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蒼風のヘルモーズ  作者:
『ソルフーレン』編〈1〉

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第12話 シークレットオレンジ

「あの、ここって一泊……は幾らくらいなんですかね?」


 春に咲く桜を思わせる華やかであり晴れやかな、この上なく完璧だとつい頷いてしまいそうになる接客スマイルを挙動不審になってしまっている僕に向けながらそう口を開いたフロント対応の女性従業員に対して、僕はここに来るまでにしっかりと用意しておいた質問を、ホテル・ルーレンの一泊の宿泊料を額に汗を湛えながら尋ねた。


「お一人様のご利用に最適な一室の場合ですと、一泊が六千ルーレンほどとなっております。その他のオプションを加えた場合ですと、その倍の費用が発生致します」


 笑みを形どった表情を崩すことなく、丁寧に質問の答えを提示してくれた女性に、僕は有らん限りに目を見開いた。


「ろ、ろろろっ、ろろ、ろくっ、六千んん……っっっ!?」


 出発地点である故郷から離れすぎていたここフリューに向かう道程の中で、果てから迫り来ていた闇夜から逃げるように立ち寄ってきた、何の変哲もない只の宿町村。

 特筆すべき不満点も、強いて挙げる不便な点など何一つなかったように思える至極普通であった宿屋の一泊分と比較して、ここの一泊分は約六十倍の価格設定……で。

 

 そんなバナナ!? そんな馬鹿な!? なんだよその価格! 聞いたことないぞ、一泊六千ルーレンとかっ! 地方町村住民の一括納税じゃないんだからさ、こんな、ほ、法外だろ……!? ここに来るちょっと前に見た、色っぽい夜職のようなお姉さんに強請られて、鼻の下を伸ばしていたおじさんが買ってあげていた二千と少しの宝石付きイヤリングよりも高いじゃないか……! っていうか、ほぼ三倍の値段だし!


「……………………ごくっ」


 あまりにも想像の枠から外れていた現実にとんでもない量の汗を全身から一気に噴き出させてしまった僕はしかし、腹の奥底から湧き出てくる正直な心の叫びを目の前で余裕の笑みを崩さない女性従業員には決して聞かせることなく、必死になりながら前歯の裏側を叩いている『本音』を手で口を塞ぐことによって押し止め、そして飲み込み、なんとか外界に漏らすことなく喉奥で反響させるだけで済ませた。


「………………」


 なんの言葉も出てこなくなってしまった僕は、マニュアル通りなのだろうが心良い対応を行ってくれた女性従業員に感謝と申し訳なさが多分に込められている軽い会釈をし、そのままの無言でフロントから離れる。そして、無意味としか思えないほどに広々としているエントランスホールのど真ん中で、下を向こうとしている顔を上げ、矮小な僕では入ることすら烏滸がましかったホテルの内装を観察した。

 

 大袈裟に目を引かない程度ではあるものの、見たことがない種類の観葉植物であるせいで、やはり目が行ってしまうそれが謙虚に置かれている、豪華絢爛なシャンデリアが照らしているホテルのエントランスホール。床にはフカフカな赤絨毯が敷かれていて、靴を脱いだほうがいいんじゃないのか? と思ってしまえるほどに踏み心地が良かった。当然だけど、建物の天井は僕が住んでいた実家よりも断然に高い。


 そして目測にして今も立っている床から、こうして見上げている芸術的だと思われる模様が施されている天井まで五メートル超もの距離がある。全力で飛べば余裕で届きそうだけど、軽い力だと普通に空振ってしまうだろう。


 呆然と見上げていた高過ぎる天井から満足したように視線を逸らした僕は、周囲に好奇の視線を向ける。 

 宿泊施設なのだから当たり前だがホテルのエントランスホールに居るのは僕とさっきの女性従業員だけではなく、ある一点に向けられている僕の視線の先には、豪奢な金の装飾が入った絢爛な長ソファに足を組みながら腰掛け、そして受付台と同一の素材で作られている長机を挟んでは何事かを熱心に語り合っている二人の男性がいて。

 

 ビジネスマンだと見て取れる二人の男性は、爺ちゃんが着ている姿を見た時はついつい目を瞑りたくなるほどにダサかった正装たるスーツをビシッと着こなしていて、その格好を見た僕は『カッケエー』と感嘆した。少しだけ距離が離れているもののここまで聞こえてきている話の内容的に、何やら二人は重要な商談中のようであった。

