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蒼風のヘルモーズ  作者:
『ソルフーレン』編〈1〉

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第14話 聖女(?)の槍が振るわれて

「かぁああぁ……う、ぅん……ぐがっ……すぴぃー……」


 日付が変わってしばらくしてから眠りについた僕は、安らかな寝息と鼓動を聴かせていた沈着な鼓膜に確と響いてきた『ゴゴゴ』という揺れにより、まだ寝ていたいと訴えてきている頭と体の意志とは裏腹に敢え無く覚醒に至った。


 ピクピクという微動により、何物も存在しない睡眠世界から意識が浮上したということを側に知らせる僕の両の瞼。固く閉ざされている瞼に重く伸し掛かっている疲労から来る眠気を頭頂部のみを出すように被っていた毛布を退けて、動かした手で目頭を擦ることによって跳ね除けた僕は、のそのそとした活力一切なしの動きで横倒しにしていた上半身を、あまりにも寝心地が良いベッドから渋々に起こす。


 そうして、意識覚醒から一、二分後に身を起こした僕は、


「うぅぃ〜〜っ…………はあぁ…………ぅんん?」

 

 という大きな背伸びをして、僕を起こすきっかけとなった謎の大音声を部屋中に響かせている『猛獣』の方を見た。

 色々なことがあった夜更け、激しい争いがあったものの隣のベッドに寝かせてあげた猛獣であるアミュアちゃんは、僕の視線の先で俄に信じられない大音量の鼾を掻き鳴らしていて、僕は顔を顰めながら寝癖が付いている頭を片手を使って雑に掻く。

 

 熟睡をしていた僕ですらつい起きてしまうほどの大音量の中で、未だに、


「ぐぅー、ぐぅー、ぐぅーぅがっ…………すぴぃーー」


 と眠ったままでいる太々しいアミュアちゃんは、どうやら両方の鼻腔が完全に詰まっているみたいで、故に大きな鼾を掻き、消去法たる口呼吸で開きっぱなしになっている口腔から大量の涎をダラダラと、いつの間にか抱き枕にしている、推定で『九〜十一歳』程度の彼女が有している小さい身体からしたら全く採寸が合っていないだろう、大人用の亜麻色のワンピースに『びっちゃり』と付着させてしまっていた。

 

 そういえば寿命が他種族と比べて長いエルフは始原から森林地帯を好んで暮らしていて、緑が存在しない場所には住むのを拒んでいたってカカさんに教わったっけ。だから緑少なな都会の、言ってしまえば汚れている空気に身体が適していないのかも。


「ぐごぉー……ぐがっ……ずびぃー…………ぐぐっ」


「………………」


 居間で昼寝中の爺ちゃんも、たまに大きな鼾を掻いていたりはしたけど、二度寝を妨げるほにどキツくはなかった。ぶっちゃけ、ここまで強烈なものはもはや鼾などではなく『唸り声』と言っていいくらいだ。このレベルのものだと鼾を掻いている本人の健康状態が心配になってくるぞ……。大丈夫なのか? 喉が痛めてないといいが。

 

「グゥゥ……かぁあああ……スピィィ——…………ぐがっ」


 正直に言うと二度寝をしたいくらい強烈な眠気を感じてしまっているのだが、こんな状況で二度寝とか無理過ぎるな。

 仕方ない。日は昇っているようだし起きるとするか。

 僕は頭に重く伸し掛かっている眠気を手で掻くことによって払い退け、半目になりながらベットから立ち上がった。


「……………う、うわぁ」

 

 唸り声の如き鼾を轟かせているアミュアちゃんに視線を向けると、夢で昨晩の戦闘を続行していたのか? と思えるくらいにベッドがグチャグチャに荒らされていた。


 どうやら彼女は『寝相も』悪いらしい。


 寝巻きのワンピースを裏返して大胆に腹部を晒す彼女は、昨日僕に見られて恥ずかしがっていたオレンジの下着を堂々と晒している。掛けてあげた掛け布は派手に蹴飛ばされて床に落ちてしまっているし、眠っていて寒くはなかったのだろうか?


 そんなことを寝癖を弄りながら考えていた僕は、本当に手の掛かる子供だなと軽めの溜め息を吐きつつベットから落ちかけていた彼女を抱え、真っ直ぐに寝かせ直す。

 ついでにほぼ裏返しになっていた寝巻きも直して、下に落ちていた敷き布を拾い、身体の上に掛けておいた。

 

「はぁ〜〜〜…………」


 朝からの一仕事を終えて大きな欠伸をした僕は、部屋の片隅にポツンと置かれたリュックを漁る前にググッと背伸びをし、そして取り出した普段着に着替えはじめた。

 寝巻きを脱ぎ、いつものワイシャツに腕を通した僕はふと、朝日が抜ける締め切られたカーテンに近づき、就寝中の子を起こさないよう音を立てずにそーっと開けた。

 

