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エーブレスキーバ

 最近の若い人が全くわからない。そう思うのは、自分が年老いた証拠だろうか。


 銀座からの帰り道、電車に揺られがら考える。今日、教会の仲間何人かと銀座の教文館へ行った。


 ここはキリスト教系の大きな書店だった。いまはクリスマス時期なので、可愛いクリスマスグッズやカードもたくさん販売され、夢のような空間だった。クリスチャンでもある私は聖書の御ことば入りのカード、修道院のクッキー、ハーブティーなどを夢中になって買い込んでいたが。


 同じ教会の仲間の一人・友川星羅は、終始不機嫌そうだった。まだ大学生ぐらいの若い子で、私とは親子ぐらいの年齢差がある。


 日本の教会は高齢化社会だ。クリスマスも高齢者が多く、私の通う教会も例外ではない。そんな中、最近星羅のように若い人が来てくれた。歓迎の意味も込めて教文館に誘ったわけだが、彼女は「クリスマスの起源知ってます? 異郷のお祭りを楽しんでいるなんて馬鹿みたい」と不貞腐れていた。しかも陰謀論ティストの「クリスマスは本当は悪魔ニムロデの誕生日だった! クリスマスツリーも悪魔崇拝!」という動画まで紹介してきて、さすがに私も引いてしまった。他の教会の仲間達は首を傾げ、苦笑。


 クリスマスの起源が良くないものなど皆んなよく知っているのだが……。もちろん牧師や宣教師も知っている。「そんな悪い起源のものも神様の力を借りて良いものに変える」というのが、この教会でよく言われている事だった。なので星羅にそういった話題を振られても一同困惑してしまう。そもそも起源まで持ち出したら饅頭なども食べられなくなるし、仏教由来の言葉が多い日本語も使えなってしまう。


 帰りの電車の中でも一人私はモヤモヤとしていた。やはり星羅のような若い人の言うことはよくわからない。私は動画サイトなんてあんまり見ないし、インターネットも得意ではない。それだけ自分が年老いた証拠だとも思うと、余計心にモヤがかかっていた。


 そんな気持ちを抱えながら最寄りの駅につく。銀座と比べられば田舎だが、駅前トータリー周辺はコンビニなどの商業施設見あり、賑やかだ。それに今の時期はクリスマスツリーもあり、夕方の今は灯りがつき始めていた。銀座よりは劣るが、なかなか華やかではないか。


「あれ、フードトラックでてる?」


 ロータリーにはフードトラックも出ていた。ミントグリーンの可愛いフードトラックで、吸い寄せられるように向かってしまう。こういうお祭り的な店は弱い。


 フードトラックからは甘い香りが漂っていた。どうやらお菓子専門のフードトラックのようで、若い男性が一人で運営しているようだ。


「いらっしゃいませ!」


 クリスマス時期という事でサンタの帽子もかぶっていた。朗らかで優しそうな店員だったが、左手の薬指には指輪がしてあった。自分の娘の婿にしたいタイプだったが、ちょっと遅かったか。


「何があるの? このシナモンに甘い香りは何?」


 後には客がいないようなので聞いてみた。


「エーブレスキーバです」

「え、なに? カタカナ語は嫌いよ」

「デンマークのクリスマス菓子です。見た目はびっくりですよ」

「へえ。なんだか面白そうね。じゃあ、それで」


 そう言って店員は調理を開始した。目の前には鉄板があるが、たこ焼きのそれだった。


 甘い香りとたこ焼が結びつかない。しかもデンマークのクリスマス菓子と言っていたはずだが。


「どうぞ。焼きたて出来上がりました」


 紙皿に盛られたそれは、たこ焼きそっくりの形状だった。ただ違うのは、シナモンの甘い香りがする事。生地はたこ焼きとは全く違うだろうが、見た目はそっくりだ。


「あ、タコは入ってませんよ。ドライレーズンやりんご入りです」

「それにしてもたこ焼きそっくりね」

「ええ。国が違っても結局同じ人間なんでしょう。人類は丸くて小さくて温かいものが大好きって事でいいんじゃないですか?」


 店員は笑顔で頷く。


 後に客が来ていたので、私は代金を払うとこのエーブレスキーバを持って近くのベンチに腰をおろす。


「あ、これはおいしい」


 割り箸ではなくフォークで食べる。熱々のおかげで生地の柔らかさや甘みが口いっぱいに広がる。タコは入っていないが、丸くて小さくて温かい菓子を見ていたら、なんだか楽しくなってきた。この菓子もたこ焼きも人を楽しませる何かがあるようだ。


 食べながら、星羅の事も考える。さっきの店員の言葉も思い出しながら、大丈夫そうな気がしてきた。


 こんな国が違っても、同じように楽しいお菓子を作っている。デンマークなんて場所すらもよくわからないが、こんな菓子を見ながら同じ人間である事を実感してしまう。


 人類は共通の何かがあるのかもしれない。別にクリスチャンでもない人でも世界中でクリスマスを祝ったりする。若いから星羅のことがよく分からないと思ったのは、単なる私の偏見だったようだ。


 心まで老いたらダメだ。今時の若い子なんて言うのは、老害の証拠かもしれない。


 今度星羅に会った時は、笑顔で話しかけてみよう。


 美味しいエーブレスキーバを食べながら、そう決めていた。

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