第9話 強引すぎるよ『アミュア』ちゃん
一体、この舌先と肌がピリつくほどの『緊迫とした空気感』が辺りに漂っているのは、どういう理由があるのやら。
それが気になって仕方ない僕は、非常に悪いとは思いつつも猫のような好奇心に負けて、物理的に大きくはなっていない耳を聞き立ててしまう。
耳を傾けている僕の視界の先、数百規模の人間が来ようと余裕で居座れてしまえるほどに広大な東門前広場を、まるで群衆を寄せ付けないがためにデカデカと陣取っているかのように、その一点で集まっているのは、多種多様な武具での武装を完了した、武具と同じように多種多様な種族の冒険者達で。
故郷の村では一度も見ることが無かった、僕からすれば珍しいの一言である冒険者業に従事しているだろうその全員が、この上なく真面目な様子でヒソヒソと、まるで『何事だ?』といった続々と集まってきている群衆に聞かれてしまうのは不味い——という感じの小声で、一目で内密なんだろうなと察せられる話し合いを行ったいた。
やはり冒険者達を一堂に集めるなにかが、フリューの内側——いや、東区で唯一の出入り口である大東門の前に集まったということは、おそらく都外であったようだ。
爺ちゃんがした酒の席での昔自慢を鑑みるに、巨漢三人を打っ飛ばせる(多分これは誇張)ほどの腕っ節が必要だという冒険者がその『何らか』に招集されたということは、ほぼ間違いなく解決には実力が必須だと思っていいだろう。んー、もう少し近づければ周りの喧騒に邪魔されないで冒険者の密談を聞き取れそうなんだけどなぁ。
よし、ちょっとばかし強引なやり方になってしまうけど、最前列で並んでいる人達の隙間に体を捩じ込ませてみるか。
「っと……すいません、前に行かせてくださいっ」
僕と同様に好奇心に駆られている野次馬達を掻き分けながら前へ。喧騒と、互いの距離が離れているせいでよく聞き取れない密談を交わしている冒険者達に一歩でも近づかんとして、門前広場の中心へと向かって進んでいく。そうして過密集が生み出している耐え難いと素直に思えてしまう甚だしい熱気により、大粒の汗を額に浮かべてしまいながらも、なんとか野次馬の最前列までやって来れた僕は、近くはないが遠くもない場所で作戦を立てていると思しき冒険者の集団を、じーっと観察しはじめる。
最前列に立ったおかげで野次馬が奏でているザワザワとした喧騒に紛れていた、微風程度で掻き消されるだろう微かな冒険者達の声を聞き掴むことができた……。
『フリュー近辺で『四足型魔獣』を発見した……か。ソルフーレンでは魔獣発見例がただでさえ少ないってのに、よりにもよって首都圏内とはな。どんな巡り合わせだ』
『首都の近くでって、その情報って結構ヤバイですよね? ソルフーレンの住人は他国で『魔獣被害』に遭って逃げるように移住してきた人が多数居るし、それも人口密集地の間近で魔獣発生とか、移住者達が中心のパニックが起こるんじゃあ……?』
『フリューの内部で魔獣が現れたわけではないから、ギルドから情報が渡ってる冒険者間でその情報規制をすれば、魔獣被害者達のパニックは避けられます。そも、高が魔獣が鼠一匹通さない防壁を突破できるわけがないし。であれば真っ先に被害に遭う可能性がある壁外の行商や入都者を率先して避難させた方がいいと思いますが』
『んんーっ…………エリオラの意見を伺いたいんだが、いいか?』
『ん。魔獣発生の情報規制はした方がいいと私も思うよ。風の勇者伝説が確と刻まれているソルフーレンは魔族被害者の最後の拠り所だ。そこを突くのは『区長』も避けたがるだろう。だが周囲全てに黙ったままだと不知の民間人が被害に遭う可能性は否めない。喋るとしても口が堅い行商までとして、魔族被害者の線が有り得ている入都者には伝えず、門の検問官に情報を共有して、入都申請認可を速めてもらえばいい』
『……よし、ロウベリー、ルルド。お前達は東門の検問官に情報を共有。して、フリューを発つ者にのみ今回の件を伝えてこい。ほら、若えんだから走って行け行け!』
『はぁ……分かりましたよ』
『りょ、了解です! 頑張ります!!』
重苦しいだろう鎧を常に着込んで行動を続けていた恩恵だろう底知れない体力に、青年期特有の際限ない活力に満ち溢れた表情を浮かべているルルドさんと、不承不承という思いを全く隠さない表情で頷いたロウベリーさんは、僕が入都する際にミュウの件で軽く話をした『おじさん冒険者』から命令を下されて、それに従うように集団から離れ、大東門の検問所の方へと駆け足で向かっていってしまった。
それを見届けた僕は、冒険者達が交わしていた話の中にあった『とある言葉』——おじさん冒険者がしていた話の最初に出てきた『魔獣』という、人生で一度しか聞いたことがない言ってしまえば全く聞き慣れない言葉を、幾度も頭の中で反芻させる。
魔獣という『別枠たる生物の名称』は僕に座学を説いてくれていたカカさんの口から一度だけ聞いたことがある。たしか『魔獣』とは『俗称』であり、正式な名称で『魔族』という『害悪存在』は、僕たちのような『原生物』を世界に創り出した『聖なる神』とは違う、その神と比べるとまさに正反対である万物破壊の権化『魔なる神』が創り出した、原生物とは根本が異なっている『異生物』の総称だったはずだ。