「うっ!」


 厚いカーテンを開けるとホテル四階からの美しい光景——は霜のせいで見えず。霜付いた窓から咄嗟に目を窄めてしまうほどの鮮烈な陽光が部屋に入ってきただけで。

 僕は眠っているアミュアちゃんの方に陽光が行かないよう、カーテンを調整しながら霜で外が見えない窓を開けた。

 

「————! おぉー……!」

 

 ゆっくりと窓を開けた僕の視界に広がったのは、東の空から昇りゆく陽光を反射し煌めいている『朝露』であった。 

 首都全域に降りてきている冷えた朝特有の霧は昨晩に見た、地上にある星々を想起させる景観を覆い尽くしていて。 

 白霧が朝日を浴びて『キラキラ』とした輝きを放っているその光景は、まるで天空を揺蕩う雲の上であるかのよう。

 それ故に、眠るアミュアちゃんを忘れたように窓を全開にしてしまっている僕は無意識に窓辺から身を乗り出して、


「スゲェー…………」


 と茫然自失に大きく開いてしまっている口をそのままに、白に染まりきっている圧巻なるフリューの景色に見入った。

 すると突然『バタン!』と、やや重たい何かが段差から落ちたような大音量が静かだった部屋の中央付近から鳴る。


 それに景色から視線を切った僕が振り向くと、無視できぬ大きな鼾を掻きながら眠っていたアミュアちゃんの姿がベッド上から消えて無くなってしまっていた。

 

 もしかして……と思い、極力足音を立てないように使用者が消えているベッドの方へ歩いていくと、ベッドの横には落下してしまった掛け布と、その掛け布の下敷きになっている、もっこりとした『人型』の膨らみが存在していた。

  

 二度言おう。どうやら彼女は『寝相も』頗る悪いらしい。

 

 数瞬前に何が起こったのかが容易に想像できてしまう一目瞭然の光景に『ありゃりゃ』と額に手を当てた僕は、寝相のせいで落下したのだろう手の掛かる子供を抱き上げて寝かせ直すために、そっと手を伸ば——そうとした寸前で、


 もしかしたら起きて早々に「忘れないガアアッッ!!」


 と、けたたましい『獣叫』を上げながら飛び掛かってくるのでは? という有り得る可能性が脳内を走り抜け、僕は少なくない親心がある故の行動をピタリと止める。


「…………安全のため、まずは着替えを済ませておくか」


 嫌な想像に汗を湛えかけた僕は、ピクリとも動かない人型の膨らみを一旦は放置し、途中だった着替えを済ませた。そうして『逃げられる』用意を完了させた僕が、床で横たわるアミュアちゃんへと手を伸ばした——まさにその時。

  

 突然、人型に膨らんでいた掛け布がワサワサと蠢いた。

  

「………………? …………ぅ?」


 どうやら昨夜に大暴れした、怒れる猛獣が深き眠りから目を覚ましたようだ。寝て覚めても怒り心頭の状態が継続しているとは思えないのが正直な所だが、どうだ?


「おはよう、アミュアちゃん」


「ぅん」


「はい、備え付けの水だよ。喉は痛くない? 大丈夫?」

 

「ぅん」


「着替えってこれだよね? ベットの上に置いとくね」


「ぅん」


「髪の毛が寝癖でぐちゃぐちゃだね。よく眠れたかな?」


「…………っすり寝れた……」


「…………おはよう?」


「…………ぉはよぅ……」


 おおーっ! どうやら怒れる猛獣は良き睡眠と良き目覚めを経たことによって、この世界から去っていったようだ。

 ここにいるのは既に猛獣ではなく、ただのエルフ族の少女。故に襲われるような心配は杞憂。安心していいはずだ。寝惚けているのは懸念点だが、まあ、平気平気。


「それじゃあ、僕は顔を洗ってくるからね」


「ぅ………………ぅぁ? …………ぅん?」 


 言葉を掛けても『うつらうつら』としているアミュアちゃんに苦笑した僕は見境がない猛獣にならなければ可愛いのにな——と、まあまあ余計なことを思いながら一言を置いて、日が差して明るくなっている寝室から出ていった。そうして朝から一安心できた僕が足を踏み入れた場所は、昨晩は紛れもなき戦場であったリビングルーム。


 子供を除いた三人が眠りについたのは日付が回ってしばらくした午前の二時過ぎた頃であったため、まだ誰も起きていないんじゃないかな? と思っていたのだけど。

 

 リビングには誰よりも先に起きては、昨日と同じ貴公子然とした服に身を包んでいる凛としたエリオラさんが居て、彼女はソファに腰を沈めながらホテルエントランスで買ったのだろう朝刊を片手で器用に広げて読み、空いている手で櫛を扱い、湯浴びをしたのか濡れている髪を梳いていた。