  

 木箱に入っている商品を出来るだけ高値で売り付けてやりたい男性と、売り付けられている箱入りの何かを出来るだけ安値で買い叩きたい男性が一心に繰り広げている攻防。腹の内側と財布の底を見せず、決して悟らせない圧倒的なポーカーフェイス。

 

 ちゃっかり盗み聞きしている僕の方がドッとした汗を掻いてしまいそうになるほどに、白熱の一途を辿る頂上舌戦。

  

 商人を相手にした時に使える交渉術は、少し噛んだ程度に爺ちゃんから教えられているけど、この二人のレベルはアマチュアに違いない僕のそれを優に超えている。

 いやまあ、もはや何を言っているのか分からないほどの舌戦を繰り広げている二人の男性は、この場で熱い商戦を行っているということを鑑みても『ホテル・ルーレン』の宿泊客なんだろうし、田舎者の僕とは本当に住んでいる世界が違うんだろう。


「ふっ……」

 

 僕みたいなドが付いてしまうくらいの田舎者は、こんな豪華絢爛を極めたような洒落きったホテルに泊まるなんかよりも断然、屋根無し野宿がお似合いなんだろうぜ。

  

「帰ろ……」いや、村には帰らないけどね?


 あまりにも場違いだった上流の世界が醸す威容に圧倒されてしまった結果、意気消沈と項垂れた僕は未だに熱い舌戦を終わらせずに繰り広げている上流階級の男性二人を横目にしながら、居た堪れない圧を感じてしまうホテルから全てを受け入れてくれる外界へと逃げるため、トボトボと肩を落としながら出入り口の扉の方へと向かう。 

 

 すると、逃げるように退出しようとしていた僕と入れ替わりでホテルに入ってきた高身の女性は、特徴的な紅髪を靡かせながら、顔を上げた僕と目を合わせた……。


「あれ? ソラ君。どうしたんだい? こんなところで」


「え……? あ、エリオラさん! ど、どうも……!」


 一体どのような幸運が働いたのか。なんとなんと、僕は昼に会ったばかりである、燃え滾るような紅髪の剣士の女性——名を『エリオラ』さんとの再会を果たした。

 思ってもいなかった再会に僕が目を丸くしていると、エリオラさんはとても嬉しそうな笑みを浮かべ、硬直している僕に片手を上げては偶然の再会を祝していた。

  

 そして、笑みを浮かべているエリオラさんの背後にはこれまた今昼に会ったばかりである、荒れた茶色の長髪に、欲しいという気持ちが湧いてきてしまう派手なゴーグルを額に付けている女性——名をリップリュー、略名にして『リップ』さんもいた。

 理由は分からないが、リップさんは『初対面の時』とは少し違った、謎にオドオドとした様子をしていて、何故か顔を向けている僕とは目を合わさずに挨拶だろう軽い会釈だけを行い、そそくさとエリオラさんの背に隠れてしまう。


 まるで『人見知り』をしているかのようなリップさんの様子に『昼と比べて変だけど、どうしたんだろう?』とは思いつつ、僕はされた会釈を返しながら「こんばんわ」という挨拶の言葉を差し出した。

 すると、居ない者として扱ってくれというオーラを端々から醸し出していた自分に対して、まさか挨拶をしてくるとはな——という感じにビクッと肩を跳ねさせたリップさんから「う、うっス……」との返事が返ってくる。やっぱり反応が昼間と違ってる——と僕が首を傾げていると、ひょっこりと、アミュアちゃんが僕の前に現れる。 


「ド田舎者じゃあ、こんな高級な『ほてる』は無理でしょ!! 世界が違うのよ、世界が。ねっっ! 田舎者のクソガキは身の程を弁えて野宿でもしてなさいよねえ!」

 

 開口一番に可愛げのない煽り口調をし、そんな誹謗を吐きかけてくるアミュアちゃんを前にして片方の眉尻を傾けてしまう僕は、居るべき世界が違うことはさっき痛いほど実感したんだよなぁ——という遠い目をしながら、彼女の癇に障らないような大人な対応を心掛けるように一度だけ瞑目して、身長差がある目線を膝を折ることによって合わせてはニコッと笑い、まだ済ませていなかった彼女への『挨拶』を行った。


