クリスマスのおでん
今日はクリスマスイブだ。
秋村雨子は、カレンダーの日付けを見てため息をつく。仕事だったからだ。
大学生活につまづき、引きこもりニートという情け無い生活をしていたが、熊野という同級生と再会し、仕事も貰い、今は清掃の仕事をしていた。
女性の一人暮らしの家専門に掃除をする会社だ。元々家事代行をしていた社長が、女性の家は汚部屋が多いと気づき、こんな仕事を起業したという。
非正規だが、少人数の会社だし、社員も全員女性。雨子のように何の取り柄もない女でも仕事があり、有り難い。この仕事も熊野経緯でもらい、彼には感謝してもしきれない。この仕事を初めて一年たつが、毎日充実していた。
熊野は、おでん屋さんを開いていた。元々は屋台で気まぐれに営業していたが、今は店舗をもち、営業していた。クリスマスは特別なおでんメニューもつくっていると聞いたが、仕事で行けないのが悔しい。
熊野のおでんはとても美味しい。あったかくて、彼の人柄をそのまま表したような味だ。おでんは色んな具があり、その全てにファンがいて必要だとも言っていた。思えば、その熊野の言葉に救われ、ニートから社会復帰ができたのだが。もし、働かない事を批判されたり、拒絶されたりしたら、今の自分はなかったはず。
しかし、仕事は大事だ。
雨子は、先輩と一緒にクライアントの家に行く。クリスマスでも一人でいる事に泣き、なかなか面倒なクライアントだったが、不要なものをバンバン捨てていき、床や窓を磨き、水回りを清潔にしたら、スッキリした顔を見せた。やはり、住む場所が変わると心もスッキリ変わるよう。雨子も感謝だれて嬉しい。もっとも全身筋肉痛で、手袋も真っ黒。しかも少し擦り切れてしまった。
「つ、疲れた……」
クライアントの笑顔は嬉しいが、疲れには勝てない。外は寒いが、疲労の方が勝つ。街はクリスマスムード一色だが、それもどうでもいい。家にすぐ帰りたい。
「委員長!」
なぜか家の前に熊野がいた。熊野は昔の馴染みで、雨子の事を委員長と呼んでいた。
「え、仕事は?」
「いや、ちょっと抜けてきた」
「いいの?」
ダウンコートを着込み、防寒対策バッチリの熊野だったが、腕に何か抱えていた。
「委員長にクリスマスのおでん持ってきた」
「えー、いいの?」
それは鍋のようだ。かなり大きそうだが。
「うん。就職一年祝い」
鍋を受け取る。袋に入っていたが、どっしりと重く、熱も感じた。
「ありがとう」
「じゃあ!」
熊野はそう言い、笑顔で帰っていく。一人残された私は、家に帰って中身を見る。
「わあ」
中は、確かにクリスマスのおでんだった。ちくわ、大根、じゃがいもなど定番の具もあるが、トナカイやサンタさんの顔がついたソーセージや卵もあり、星型のニンジンも可愛い。華やかなおでんに、雨子の心も温かくなる。
「ありがとう、熊野」
可愛いおでんで食べるのは、ちょっと勿体無い。クリスマスが仕事というのも、残念だったが、こうして美味しくて可愛いおでんが食べられる。熊野がわざわざ持ってきてくれた。
雨子はとても幸せな気分で、クリスマスの夜を過ごした。