 使わせてもらった寝室から出てきた、エリオラさんと同じく昨日と同様の格好をしている僕と目を合わせた彼女は、


「やあ。おはようだね、ソラ君。よく眠れたかい?」と大人の柔和な笑みを浮かべながら言った。


 僕はそれに対して「おはようございます、エリオラさん。えっと眠れはしたんですけど、鼾が」と苦笑しながら言う。

 

 すると彼女は「ふふふっ。だから私は、私の部屋で眠りなよって勧めたんだよ?」と意地悪そうな笑顔を浮かべた。

 

 その冗談で言っているのか、はたまた全く冗談のつもりではないのかが一切分からないエリオラさんがした軽口に、


「はは、ははっ、はははは…………っ」と。


 貴方も末恐ろしい獣の目をしていたんですけどね——という思いを奥歯で噛み潰して出てきた必死の空笑いを返す。

 僕がした空笑いの返事として『諦めないよ?』と目で伝えてきているエリオラさんに笑い掛けられながら、ゾッとする恐怖で言葉を失ってしまった僕は無言のままにそそくさとリビングを通って、顔を洗うため脱衣所に移動した。


 ホッと何事もなく脱衣所まで移動することができた僕は脱衣所にある洗面台の前に立ち、下げた視線の先にある銀色の『蛇口』というものをキュッと捻る。すると捻ったことが契機となりて『ノズル』なる物から『ジャァーーッ』という音を鳴らしながら確かな量の『冷水』が流れ出てくる。


「おぉーー…………やっぱりスゲーー…………っぶはっ」


 至極簡単に出てきてくれた冷水になんとも言えない感動を覚えていた僕は、差し出した手皿に水を溜めて顔を洗う。


 記憶に新しい終戦の夜、文明の利器に触れて興奮を露わにしていた僕に笑みを溢していたリップさんから浴室のシャワーや蛇口の使い方、それに壁に埋め込まれた『スイッチ』を押すと、部屋に灯がつくことを教えてもらったのだ。


 あまりにも触れる未知の設備が未来的で「スゴスゴスゴッ!」としか語彙のない僕は言えなかったが、しかし全身全霊の感動を表情に広げていた僕を引き連れて部屋にある全ての設備を紹介してくれたリップさんは、まるで自分が誉められているかのように「ふへへ!」と頬を染めていた。


 浴室内の壁に設置されている、軽い取り扱い可能な『シャワー』とかいう文明の利器も、エレベータなる移動機を作り出した『魔道国』の技術を用いて地下から引いている水を温めているとかなんとかで、浴室近くで火を焚いている様子も無しに湯気が立つ暖かなお湯が出てきたし、シャワーもシャワーで手押しポンプを使わずに水を出せるとか、本当にすごい便利な時代が来たものだと感心してしまうよ。

 

 このホテルには話に聞く『水道』が通っているのだろうが、都会は湯まで簡単に作れるのかぁ——と、僕が住んでいたド田舎村と大都会との『差』を如実に感じてしまえる。

 魔道式湯沸かし技術が村にあったなら。水を簡単に引ける水道技術があったなら。村生活は段違いに楽になるはずなのな。

 そんな夢物語でしかないことを考えながら顔を洗い終え、顔を拭かずに歯を磨く。


「ぺっ…………んん……ふぅ〜〜……スッキリした」 

  

 顔を濡らしたままで丁寧な歯磨きを終えた僕は、顔をもふもふの高級タオルで拭いては真正面にある鏡で汚れが残っていないかを確認。

 そうして万全の状態を目視で確認した僕は『スッキリしたぁ』という曇りなき明るい表情で洗面所から身を離し、リビングへと戻るために脱衣所を出た。


 寝不足から来ていた頭に絡み付くような眠気も気付けかとばかりに冷え冷えとしていた水と共に流れ落ち、僕が調子良さげな鼻歌を奏でながらリビングに戻っていく。

 

 そして、何の障害もなく到着した広大なリビングルーム。


 そこには何故かエリオラさんの姿はなく。彼女の代わりと言わんばかりにリビング中央で仁王立ちをしていたのは、まるで敵物を前にしている猫のように髪の毛を目一杯に逆立てている、既視感甚だしい『寝巻き姿の猛獣』であった。

 

 ぷるぷると肩を震わせている猛獣の手には、高価なものだと一目で分かる『蒼宝玉の杖』が強強しく握られており、それを認めてしまった僕は最大限の警戒を場に展開するが、しかし時折聞こえてくる『グスッ』という少女の嗚咽により、僕は取りたくて仕方ない逃げの一手を封じられていた。


 故に慎重に互いの距離を測って、もしもの事が起きたら逃げられるように間合いを残している僕の存在に気が付いた猛獣は、ゆっくりと僕の方へと首を動かしていく。

 

 そうして腰を低くして警戒している僕の方へと向けられた猛獣——否、アミュアちゃんの顔は何故か真っ赤に染まってしまっており、目には大粒の涙が浮かんでいる。

 

 まさか、まだ昨日のことを怒っているのだろうか? 


