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クリスマスのミルクレープ

「うーん、ごめん。クリスマスは家族と過ごすからな」


 彼がそう言う。


 だと思った。毎年そうだ。彼とは一度もクリスマスを過ごした事がない。クリスマスだけでなく、年末年始、ゴールデンウィーク、日曜日も過ごした事はないが。


「うん、だと思った」


 エリカは笑顔でいう。理解ある女として振る舞ったつもりだが、クリスマスイブに家に一人でいると虚しさが襲う。理解ある女ではなく、都合のいい不倫女だったのかもしれない。


 クリスマスイブのテレビは賑やかだ。YouTubeも面白そうなライブ配信がある。それでもこんな夜に一人でいると「都合のいい女」という事実を見つめてしまう。もう十年以上もこんな関係だ。そろそろ人生を変える必要を感じつつ、ズルズルと抜け出せなかった。


「ふーん。ミルクレープね」


 エリカは彼の奥さんのSNSもみていた。そんなもの見る必要はないが、エリカも時々匂わせた投稿し、スリルを楽しんでいた。偶然、奥さんから「いいね!」を貰った時は、勝った気分にもなったが。


 奥さんはクリスマスディナーでミルクレープを作ったらしい。一枚一枚層になっている大きなケーキだった。ちゃんとクリスマスツリーの飾りもつけられ「息子と旦那にも喜んでもらいました」と無邪気に投稿していた。


「ミルクレープぐらい私だってできるし」


 そう思ったエリカは冷蔵庫やキッチンから材料をかき集、ミルクレープを一人で作ってみることにした。小麦粉はないのでホットケーキミックスで代用する。


「やば、焦げる、焦げるって!」


 狭い一人暮らし用のキッチンでミルクレープを作るのは、だいぶ難しかった。単純にエリカの料理スキルも低い。


 ミルクレープに生地は、焦げ付いたり、穴が空いたりした。


 もちろん綺麗な層にもならなかった。ぐちゃぐちゃな断層だ。地震の後みたいに滅茶苦茶。


「あはは」


 こんなミルクレープを見てたら、虚しくて笑えてきた。自分にはきちんとした基礎や土台が無い事を実感させられる。


 ミルクレープは、想像以上に面倒臭い料理だった事も初めて知った。一枚一枚丁寧に重ねていくそれは、普段料理などしないエリカには難易度が高かった。付け焼き刃で出来る料理では無い。


 こんなエリカが作った滅茶苦茶なミルクレープだが、一応食べてみる。ホットケーキミックスのおかげで味自体は不味くもないが見た目は最悪だ。このケーキにクリスマスの飾りなど付けられない。


 思えば不倫は美味しいところだけ楽しむポルノみたいなものだったかもしれない。一枚一枚丁寧に重ねていくものは何もない。綺麗な上澄みだけを都合よくいただく行為。美味しいが、虚しさだけが残る行為だった。


 クリスマスの夜なのに、エリカは余計に孤独を実感してしまった。


 もうこんな菓子をクリスマスに食べたく無い。上澄みを食べる行為もそろそろ終了だ。しっかりした土台を作り、一枚一枚重ねていく人生を歩みたくなってしまった。


 彼に別れを告げる事に決めた。


 きっと来年のクリスマスは、美味しいケーキを食べられる。そう信じて彼とはお別れしよう。

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