第二回戦『謎の男』対『番長』
――さぁ、私の望みは一つだけ。目的の完遂ですよ 『言霊遣い』
一
さて、『謎の男』こと覆面マンであるが、彼は非常に繊細な人間である。
彼の過去については非常に重いシークレットが掛けられており、誰にも知られてはならない。謎に包まれている。つーか、お願いだから聞くな。
しかし、ここで何故だかはさっぱり分からないが、三年三組の担任であるゴリラ――武藤児輔のことであるが、彼の経歴について語ろう。
年齢は二十九歳。中学教師八年目。担当は体育。独身。彼女というより嫁さん募集中。世界一どうでも良い情報だが、好みのタイプは眼鏡巨乳な司書さん系。
そして、彼が大学時代、アメフト部のエースだったことは有名な話である。
ポジションはディフェンスライン。
正確に表記するとDE。ディフェンスエンドである。
DEAD ENDの略ではないが、よくそのように呼ばれていた。
身長一八七センチ、体重九八キロ。ベンチプレス一八〇キロ。スクワットはハーフで二九〇キロ。四十ヤードを五秒フラットで走る健脚とアジリティ。怪物じみた身体能力の持ち主として恐れられていた。
全ては現役当時の話である。
未だに地域のクラブチームの選手としてやっているが、さすがに昔に比べればかなり衰えたものの未だに彼に対抗できるような選手は皆無である。
だが、今の彼は自身のパフォーマンス向上も二の次だった。
後進育成が一番の課題だと考えているのだ。
アメリカンフットボールの認知度を高めることを目的としている。
そんな武藤が一際注目している生徒がいた。
『最強』南口田尾である。
例えば、他にも西中の北方もその候補であったが、彼は何やら非常に高名な『武道家』の弟子であり、アメフトに興味を持ちそうにないと聞いているので諦めている。
他にも、『ちゃんこ』伊藤は一年の頃から目につけていたが――アメフトは太った大食漢が偉いという、世間様とは隔離された独自の価値判断基準がある――将来の角界入りを考えトレーニングしていることと、防具の装着で変な癖がつくかもしれないということで親御さんから直々に断られたりしている。
つまり、武藤は熱心に勧誘していたが、その努力は実を結んでいなかった。
現在、東中の生徒で彼が指導している選手はゼロであり、武藤はその現状を憂えている。
とてもそうは見えないかもしれないが、武藤は非常に繊細な人間である。
もともとアスリートなんてある意味で繊細なものなのだが、彼は更に別格だった。
武藤が将来を嘱望され誘われていたXリーグではなく、教職を選んだ理由――アメフトボールから教鞭へと持ち替えたのも彼独自の繊細さが理由だった。
そう、それは――。
二
実の所、『番長』黒埼想は誰よりも知性的だった。
彼が不良をやっている理由は簡単なものだ。
それがカッコいいと信じている。
ただ、それだけだった。
……ごめんなさい、そんなに知性的でもないかもしれない。
しかし、少なくとも彼は論理的である。
カッコいいものになりたくて、自分の考えるカッコいい風貌、言動、思想に忠実であろうとしている。
そこに妥協はかけらとして存在せず、徹底することで彼の信念の美しさと強さを証明していた。
だから、彼は仲間を売るような真似を嫌悪している。
だから、彼は弱者をいたぶるような真似を憎悪している。
そう――『番長』黒埼は自分の美学を持っているのだった。
さて、ところで南口の持つ一対十五の大乱闘という伝説であるが、あれは実のところ正しくない。
正確には二対三十三。
そして、二人のうち一人は自分から首を突っ込んできた。
そもそもその大乱闘――『大村公園の大乱闘』のきっかけはささやかなものだった。
繰り返すようだが、『最強』南口田尾の容姿はかなり良い。
町を歩いているとよく異性に振り返られるし、雑誌の取材を断るのは妹ともども苦労している。
そこに惹かれた女の子があっさりとフラれた。
その子のことが好きだった少年が何故か逆恨みをした。
そして、それを周りが煽り立て、誰もが引けなくなった。
本当にその程度の理由だった。
扇動という状態があるが、これは本当に恐ろしい面を持つ。
そう思っていないけど。周りが動くから。空気を読むため。
――怖いから。
人を動かす原理の一つが恐怖であることは間違いない。
そして、本人にとってありがたい話ではないが、南口は恐怖を誘発させる類の人間だった。
人より圧倒的に才能があり、優れている。
そういう性質に人は畏怖し、恐怖する。
その事件が起きたのは秋の夕暮れだった。
斜陽が世界を赤く染めている。
大村公園は西中と東中の両方から、おおよそ等距離にある公園である。
普段から人気はなく、寂れている。遊具は錆び、手入れもあまり為されていないようだ。子供や子連れの母親もあまり訪れない。
それが今は大賑わいだった。
木刀、金属バット、角材、鉄パイプ――棒状の武器が立ち並んでいる。