 急展開されたこの状況に明らかな瞠目をしてしまっていた僕が、心配しているものの警戒を怠ることなき面持ちで、


「どうしたの……かな?」と、彼女に人の言葉が通じるのかの確認をすれば、向けていた顔をゆっくりと俯けてしまった彼女は硬く閉ざしていた口を開き、声を発した。 


「ぉはよぅ…………ぉはよう……おはよう」


「うぇ!? え、あっ、うっ、うん! お、おはよう」


 予想だにしなかった突然の『挨拶』に動揺を来した僕が、多大に言葉を詰まらせながらも返事をすると、その返事を受けて、ほんの一瞬だけ俯けていた顔を上げたアミュアちゃんは再び口を閉ざし、


「ふ、ふふふ」と肩を揺らし笑う。

 

 その一連のアクションに底知れない『恐怖』を感じてしまった僕は一歩だけ後退りし、彼女から少し距離を取った。

 

 もしかしてベッドから落ちた時に頭を打ってしまったのではなかろうか? そんな的外れに違いないことを思った僕が「アミュ——」と声を掛けようとしたその瞬間。


「うがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」


 僕の声を掻き消さんばかりに部屋中に轟いたのは、耳を劈くような『大叫声』であった。人の言葉を捨てて、獣へと落ちてしまったアミュアちゃんから発される『度を超えている大音量』に、僕は反射で身体を仰け反らせてしまう。


 そして感じた——怒りを超えた明確なる『殺意』を。


 大音量が掻き消えると共に発せられた殺意の波動にゾッと肌を粟立たせた僕は、思考すら置き去りにする形で全力の逃走を開始した。して僕の逃走と同時に、再び大叫声を打ち上げた『獣』は走る僕の背に向かって『突撃』を開始。

 

 彼女の手に握られている『蒼宝玉の杖』の先端には『半透明な刃』が生えてきており、その刃渡は三十センチほど。


 それはもはや杖ではなく、歴とした『槍』と言える物に変わってしまっていて。その切っ先を突き刺そうとばかりに向けられている僕は、全身の血の気を引かせた。

 

「死ねエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!?」 


「う、うわあああああああああああああああああああああああああああっっっ!?」


 全身から汗を噴き出させた僕は全力で、槍と化した杖を構えて突進してくる殺意の獣から部屋中を駆けて逃げ回る。

 狩る獣と狩られる獲物しかいないリビングの中を形振り構わずに逃げ走っているまさに獲物たる僕に対して冷静なフェイントを入れてくる、思いの外に理知的な猟獣。


 それに「急になんなんだよ!?」と悪態を吐きながらも、意外に手早い突き攻撃で急接近してきた槍を僕は回避する。

「ふんッッッ!」と気合の入った声を発する猛獣は走り逃げる僕の背中を執拗に突き狙ってきて。マジだ。この人、マジで僕を刺し殺す気だ——と、殺意に濡れている猛獣の眼光を認めて僕は顔を真っ青にさせた。 


「死ね! 死ねぇっ! お前を殺して私も死ぬっっ!!」


「だからなんでぇっ!?」


 まるで裏切られたような涙を散らし、意味不明な発言をするアミュアちゃんに、僕は声を裏返しながら助けを叫ぶ。そして突き出させた槍の矛先が僕の背中を掠め、三枚くらいしか枚数がないワイシャツの背中部分がスッパリと切り裂かれてしまった。


「うあっ!? ちょっ、えっ、エリオラさんっっっ!! エリオラさんっっっ!?」 


 打つ手なく獣とソファ越しに対峙してしまった僕は、ジリジリと距離を詰めようとしてくる獣からなんとか逃げ延びようとして先程と同様にソファをぐるぐると回る。


 朝起きて顔を洗いに行く時に挨拶を交わした、ここに髪を梳いていたエリオラさんに大声で助けを求めるも忽然とリビングから姿を消している彼女からの応答は無い。


 な、なんでこういう時に限って居なくなるのかなぁっ! 


 ただただタイミングが悪かったのか、はたまた意地悪をするために態と姿を消しているのかは僕には分からない。しかし、助けに対する応答がないことを唸り声に震える耳朶で認めた僕は、エリオラさんは頼みにならないと断定。


 それならば。もう一人に助けを求めなくては……っ!!


