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繰り返した恋

作者: 宗あると

 「どっちがいいんだろうなぁ」

 詩織はテーブルに頬杖をつきながら言うと、ふぅ、と溜息を吐いた。

 「何が?」

 寛太は興味がなさそうにスマホを見ながら聞き返すと、少し間をあけてから顔をあげ、詩織の顔を見た。

 詩織は物憂げに窓の外を見ている。2人はファミリーレストランにいて、食事を済ませた後、だらだらと時間を過ごしていた。

 「寛太は結婚してもう何年だっけ?」

 「あー?3年かな。それがどうした」

 「まだ恋したりする?奥さん以外の人に」

 「しないな。なんでそんな当たり前のこと気になるんだよ」

 「どっちが幸せなのかなぁて思ってさ。結婚して恋が終わりになるのか、アラサー間近でもまだ学生みたいな恋をしているのか」

 「なに?恋してんの?私はもう1人でも幸せに生きていけるとか言ってなかったっけ?」

 寛太は少し茶化すように言うと、グラスを持ってコーラを口に運んだ。

 「そうなんだけどさ。なんで今頃こんなに好きになるのかわかんなくて」

 「そりゃ、普通に恋してるからだろ」

 素っ気なく寛太は言った。

 「いや、こういう胸が苦しくて切ない恋ってもう青春時代に経験済みだし、私的にはもう終わったと思ってたんだよね。するにしても、もっと余裕のある気楽な恋をすると思ってたんだけど」

