第10話 その出会いは勘違いから
「はい、到着! もう、アンタ意気地が無さすぎよ!! これだから『子供の相手』は嫌なのよねぇ! ふふん!」
「いやっ、ちょっ、なんなのさ、マジで…………!」
僕の弁明は、分不相応にませている表情を浮かべて意味不明な呆言をツインテールを優雅に背に払いながら吐き捨てているエルフの子供に通じることは終ぞなく、そんな子供に振り回される形で冒険者の輪の中へと連れてこられてしまった僕は草臥れ切った様子を見せながらも、なんとか微細に引き攣ってしまう表情を辺りに巡らせて、その目に映る『まさに場違い』な現場の光景に対してガックリと力無く首を折った。
ルルドさんやロウベリーさんのような『先駆け』を命じられた者以外が残っている冒険者の一団。種族や性別が全く異なっているそれはまさに多種多様というもので。
冒険者という職業以外に合致点がないように思える集団はしかし、集まっている全員が等しく当て嵌まっているものがある。それは自他の命を守ることに直結する、僕の素人目での鑑定だとしても一級品だと確信できてしまえる、身に纏われた武具で。
それを製作するのに、ようやく完成したそれの性能が使用損耗によって著しく落ちてしまわぬように、一体どれだけの手間と時間が、そして金銭が注ぎ込まれたのか。
無知である僕には全く計り知れないものの、キラキラと天照らす太陽の光輝に負けないほどの煌めきを周囲に発散している当の装備の中で、つい顔を顰めてしまいそうになるくらい『悪目立ち』してしまっているのは、少し力を加えれば敢え無く折れてしまうだろうショボいナイフを腰に差し、ボロボロなコートを着用しただけの僕で。
子供ならば羨望の眼差しを一心になって向けてしまうだろう一級装備を身に付けた冒険者の中に、一般人の僕が混ざっているという現状は、シチューに虫が混ざった的なまさに異物混入と呼ぶに相応しい、目を当てるに耐え難い惨状なのであった……。
そんな場違いでしかない冒険者の空間に息を詰まらせてしまう僕は、逃げようとする僕のことを絶対に逃さんとして強く握られていた僕の大切なコートの袖を離して、
『ふふん! 早速仕事をした私、ホントえらいわぁ!』
という少しムカついてくる『ご満悦な顔』をしながら己の連れなのだろう、紅髪の剣士の女性の元へと歩いて去っていく少女の背中に、仕方ないと思っても堪らずといった感じで恨めしい視線を送りつつも、このまま無言で『抜き足差し足忍び足』で逃げようとしても、僕のことを目敏く見つけた少女が「弱虫弱虫!!」という誹謗を叫びながら追いかけてくるんだろうなぁ——と、先ほどした極々短い遣り取りである、
『唯我独尊! 私に聞く耳、一切なし!!』
で心底理解しているため、そそくさとした逃亡の手を苦しくも封じられて取ることができず、だからこそ顔を顰めてしまっている僕は、続けて弱々しい表情を浮かべながらも仕方なく、勘違いで連れてこられてしまっている僕の存在に全く気が付いていないと言わんばかりに話し合いを続けている大人冒険者の輪の方へと歩いていった。
「あ、あの————」
首都近辺に出没したという四足型魔獣を駆除する算段を練る話し合い、それに集中した結果、僕という異物が輪内に混入していることに気付いていない冒険者の一団。
一団の内一人に触れられる程度の近地まで野次馬に変な目で見られながらやって来た僕は、恐る恐るという一挙手一投足の弱々しさをもって、一番の実力者でありながら顎を摩って考えに耽っている紅髪の女性の代わりにこの場を仕切っている、二番目の実力者なのだろう男性冒険者の肩を叩き、邪魔をして申し訳ないという思いを全面に出した表情を浮かべながら、ギリギリ聞き取れる程度の細々しい声で話し掛けた。
がしかし。僕の腰が低すぎたことが仇になったのか、男性は反応を示すことなく、片手を天に突き上げて言った。