「リップさんっ!! リップさんっっっ!!」 

 

 僕が必死過ぎる助けを呼ぶのとほぼ同時に、膠着状態に痺れを切らした猛獣が強引にソファを飛び越えて肉薄する。

 スカートを大胆に翻して僕に堂々と下着を晒す猛獣の本気に当てられた僕は、涙目になりながら部屋中を駆け回る。

 そして猛獣から逃げ続けること、なんと数分間。ガチャリと扉が開いたと思えば、


「何事っスか?」と、今起きたのか寝惚けた様子のリップさんが寝室から出てきて。

 

「——ああっ、リップさんっ、たっ、助けてえっっ!?」


「リップ!! 邪魔したらアンタも刺すからっっっ!!」


「へっ? へ、へへっ!? な、マジで何事っスか!?」

 

 あまりにも突飛で、まさに意味不明に違いない。朝からホテルの一室で殺戮ショーが繰り広げられようとしている現状に甚だしい驚愕を露わにしてしまうリップさん。


 そんな彼女の様子など、今の危機的状況を鑑みれば些細極まりで。故に構うことができない僕は扉が開けられているリップさん専用の寝室の方へと全力で疾走し、寝惚けているせいで状況を飲み込めていない彼女を押し倒す——普段ならしない超強引なやり方——形で寝室へと飛び込んだ。


 動転してしまった僕が抱き着いてきた風に見える状況に、


「うぇっ!? うぇっ、ちょっっ!?」と素っ頓狂な声を上げて顔を真っ赤にするリップさんを放って無視した僕は、


「オメエら!! 待てやコラァアッッ!!」と叫び狂う猛獣が入ってこれないよう、勢いよく扉を閉めて鍵を掛けた。

 

「なっ、ななっ、ななな、一体なにがあったんスか!?」


「そ、そんなの僕だって分かんないですよぉっ!? 顔洗ってスッキリしてリビングに戻ったら「死ねえっ!」って、いきなり殺意の獣が襲い掛かってきたんですもんっ!!」


 混乱の極地にいるリップさんに、同じく混乱の極地にいる僕は涙目になりながらも、しどろもどろに説明していく。

 その間にも閉め切られた扉をバンバン激しく叩いてくる猛獣。それに肩を跳ねさせてしまう僕とリップさんの二人。

 このままじゃあ『本当に殺されてしまいかねない』と思った僕は「どうすればいいんですか!?」と堪らずに叫ぶ。

  

「出てこいっ! 吹き飛ばすゾォっ!」


 や、ヤル気だ。この声は、紛れもなく本気だぁっ! 本気で扉ごと僕達を吹き飛ばすつもりなんだ! そうなったら間違いなく死ぬ! ど、どうしればいいんだあ!?


「リップさぁん! マジだよ、この人ぉっっ!」


「まっ、待ってください、アミュアさん! ウチと話をしましょう!」


「うるさい! アンタも刺すッッッ!」


「うへえっっ!?」


 仲間の説得するら通じる気配がない猛獣は、とうとう人の言葉を消失させて「ウゥゥ……」という唸り声を上げたと思えば、突如として扉が叩かれなくなり、殺意と恐怖に満ちて騒がしかった部屋に茫漠とした静寂が訪れはじめる。

 その意味深な状況に『なんだ?』と、猛獣から『殺害宣告』を受けた僕とリップさんが顔を見合わせていると——。

 

「死ね」という、えらく底冷えしている声音が部屋に届く。


 急に冷静になったような声をする、しかし全くもって冷静などではない猛獣の言葉を聞いたその瞬間、僕は人生が終わったということを悟って、一気に全身の力を抜いてしまった——のだが。さすが己が生死を賭けるような困難極まる場数を踏破してきた『熟練の冒険者』だと言うべきか。

 この状況は未だに飲み込めずとも危機的だということを理解した様子のリップさんは、全てを諦めて座り込んでいた僕の腕を勢いよく掴み、ベットの影に移動した。


「逃げても無意味だぁ……おしまいだぁ…………っ!」


「だ、大丈夫っスよ。アミュアさんは吹き飛ばすって言ったんで、多分『爆破魔法』を使うつもりっス。この影にいれば直撃は避けられまス。だから、大丈夫のハズ!」


「り、リップさぁん…………っ!」 


 カッコ良すぎるだろ。こんな『死のカウントダウン』が刻一刻と迫ってきているという切迫した状況だというのに。

 

 そうか。そうなのか。そうなんだな。この人はまだ自分と僕の『命』を未来に繋ぐということを、これからも変わらずに生きるということを諦めてはいないんだ。ああ、不甲斐ない。

 不甲斐ないぞ、僕! 男だろ!? そうだよ! 僕は男なんだよ!! だからこそ、危機に瀕している女性のことを己が身を挺してでも守らなければーーーっ!!


