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ハルク  作者: はまだ語録
25/26

エピローグ『全選手退場』

 ――何だって最後が肝心なんだよ。どうせ観衆なんて莫迦ばっかりなんだからよ。最後さえそれっぽく締めてしまえば誰だって納得するもんなんだよ 『W・D』


     一


 微妙な空気が教室内を漂っていた。

 気まずそうに目を合わせるばかりで、誰も口を開かない。いや、開けない。


『女王』は唖然とした顔で眼を丸くしている。

『超人』は小さくガッツポーズをしている。


 あっという間のあまりにもあっけない幕切れだった。

 直前の盛り上がりの反動で、空気がヤバいことになっている。窒素が液化しかねないほど凍りついている。

 市川がおずおずと勝者宣言をする。


「ええっと……その……優勝は『超人』南口田尾でした……」


 その言葉で絵梨の眼に光が戻った。

 誰かが言った。


「え? 嘘? もう終わり? マジで?」


 その言葉で絵梨の顔色が赤く変化した。

 他の誰かが言った。


「南口、容赦ねぇ……」


 その言葉で絵梨の目の端に光るものがあらわれた。

 そして――南口がニッコリと笑った。


「あの、絵梨ちゃ――」


 最後まで声をかける間もなく、


「う、う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」


『女王』は泣きながらその場を脱兎の如く逃走した。


   +++


 残された面子は『女王』の逃走劇に反応できない。

 いや、ただ一人、


「ねぇ、市川くん、僕、絵梨ちゃんを追いかけるからさ。後のことは任せても良い?」


 南口がそう言った。

 真剣な顔で答えなんか関係なしで今にも走り出しそうだ。

 その言葉で我に返った市川は、グッとサムズアップしながら言った。


「おっしゃ! 任されたから、そっちのことは任せたぜ!」

「うんっ!」


 南口は『超人』の名に相応しい追跡を開始する。

 教室から飛び出した姿は、あっという間に見えなくなった。


     二


 そして、祭りが終わり、残された人たちへ市川は笑いながら言う。


「あー、というわけで、主役の二人もいなくなったから、ハルクは終了な。机と椅子だけは元に戻してくれ。他の後片付けとかは俺がやるから、今日は解散な」


 その言葉で、みんな口々に今日の感想を言いながら別れる。


   +++


「あ、鈴木先輩! 早く部活へ行きましょうよ!」


 そう『達人』に声をかけているのは剣道部一年マネージャーの千鳥だった。


「あ、待っていてくれたんだ。悪いね」

「はいっ! 鳴海くんが早く練習に来てくださいって言っていましたよ。急ぎましょ」


 その千鳥の恋する乙女全開の瞳を見て、鈴木はため息を吐く。

 更に、双樹がニヤニヤと笑いながら言う。


「そうそう。サブロー先輩がオーガキ先輩にあっさりと負けたことをナルミに伝えないといけないしね」

「おい、部外者。お前は来んなよ」

「えー、構わないでしょ。ちーちゃんと私は一心同体だからねっ」


 双樹の勝手な言葉に『達人』鈴木はため息を吐きつつ、


「……あのさ、とりあえず、俺、フジには勝ったんだけど」

「え? 見てないわよ。そんなもん」

「ごめんなさい。鈴木先輩。アタシたち遅れちゃったんです」

「……はぁ……そうですかい」


 なんだかなぁ、と思い、でも、頑張るしかないか、と後頭部をポリポリ掻きながら『達人』鈴木は道場へと足を向けた。


   +++


「あ、悠里。帰ろうよ」


 ニッコリと満面の笑みで『トレーニング狂』本岡がはとこに声をかけた。


「仕方ないわねぇ。でも、アンタ、負けたし」

「うぐ。もっと鍛えて絶対にリベンジするもんね!」

「そう、なら、重りって必要よね。私のカバン、持たせてあげるわ」


 そう言いながらカバンを本岡に投げ渡す悠里。

 本岡はそれを軽く受け取り、眉根にシワを寄せた。


「もう、悠里。ダメだよ!」

「えー、アンタ、鍛えたいんじゃないの?」

「うん。だから、軽すぎるんだよ」

「え?」


 本岡は自分と悠里の分のカバンを肩に背負うと、


「きゃっ」


 悲鳴を上げる悠里を無視してお姫様抱っこで抱え上げる。


「ちょ、ば、い、いきなり何するのよ!?」

「ん? 鍛えさせてくれるんでしょ?」


 周囲が、「ヒュー」と冷やかしの声を上げ、それで悠里は真っ赤になる。


「お、降ろせ、バカッ!」

「アハハハ、暴れないでよ。軽い軽い」


 本岡がギュッとすると、諦めたのか悠里は顔を伏せた。