「よしっ! それじゃあ、早速出発しよう!」
「了解!」
「行きましょ〜〜!」
「あっ、ちょ、え、あ…………ぅ!」
野次馬からの好奇の視線に晒されながら、あまりない『勇気』というものを振り絞って男性の肩を叩き、邪魔しないようにという気遣いに満ち満ちた必死な声を掛けたというのに、当の男性はそれに全く気付くことなく皆の活気を漲らせるための鬨の声を上げて、仲間なのだろう他冒険者数人と共に、ぞろぞろと行動を始めてしまった。
気付かれたいなら叫べばいいだろ——
心底そう思うが内密な遣り取りを行なっている場で叫ぶなど言語道断だし、さらに密談を盗み聞きしていら一般人が白昼堂々と冒険者の輪の中に紛れているとくれば、見つかった僕は問答無用で拘置所に連れていかれるのも残当なのではないだろうか。
そんな恐怖と、話を聞かない子供のせいで想像している『酷い目』に遭うのは御免だという打算的な思いが、僕の喉を締め、腹からの声を出させずにいた。だからこそ、小声で穏便に問題を片付けようとしているのに、なんで誰も僕の話を聞かない?
「あの、僕……え? だ、誰か、話を聞いて…………!」
身に付けた武具で擦れる金物音を奏でながら各々のやるべき行動に移っていく冒険者達は、オロオロしている僕の話を聞くことなく、足早に首都の外へ行ってしまう。
何も言わずに立ち去って、少女が追いかけ来たとしても全力で逃げればいいのではないかと思える場に呆然と突っ立っていた僕が、逃げよう——そう頷いた、その時。
「アンタ、ぼうっとなにしてんの? 早く行くわよ!」
「————!! ちょ、君っっっ!?」
こんなに無視されたの初めてだ……そんなネガティブな思いを胸の内で広げていた僕に、僕のことをここまで引っ張ってきた少女は至極平然とした様子で、しかし僕の様子を見て苛立たし気に「速く行くわよ!」などと言ってくる。まさか僕がサボろうとしてると思ってるのか? 君が部外者の僕を連れて来て、こうなっているのだが。
冒険者と勘違いしているのだろう僕が行動に移るのを待っている太々しい態度の少女と、その保護者なのだろう紅髪の剣士の女性の元へと急いで駆け寄った僕は、今のこの状況を分かっていないだろう、首を傾げている彼女達に大声での説明を行った。
「あの僕、冒険者じゃないです! 一般人なんです!!」
堰を切ったように汗を散らす僕が行った必死過ぎに取られかねない説明を聞いた、おそらく仲間同士の彼女達——。
肩まで伸びた揃い一纏まりのない紅髪に、全てを灰燼に帰してしまうのではないかという苦慮を与えてくる『何かを燃料としている暴熱』が奥底に秘めらた紅眼。
そして『一本の銀の長剣』を腰に差し、素人的には最低限の防具に思えるけれど、しかし十分と確信させるくらいの力強さを与えてくる透き通るような銀の胸当てを着けた、貴公子というのはこういう人なんだなと納得させてくる凛とした人族の女性。
おそらく手入れがされていないのだろう毛先跳ねが端々に目立っている僕と比べれば色素が薄い茶色のロングヘアーに、髪と同色の瞳。
そんな特徴よりも目を引くのは、えらく気怠げな表情——ではなく。額にデカデカと装着されている普段使いするならば非常にゴツい、物凄くカッコいいゴーグルで。
彼女は服装こそ灰と黒の革ジャケットで人目を引くものの、それよりも目を引くだろう武装は見えず、そのことからおそらく『戦う系冒険者』ではないことが窺えた。
妙齢の女性二人の紹介を終え、最後に。明るい柑橘類の皮をそのまま染料にしたのではないかと思える、超ド派手な橙色と黒色のレースが基調になった田舎では見ることがなかった『ロリータファッション』に身を包む、橙色の瞳と同色のツインテールを側頭部から垂らしているエルフの少女は、三人横並びになっている仲間同士で『どういうこと?』という感じで顔を見合わせた後に、僕の方に顔を向けて口を開いた。