「そうだよね、爺ちゃんっっっ!!」


「うえっ!? じ、爺ちゃん……!?」


 頭を抱えながらブンブンと苦悩していた僕がした、あまりにも突然だろう『爺ちゃん!』発言に対して、遂に僕の気が狂ってしまったのかと勘違いした様子のリップさんは次の瞬間、今日一番の驚愕にて有らん限りに目を見開いた。

 それもそのはず。僕は真隣でベットの影に隠れていたリップさんに叫びを上げながら突如として覆いかぶさり、猛獣の爆破から身を挺して彼女を守る体勢を取ったのだから。 彼女は僕のまさか過ぎる行動に「うへぇっ!?」と素っ頓狂な声を上げたものの僕はそんな彼女を無視し、これから起きるだろう『大破壊』から生き延びようとして……いたのだが。その爆発はいつまで経っても起きる気配が無い。

 

「………………ああっ、あのっ、あのぉ」


「…………? ……え、あ、す、すいません」


 なんとか猛獣の武力行使から守り抜くために、床に押し倒す形で覆い被さっていた僕に対してリップさんは、プシューと湯が沸いた薬缶のように蒸気を全身から噴き出させながら僕の胸元を押して退かし、ゆっくりと起き上がった。

 そして真っ赤な顔で目をグルグルと回してしまっている彼女に次いで驚愕を露わにした僕は、彼女の肩を掴み「どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」と必死に揺らし。動転している僕により、ガクガクと頭部を前後させていた彼女は「まままっ!」と言って、僕の動きを静止させた。 


「大丈夫なんでぇ……は、ははっ、離れてくだしゃいぃ」


「本当に大丈夫なんですか? そうは見えないですけど」


「ふへっ、へふっ、だっ、大丈夫でしゅからぁ…………」

  

 舌を柔く縺れさせているリップさんに『本当に大丈夫なのか?』と思いつつ、僕は怪訝に眉を顰めながらも彼女の言う通りに揺するために掴んでいた肉付き薄い肩を放した。

 そして慎重に顔をベットの陰から出した僕は、鍵のせいで開かない扉に張り付き騒いでいた『猛獣』の様子を伺う。


 しかし唸り声はせず。予告していた爆発の気配もない。もちろんのことだが宣言通りに扉が爆破された形跡は無し。 

 まさか体力切れで白目を剥いて倒れた? それとも立て籠っていた僕達に根負けし、それで冷静になって諦めた? そんな自問自答を奥歯で吟味していた僕が怪訝な目でじーっと扉を凝視していると、コンコンと扉がノックされる。

 

「おーい! アミュアは捕らえたから、もう大丈夫だよ」


「うっ、ううっ、ウウうううがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「え、エリオラさんっっっ!!」

 

 固く閉ざされている扉の向こう側から聞こえてきたのは、今まで姿を消していたエリオラさんの声であった。その声に続く形で猛獣の『悔しげ』な叫声が壁をすり抜けて轟く。

 ホッと一安心した僕は『助かった……』と生命ここに有りと言わんばかりに脈打つ心臓を抑えながら深く息を吐き、隣で未だに火照っている顔を手で必死に扇いでいるリップさんと顔を見合わせて、共に頷き合った僕達は立ち上がる。


 そして扉の鍵を開けて僕達がリビングへと入ると、そこには苦笑しながら肩を竦めるエリオラさんと、


「うわああああああああああああああああん!?」と、杖を取り上げられた挙句に縄でギチギチに拘束され大泣きしている、猛獣アミュアちゃんの姿が視界に映された。


 無力化された猛獣を認めた僕は大泣きするアミュアちゃんの前で片膝をつき、同じ目線で『真摯』に対話を求める。

 そんな僕に最初は「絶対殺すぅ!」や「死ねぇっ!」などの汚らしい罵詈雑言を浴びせてきたが、次第に疲れが見えてきて、息を切らしながら消沈したように肩を落とした。

 僕が振るわれた『槍』で背中を裂かれてしまっている服の袖で流れる鼻水を拭いてあげると、彼女は嗚咽で声を詰まらせながら、冷静なエリオラさんに促されたこともあり、今回の暴挙——その怒りの原因をポツポツと語りはじめる。 

 

 曰く、彼女が『絶望』したのは今朝のことだ。目が覚めると寝惚けている『か弱い乙女』である自分に甲斐甲斐しく世話を焼いてきた『下卑た男』がいたそうだ。

 その男は下品にニヤニヤとしながら、寝巻き姿故に『セクシー』すぎる自分を『いやらしい目』で見てきたらしい。

 下卑男は口の端から膨大な量の涎を垂らし、垂涎の肉体と美貌を持つ自分を『いやらしい目で』見ていたとのこと。


 同じことを二回も言ったな——とは思ったものの僕は黙って話を聞く。アミュアちゃんは創作話に興が乗ってきたのか、やや早口になっていた。

 

 して。下卑男は寝惚けている自分に『薬品?』を飲ませた挙句、自分の衣服の匂いを『スンスン』と嗅いだ気がしたそうだ。

 そして下卑ているど変態の糞男は何かを『洗ってくるねぇ』と言って、乙女の聖域たる寝室から出ていったという。


「何かしらの薬品を飲まされたって……。それ寝室に常備されてた飲料水だよ? そもそも『鼾』がすごかったから喉を痛めてないかと思って、だから渡したんだけど」


「黙れ! 私がまだ話してる」


「そもそもいやらしい目で見てないし。衣服の匂いも嗅いでないし。洗ってくるねってやつも顔のことなんだけど」


「うるさい! そんな気がしたのっ!!」


「気がしたってさ、それ勘違いだよ」


「うるさいうるさいうるさいっっっ!!」


 理不尽に怒れるアミュアちゃんはプリプリと、結われていないウェーブの長髪を左右に振り回しながら話を続けた。

 