「こんばんわ〜〜、アミュアちゃん! ごめんねー、身長差のせいで視界に入らなくてさ、君がエリオラさん達に隠れて居ることに気づかなかったよ〜〜! てへっ!」


 子供の煽りには屈さないという毅然たる——というか、大人げない気がするやり返しの対応に対して、まさかの『カウンター』を真面に喰らわされたという結果に目を剥いてしまっていたアミュアちゃんは間髪入れる間もなく、邪気のない満面の笑みを浮かべて向ける僕のことを刃物よりも鋭い『キィッ!』という眼光をもって睨んだ。


 そして小さな拳をギリギリと握り締めては肩をプルプルと震わせて、若干だが涙を浮かべてしまいそうな眼差しで僕のことを突き刺し、僕がした挨拶と同じように、しかし出来るだけ皮肉を込めようと頭を回しながら彼女なりの『挨拶』を僕に返した。


「ころっ、殺すぞぉっ、クソガキがぁ…………っっ!!」


 んんー……ていうか、よくよく考えてみると、なんで僕ってこんなにもアミュアちゃんから嫌われてるんだろうな? そもそも、現関係の切っ掛けとなった出会いの件はアミュアちゃんの勘違いが『百』で悪かったし。うん。ここは関係修復の第一歩として、さっきの殺意宣告を聞かなかったフリをしてみよう。うん、そうしてみるか。


「………………え?」


「うっ……うぅっ……うっ、うがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっっ!?」


 うわっ、聞かなかったフリで頭から溶岩を噴き出させたアミュアちゃんが獣の咆哮を上げて襲い掛かってきた!!


「————っと」


 僕の隙に飛び掛かるような突進攻撃を繰り出してきたアミュアちゃんに、しかし場違いな世界を間近にして頭が冷え切ったおかげで冷静沈着な対応を取ることなど赤子の手を捻るくらいに容易であった僕は、咄嗟に素人とは思えない身のこなしで横方へと飛び退き、考えなしだったと言えるアミュア飛び掛かり攻撃の回避に成功した。


 まさか一般人が、超凄腕の冒険者——と自称していることが不遜な態度から見て取れる——である自分の攻撃に俊敏で完璧な回避を取ることなど全くの予想外だったのだろう、ギョッと攻撃対象が居なくなってしまった光景に目を見開いたアミュアちゃんは、地面から両足を離してしまっている飛び掛かり攻撃を今更中断することなどできずに着地地点で派手なでんぐり返しを行い、がらんどうなその場で一回転を行う。


 予想だにしなかった『でんぐり返し』をしてしまった影響で、その拍子に派手なロリータファッションの奇抜な膝丈スカートが一瞬だけ翻り、穿いているオレンジ色をしている大人びた下着を冷め切った目で見守っていた僕達へと晒してしまった……。

 と思えば『シュババアッ!』と、今までにない凄まじい豪速でスカートを押さえて立ち上がったアミュアちゃんは、自分が大々的に見せつけてしまった恥態で顔を赤熱にしながら、さっきのは自分のせいだろうに、僕のことを敵視の涙目で睨んできた。


「お、おまっ、お前っっっ!! 見ただろォっっっ!?」


 アミュアちゃんが涙目で言った「見ただろ!!」っていうのは、先ほどの状況を鑑みるに『下着』のことだよな?


「うん、見えたよ。でも、だからどうしたのさ」


「はっ、はあぁーっっっ!?」

 

 アミュアちゃんは自分の下着を間近に見てしまったにも関わらず素面状態である僕に面を食らったように口をモゴモゴと無意味に動かした後、真っ赤な顔をしたまま無言で俯いてしまう。彼女は自分のシークレットゾーンを見られて心底気にしてしまっているのかもしれないけど、僕は子供の下着を見たくらいで何も思ったりはしない。


「下着を見られたくらいなんだし、そんなに気にする必要はないよ思うよ。僕の爺ちゃんなんか、下着一枚の上裸で外に出て、冬の寒空の下で寒風摩擦とかしてたし」


「お前んとこの見ず知らずのジジイと一緒にすんなし!! クソガキっっっ!!」


 + + +


「ゴホン……。ソラ君はここに泊まりに来たんだよね? だったらなんだけど、少しだけ話をしてくれないかな?」


 ほぼ初対面と言っていい相手に対して、あまりにも攻撃的過ぎる獣の如し仲間のガキンチョが晒した明るい橙色の醜態——もとい、下着を露わにした紛れもない恥態。


 その起承転結を側から見て頭痛を堪えるような仕草や表情を取ると共に、まったく……という呆れ顔、そして迷惑をかけるないでくれと伝えている困り眉を露わにしていたエリオラさんは、態とらしく現状の空気を一新させるような咳払いを行った。