そんな感じのことを、カカさん家で毎日欠かさず開かれていた勉強会で教えてもらったことがある。しかし何故かは分からないけど、僕が『魔族』について詳しく教えてほしいと言及しても、カカさんは露骨に視線を逸らした挙句、
『私も詳しくは知らないのよねぇ……。ほら私ってぇ、薬師だからさぁ? 考古学とか生物学とか専門外でぇ……』
と、あからさまに『僕に魔族のことを教えてしまうのは不味い』ということを言外に伝えてきている怪しい様子にて、僕が掛けた疑問に答えることなく、魔族という存在についての詳しくは全く教えられることがなかったのだった。
その不満が残る無返答に納得できなかった僕は、しばらくの間、頭を悩ませていたんだっけ。爺ちゃんに聞いても、母さんに聞いても、誰一人教えてくれなかったからな……って、今はそんな昔のことはどうでもいいんだよ。フリュー近辺に害悪存在というだけあって危険極まりないのだろう『魔獣』という異生物が現れたという現状は多分、いやほぼ間違いなく『緊急事態』なのだろう。そんな僕の危機察知の肯定するように、確固とした実力を有しているに違いない冒険者達が焦りを見せているのだ。
しかし僕が焦り出す意味は皆無だ。魔獣発生の情報を規制するという紅髪の女性の言葉を僕は盗み聞いている。ならば熟練冒険者と見て取れる彼女の言葉に僕は従うべきで。ここはその秘密が漏れぬように口を固く閉ざしたまま、冒険者の密談を何とか聞こうとしている野次馬の中から退散するべきなのだろうな。そんな思考の帰結に至った僕の目前では、冒険者の話し合い——魔獣退治を行うための作戦会議が一段落したようで、集まってた皆が散り散りとした行動を取り始めてしまった。
おじさん冒険者は僕が身分証を取得する前に列の先頭で見た、大剣を背負う男性、杖を手に握るエルフ、大盾を持ったドワーフの冒険者と共に東門へと向かい出す。
ルルドさんとロウベリーさんは門前広場に戻ってくることはなく、おそらく壁外で命令通りに隠密行動を取っているのだろう。他冒険者も皆同じように動き、各々ができることを始めるためにバラバラな方向へと歩き出すのだった。
そして周囲に発散していた熱々しい空気からして、ほぼ間違いなく集まっていた冒険者の中で一番の実力者であろう『紅い髪の凜とした剣士の女性』は、自パーティーのメンバーと思われる『雑に長い茶髪の女性』と、自己判断しかねたのか場に残っている数人の初心冒険者と共に、自分達の行動を確認し合うような話を交わし始める。
そんな紅髪と茶髪の女性二人の足元で、冒険者間の作戦会議に加わらずに今まで棒立ちしていた『仰々しい蒼輝の宝石が目立つ杖を持ったエルフの子供(?)』は、野次馬の中から立ち去ろうと辺りを見回していた僕のことを謎に見て、その視線に気が付いて顔を向けた僕と目を合わせた。
あ、目が合った。片方の眉尻が上に傾く思いが乗った僕の濃緑色の視線と、夏に旬を迎える柑橘類のような明るい橙色の視線をじーっと絡めていたエルフの子供——外見的に十歳くらいの少女は一体全体なにを思ったのか、唐突に『ムッ』とした表情を浮かべて、どうしたんだろうと不思議に思っている僕の方へと向かって歩いてきた。
意味不明なムカつき顔でこちらへと来る少女に対して『え、なに?』と戸惑ってしまっている僕が、あれだけ密集していたというのに何故かダンスを踊れるくらいの余裕が生まれている自身の周囲にキョロキョロと困った視線を巡らせていると、ふりふりの『ロリータファッション』だったかの服を着こなしている、ツインテールの橙髪の少女は挙動不審になっている僕の前に立って、山形になっていた口を開いた……。
「集合よ!」
「へ…………? …………ん? はい?」
突然ムスッとした顔をしながらやって来たと思えば、この子は何を言い出しているんだ? 脈略ない発言が過ぎるし、だからこそ全く意味が読み取れないのだが……。
露骨な困惑が込められた助けを乞う視線を僕と少女からいつの間に距離を取っている周囲に配るも、やはり今のこれが何事かを理解しかねている群衆が助け船を出してくれる気配は皆無で、それら無情な現実に顔を引き攣らせてしまった僕が少女に向けて首を横に振りながら、逃げるように一歩後退りするも——少女の動きは速かった。
「なにをチンタラしてるわけ? ほら、急ぐわよ!!」
「へっ? いやっ、ちょっ、まっ! 待ってってば!!」
「ウダウダ五月蝿い!! 速く行くわよ!!」
「ちょ、ちがっ、僕は関係ないってばっ!!」
「どう考えても関係あるでしょ!! 逃げるな弱虫!!」
「え、ええっ!?」
何らかが要因となって勘違いを起こした結果、僕が集合場所に行き渋っていると思っているのだろう、その帰結を肯定するように弁明に全く聞く耳を持たないエルフの少女は、苛立った自身の心情を言外に表しているように両側頭部から垂れているやや膨らみのあるツインテールをプリプリと左右に揺らし、しかし我慢の限界とばかりのキレ気味な口調で言葉を吐き出しては、僕がする必死の弁明は被せ消されてしまう。
全く話が通じないってこんなにも苦しいことだったのか——
という泣きたくなるような無力感に苛まれていた僕は、強引過ぎる少女に着ているコートの袖を掴まれた状態で、未だに話し合いをしている冒険者の輪の方へと、言い訳を伝えることもできぬままに引っ張られて、連れて行かれてしまうのだった……。