 曰く、長き眠りの影響で寝惚けていた自分は、下卑男のいやらしい視線に当てられて急覚醒した。

 そして、もしかして自分が眠っている間に、勝手に自室に侵入していた下卑男に『何か』をされてしまったんじゃないかと思ってしまった彼女は寝室を確認して回ったそうだ。すると確固たる『証拠』を見つけたらしい。その証拠とは、自分が使っていたベットが信じられないくらい『乱れていた』ことで。


「それは君の寝相だよ」


「…………私、寝相悪くないもん」


「僕が窓から外を眺めてたら、バタンってベッドから落ちたのに?」


「……………………」


 僕がスラスラと語る真実に対して、あからさまに逸らした視線をもって無視し、彼女はまるで『自分は悪くないから』と言いたげなくらいに意味のない話を続ける。


 その『意味深』に乱れているベットを見た彼女は、昨日あれだけ殴ったのに機嫌が良かった僕にハッとして、寝ている間に下卑男に何かをされてしまったと確信したそうだ。 

 それに絶望した『清き乙女』である彼女は静かに、そして甚だしく決意した。汚れた自分はもう生きてはいけない。

 

「だから、穢れなき私に不敬を働いた『ゴミクズウンコ男』を聖槍で刺し殺したら、私は潔く死んでやろうと思ったの————」と。

 

 僕とエリオラさん、そしてリップさんはやや興奮気味になりながら『堂々』とそんな妄言を言ってのけるアミュアちゃんに冷たい視線を送る。最初は見ず知らずの僕と相部屋は嫌だったよな——と、申し訳なく思っていたのだけど。


 もう、そんな気持ちは露ほども無くなってしまっていた。

 

「…………はあ……それじゃあ朝食を摂りに行こうか」


「スね」


「ふん! エリオラの奢りね!! …………え? ちょっ、ちょっと! 動けないからこの縄解いてよ! ねえ!!」


 僕達は縄で縛られていることに不服を示しているアミュアちゃんのことを無視して離れ、リビングから出るために移動する。

 

「ねえ!! 早く解いてよ! 私もお腹空いた!!」 


「ソラ君は何食べたい? お詫びに奢ってあげる」


「えっ!? いやいや、悪いですよ。ここに泊めてもらったのに食事までなんて」


「気にしないでください。ホントにお詫びなんで」


「え……あ、じゃ、じゃあ……ご馳走になります」


「この縄解いてって! 私を抜きにして話をしないでよ! ねえええええええええええええええええええっ!! 解けこの野郎ーーーっっっ!?」


 * * *


「ウチは……モーニングの、パンとコーヒーのセットで」


「私は彼女と同じものを」


「あ、じゃあ僕も同じので」


「モーニングが三つですね。かしこまりました」


 なんやかんやあったものの、落ち着いた僕達はホテルの近くにある喫茶店に行き、そこで朝食を摂ることになった。

 僕とエリオラさんはリップさんが頼んだものと同じ、パンとコーヒーの『モーニングセット』なるものを注文する。

 

「私は苺のショートケーキとぉ、ソルフーレンなら『笛栗』を使ったモンブラン! あとは搾りたてのオレンジジュースでしょ。あっ! マスカットとのパフェも!」


「ふふふ。かしこまりました、少々お待ちくださいませ」


 朝から胃がもたれそうなくらい大量の甘物を続々と注文していく、嬉々とした笑顔を浮かべているアミュアちゃん。

 人殺し一歩手前まで行っていた、蛮行的と言うにはあまりにも凶悪であった振る舞いをした結果エリオラさんに捉えられて、ワンワンと泣き出してしまった彼女が、

「解いて、解いてっ! 無視しないでっ!!」と涙を散らしながら騒ぎ続けたため、それを可哀想に思ってしまった僕が縛っていた縄を解いてあげたのが、今から一時間ほど前のことで。


 ホテルを出るまでの道中で、リップさんがオススメだと言った『丼料理屋』に向かうことになった僕達一行は、特に何事もなく朝から商い中の丼料理屋『ドゴドン』に入店したのだが。

 着席したそこでなにを頼もうかという時に、謎に無言だったアミュアちゃんが「食べるものが無い」と言いだして。

 

 ここはイヤイヤ! と激しい駄々を捏ねはじめたアミュアちゃんに押し負ける形で何も食わずに店から出た一行は、ウキウキで目的の店に向かう彼女に連れられるがまま、洒落ている喫茶店『フリューゲル』にやって来たのであった。

