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シュトレンの粉砂糖

 本当は牧師になりたかった。


 それが今は色々と計画が狂い、牧師夫人をやっていた。この名称もとても嫌。特に教会員からそう呼ばれると、蕁麻疹が出そう。今は田舎の小さな教会で夫と一緒に牧会してるが、毎日不満だった。


 そんな雪子は、学歴も高かった。語学も堪能で、聖書も原文や英語で読めたりするが、完全に宝の持ち腐れ状態。教会のチラシを折ったり、アンチキリスト教の人の電話対応をしたり、トイレを磨いたり、やってる事は小さな雑用ばかり。小さな教会とはいえ、堂々と教壇にたち、説教している夫が羨ましい。一方自分は海外の大学や神学校を出たのに、結局牧師になる夢は叶わなかった。


 そろそろクリスマスが近づいているが、その事を思うと、イライラする。教会を飾っているツリーやリースも見ていると憂鬱だった。


 そんな時、友人の真帆が訪ねてきた。同じクリスチャンで同じく牧師夫人という立場。まあ、真帆は子供もいて、子供用の学校も作ったり、なんだか派手で楽しそうな活動もやっていたが。


「シュトレン焼いたの。食べる?」


 真帆は手土産に大きなシュトレンを持ってきた。粉砂糖もどっさり。包丁で切ると、粉砂糖で真っ白になった。甘くいい香りもしたが、今は重い味わいのシュトレンを食べたい気分でもないのだが。


 シュトレンは、クリスマス時期に食べるドイツ菓子でキリスト教とも関係が深い菓子だ。シュトレンの形はイエス・キリストのおくるみ姿とも言われている。弱い赤ちゃんとして、粗末な馬小屋で生まれる神様。もっと派手に「俺様は神だ!」」と登場しても良かったのに、この地味な生まれ方はイエス・キリストらしいと思う。


 雪子は、牧師館の応接室に案内し、真帆と話す。


 テーブルの上には、砂糖まみれのシュトレン。カロリー的にも、この砂糖はどうにかならないものか。ちょっと顔を顰めてしまう。


「あら、シュトレンの砂糖は重要よ。これは防腐の役割もあるの」

「へえ」

「他のお菓子も砂糖を減らすと、仕上がりが悪くなる。お菓子の材料は全部役割があるわけね」


 そんなものか。今まで味しか考えていなかったが、機能的役割もあったのか。そういえばカステラもの砂糖も防腐の役割をしていると聞いた事があった。


「牧師夫人だってそうね。私たちがいなかったら、牧師たちはなーんにもできないわ」

「そうかな?」


 納得いかない。


「雪子の旦那も、昔言ってたよ。雪子がいないと回らないって」

「そう……」


 雪子は、自分で自分の役割を貶めていたのかもしれない。真帆の話を聞いていたらそんな気がしてきた。お菓子の材料も意味がある。人間の役割にも意味があるのだろうか。


「シュトレンの砂糖ってコーヒーに入れると美味しいよね」


 真帆はシュトレンの粉砂糖をブラックコーヒーに落とす。粉砂糖はふわりと溶けていく。ちょっと油が浮いていたが、美味しそうに見えた。


「うん、コーヒーに入れると美味しいかも」


 雪子もそんな甘いコーヒーをすすり、笑顔を見せていた。


 その夜、クリスマス礼拝の準備のため、聖書のイエス・キリストが生まれるシーンを読み直す。処女のマリアから、救い主は生まれる。天使から救い主を授かったと知るマリアの心境を思うと、雪子は複雑だ。これを普通に受け売れているマリアを見ると、聖母というよりメンタル太めな肝っ玉母ちゃんのイメージが浮かぶ。


 それに夫のヨセフ。マリアの影に隠れてしまい、地味な男だが、ヨセフの信仰がなければイエス・キリストは生まれなかった可能性もある。普通の男だったら、得体の知れない妊娠中のマリアを疑い、彼女を捨てていただろう。


「あなた、ヨセフって地味だけど、結構すごいよね?」


 ついつい夫に確認してしまう。


「そうだな。世の中、無駄な役割はないんだろう。神様は無駄な役割や人なんて作らない……。雪子もいつもありがとうな」


 そんな突然お礼を言われても困ってしまう。でも嬉しかった。


 雪子は胸を張って牧師夫人の仕事をしようと心を改めた。


 今年のクリスマスはいつもより幸せに過ごせそうな予感がしていた。

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