天から降った不思議な食べ物
その食べ物は、薄い鱗や霜のようなもので蜜をいれた煎餅のような味だったらしい。
「マナって聞いた事ある?」
目の前にいる牧師は、マナについて説明していた。
旧約聖書に出てくる不思議な食べ物らしい。荒野にいたイスラル人に天から降ったという。
「マナは多くとっても少なくとっても大丈夫だったの」
「へえ。で?」
思わず私は不貞腐れた態度をとる。さっき貰った蜜柑の袋をギュッと抱きしめながら。
近所に教会でフードシェアというイベントがやっていたので来ていた。無料で食べ物を貰えるイベントらしい。教会といっても公民館のような外観の施設で、庭の方はこのイベントで人だかりができている。
イベントにいる人々はホームレスや生活に困ってそうな外見の人が多いようだ。たぶん、そういう人達の為のイベントだろう。まあ、小学生の私だったら普通に入れると考えた。別にホームレスでも貧乏人でもないけど、証明なんてできないし。
そんな事を考えながら袋ラーメンや缶詰め、それに蜜柑も貰った。しかも大袋の方。家族が四人以上って自己申告すれば大袋の方を貰えるから。
ついつい魔がさす。
私の家族は三人だ。しかも両親はフルーツ嫌い。この大袋の蜜柑をゲットしたら、一週間ぐらい楽しめる。別にバレやしないだろう。綺麗なオレンジ色の蜜柑を見ていたら、欲望に勝てなくなった。
食品を配っている牧師という人は、何だか優しそうなおばさん。逆に言えば騙されやすそうなタイプに見えたが、帰ろうとしたら引き止められ、マナの話をされた。
「でも、明日の分まで余計にとったらどうなったと思う?」
「さあ。宗教の話なんて興味ないし」
私は不貞腐れてそう言う。優しそうな牧師だが、目の奥が妙に鋭く大袋の蜜柑を貰った事を見透かしていそうだった。
「腐ったのよ」
「へー」
「神様は明日の事心配して欲張るんじゃないよって事伝えてるね。マナじゃなくても食べ物は分け合って食べた方が美味しいよって事かもね?」
牧師はそう言うと、私の前から去り仕事に戻っていく。
変な話。そんな神話みたいな事は信じられない。
しかし、翌日。
家に持ち帰った大袋の蜜柑にカビが生え、腐ってしまっていた。昨日までは太陽みたいに綺麗なオレンジ色だったのに。
「ど、どういう事?」
まさかあの牧師のマナの話は本当だったのか?図書館に行き、旧約聖書の解説本などを読み漁ってみたが、いまいち正体の掴めない不思議な食べ物だった。
結局、蜜柑は一つも食べられなかった。独り占めしようとした事を後悔した。
それから十数年後。
「メリークリスマス!」
私はクリスマスケーキを買い、夫と息子と一緒に祝っていた。息子が好きなチョコレートクリームのクリスマスケーキだ。サイズも大きい。
この大きなクリスマスケーキを分け合い、皆んなで食べる。
「美味しいね」
息子も夫も笑顔で食べていた。私も思わず目を細める。
このケーキはマナでは無いが、毎年クリスマスになると、あの不思議な食べ物の話を思い出す。やっぱり食べ物は、こうして分け合うのが一番美味しい。