「んぅー…………? ふんっ! 絶対にウソね!!」
弁明を吐き連ねる僕の姿を『怪しんでいる風な顔』で頭頂から足先まで舐めるように観察した少女は、狼狽えている僕を目前にして「ウソね!」と断言してしまった。
一体全体どこからそのような迷惑極まる自信が湧き出てきているのか。そんなつい吐き捨てたくなるような思いを喉奥で突っ返させながら顔を引き攣らせていた僕に、少女は『ふふん!』という満悦顔で胸を張って、続いてグッと目尻に力を込めては、
「私がサボれないのに他がサボるとか絶対に許さないから! ほら、行くわよ!」
と、あまりにも素直な心情を語って行き渋っている僕の胸ぐらをガシッと掴み、ワイシャツが破けない程度に強強しく引っ張った。
「だ、だから違うんだってばっ! 僕は冒険者じゃないですから!! 本当の本当に一般人なんですよっっ!?」
「嘘おっしゃい! ナイフを持ってるじゃないのよ!」
「えあ!? そ、それはぁ……!」
ようやく分かったぞ。初対面のこの子が、一般人の僕のことを冒険者だと断じている理由は、腰に差されている『武器のナイフ』を見てのことだったのか……。
確かに。冒険者じゃない一般人が、こんな使い古されたバトルナイフを冒険者みたいに装備しているわけがないな。え? じゃあこれってもしかして僕が悪いのか?
いやでも『冒険者じゃない!』って僕は何度もこの少女に説明しているし、しかし少女は毎度の如く僕の話を聞き入れずに『絶対にウソ!』と即座に断じている。
ならばこの子も、僕と同等かそれ以上に悪いのではないだろうか?
という言い訳を無言で考えている間にも、僕の胸ぐらを掴んだままでいる少女はずるずると、先立った冒険者達が向かった大東門の方へと引っ張って行ってしまう。
だからこれは仕方ないか。と僕は僕の話を聞かないで強引に物事を進めようとする少女の力に抗うよう、脱力していた全身にグッと力を込めて、ビタリと急停止した。
「————ちょあっ、きゃうぅっ!?」
強引に引っ張っていたお返しとばかりに急停止をすると、僕の胸ぐらを掴んでいたエルフの少女は力強く握っていたみぞおち辺りのシャツを滑り手放してしまい、バンザイをするように持ち上げられた両手を地面に広げて、盛大に転んでしまった。
僕の胸ぐらと同じように勢いよく手放してしまった蒼宝玉の杖が、カランという居た堪れなくなるくらいに乾き切っている快音を鳴らしながら、地面を転がっていく。
「………………あっ! 大丈夫っっっ!?」
その状況に唖然としてしまっていた僕が堰を切ったように地面と抱擁を交わしながら微動だにしない少女に駆け寄って心配に染まった声を掛けると、少女は肩を揺らした後、ゴゴゴ——という巨岩と巨岩が擦れ合っているような幻聴を見る者に与える張り詰めた雰囲気を辺りに醸し出しながら、ゆっくりと地面に付けていた顔を上げた。
「…………ぅう……ッゥッ…………ウウゥゥッッッ!!」
天変地異の前触れかなにかか? という不安を覚えさせてくる嫌な予感を得て、片耳を手で塞いでいた僕。続いて僕の耳に届くのは、まるで肉食獣が発する唸り声。
その『獣の唸り声』を喉の奥底から発している少女は、捕食者を前にした小動物のように肌が泡立つほどの戦慄を催してしまっている僕の目前で徐に顔を上げ、子供故のか弱い手を痛めることも憚らない力強さで両手を地面を叩きつけて、その勢いで倒れていた体を起こし、地べたに尻をついた格好のまま涙目で僕のことを睨み出した。
「手、掴んで?」
少女の睨みは大した恐怖を与えるほどのものではないものの、間違いなく攻撃はしてくるなという謎の確信を持っていた僕は、手を差し伸べることを憚ってしまうが。
