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私のクリスマスプレゼント

 サンタなんていない。白馬の王子様もいない。


 郁美は、涙を堪えながら思う。結婚相談所に登録し、婚活していたが、全くうまくいかない。二十上の五十歳の公務員からお断りされた時は、想像以上婚活は険しい道だと感じた。


 そんな郁美はバリキャリ。とある香料メーカーの会社で研究職の仕事についていた。来年はフランスに長期出張する事も決まっていた。どちらにせよ、仕事が忙しく、婚活に集中するのは無理だったのかもしれない。


 季節はちょうどクリスマス。子供の頃から現実的だった郁美は、サンタなんていないとすぐに見抜いたが、大人に合わせてクリスマスを楽しんでいた事を思い出す。いや、大人の顔色を伺って、楽しんでいるフリをしていたのだ。両親も不仲だったし、いつの間にか人の顔色をうかがう癖がついていた。


 他人に頼るのも苦手で、自分でなんでもやってしまう。結果、バリキャリになってしまったようだ。歴代の彼氏からも「郁美は俺がいなくても一人で何とかなるでしょ?」とよく言われていた。婚活に失敗するのも、当然だったのかもしれない。


 今年もクリスマスは一人だ。来年の長期出張のため、フランス語の勉強もしなければならない。他にも仕事に関する本を読んだり、忙しいのだが、友達にキクリスマスのイブ礼拝に行こうと誘われた。彼女はクリスチャンだった。


「美帆、私、宗教は興味ないんだけど。勧誘とかやめてくれない?」

「勧誘じゃないって。暇つぶしにどうっていうお誘いよ。それに科学者は、意外と神様を信じてる人多いよ。なにか、郁美の参考になる気がするんだよね」


 確かにそれは友達の言う通りだった。なぜか科学者は、神を信じているものが多い。「科学者はなぜ神を信じるのか」という本を最近読んだ事も思い出す。


「それにうちの教会は、SNSでフォロー数も多いし」

「ああ、もしかしてあの変なアカウントの教会、美帆のところの?」

「うん。SNSではふざけてるけど、礼拝は超真面目だから」

「そうか……」


 SNSで話題になっている教会と思えば、行くのに心理的ハードルも下がる。特に宗教に興味がある訳ではないが、何となく行ってみる事にした。


 教会は住宅街にあった。周りは家しかなく、外観は小規模の公民館か図書館に見えた。玄関にキラキラしたツリーが飾ってある。ツリーの飾りは十字架もあり、やはり教会らしい。


 友達に案内されて礼拝堂に入る。ベンチ式の席だろうと思ったが、普通のパイプ椅子が並んでいた。海外ドラマなどで見る礼拝堂と比べてだいぶ地味だ。ツリーやリースが飾ってなければ大学の教室のような雰囲気だ。大きさもちょうど大学の中教室ぐらい。


「郁美、ハッピーメリークリスマス!」

「え、ええ。ハッピーホリデー」


 友達に案内され、席に座る。なぜか細い蝋燭も持たされた。


「何これ?」

「イブ礼拝のキャンドルサービスだよ。これがイエス・キリストが世に来た光っていう意味ね」

「ふーん」


 興味はないが、クリスマスのせいか礼拝堂は人でいっぱいだった。外国人や車椅子の人、赤ちゃんを連れた母親などいろいろな人がいた。そういえばこの教会は段差がなく、バリアフリー設計だった。子供も多かった。礼拝が終わった後、クリスマスプレゼントの企画があるからだそうだが。


「退屈だったら寝ていいから。でも蝋燭の火は消してね」

「うん」


 友達にそう言われ、イブ礼拝が始まった。礼拝堂の灯りが落ち、代わりに蝋燭の火がつけられる。礼拝堂は蝋燭の火がいくつも光っていた。


 その後、讃美歌を歌ったり、牧師の説教、キリストの生誕ストーリーの紙芝居などが始まったが、眠い。退屈すぎた。


 眠気に耐えきれず、蝋燭の火を消し、寝る事にした。


 思えば仕事を頑張りすぎた。土日を潰して婚活も頑張っていた。ずっと一人でしゃかりきに努力していた。こんな風に居眠りするのは、生まれて初めてだったかも……。


「郁美、起きて!」

「郁美さん、礼拝終わりましたよ、起きて」


 その声で目を覚ます。目を開けると、とっくにイブ礼拝は終わっていた。目の前には、友達と、牧師しかいない。牧師は初老の男性だったが、なぜかサンタクロースのコスプレをしていた。礼拝の説教中は普通にスーツ姿だったが。


「このコスプレは、子供たちが喜びますからね」

「厳密にはキリスト教とサンタはあんまり関係ないけどね」


 そんな二人の声を聞きながら、久々によく寝たと思う。目元や肩のあたりがスッキリとしていた。


「まあ、サンタという訳ではないですが、郁美さんにもプレゼントです」

「え? 私、子供じゃないですが?」


 なぜか牧師からプレゼントを手渡された。


「神様から見たら、郁美も子供だよ」

「そう?」


 友達の言っている事はよくわからないと思いつつ、プレゼントの箱をあける。中には、子供向けの聖書とクッキーが入っていた。


「へえ、聖書……」


 絵本のような子供向け聖書だったが、なんとなくめくる。すると、こんな言葉が目に飛び込んできた。


「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます(マタイ11:28)」


 イエス・キリストの言葉らしい。この言葉を見ていると、やっぱり自分は一人で頑張りすぎた気もしてきた。なんだか目の奥が痛い。


「郁美、年末年始ぐらいは休んだら?」

「そうですよ。居眠りしたかったら、私の説教をYouTubeで見るといいですよ。私の説教は睡眠薬と言われるぐらい退屈ですからね」

「牧師さん、それ、笑っていい事ですかね〜? アメリカのメガチャーチの牧師さんとかを見習ってくださいよ」


 郁美は二人に冗談に苦笑しつつ、休むのも良いアイデアだと考える。とりあえず、今回の年末年始は何も考えずに休もうと決めた。


 あの聖書の言葉は、クリスマスプレゼントだったのだろうか。今の自分にとって一番必要な言葉に思えて仕方なかった。そんな気がした。

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