ホットケーキのツリー
クリスマスに良い思い出ではない。大人になってからは接客の仕事が多く、クリスマスも働いていた記憶しかない。今年は事務職に転職したので、定時に帰れて家にいるが、今までのクリスマスを思い出すが、良い事はなかった気がする。
子供の時ですらなかった。
母はカルトにハマり、常に貧乏状態だった。雑誌に載っていたクリスマスケーキを母と一緒に作ろうとした時もあったが、結局キャンセルになった。
実家の冷たいリビングやキットチンの光景も思い出し、心もひんやりとしてきた。世間ではクリスマスが賑やかで楽しい印象もあったが、私には冷たいイメージも強い。
部屋の窓の外からは、雪が降っているのが見える。いわゆるホワイトクリスマスだが、雪を見ていたら、余計に心が寒い。
幸せな家庭に育った人が羨ましい。子供の頃に夢見ていたクリスマスは幻だったみたいで、なぜか泣けてくる。
お腹も減ってきた。
店ではクリスマスの料理などは一切買わなかったが、美味しいものが食べたくなってしまう。
冷蔵庫を見る。卵、牛乳、生クリーム、ジャムなどがある。冷蔵庫の横にある食品棚の中には、ホットケーキミックスがあるのに気づく。
ケーキを焼くのは難しいが、ホットケーキだったらできる。夜、一人暮らしの女でも。
さっそく手を洗い、材料を揃えてホットケーキを焼く。
材料はあまり混ぜないのがコツだったはず。少しダマになった生地をフライパンの上に落とす。
フライパンの上で小さ音が静かな夜に響く。表面がプツプツしてきたら、バニラの良い香りが空気中に漂ってきた。
「よし」
生地をひっくり返すと、綺麗なキツネ色に焼けていた。
焼く作業を何度か繰り返し、生地が冷めたら生クリームやジャムと挟んで重ねていく。上の方は小さな生地のした為、何だかツリーのようにも見えてきた。
これだけだと、少し地味?
冷凍庫にベリー類も保存していたので、それをデコレーションしてみると、さらに可愛くなってきた。
無心で手を動かしていると、さっきまで感じていた寂しさなどは、すっと消えていた。
子供の頃は、親と一緒にケーキを焼く事は出来なかったが、今は違う。自分の為にこんなホットケーキを焼く事ができる。
自信というほどではないが、寂しさは一人で埋める事もできるのかもしれない。
そもそも一人でも寂しくても何の問題もない。どうせ人は、一人で死ぬ。金や名誉も死後の世界に持っていけないと思えば、心は平安だ。本来のクリスマスもそういうものかもしれない。一人静かに味わうものなのもしれない。
そうは言ってもこのケーキは、このまま食べてしまうのは惜しい。写真をとってSNSにあげたら、いいね!をたくさん貰ってしまった。
クリスマスだからだろうか。今夜は妙に他人も優しい。
「あ、この子……」
しかも小学生の同級生からいいね!を貰った事に気づく。
連絡をとってみようかな。
一人の聖夜もいいけれど、誰かと分かち合っても悪くないはず。
テーブルの上にはツリーのようなパンケーキ。これを崩すのはちょっと勿体ないなぁと思いながらも、フォーク持つ。
「美味しい」
決して派手なケーキでもない。手作り感が溢れている。それでも今は、心は満たされていた。
窓の外は相変わらず雪が降っている。今度は粉砂糖でもトッピングしても良いかもしれない。明日への希望が満ちてきた。