 

 他の三人に確かな迷惑を掛けたにも関わらず、一切反省していなさそうな『あっけらかん』とした様子を見せているアミュアちゃんは上機嫌と言わんばかりに聞き慣れないメロディの、エルフ族の民謡と思しき鼻歌を奏でていた。

 そんな彼女に対して『仕方ない子だよ』というように肩を竦めたエリオラさんは、苦笑する僕の方を見て口を開く。

 

「ソラ君は今日、モルフォンス西区長の居場所に向かうのかな? 昨日、私に大声で居場所を聞いてきたよね?」


「はい。モルフォンスさんに会いに行こうと思ってます」


「どうして会いに行くんだい?」


「えっと、それは————」


 そんな質問をしてくる彼女に、僕は『旅の目的』を語る。


「なるほどね……。それじゃあ、私達がモルフォンス氏が居る『西区の区役所』まで送って行ってあげるよ」


「えっ!? で、でも…………」

 

 エリオラさんの提案は僕にとってはすごく助かるし、力になってくれる気持ちはすごく嬉しいのだけど、これ以上、負んぶに抱っこをさせてしまうのは気が引ける。

 エリオラさんから求められた『話』に関しても全然だったと思えるし、そんな僕にはもう返せるものが一つも無い。


「その提案はすごく有り難いんですけど、もう返せるものが無くて。だから遠慮させてもらいます。ごめんなさい」


「んー……。いや、ソラ君が私に返せるものならあるよ」


「…………え?」


 僕にまだ返せるものなんかあるか? 無いぞ? そんなことを思いながら対面に視線を向けると、そこには肘を机に突きながら腰掛けて、裏があるような笑みを浮かべているエリオラさんがいて。そんな彼女に僕は呆けた顔を向ける。


 なんだ? なんにも持ってない僕が返せるものって……。


 返せるものについての当たりが付かずに硬直している僕を一頻り眺めたエリオラさんは、その答えを教えてくれた。


「昨日、東の門辺りが騒がしかっただろ?」


 それは昨日のことだからよく覚えてる。というか、そこでエリオラさん達と会ったんだし、故に忘れるわけがない。


「えっと、魔獣が出たとかなんとか……でしたよね?」


「そ。すごいね、聞こえてたんだ。あの距離から」


「え、あ、まあ、最前列で野次馬してましたからね」


「それでも、あの人混みの中で聞き取れたのは凄いよ」


「そ、そうですかね…………」


 意地悪な笑みを浮かべているエリオラさんからの褒め言葉を受けて「ははは」と照れ笑いしながら、僕は頭を掻く。


「キモキモキモっ! イチャイチャしないでくれない?」


 意地悪だろうと嘘など感じられなかった賞賛に対して表情を緩めてしまっていた僕に掛けられる辛辣極まった言葉。

 それを真横から浴びせられてしまった僕は首を折り、雲のように盛られている過剰なまでの生クリームを一心不乱に食らっては案の定、雲から離れた子分を頬に付着させてしまっているアミュアちゃんに視線を向けては苦笑し、親のように甲斐甲斐しく背中が無惨に裂けている服の袖を使って玉の肌に目立っている子分雲を拭き取った。

 アミュアちゃんは不服そうな顔をするものの、ここで僕を突っぱねるのはバツが悪かったのか、終始大人しかった。


「ふふふ……コホン。ソラ君は魔獣を知っているかな?」


「え、あ、は、はい。魔獣は知ってます」


 魔獣とは『獣型の魔族』を指した言葉のはず。勇者や加護などの一般教養すらも身に付けていなかったが故に出されたのだろう質問に、僕は若干慌てながら回答した。


「ここソルフーレンは他国と違って極端に魔獣総数が少ないんだよね。だからまあ、俗世に疎いソラ君が知らないのも無理はないかなと思っていたけど、よかったよ」


 やっぱ、二度あることは三度あるという無知を疑われていたのか……と汗を湛えながら思った僕は、気を紛らわせるためのコーヒーを飲もうとカップを摘み上げる。


「ゴク……えっと、それで魔獣がなんなんですか、ね?」

 

 久方ぶりに飲んだコーヒーで感じるあの苦味と香りを受けて満悦な顔を無意識に浮かべている僕が発した問い掛けに、エリオラさんは再びニヤッと笑った。その笑みに嫌な予感を覚えた僕は、持っていたコーヒーカップを卓に置く。


「昨日、召集をかけられて探したんだけど見つからなかったんだ。だから。ソラ君に手伝ってもらおうと思ってね」


 昨日の招集。冒険者の集まり。それに『まさか』という顔をしてしまっている僕が胸中に生じさせた疑問を解消するように、エリオラさんは意地悪な笑みを浮かべた。


「て、手伝うって……なにを…………?」


「魔獣探し。をね……!」

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