 そして『ブーメラン』そのものだろう暴言の数々を馬鹿の一つ覚えのように連呼し、僕の腰部を涙目になりながら乱打し続けていたアミュアちゃんに対して、痛くも痒くもないなぁ——という空笑いを浮かべていた僕に、そんな誘いをしてくる。


「えっと、話の方は別に構いませんよ。あと、このホテルは宿泊料が高くて、僕では小指の爪先くらいも無理でした。だから大人しく別の安宿を探しに行こうと思ってて……あ、この辺りで空室がある宿屋ってご存知ないですかね?」


 僕は少しだけ恥ずかしそうに圧倒的資金不足のせいでここには宿泊できなかったことを告げる。すると今の発言で謎に気を取り直したアミュアちゃんは僕のことをサンドバッグにするのを止めては大きく胸を張り、そして声高々に僕に言葉を吐いた。


「ふふん! ふふふんっ!! そりゃあ、アンタみたいな田舎者の中の田舎者、カリスマ田舎もニストが居てもいいところじゃないのよ! こ・こ・は——ねっ!!」


「不快にさせてしまって本当にごめんね、ソラ君。私達はそこにいる『クソガキ』の我儘に振り回されて、ここを拠点にしているのが現状でね。だから、このホテル以外の宿泊施設のことは詳しくは分からないんだ。申し訳ない」

  

「そうだったんですね。あ、その話ってなんですか?」


「ちょ、ちょっと! 私を無視しないでくれない!!」


「ああ、君にしたかった話っていうのはね——」


「ちょっと!! 無視しないでって言ってるでしょ!?」

  

 執拗に心底くだらない暴言を叫び続けていたアミュアちゃんのことを、ちょっと可哀想だなと思えるくらい徹底的に無視して会話を続けようとする僕とエリオラさん。

 

 騒がしい子供などこの場には居ないじゃない——と言外に告げているような無面の僕達のことを見て、まるで出先で両親とはぐれてしまった迷子の子供のような表情を浮かべてしまった、この状況に陥ったのは完全に自分に非があるということを理解している様子のアミュアちゃんはしかし、僕に対して謝罪の言葉を吐くなど気難しいプライドが許さないといった風に眉尻を吊り上げて、そしてあからさまな無視を決め込んでいた僕とエリオラさんの間に体を強引に捩じ込むことによって割って入り、それによって僕達が交わそうとしていた話は中断を余儀なくされてしまうのだった。


 という感じで聞き分けがない我儘の極みたるアミュアちゃんに、仕方ないなぁ——と僕は眉尻を下げながら、困ったように苦笑しているエリオラさんに軽く頭を下げ、


「すみません。今日はアミュアちゃんの腹の虫の居所が悪そうみたいなんで、したいとの話しの方は明日に——」という旨を苦笑しながら頬を指で掻き伝えた。


 そしてホテルから立ち去ろうとする僕が扉に手を掛けようとした、その時。


「ソラ君、待って」


 ガシッと。伸ばされたエリオラさんの手で肩を掴まれて、僕は去るための歩みを無理やりに静止させられてしまった。


「————? え、な、なんですか?」


「私達がホテルで借りている大部屋に一つベッドの空きがあるんだよね。だから、ソラ君。宿探しは明日にでもして、今日は私達の部屋に泊まっていったらどうかな?」


「はっ、はああっ!? そ、それって…………!」 


 エリオラさんが出してきた提案に驚愕を露わにするのは僕だけに留まらず、さすがに大袈裟ではないかと思えるくらいにワタワタと慌てふためくアミュアちゃんと、

 

