ミンスパイの星
ミンスパイというクリスマス時期の菓子がある。中身はスパイシーで濃厚なパイだが、表面は星形で可愛い。サイズも小さめで見た目はかなり可愛いらしい。日本ではメジャーではないが、イギリスではポピュラーなものだった。
十二月二十五日から毎日一個ずつ食べていくと幸せになれるという説もあるらしい。
もっとも科学的根拠は何一つない言い伝えだが、人間は案外そんなものも気になってしまう生き物らしい。そんな俺は今でも幽霊でもいいから会いたい人がいる。サンタクロースを信じている子供も全く馬鹿に出来なかった。
「これ、ミンスパイを焼いてみたの。充さんも食べてみない?」
十二月二十三日の夜、義母が訪ねてきたと思ったら、ミンスパイの入った箱をくれた。
義母といっても、元だが。死んだ妻の母だった。もう十年も経つが、今も交流はあった。義母もだいぶ老けた。背も小さくなったみたいで、切ない。
「すみません、こんな。受け取れません」
受け取れない。
死んだ妻が好きなお菓子だった。十二月二十五日から一つずつ食べれば幸せになれると無邪気に信じてそうしていた事も思い出す。
それに俺は今、気になる女もいた。同じ職場にいる。だんだんと妻の想いも薄くなっている事も事実で、色々な意味で受け取れない。希望も時に残酷な面もある。今も妻を亡くした夫として「幸せになって」とか「嫁さん貰って子供作ればいい」などと言われる事もあるが、素直に受け取っていいものなのか。
「いいのよ、もう。もう充さんも楽になってください」
泣きそうな顔で言われる。まるで俺の今の気持ちを見透かしているようだった。
こうしてミンスパイを受け取ってしまった。
十二月二十五日の夜、一つ取り出して皿に乗せる。
小さな星形のパイだ。バターやスパイスの香りがしれ来るが……。
いい加減自分も妻の死を乗り越えなくてはならないのだろうか。その死因は交通事故でも病気でも殺人でもなかった。むしろその逆だった。残された俺は絶望しか持てず、当時は何も考えられなかったが。
小さな星を見つめながら、考える。
「いただきます」
もう妻とクリスマスを過ごす事は二度とない。そんな残酷な事を考えながら食べたミンスパイは重かった。
無邪気にこれを食べていた妻を思い出す。希望は時として辛いものだが、今は涙すら出ない自分が怖い。時の流れも想像以上に残酷だった。
それでも。
もう一度それを信じてみたい。
幸せになれるかはわからないが、明日もこのミンスパイを食べよう。まだ心には希望が宿っていた。