しかし無視なんて大人のやることではないと頷き、立ち上がらないでいる少女に手を差し伸べた。が。目端に涙を浮かべている少女は善意百で目の前に差し出された僕の手を「ウゥァウガァアッ!!」という激しい唸り声を発して払い除けてしまった。
仕方なく僕が出港させていた助け舟を堂々と着港拒否してのけた少女は、のそりという静かな動作をもって自力で地面から立ち上がり、不本意に引き摺ってしまったフリフリスカートに付着している砂埃を叩いて払う。
哀愁を感じさせてくる様子を至極申し訳なさそうな目で僕が見ていると、埃を払いながら浅く俯いていた少女が突如として、瞠目している僕に右拳を突き出してきた。
「————ッッッ!! 死ねぇええっっっ!!」
「っえ!? ええぇっ!?」
殺意が込められている右ストレートに僕は目を見開きつつも冷静に掌を狙われているみぞおちの前に構え、少女から繰り出された加減一切なしのパンチを受け止める。
互いの攻と守が打つかりあった瞬間に『パァンッ!』という快音が辺りに鳴った。
その乾音を奏でる結果となった、本気の殺意を込めていた自身の『絶殺拳』がどこからどう見ても上京したての田舎者で、ひょろっとしたガタイ故に弱そうな僕に『完全防御』されてしまったことを認めた少女は愕然とした表情をし、そして再び目端に涙を浮かべてしまいながらそれを見られぬよう顔を隠さんとして、僕に背を向けた。
その光景は側から見ると『僕が泣かせてしまった』ような様相を呈していて、あまりにも不本意すぎるそんな現状に全身に冷や汗を湛えることを禁じ得ないでいる僕が、露骨に『あたふた』としていると、トントンと肩を叩かれた。
まさか子供を泣かせるなとかいう文句を言われたりしないよな——そんな不安を胸中に振り向くと、僕の肩を叩いた紅髪の女性は申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
「悪いね、少年。うちの『アミュア』が多分に失礼を働いてしまって。彼女、見た目通り性格も『ガキ』なんだよ」
「…………ガ、ガキ……あ、いえ、まあ……はい……」
仲間の無礼を詫びる謝罪を述べた紅髪の女性と、そんな彼女の背後で『あちゃー』という感じで頭を抱えた様子を見せている、茶髪の女性が醸し出している雰囲気から察するに、理不尽に怒髪天に突いたままでいる少女は頑なに認めようとせずとも、少女の保護者的な役割を担っている他二人の女性からの『誤解』は解けたようだった。
勘違いが解けてよかったという甚だしい安堵を抱いて僕が胸を撫で下ろすと、僕に拳を食らわせようとした少女『アミュアちゃん』が、勝手に流れる涙を拭い去った後にガバッと凄まじい勢いをもって振り向き、必死に言葉を捲し立てる。
「私はガキじゃねえし! そいつがクソガキなんだしぃ!!」
どうやら、紅髪の女性の『ガキ』という発言が、アミュアちゃんの一丁前なプライドを酷く傷つけてしまったようだ。ガキという発言をしたのは君の保護者だろう紅髪の女性だというのに、なんで被害者でしかない僕に食って掛かるんだよ、この子は。
という多大な不満の言を漏らしてしまえば、この場が再び『エルフ型猛獣』に荒らされてしまうために言うこと憚られた僕は、未だに怒っているアミュアちゃんとの視線を腰を折ることによって合わせ、できるだけ当たり障りのない感じで口を開いた。
「ゴメンね、アミュアちゃん。僕のせいで勘違いさせちゃったみたいで。このナイフはね、僕の爺ちゃ——祖父からもらった、僕の宝物なんだ。だから、お守り的な感じで腰に差しているだけで、別に冒険者だから持ってるってわけじゃないんだよ」
「ア、ア、アア……ア、アミュア『ちゃん』…………?」