「ええっ!?」という、さっきまでダンマリだったのに急に今日一番だろう驚きの大声を出したリップさんも同じで。


 リップさんが急な相部屋宣言に声を荒げるのは必然と思えるが、しかし妙な慌てを見せているアミュアちゃんを横目にした僕の脳裏に『まさか』という考えが過ぎる。


 もう真夜中と言っていいが時間帯であるからして、その親切だと思いたい気持ちはすごくありがたいんだけど……。


「男性の僕が、女性だけの部屋に泊まるというのはちょっと気が引けるというか、申し訳なさ過ぎるというか……」


 一体なにを思ったのか。エリオラさんが行った絶対に居た堪れない空気感になるだろう相部屋の誘いを僕が断ると、


「そ、そうよそうよ!! 私は絶対に反対だからね!?」

  

 続いて、顔を真っ赤にしたアミュアちゃんの相部屋を拒否するとの檄声が静かなエントランスホールに響き渡った。——のだが。


 その烈火の如し大声を耳に入れたエリオラさんは、夜の闇よりも静かに、突如として背筋が凍りそうになるほどの『絶対零度たる眼光』を発してはそれに時を止めてしまっているアミュアちゃんを一瞥。耳鳴りを催しそうになるほどの声音をもって、普通に心配になる夥しい量の汗をダラダラ流し始めた震える少女に口を開いた……。


「泊めていいよね、アミュア」


「…………っ、え、あ…………い、いゃ」


「いや…………だって?」


「いいっ、いやぁっ…………べべ、別にいいけど……さ」


「そうか。それならよかったよ。さ、行こうか、ソラ君」


「「え…………?」」


 獲物を狩る獅子を彷彿とさせるエリオラさんの眼光を間近に浴びてしまったアミュアちゃんは、さも死期を悟った小動物のように骨の髄まで小刻みに震えさせてしまいながら、ほぼ強引だったが僕を部屋に宿泊させるのを了承した。

 

 有無を言わせないという独裁者の雰囲気を醸していたエリオラさんに、同じく何も言えなくなってしまった僕は、隣に居る屈服したアミュアちゃんと顔を見合わせる。

 すると一瞬だけ『ムッ!』という顰めっ面をアミュアちゃんは浮かべたものの、エリオラさんに視線を配らせたことによって、結局のところ何も言い出すこと叶わず。


 誰にでも噛み付く子犬から、瞬く間に聞き分けのいい忠犬へと変わってしまった彼女を認め、少し可哀想だなと思った僕は斜め下に向けていた憐憫の視線を前に戻し、先ほど宿泊料金の件で際に話をした女性従業員と、おそらく取っている部屋に『チェックイン』をしようとしての遣り取りを交わしているのだろう、恐ろしい仮面を隠し持つ貴公子然としたエリオラさんを見る。そしてオドオドと歩み寄り、言った。

  

「あ、あのぉ……その。今日、初めて会ったばかりの人にそこまでお世話になってしまうのは悪いというか、非常に申し訳なくて気が引けるというか……で。僕は今晩は野宿をするので、話があるのなら、ほんと、また明日でもいいんじゃないのかなって……思うん、ですが…………?」


「ん? 借りている部屋に一つベットの空きがあるってだけだから気にしないでくれ。ふふっ、ソラ君は優しいね」


「……は……ははは…………そ、そうなんですね……ぇ」


 眉目を下げて意思を語る僕にエリオラさんは視線を向けて優しい笑みを顔一面に型取り、そんな言葉を掛けてくる。 その貴公子式のパーフェクトコミュニケーションを真面に食らい、もう何も言えなくなってしまった僕は、完璧に逃げ道が塞ぎ、塞がれてしまったんだが……と汗を流した。

 

(ど、どうしよう、アミュアちゃん!! 助けてヨ!!)

 

 滝のような汗を止めることができない僕は堪らず、愛用なのだろう杖を両手に持ったまま俯いて黙り込んでしまっているアミュアちゃんの肩を突き、大袈裟なウィンクを行う。それは今の僕に出来る限りのアイコンタクトであった。

 して、僕のコンタクトに気付いて目を見開いたアミュアちゃんは、僕の言いたいことを言外に受け取り、そして理解したかのようにウンっと頭を回転させ、そして密通への返事を『めちゃくちゃ下手くそなウィンク』で返してきた。

 

(——! ——!! ……!! ……!? !? !?)


