座なる討伐』
この二つの内の『魔獣捜索』が世話になりっぱなしだった僕に与えられている仕事、カッコよく言えば任務である。
自他共に認められるくらい『ど素人』である僕が、いきなり爺ちゃんのオンボロナイフで魔獣を討伐するなんて不可能なのは間違いなから、この役職は妥当と言えるだろう。
もしも僕が狙っている魔獣を発見してしまった場合、スイッチ——入れ替わる形で『剣士のエリオラさん』もしくは『魔法使いのアミュアちゃん』が魔獣を討伐する算段だ。
最悪、魔獣を発見できなくとも『目ぼしい場所』にリップさんが罠を張って、様子を伺うというのも一つの作戦で。
「うわ! すっごい冒険者の数…………」
「情報が回るのが、かなり速かったっスからね…………」
軽めの手続きを終えて壁外の土を踏んだ僕達の目前、門を出てすぐの門前には同業者——例の魔獣を狙っている冒険者が数多く集まっていて、そのことを認めた僕は『魔獣発生の情報規制とかできてんのか?』という疑いを抱いた。
足並みが揃っている様子ではない冒険者は律儀に「お前等はどっちに行く?」と、まあ『俺等は向こうに行くから来るなよ』ということだろう話の押し付け合いをしていた。
話し合いというにはあまりに押し付けが過ぎているものにエリオラさんは進んで参加しに行き、門前で残されてしまった僕達三人は冒険者の集団から離れた場所で待機する。
なにがあったと思える夥しい傷が目立つ顔面。その強面に引けを取らないくらい厳つい装備。あまりにも近寄り難い雰囲気と風貌、そして格好をしている冒険者達に物怖じすることなく、話し合いに参加しに行ったエリオラさんに尊敬の眼差しを送りながら、僕はこれからのことを考えた。
首都フリューを出て、西方へと少し進んだ場所にある大森林は、ここから徒歩で二時間ほど進んだ先にあるそうだ。そのことを考えて、ふと思ったことを隣で荷物を漁っていたリップさんと、小石を蹴るアミュアさんに問い掛ける。
「森に潜んでる『獣』って、大分危なくないですかね?」
率直な疑問。冒険者はその道のスペシャリストであるということは重々承知なのだが、大森林で息を潜めている獣は冒険者にとっても『危険』なのではないだろうか?
いきなり草木から飛び出してきた魔獣に首を噛まれてしまったならば、致命傷になって死ぬことは想像に難くない——のだが。
「私が居るんだから大丈夫に決まってるわ! だから戦わないソラがなに考えても無駄よ! ドンと構えてなさいな!」
と全く質問の答えになっていない返答をするアミュアちゃんに困ったように眉尻を下げた僕は、ガサゴソと自分の荷物を漁っていたリップさんに視線を送る。
「いやぁ、ソラさんの疑問は尤もっス。視界が開けていない森林で犬型魔獣は脅威っス。油断してると手足を持っていかれますし、樹上に隠れている可能性があるんで、下方だけでなく頭上も警戒しとかなきゃいけません。私みたいに戦えない人間が生き残るには『考える』しかない。強くなっても考え続けなきゃ、いつかは死ぬっスよ」
リップさんは分かりやすいくらい『油断慢心を唯我独尊を地で突き進んでいる』アミュアちゃんに対して致命傷になりうる極太の釘を刺すように、そんなことを言う。
「はあ? 油断なんてしないし! そもそも私は負けないし! だから死なないし!
この私が魔獣なんかより弱いわけないんだし! リップのくせに生意気よ!!」
ダメだこりゃ。折角リップさんが気付きを与えてくれていたのに、アミュアちゃんはそれに腹を立ててしまったよ。
馬鹿にされたと思っているのだろう馬鹿お嬢様は顔を真っ赤にしながら『キィーキィー!』と甲高い声と共に激しく地団駄を踏み、自身の怒りを分かりやすく表現している。
こんな感じだと一度や二度だけ灸を据えたところで、彼女は一生『大人』にはなれないだろうな——と僕は思った。
そして大地に理不尽でしかない怒りを打つけるだけには飽きたらず、虚無顔を浮かべている僕の首に脚を回し乗ってワシャワシャと髪を弄り始めてしまった彼女を無視する僕は、困り顔を浮かべるリップさんに尊敬の言葉を送った。
「流石、リップさん。カッコいいですね」
「うへっ!? へっ、へへっ、そっ、そっスかねぇ……うへっ。え、えっとぉ——」
「え?」
まるで悟りをこの場で開いたかのような遠い目をしている僕が発した「カッコいい」という褒め言葉を受けて、リップさんは慣れない嬉しさで頬を染めて、左手で頭を掻く。
彼女なりの照れ隠しなのか、はたまた僕の言葉でなにかしらの『スイッチ』が入ってしまったか。それは分からないものの、唐突に「ウンタラ」と超高速な舌捌きで聞き取れない何かを話し出したリップさんに僕は目を剥いて、首に股と全体重を乗せていたアミュアちゃんは目を点にする。
一体全体、残像すら見える高速の舌捌きを披露する彼女は何を伝えようとしているのか。そんなことを胸中で波紋させながら必死に耳から取り込んだ音を飲み込もうとする僕はしかし、一言一句すらも聞き取りことができず、もう無理だと諦めて、両腕を組みながらコクコクと頷き始めた。いかにも『アンタの話は聞こえてるぜぇ!』という僕の様子を見たリップさんは、一段と舌捌きのスピードを上げる。
ペラペラと、なにかしらを一方的に語り続けるリップさん。うんうんと話を聞こうとしているが聞き取れていない僕。両者に対して謎に驚いた様子を見せるアミュアちゃん。そんな三者三様の様子を遠目で頭を抱えながら見守る、冒険者集団との話が終わってここに戻ってきたエリオラさん。僕とリップさんを側から見れば、新手の楽士団か何かだと勘違いされるくらいに『ノリ』に乗っていた。それに『ショー?』と勘違いして集まってきた冒険者達が見つめる中で、とうとうリップさんの話が終わる。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…………フヘッ、ということっス!」
「ぅんー…………………………へぇーー」
楽しそうに頬を染めるリップさんには悪いけど、結局なんっにも聞き取れなかったなぁ。なんの話をしてたんだ?
「ねえ、ねえってばっ!」
遠い目をしながら蒼穹を見つめていた僕のコートを引っ張ってきたのは、一緒に話を聞いていたアミュアちゃんだ。僕に対して何かしらを聞きたい様子を端々から窺わせている彼女は、キラキラと星のように煌めいている無邪気な笑顔を浮かべていて。
「…………どうしたの?」
「リップの『アレ』が聞こえてたんでしょ? なんて言ってた? 教えてよ!」
ああ、アレね。アレ。興味津々な彼女には悪いけど——。
「なんにも聞き取れなかった!」
「「え?」」
「三人とも、そろそろ行くよ!」