アミュアちゃんは、僕がする一件の謝罪と説明なんかよりも、自分の名前に『ちゃん』が付けられたことの方が甚だ衝撃的だったようで、口を閉ざすことを忘れてしまうほどに愕然としながら、今までの怒りを消失させた虚な眼差しで雲一つない空を見上げては「ちゃん、ちゃん。私に、ちゃん……?」と呆然と呟きはじめてしまった。
予想だにしなかった衝撃で固まってしまっている彼女を僕は無視して、何故か『クスクス』と笑っているアミュアちゃんの保護者であろう赤髪の女性に話し掛けた。
「あの、そういうわけで、僕は冒険者じゃないんです」
「ふはははは! うん、そのようだ、ね………………?」
「…………へ? ……え? な、なんですか…………?」
意味深に言葉を途切らせて顔を寄せてきた紅髪の女性は、何の脈略もなく「んー……」と声を漏らしながら、急にどうしたんだ? という、女性に圧された疑問顔で動けずにいる僕を中心にしてぐるぐると僕の全身を舐め回すように観察してきた。
「……? エリオラ姐さん? どうしたんスか?」
謎に始まった僕の観察に戸惑いを見せている茶髪の女性が『エリオラ』という紅髪の女性の名前だろうを呼ぶものの、しかし当のエリオラさんはその呼び掛けに反応を示すことなく、僕をじっくりと舐め見て……そして観察するだけには飽き足らず『ペタペタ』と、警戒を解けば激しくなる気配が濃厚な軽めのボディタッチを決行する。
僕に断りもなく無言決行された『紛れもないセクハラ』にギョッとしてしまうのは完全にセクハラ魔であったカカさんのせいで歳上の異性に体を触れられることに若干の怖気を感じてしまうようになっている僕と、急に見ず知らずである筈の異性を触り出した同僚に『大胆過ぎる!』という感じの甚だな赤面を見せている茶髪の女性で。
「ちょちょっ、きゅ、急になんなんですかっ!? や、やめてください!!」
「あぁ、ゴメンね! んと、君の体の周りにだけ『心地いいぬるさの変な風』が吹いてるなぁ——と思ってさ」
「か、僕の周りに変な『風』…………?」
かぜ……カゼ……風? 今もフリューに吹いて横顔に当たっている微風のような? ……なんか記憶の奥底に押し込まれている、引っ掛かる『何か』がある。この甚だしい既知感はなんだ? 風、カゼ、かぜ——僕の周りにある風。僕の……あっ!
そういえば僕が三、四歳だったかの幼少期に自分の掌から『風』を出せたことがあった。それを興奮気味に母さんに見せたら、母さんは突然泣きそうな顔をして、戸惑ってしまった僕のことを抱きしめて言ったんだ。
「その『風』は使わないでほしい」って。
その一件以来、涙を浮かべていた母さんがいきなり行った『僕への懇願』に聞き従って、僕はどんな理由があって使えるのかが分からない『風』を出すことがなかったから、今まで完全に忘れてしまっていたんだ……。
「君の周りの『風』って——もしかしなくとも『加護』ってやつなのかな?」
「へっ!? か、加護!? すごっ! マジっスか!?」
加護。意味が分からない言葉に茶髪の女性は肩を大きく飛び跳ねさせては、先ほどまで活力がない感じの低かった声をワントーン以上高くし、頬を高揚で赤く染めた。
まるで非常に稀有な物体、または現象に出会った時のような興奮反応を、なにそれという意に沿って他を伺うように流した横目で視線で認めた僕は、加護という何かが、気怠げな顔を興奮一色に染めるに値する『凄いもの』であると言外に理解する。
この反応……加護ってもしかしなくとも、滅茶苦茶に凄いのか? 全然そんな気がしないのが正直な所なんだけど。
だって母さんに見せた時は「使わないで」って使用を止められたし、母さん以外で唯一、爺ちゃんにだけは風が出せたということを教えた記憶があるけど、遣る瀬無いという感情を奥歯で噛み潰したような非常に苦しげな顔をして、例の加護については何も言わなかった。というか、だからこそなんだけど——加護って一体なんなんだ?