ナイフ等刃物でない理由は取り扱いの難しさと離れて攻撃するためである。
その数、実に三十三。
その持ち主たち以外の姿は、見える範囲で公園の中には一人しかいない。
その一人である南口田尾はそれらを不思議そうに眺めていた。
「呼び出しに応じて来たんですけど……これはどういうことです?」
「それはな」
ニヤニヤと笑いながら中心の男は言った。
「お前がムカつくからさ」
「そうですか。すみません。では、以後目立たないよう気をつけます」
南口は「失礼します」と頭を下げ、そのまま帰ろうとする。
「ちょ、っちょっと待てぇい! それで帰ろうとするんじゃねぇ!」
「え? まだ何か問題が?」
南口は挑発する意図などなく、不思議そうに素でそう言った。
「その程度で帰れると思うんじゃねぇよ。土下座は必要だろうが、なぁ?」
中心の男の荒い調子――それに同調して後ろで、
「靴も舐めねぇとな」
「髪も長ぇんじゃねぇか? 切るか? 丸刈りか?」
周囲が囃し立て、嘲笑混じりの歓声が上がる。
それは人が他人を屈服させる際に上げる、根の暗い喜びの声だった。
南口はそれらの動きを黙って見ていた。
こめかみ辺りをポリポリと人差し指で掻き、口を開こうとした瞬間、
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」
――と、どこからともなく声が響いた。
「だ、誰だ!」
その声の主は南口の位置から右手前方――有象無象の斜め後方――ペンキの剥げかけた象の滑り台の上に仁王立ちで立っていた。
長ランをマントのように羽織り。
そのトレードマークのリーゼントは猛々しく。
東中で最も有名な不良――黒埼想は咥えタバコを吐き捨てながら笑った。
面識のあった南口は唖然としながら問う。
「黒埼くん? どうしたのさ?」
黒埼は悠然と不良たちの間を進む。罵声が飛び交うが物ともしない。
ただ誰も自分からは手を出そうとしない。黒埼のある種の迫力に皆が気圧されていた。
「別にどうもしねぇけどよぉ。そこで昼寝してたら、なんか面白れぇことになってるじゃねぇかよ。このわしを差し置いてなっ!」
と、どう考えてもどこかで南口のピンチを聞きつけ駆けつけただろうに、黒埼はそんなことをうそぶいた。
わざわざ隠れていたことも、よく考えてみると微笑ましいが、指摘するような人間はその場にはいない。
すぐ傍まで来た際、南口は『番長』へふと思ったことを告げる。
「黒埼くん。タバコは辞めた方が良いよ? 身体に良くないし未成年だし」
「今はそういう場合じゃねぇだろ!」
「あと、ポイ捨ても感心しないかな。ゴミ箱に捨てようね」
「だから後にしろよ!」
黒埼が正常に見えるくらい南口はのんびりしていた。
何故だか集まった群衆のやる気も三割くらい削られているようだったが、
「じゃあ、後からもう一度言うよ」
「……あんまりピンチじゃねぇのか? もしかして」
とんでもない、と南口は首を振って真面目な顔で言った。
「いや、実はとっても困っているんだよ。通報してくれた?」
「ガキの喧嘩をお上に報せるなんざ、無粋だろうが!」
「困ったな。じゃあ、どう逃げようか?」
「ちったぁ闘えよ! お前『最強』だろうが!」
「えっと、じゃあ一所懸命逃げようか」
逃げ方の問題じゃねぇ! とツッコむことはせず、黒埼は頷いて顎で出口を示した。
「……分かった。お前は逃げろ。わしが助けてやるから」
「それはできないよ!」
そこだけは南口ははっきりと言った。とんでもないとばかりに首を振る。
「わしが囮になってやるっつーの! お前はさっさと逃げろっつーの!」
「んー、じゃあ、僕が囮になるよ」
「アホか! テメェが狙いなんだよ! わしが逃げる理由はねぇんだっての!」
「じゃあ、やっぱり一緒に逃げようか」
「……もう良い。喧嘩の前から疲れるなんて初めてだ……」
いい加減痺れを切らした中心の男が叫んだ。
「舐めんじゃねぇ!」
得物を手にしている安心感か、先頭の男はずんずんと間合いを詰める。
それに合わせて群衆がどんどん南口を中心に密集してきた。
「ああ。そう言いたくなる気持ちは分かる、けどよぉ……」
黒埼はフッと不敵に笑い、脱力しながら――踏み込む。
その矛盾した動作が、圧倒的な加速を生んだ。
誰一人として反応できなかった。
そのまま――黒埼は必殺の頭突きを――最前にいた男に見舞う!
「なっ!」
顔面をおさえて防御姿勢を取る間もない。鼻血を噴出し――呻き声を上げ――、
「ぐぁっ」
更にダメ押しで頭突きを食らわせると、その男はあっさりと失神した。
「さて、次は誰だ?」
黒埼は額に付いた血を拭い、獰猛に笑う。
南口は「うわぁ、大丈夫ですか?」と鼻の潰れた男に勝手違いな心配をしている。
その余裕に黒埼は思わず笑ってしまう。どれだけ余裕だよ、と。
それがきっかけだった。
首謀者である中心の男が叫ぶ。
「ぶっ殺せ!」
乱闘が始まった。