 でも、落ちないように『トレーニング狂』の肩にそっと手を回した。


   +++


「あー、これからスーパーに行かないとなぁ」


 そうお腹を撫でながら言ったのは『ちゃんこ』伊藤だった。

 それを聞いたクラスメイトが呆れ半分に問いかける。


「ん? お前、何しに行くんだ?」

「うん、ダイエットしようと思ってぇ」

「はぁ? 伊藤にダイエット? それって豚に真珠って意味だぜ。って、違うな。どちらかと言えば、水と油……いや、矛盾か? 概念的にありえない」

「失礼だなぁ」

「でも、それでなにしにスーパーへ行くんだ。ダイエット食品でも買うのか?」

「うん。間食をダイエットコーラとこんにゃくゼリーにしようと思ってぇ。あぁ、でもぉ、今ストックしている分はもったいないから食べてぇ……あぁ、でもぉ、こんにゃくゼリーとか間食って言えるのかなぁ? ゼロカロリー食品って何の意味があるのかなぁ。ねぇ、どう思うぅ?」

「……とりあえず、伊藤にダイエットは無理だな」


 そんなことないよぉ、と主張する伊藤の腹がタイミング良く鳴り「お前、さっきあんだけバナナ食っていたのに!?」「というかダイエットに謝れ!」と周囲にツッコまれていた。


   +++


「おい、ゴリラ。お前のクラブチームってどこで練習してんだよ」


 そう言ったのは『番長』黒埼だった。

 目を輝かせるのは覆面ナースこと武藤教師である。


「おぉぉっ、黒埼、入部か? 歓迎するぞ。お前は見所があるっ」

「はぁ? 莫迦か。わしがなんでそんなん入るんだよ!」


 そう怒鳴る黒埼の頬は紅潮していた。


「おっと、黒埼、一つだけ忠告しておくぞ」

「あぁん? キツイとかそんなん言うなら、ぶっとばすぞ」

「違う。そんな心配するか。ただ、お前の髪型はヘルメットに入らん。切れ」


 俺のように刈り上げろ、と武藤教師は言った。

 黒埼は「あぁん。指図すんなや」と言いながら、睨みつける。


 ――翌日、黒埼がスキンヘッドになって登場するのはあくまでも余談である。


   +++


「あのさ、ユウくん。アタシも手伝うし。なんかない?」


 と市川に話しかけているのは『アマゾネス』共恵だった。


「ん? って言っても、道具の返却は係に任せたし、あとは賭け金の集計くらいだし、別に手伝いとかいらねぇけど」

「そ、そう……」


 共恵は残念そうだった。その隣で元宮がため息を吐いている。


「あ、そうだ。ちょっとこれ校長に届けるからついてきてくれよ」

「? これ、何?」

「見れば分かるだろ? SDカード」

「いや、そうじゃなくて、中身はなに?」

「ん? いやな、このハルクの一部始終を録画していたんだよ」


 それまで黙って聞いていた元宮も会話に参加する。


「そんなものをどうして校長に届けるのよ」

「そうそう。意味分かんないんだけど」


 市川は「詳しいことは知らねぇけど」と前置いて、


「なんかさ、西中の校長とうちの校長って昔っからのライバルっていうか、仲悪いって知っているか?」

「あ、聞いたことあるかも、アタシ。従兄弟かなにかなんだよね」


 市川は嬉しそうに言う共恵へ首肯する。


「でな、西中と合同で体育祭というか、学校対抗試合みたいなのを考えているらしい。それでハルクはどんな感じか教えて欲しいってよ。だから、ずっと録画してもらっていたんだよ。もしかしたら、俺も主催者サイドになるかもしれねぇけどな」


 さすがに加工とかまでは面倒だからしねぇけどよ、と言う市川に共恵が「え?」と首を傾げる。


「じゃあ、もしかしたら、西中の人たちを含めて腕相撲大会するってこと?」

「かもな。でも、その場合、名前はどうすんのかな。ハルクだと東中になっちまうし」

「それにこれ見たら、南口くんが凄すぎて西中の校長、勝負したくなくなるんじゃない?」

「確かにな。でも、俺もまさかあそこまで圧倒的だとは思ってなかったよ。あの『女王』相手に、だぜ。真っ向勝負に持ち込んだ時点で南口の土俵だと思うけどよ。異常だよな、あの身体能力は」


 市川と共恵の会話をジッと聞いていた元宮がそこで異論を呈する。


「待ってよ。二人とも忘れているでしょ」

「はぁ? 何をだ?」

「トミー? アタシたち、何か忘れていたっけ?」


 市川と共恵が本気で言っていることを確認した元宮はため息混じりに言う。


「『東西南北』」

「あ?」「え?」

「向こうにも北方がいるでしょ?」


 東中の『超人』対西中の『武道家の弟子』か――お金の取れそうなカードよね、と元宮は笑った。

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