「あの……」
「ん? どうかしたのかい?」
「えっと、その……加護って、なんですか……?」
エリオラさんに、話題に置いて行かれている要因たる『加護』について申し訳なさそうな問い掛けると、これまた何故か、問われたエリオラさん達は三人揃って僕の発言に心底理解不能な点があったように膠着する。そして『マジかコイツ』みたいな感じで目を見開きながら、じぃーっと僕のことを見ていた三人は徐に顔を見合わせた。
「………………本当に知らないのかい?」
あまりにも常識から隔絶しすぎているという風に僕のことを心底疑った問い返をしてくるエリオラさんに、もはや反論などできない『無知』であると白状するように僕はコクリと、襲い掛かってきた羞恥で額に汗を湛えながら頷いた。すると、脈略なく怒った顔をし出したアミュアちゃんが前に出張ってきて、いきなり僕の脛を蹴った。
「っっっ痛あっ!?」
「え? どうしたの、急に…………?」
手加減一切なしの強蹴をしてきた本人が一番痛そうなリアクションを取り、脛を蹴られた当人である僕はまるで何事もなかったかのように蹴りに使った右足を抱えながら涙を浮かべるアミュアちゃんに、心配の眼差しと声を掛けた。
しかし僕がした憐憫が癇に障ってしまったのか、堪らないくらいの痛みを我慢するようにその場にしゃがみ込んで「うぅぅ……っっ!」と呻くアミュアちゃんは、まるで憤怒を打つけるような理不尽極まる上目遣いで僕のことを睨んできた。
いやいや、今のに攻撃してきた君が完全に悪いでしょうが——とは思ったものの、火に油の言葉を口に出すことなく僕は彼女の腕を掴んで半ば強引に立ち上がらせる。
「んー、すごく気になる事はあるけど……、アミュアの勘違いに巻き込んで申し訳ないね。ところで君、名前は?」
僕の質問には答えることなく、勘違いの一件で起きたあれこれに謝罪の言葉を述べて、まだ名乗ってはいなかった僕の名前を訪ねてくる貴公子のようなエリオラさん。
求めた質問の答えは得られずとも必聞というわけではないので特段気にすることはなく、この人はアミュアちゃんとは違って話が分かる人だからと僕は素直に名乗る。
「僕はソラです。ソラ・ヒュウルです」
「ソラ・ヒュウル。うん、ソラ君ね。じゃあ私も。私の名前は『エリオラ』だ。君に非礼を働いてしまったのは『アミュア』と言う。で、私の横に立っているのが——」
自分の名と、絶対にしないと背中で語るアミュアちゃんの代わりに名を名乗ったエリオラさんは、隣でことの成り行きを見守るように立っていた茶髪の女性を指した。すると、促された茶髪の女性は不器用そうに笑って口を開いた。
「自分は『リップリュー』っス。あ、纏めて『リップ』で良いっス。この度はアミュアさんが大変失礼しました。悪い人じゃないんでどうか嫌わないであげてください」
フルネームを名乗り、そして言いやすく纏められた略名を語った『リップ』さんと共に、ペコペコと忙しなく頭を下げあって、互いの自己紹介を終えた。
「キモキモキモっ! 二人して頭下げすぎでしょ」
「君が頭を下げる必要があるんだけどね」
「うっっ…………」