 は? ふぁ? なにを伝えようとしてんのか全然分かんないんですけど……! アミュアちゃんのアイコンタクトが下手くそすぎてなにを伝えようとしているのか読み取ることができなかった僕は、あまりの失望感にガクリと首を折り、エリオラさんへの反抗、その全てを諦める。

 

 そして、下手くそすぎるウィンクの使い手であったアミュアちゃんは、両の眉尻を怒りで吊り上げて『なんで分かんねえんだよ!』という風に、僕の無防備で無抵抗な脛を底が硬いローヒールの裏でガシガシと遠慮なく蹴ってくる。ウィンク以上に分かりやすい暴力的意思疎通法に対し、あんなので分かるわけがない。と、アミュアちゃんのものと比べて超絶上手いウィンクで伝えれば、彼女は『上手すぎる……!』と愕然とし、放心さながらに口を開けたまま受けたショックで固まってしまうのだった。


「よし、チェックイン完了。部屋に戻るよ、三人とも。さ、遠慮なんてしないでいいから私について来てね、ソラ君」


「え、あ、あ………………は、はい……」

 

 エリオラさんは入室手続を終えた振り向きざまに、晴れやかでありながら有無を言わさない、まるで年下の兄弟に向けるもののように屈託がない、しかし親身の塊だろうことは言外に理解できてしまう花のような笑顔を見せつける。

 

 そんな、固く閉ざされた心さえも難なく溶かしてしまうだろう無邪気な笑みを真正面から向けられてしまった僕は、姉が居たとしたらこんな感じなのかな——との思いを抱くと共に困りで顔を引き攣らせながらも、ぎこちなく頷いた。

 

 もはや底知れぬ狂気すら感じてしまうエリオラさんのスマイルから視線を逸らし、僕の真横で無言のまま俯いているアミュアちゃんの方にチラリという視線を向けると、当の彼女はエリオラさんの独裁に諦観の手を取った——というか取らざるを得なくて、行き場がなくなった独裁への不満を僕の脛に可愛い暴力をもってビシビシと打つけてきていた。その姿はまるで欲しいもの親に買ってもらえなくて、しかし公衆の面前で駄々は恥ずかしくて、仕方なくその場でイジけてしまった子供のようで……。


 っていうか、そんなことよりもだ。こんな豪華絢爛としか形容できない超が付くほどに高級なホテルに、しかも女性しか居ない部屋に僕なんかを泊めてまで、エリオラさんがしたがっている『話』っていうのは一体なんだろう。普通にちょっと怖くなってきてるんだが。話し合いっていう名の脅迫とかされないよな。大丈夫なんだよな?


「大丈夫かな…………?」


「…………? はあ、なにを言ってんの? ていうか、さっさと歩け、クソガキ!! ——っっ痛あぁっ!?」


「ええ……?」


 胸の内にある不安を意味は無いと分かっていてもついついアミュアちゃんに溢し、そして予想通り求めていたような答えは返ってこず、遭ったのは強烈な脛蹴りで。

 

 脛を蹴ったのはアミュアちゃんで脛を蹴られたのは僕であるにも関わらず、既視感甚だしい調子で、蹴った本人が最も痛がるという大袈裟なリアクション取っていた。

 

 それに少しだけ実家のような安心感を覚えてしまった僕は感じていた緊張を少しだけ解き、言葉が悪くなってしまうけれど、この子『おバカ』だなぁと正直に思った。

 

 そんなこんなで時間は過ぎていき。エリオラさんの直ぐ後ろを追い歩いてホテルエントランスを奥へと進んだ先にある大階段の横で立ち止まった僕達の目前には、押したり引いたりする際に必須だろう『取っ手』が無い謎の網目の金属格子が現れた。

 

 金属網目格子の先には四角くて横になって寝られない狭さの空間が存在しており、それを拳が入らない程度の格子の隙間から覗き認めた僕は、ここが部屋なわけないよなぁ——と不思議すぎて首を傾げてしまう。しかし何故の理由があるのか、エリオラさんや合流したホテル従業員の女性も、その網目格子の前で何かを待っているように立ち止まって動かず、それ故に僕は眉間に皺を寄せて、堪らず疑問の声を発した。


「あの、えっと……これは。っていうか、ここはなんなんですか……? 一体、今はなにを待っているんです?」


 その疑問に答えを発してくれたのは、やはり年下の兄弟に向けるような微笑みを浮かべ向けているエリオラさんだ。 


「ふふ。これは『エレベーター』という、最北東に存在する『魔道国』で作られた『移動用の昇降機』だよ。超高額なこれを導入しているところなんて『世界一のルーレン系列』の建物だけだろうし、見ず知らずでも無理はないね」


「エレベータ…………ルーレン……って……あの」

       

 ルーレン商会。通貨名にもなっている世界一の大商会のことはもちろん聞いたことあるし、知っているけれど、エレベーターっていう移動用昇降機の単語は初耳だな。

 

 昇降機ってことはつまり上から下に、下から上に動くってことだよな? しかも移動用ってことはまさか、人が乗るのか……? 

