バタークリームのクリスマスケーキ
テレビではクリスマスケーキの廃棄問題が報道されていた。いわゆる食品ロス問題と言われているものだった。
コンビニやスーパー、専門店などで余ったケーキが捨てられていく様子が映し出され、何だか胸が痛い。テレビのアナウンサーは、持続可能な社会に向けて一人一人の行動が大切だと締めくくっていた。
「ねえ、お姉ちゃん。なんでこんな食品ロスあるの?」
中学一年の私は、大人の世界はよくわからない。リビングで一緒に見ていた姉に聞く。今日はクリスマスイブだったが両親は急な仕事が入り、姉妹二人で留守番していた。母がディナーを用意してくれるはずだったが仕方ない。コンビニで買ったチキンを二人でテレビを見ながら食べていた。
ケーキは明日か明後日に持ち越し。その方が安く買えるからと姉が言っていた。
「うーん。たぶん、店頭を商品でいっぱいにしたいからじゃない? そっちの方が目立つし」
「そっかぁ」
「でも作りすぎだよね。そんな食べられないって。消費者に残り物買わせるより、企業がシステムとか色々工夫してもいいね」
姉の言う事はもっともだった。優等生の姉には、やっぱり勝てそうにない。
「まあ、お姉ちゃん。こんな真面目なテレビ見るのはやめよう。っていうかYouTubeみない?」
「いいね、そうするか」
私がテレビを消した瞬間だった。チャイムがなる。
急いで玄関に行くと、祖父が来ていた。寒空を歩いてきたみたいで震えている。急いで家に上がって貰い、温かいお茶を飲ませる。
「ところでおじいちゃん、何の用?」
祖父が来る事は聞いていない。家の近所に住んでいるので、よく行き来しているが。
もう七十過ぎだが、足腰もしっかりし、背筋も伸び健康そうだ。白い頭は、ちょっとだけサンタさんっぽいが、顔はれっきとした日本人だ。凛々しい眉毛は、ちょっとサムライっぽい。
「これな、ケーキだよ」
「ケーキ?」
私と姉は揃って祖父が持ってきた白い箱を覗き込む。確かにケーキのようで、ほんのりと甘い香りもする。
「実は俺がこさえたのさ。バタークリームのケーキ」
「え、おじいちゃん、本当?」
私は驚きで声を上げるが、祖父は胸を張っていた。一方、姉は皿やフォーク、ナイフなどを用意して手際がいい。私もケーキの準備を手伝う。
箱の中のケーキは、クリーム色のケーキだった。普通の生クリームよりも濃そうなクリームに見えた。チョコレートで薔薇の絵もデコレーションされており、意外と本格的だ。レトロな雰囲気のケーキで見た目は百点満点だ。そういえば祖父は手打ち蕎麦やパン作りにもハマっていた。その延長でケーキも作ったのだろう。
甘い香りがふんわりと漂う。ケーキは苺ジャムでサンドしているようで、断面も可愛かった。
そして三人でケーキを食べ始めた。見た目通りこってりと濃厚なケーキだった。少し食べるだけでおなかおいっぱいになりそうだ。姉は少しずつゆっくり食べていたので、私も同じように食べる事にした。
クリームは濃いがスポンジはフワフワで軽い。そのミスマッチ感も食べていると楽しい。
何より祖父が一番楽しそうにしているのがう以外だった。
「昔はこのバタークリームのケーキがご馳走だったのさ。俺が若い頃は物も種類も少ない時代だったから余計にな」
目を細めてケーキを見ている。
「そっか。今は何でも手に入るけど、かえって有り難みはないね」
姉は複雑そうにケーキを食べていた。その気持ちはなんとなくわかる。確かにコンビニに行けばクオリティが高いスイーツ を毎日楽しめる。それは良い事だが、いつの間にか当たり前になっていた。
さっき見た食品ロス問題も思い出す。
「じいちゃん、このケーキって私にも作れる?」
「え?」
姉は驚いていたが、祖父は喜んで作り方を教えてくれるという。
「うん。何でも店で買うより自分で作っても美味しい気がするんだ」
便利なのは良い事だけど。
この濃厚なクリームのケーキを食べながら、少しの不便も楽しんでみたくなる。
「私も作ってみたい」
姉もそう言い、年末にみんなでケーキを作る事が決まった。
自分で作るなんて面倒かもしれない。それでも、喜びは倍になるそうな予感がしていた。