できるだけ口撃してやろうという、図太いというか太々しいというか、あまりにも狡い意図が透けて見えているアミュアちゃんは、早速と言わんばかりに、ボキャブラリーの中から選りすぐった最大の口撃を繰り出すものの、冷戦沈着な大人のエリオラさんにカウンターの図星を喰らわせられて、堪らず「うぐぅっ!」と声を漏らし、そしてチラチラとジト目をする僕に視線を流してくる。アミュアちゃんの様子的に、謝罪はしたくはないが、このまま何も言わずだとバツが悪い。と言ったところだろう。
正直な話、あの聞く耳のなさには少なからずムッとしてしまったが、この子はまだ小さな、十にも満たない子供だ。
エルフ族だから『歳を取る=老ける』にはならないけど、アミュアちゃんの性格的にまだ子供だろうから、仕方ない。ここは歳上の兄ちゃんとして許してあげるかな。
「…………紛らわしい格好をしてたせいで勘違いをしちゃったんだよね? そこは謝るよ。でも、これからは気をつけてね? 危ない人も世の中にはいるだろうからさ」
膝を折り、百三十センチ程度の身長をしているアミュアちゃんに視線を合わせながら僕は笑い掛ける。できるだけ爽やかな表情で笑い掛けられた当のアミュアちゃんは苦虫を噛み潰したような表情で唇を噛んでいた。それに何故かは分からないけど、僕と彼女を見守っていたエリオラさんやリップさんは「クスクス」と笑っていた。
「————ふ、ふん! そうよ! アンタが悪いから! 私、悪くないもん! 絶対にこのクソガキのせいだし!」
「いや、アミュアさんが悪かったと思いますよ」
「ああ、アミュアが悪かったよ」
「あ、アンタ達……っ! 私の味方をしなさいよ……!」
笑むエリオラさんは、仲間に梯子を外されて愕然と、そして羞恥と僕への理不尽な怒りで顔を真っ赤にしているアミュアちゃんの姿を見兼ねたように彼女の肩を優しく叩き、他の冒険者全員が通って行ってしまった大東門を指差した。すると、その指が差している方向を視線で追ってハッと、現状を打破する『逃げ場』を見つけたように表情を明るくしたアミュアちゃんは、しかし微笑んでいる僕に顔を見られぬよう態とらしく肩を力ませ、ドスドスという足取りで逃げ場に通ずる門の方へと歩いていく。
彼女の後に続くよう、多分に世話になったリップさんとエリオラさんも僕の前から手を振って去っていった。そして一人、門前広場に取り残されてしまった僕が、遠ざかっていく三人の背中を見送りながら『これが一期一会か』と、言葉もない万感の思いを胸の内にに刻んで、フリューの中央へと向かうよう踵を返そうとした、その時。
バチバチっと頭の中で天を嘶く電雷の閃光が走り抜け、アミュアちゃんのせいで忘れていた『モルフォンスさん』のことを思い出した。そしてガバッと勢いよく彼女達が去っていった方へと振り返り、大分遠くにいるエリオラさんに大きな声を掛けた。
「エリオラさんっ!! モルフォンスって人のことをご存知ないですか!!」
「ああ! モルフォンスは『西区の区長』だよ!!」
「っっ!! 何処にいるか、ご存知ですかっ!!」
「区長なら『西区の役所』にいるはずさ!!」
「————!! ありがとうございます、エリオラさん!!」
僕は一期一会が生んだ『幸運』を奥歯で噛み締めて、肝心な情報を包み隠さず、声を張り上げてまで僕に教えてくれたエリオラさんに大きく、勢いよく頭を下げた。
そして僕の目的地が確固として定まった。僕がこれから目指すべきは、首都フリューの西区!! 嬉々とした表情を浮かべている僕は足取り軽く、軽快に腕を振って、首都の西を目指して走り始めるのだった。




