悪い子のクリスマス〜ポルボロンと元ヤクザのおじさん〜
ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン。
そう三回唱えると、幸せになれるらしい。
ポルボロンというのは、クッキーのようなお菓子だ。見た目はほぼクッキー。ホロホロと崩れる食感はクッキーと違うところ。このポルボロンを食べながら、そう三回唱えるが、私は全くうまくできない。
ポルボロンはママが毎年クリスマスに焼いてくれる。スペインのクリスマスの伝統菓子なだそう。今年はアールグレイフレイバーで焼いてくれた。ラードが入っているらしく、クッキーよりホロホロするんだって。
家族はこのポルボロンがみんな好き。私も好き。なので、お姉ちゃんの分も勝手にとってしまった。
「明子! もう小学生に上がったのに、お菓子を独り占めなんてしないの! こんな悪い子、サンタさんにプレゼントなんてないよ!」
ママにこっぴどく怒られてしまった。
私は悪い子みたい。ポルボロンもお姉ちゃんの分まで取っちゃうし、三回唱えるのもできない。嘘もつく。友達の陰口の言う。学校でカンニングもした事ある。
そんな事も思い出し、家に居ずらい。
私は外に出た。
十二月の寒空。手足に風の冷たさが染み、ジンジンしてきた。
ぷらぷらと歩いていたら、公民館のような建物が見えた。前には、サンタクロースの格好をしたおじさんと、お姉さんがいて何か配ってる。
それはポルボロンだった。
なぜポルボロンを配っているかわからないが、この建物をよく見る。十字架の飾りやクリスマスツリーもある。確かここはママが「教会」と言っていたのを思い出す。でも何をするところかわからない。
行列もできていた。みんなタダで貰えるものは、嬉しいみたい。
私も並ぼうと思った。でも、こんな悪い子が並んでもいいの?
まごまごしているうちに、ポルボロンはあっという間に配られ、終了してしまったようだ。
別にいい。どうせ悪い子には、サンタもこないし、ポルボロンも貰えない。
「ねえ、あなた。ポルボロン欲しいんじゃない? 一個あげるよ」
「え?」
そんな事を考えていたら、サンタの格好のお姉ちゃんに声をかけられた。
「でも、私悪い子だし。サンタさんなんて来ない」
「そんな事ないぞ」
目の前にあのサンタの格好のおじさんが現れて、無理矢理ポルボロンの入った袋をくれた。
「サンタさんはいい子とか悪い子とか差別するかもね。でも、神様は全員平等に無条件にプレゼントをくれるわ」
お姉さんは、笑顔でそう言った。
「神様?」
「クリスマスは、イエス様っていう神様を祝う日だ。いい子とか関係ない。むしろ、俺みたいな悪い大人こそ、神様が必要なのさ」
おじさんは、そう言って右腕を見せてきた。刺青で真っ黒になった腕だった。このおじさんは、どういう人だったかすぐ察する。
「いや、もうヤクザはやめた。ここで妻と一緒に牧師やってる」
「それぐらい悪い大人でも許す神様って、ちょっとおかしいよねー? いや、かなりおかしいと思う」
ここでお姉ちゃんは大爆笑していた。
本当に「教会」って何? あまりにも違う文化に、私は猛ダッシュで逃げた。
ママに聞くと、元ヤクザのおじさんは改心して牧師をしている教会だと知った。教会とは、キリスト教という宗教のお寺みたいなもの、牧師はそのお坊さん的な人と教えてもらった。どうせ評判は悪いものばかりだろうと思ったが、色々と地域のために働いてくれているようで、あの元ヤクザのおじさんは慕われていた。
信じられない。
私は言葉を失ってしてしまったが、そんな悪いおじさんでも変われる事に驚いた。
そしてクリスマス当日。悪い子の私にも、ちゃんとママからプレゼントをもらえた。
「もう、お姉ちゃんのものをとったり、嘘ついちゃだめよ」
やっぱり怒られた。でもこんな悪い子にもくれたプレゼントを見ていると、ずっとこのままじゃいけない気もしてきた。
あのヤクザのおじさんも変われたのは、こんな風に無条件にプレゼントをもらったから?
そんな気がした。
改めてポルボルンを食べる。三回もポルボルンって唱えられないけど、それでも別にいいか。なんだか気が抜けて、今年のクリスマスは楽しく過ごせそうだった。