 

 つまり……つまりは……んー、どゆこと? そんな『全然ピンと来ないんだが』という風に結構な角度で首を傾げていた僕に対し、アミュアちゃんは勝ち誇った表情をしながらエレベータについての補足を語り出した。


「これはね『乗り物』なのよ!! 田舎育ちでバカチンのアンタにはわかんないでしょうけど! ねっっ!!」


 乗り物? これが? どこに? この四角くて狭い空間がってこと? いや、まさか移動して『ここまで来る』ってことか……? この網目格子の先に、エレベーターっていう未知の塊でしかない乗り物が移動してくる……ってこと? んんーー……。

 

「………………僕が田舎育ちってよく分かったね」

  

「アンタみたいなの、どこをどう見たって田舎者でしょ。ダッサイ茶色のパンツにダッサイ茶色のコート着てるし」


「ええーー…………やっぱりダサいかな?」


「ダッサダサ! マジでダサい! 自覚ないわけ?」


「………………ダサいのかぁ」


 やっぱりお洒落さんからしてみたらこの上なくダサいのか、この格好。お洒落上級者さんであるアミュアちゃんから発せられた素直な実感、紛れもない現実を包み隠さずに直接言われてしまえば、そこはかとなくではあるけど自信を無くしちゃうなぁ。


「ったく! ほら、さっさと入りなさいよね!!」


「……え? ————わっっ、ちょちょっと!?」


 少し落ち込んでしまっていた僕がアミュアちゃんの声を聞いて顔を上げると、固く閉ざされていた網目格子がいつの間にか『開かれて』おり、なにもなかったはずの先の空間内には『四角い金属製の個室』が突如として現れていた。

 

 その狭めな個室の中に、僕達の側でピクリともせずに待機していた女性従業員が先に入り、それに続く形でエルオラさんとリップさんが無遠慮に入室する。


 一連の入室光景を側から見ながら『今からこれに入るの……?』という感じで表情を固くしている僕が足踏み気味に行き渋っていると、せっかちなのか、ただ僕のことを突き飛ばしたかっただけなのか——まあ、後者なのだろうアミュアちゃんが僕の無防備だった背中をドンっと蹴り飛ばして、僕は無理やり個室に入れられてしまった。

 

「ふふ。初めてで緊張しているのかい、ソラ君?」


「え、あ、まあ。はい……。えっと、あの。これから、どうなるんです……か……?」


「それは——」


「それは……?」


「ふふ、お楽しみだね」


「ええ…………?」


 僕が表面に出している初心故の緊張反応を見て、心底面白がっている悪戯好きな子供のような表情を浮かべたエリオラさんは、露骨に求めた答えをはぐらかしてきた。

 親身から打って変わって意地悪になってしまっているエリオラさんに、僕は失望感で顔を引き攣らせてしまうものの、しかし、一体これから何が始まるのだろうか——と、エリオラさんの一面よりも無垢な子供のように表情を明るくして、


 キィィィーーー………………


 という金属と金属がキツく擦れ合っているような甲高い音を響かせる、金属製の個室内をキョロキョロと観察した。目前にある未知に対して足踏みしていた僕のことを蹴り飛ばし、強引に金属の個室に入室させたくせに怯えた様子をしながら足踏みをしていたアミュアちゃんが「ふっふっふーっ……!」と勇気を出して渋々入室した。


 かなり重い足取りと、甚だしい不安を湛えているような顔をしながら、最後の最後に個室へと入ってきたアミュアちゃんのことをマジマジと見つめた僕は『なんだ、アミュアちゃんもこの個室には慣れてないのか』と言外に察する。


「ね、乗り物ってどこにあるの?」


 僕はアミュアちゃんが見せている心配になるくらの不安気な様子を少しでも和らげてあげられるように、しかし自分の興味も甚だに込めた声調で質問を投げ掛けた。

 