 「幾つになっても恋は恋だろ。別にいいだろどんな恋でも」

 「いやいや、私はもう執着してこの人がいなきゃ生きていけないみたいな不安定な気持ちになりたくないし、そんなの相手とっても重荷だろうし」

 「はぁー?考え過ぎじゃね?相手も詩織が好きなら、別に重荷とか思わないだろ」

 「でも両想いかなんてわからないし」

 「まぁ、そりゃそうだな」

 「少なくても、好意はもたれてる感じはするんだけど」

 「あー、詩織そういうパターン多いよな。で、毎度相手に彼女がいて泣くパターン。優しくされるとすぐ好きになるの変わってねーな」

 寛太が苦笑すると、詩織はフン、と鼻を鳴らした。

 「相変わらず自分でもチョロい女だと思うよ」

 「しかも、のめり込むように好きになるもんな。仕事とか手につかなくなったり」

 「だから、もうそういうのは卒業して、満たされて生きていたのー。1人でも大丈夫だって」

 「まぁ、それはただ、そういう相手が現れなかっただけだろ。本気で好きになるような相手が」

 「その本気ってのがクセモノでさ。胸が苦しくなったり切なくなったり、気がつくとその人のことばっかり考えちゃうのって、健全なの?」

 「まー、そんなもんじゃないの。わからないけど」

 「この人がいなきゃ生きていけないなんて、そんな不足感感じて生きるの嫌なの私は」

 「ならやめれば?恋するの」

 「そうじゃなくてー。もっと充実した中で好きになりたいって話なの。相手の存在に左右されなくて、心も苦しくならない」

 「それは初めっからは無理だろ。相手が詩織をどう思ってるかもわかんない状況で。わかんないから不安とか苦しくなるんだから」

 「違う。相手がどうとかじゃなくて、私がどうあるかなの。例えこの恋が駄目でもさ、平気な私でいたいの。他人の存在に自分の人生っていうか、気持ちを左右されたくない」

 「要するに、傷付きたくないってことか?」

 「違う、、、。いやわかんない。あの時みたいに、なりたくないのは、そうだけど。今の私が同じようになるとは思えないし」

 「まぁ変わったもんな、詩織も。学生の頃はこんなに喋らなかったしな」

 「そうだよ、変わったよ私は。寛太が結婚してさ」

 そう言って、詩織は寛太を真面目な眼で見つめた。寛太は一瞬怯んで、頭に浮かんだことを思わず口に出した。

 「詩織、まさか、その好きな相手ってーーー」

 「寛太じゃないから、安心して」

 詩織はすぐさま寛太の言葉を遮った。詩織は学生時代から寛太が結婚するまで、ずっと寛太に片想いをしていた。

 寛太からすれば詩織は、気楽に過ごせる女友達程度だったので、詩織の恋は実ることはなかった。

 詩織が気持ちを打ち明けたのは、寛太が結婚をLINEで知らせた時で、それでも友達ではいたいからと詩織に言われて、寛太は詩織とは友人であり続けている。

 「じゃあ、今詩織は、あの時俺に長文のLINE送ってきた時と同じような状況なわけ?」

 「そこまでじゃないけど、それに近い。気持ちはね。でももうあんな気持ち悪いことしないよ、流石に」

 「まぁあれは流石に重かったよ。もうやめろよ、あれは絶対、誰が相手でも」

 「わかってるよ。でもまさかさ、また自分があの時みたいに重い女になってるのがちょっとショックで」

 「どうしようもないだろ、それは。それが詩織なんだから、受け入れろ自分を」

 「そっかぁ、受け入れなきゃ駄目か。変わってない自分を」

 「変わってないってことはないだろ。あの時と違っていまは冷静なんだから」

 「でも気持ちは重苦しい」

 「それは好きになったら、誰でもそういうもんだから、それでいいだろ。変なことさえしなきゃ」

 「こんな重苦しい気持ちになって、またフラれたら、自信ないなぁ。立ち直れるか」

 「まぁ大丈夫だろ、多分」

 「テキトー。今だから言えるけど、私あの時、睡眠薬大量に持ってたんだよ」

 ニヤリと悪戯な笑みで、詩織は言った。

 「だからやめろって、そういうのは。俺が平気でいたと思ってんのかよ、あの時」

 「ごめん。からかっただけ」

 「タチ悪いことすんな」

 少しイラついた様子で、寛太は言った。

 「でもさ、もしまた私がフラれて正気なくしたら、その時はよろしくね」

 「あー、まぁその時はまぁ、その時で。出来る限りのことはする。けど、自分でちゃんとしくれ、マジで」

 「わかってるよ」

 詩織はそう言うと、立ち上がった。

 「帰ろっか」

 「あー、俺はもう少しいるわ。払っとくから、いいよ帰って」

 「そ?じゃあお言葉に甘えて、ご馳走様」

 「あいよ」

 寛太は右手をあげて、そしてそのままスマホに目をやった。

 詩織は、じゃあね、と小声で言うと、寛太の座るテーブルから離れていった。

 束の間、寛太は妻とLINEをして、詩織と会っていたことを話していた。

 妻は嫉妬などせずに詩織の心配をしたが、寛太は大丈夫だろうと返信した。

 その時、詩織からLINEが入った。


 ごめん。やっぱり無理。


 寛太は、詩織のその言葉を見て、すぐさま立ち上がり、会計を済ませると、スマホで詩織を呼び出しながら、駅の方へと走った。

 息を切らして、走る。

 自分の勘の鈍さを呪って。

 友達でいることを、あの時きっぱりやめればよかった。

 後悔の念を持ちながら、走り続け、踏切の遮断機の音が鳴る駅へ急いだ。

 踏切の前、詩織の後ろ姿が見えた。

 「詩織!!」

 寛太が叫んだのと、詩織が遮断機を越えようとしたのが、同時だった。

 涙を流した詩織が肩越しに振り返り、電車が轟音と共に通りすぎる。

 寛太は詩織の側まで駆け寄ると、平手を打ちそうになる右手を握りしめて抑え、詩織の手を引いて遮断機の前から、離れた。

 「やめてくれ。頼むから」

 息を切らしながら、寛太は言った。

 詩織は首を振った。

 「もう無理。どうしていいかわからない」

 「とにかく一緒に考えよう」

 「駄目だって。だって、私どうしたって寛太のことがーーー」

 「言うな!言ったって何にも変わらないから。苦しめるな自分を」

 「じゃあ、どうするの?私は、どうしたらいいの?」

 「俺が間違ってた。あの時、詩織とは終わりにするべきだった」

 「やめてよ!聞きたくない!!」

 「受け入れろ!もう終わったことを!あの時の詩織はもういない。詩織はもう俺なんか必要じゃない。変わったんだ」

 「変わってない!私はずっとーー」

 「俺じゃないから。詩織を幸せにするのは、出来るのは、俺じゃないから。もう終わらせなきゃ駄目だ。わかってんだろ?」

 詩織は黙ったまま、鼻を啜りながら、寛太を見つめた。

 「もう会うのはやめよう」

 「それで終わり?私から逃げて自分は楽になって、それで終わり?」

 「楽じゃないって。詩織が変わってくれたら、ずっと側にいれた。けど、駄目だったから。俺が側にいると駄目なんだってわかったから。側にはいたかったよ、友達として」

 詩織は、友達として、と聞いてやりきれないような顔になったが、すぅっと大きく息を吸うと、咳払いを2回して、また寛太を見つめた。

 「じゃあ、お別れなんだね」

 「会えない。もう。俺は、守らなきゃならない人がいるから。詩織のことで、俺が苦しむ姿を見せちゃいけない人がいるから」

 「わかったよ。じゃあ、もう行って。変なことはしないから。ちゃんと帰るから」

 「本当か?」

 「大丈夫。寛太が苦しまないようにするから」

 「不安な言い方だな」

 「大丈夫だって。ほら、帰って」

 詩織はそう言うと、寛太に背を向けた。

 寛太はしばらくその背中を見つめて、やがて自分も背を向けて、その場を去った。


 詩織は、それでも寛太を想い続けるだろうと思いながら、駅の改札へと歩いて行った。

 ずっと側にいたかった。片時も離れたくなかった。そんな相手は、そう現れるものじゃない。

 そんな相手と別の人生を歩いて生きていかなければいけない自分を呪った。

 そして空虚になった心のまま生きていく明日へ、何も期待せずに生きていく明日へと、歩きはじめた。

 ただその心にあるのは寂しさとも、切なさでもない。心をギュッと掴んで離さないものは、幸せへの渇望。

 幸せにならなきゃ。

 心で呟いた。絶望から本能が、そう訴えていた。

 この絶望を超えて、幸せになる為に生まれてきてたんだと、詩織は強く思った。

 しばらくは空虚な心のままでも、必ず。いつか、必ず。


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