 すると、もはや頗る体調が悪いのではと思えるくらい顔を真っ青にしてしてしまっている彼女は目前まで迫ってきている『恐怖の対象』を、僕の前だから、馬鹿にされないように大人振りたいという感じで目をガン開きにしたままどうにか堪えようとしているかのように、眉間に顔中の皺を寄せながら顔を近づける僕の方を向き、ガクガクと震え出しながら奥歯をカチカチと鳴らし出してしまいそうな感じで口を開いた。


「こ…………これ…………これが、乗り物なの……よ!」


「…………? え? それってどういう————」


 いつも間にか現れていた個室に場の全員が入ったことを見計らって、個室の右奥前を定位置であるかのように陣取っていた女性従業員が白手袋に包まれている手元にあった、壁に埋め込まれている『謎の丸いボタン』をカチリと押す。すれば『ガチャコン』という絶対に無視できない大きな音が個室内に轟き、開かれていた網目格子が『ガガガ』と建て付けが悪そうな雑音を奏でながら勝手に閉じてしまう。それにビクッと肩を跳ねさせてしまった僕は咄嗟にひんやりとしている金属の壁に手を付いて、そして僕と同じように肩を跳ねさせたアミュアちゃんは僕の服を裾を手で掴んだ。

 

 先ほどの動作を鑑みてもほぼ間違いなく謎のボタンを押した女性従業員が操作して、個室の何らかが起動したのだろう。その現状に混乱を催してしまっている僕とアミュアちゃんの目前で手を使わない完全自動で密閉されてしまった金属製の個室は、


 ブオーーーン…………ゴンゴン


 という大きな駆動音を鳴らしながら、まるで頭頂部を押さえ付けられているかのような『圧力』を個室内の人間に等しく与え、ふらついてしまわない程度に揺れ動く。

 

「え!? な、今なにが起きてんの!?」


 現状に甚だしい動揺を催している僕のことを見ていた斜め後ろのエリオラさんと、斜め向かいの女性従業員は「クスクス」と行儀よく手で口元を隠しながら笑う。

 して『ガゴン』という先ほど動き始めた時以上の一際大きな揺れが個室と個室内の人間を襲った後に、延々と揺れ動いていた個室が微動だにしなくなった。

 それらに『今のはなんだったんだ?』という疑問顔をしてしまっている僕が、球体の照明が埋め込まれている天井を見上げて、呆然と固まってしまっていると——。


「四階に到着しました」

 

 女性従業員は頃合いだとばかりにそんなことを口ずさみ、今度は個室が動く前に押したボタンとは別のものを押した。

 すると聞き覚えのある耳障りな雑音と共に揺れが止まるまで固く閉ざされた状態を維持していた網目格子が、開放に人の手を使うことなく自動で開かれる。

 

 ボタンで操作する系の『自動開閉式』の扉——今ほどの光景を前にして事実そうなのだろうと理解した僕の視界の先、開かれた網目格子の扉の向こうに見える空間は、僕達がさっきまでいたホテルの一階の光景とは全く違っていて。


「………………おぉ」


 これはもしかしてだけど。今も佇んでいるこの金属製の個室こそが、エレベーターという名が付けられている『最新鋭だろう個室型の乗り物』って……ことか!?


 スッ、スゲーーーーーっっっ!!


「ふふっ、ソラ君、こっちだよ」


「えっ、あっ、す、すいません…………」

 

 想像の埒外にいる『未来の乗り物』を間近にして、それで得られた感動に染み入るように目を瞑ってしまっていた僕は、エレベーターなる最新鋭の乗り物の開かれた格子扉、その先に広がっている赤い豪奢な絨毯が敷かれた幅広な廊下で僕が出てくるのを待っていたエリオラさんに呼ばれてはそれに心ここに在らずな返事をして、しかして急いで三人の元へと向かうべく、立ち尽くしていたエレベーター内から多大に後ろ髪を引かれながらも速足気味に飛び出した。

 

 同乗していた女性従業員だけが残っている『エレベーター』は、上行する時と同様に音を立てて扉を閉め、大きな揺れと駆動音を起こしながら階下へと戻っていった。

 

 それを急足をしながらの振り向きざまに見た僕は目を見開いた後に自室へ向かっているエリオラさんへと視線を戻して、映る彼女の背中を静かに追い歩くのであった。

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