特別なクッキー缶
お隣に住む双葉さんからクッキー缶をもらった。双葉さんはママ友でもある。子供も同じ歳。同じアラサー女性という事で共通点も多いが、少し苦手。
「これ、クリスマス限定のクッキー缶なの。よかったらどうぞ」
なぜか
クッキー缶かは不明だが、断るチャンスを失った。結局、紙袋に入ったそれを受け取る。
思えば双葉さんは、ちょっと強引なところがあった。よく言えばリーダーシップがある。悪く言えば気が強い。町内会の決まりもテキパキと全部決めてしまった事があり、何か苦手。切れ長の目がクール。美人だ。スタイルもいい。
たぶん、私は双葉さんに嫉妬していたのだろう。自分は優柔不断で、ぽっちゃり体型だ。それを認めるのが、ちょっと悔しくてそんな言葉で誤魔化していたのかもしれない。
このクッキー缶も罪はない。クリスマス限定デザインのようで、缶は雪だるまやトナカイ、夜空が描かれていて可愛い。クッキーを食べ終わったら、手紙やカード類を入れておくのに良さそう。単に飾っておいても可愛い。クールそうな双葉さんとはちょっと印象が違うクッキー缶だったが、やっぱりそれ自体には罪はない。
中身のクッキーは色々種類がある。プレーン、チョコ、抹茶、コーヒー、いちごミルクなどと華やかだ。ふんわりとバターの香りも漂い、美味しそう。
「ああ、アーモンドか」
ただ、アーモンドクッキーはちょっと苦手だった。アーモンドの歯応えが苦手。歯に詰まる感じが苦手で、ついついアーモンドクッキーだけが残っていく。子供には偏食を注意しているのに、自分もできていなかったようだ。
こうしてクリスマスが近づくまで双葉さんのクッキーを毎日ちまちま食べていたが、ある噂を聞いた。
双葉さんの夫の親が病気になり、一家で実家の方へ移住するという。年明けには引っ越すと聞いた。
もしかしたら、あの特別なクッキー缶は別れに挨拶だったのか?
「ええ。年明けには引っ越すの」
双葉さんはあっさりとその事を認めた。噂通りの事情の為だという。
そんな事は知らんかった。勝手に双葉さんに嫉妬していた自分が恥ずかしい。
「なんか寂しくなりますね」
一方的に苦手だと思っていた人だけれども。
「そう? 手紙でも書く?」
「え、書くんですか?」
「たまにはアナログのもいいよね。はは」
笑っているが、双葉さんの横顔は少し寂しそうだった。
その後、あのクッキー缶を開ける。苦手だったアーモンドクッキーも、食べてみれば美味しい。双葉さんの事ももっと仲良くしておけばよかったなと後悔した。食わず嫌いは、色々な機会を損失しているかもしれない。
年明け、双葉さん一家は本当に引っ越してしまった。
残ったのは、あのクリスマスデザインのクッキー缶だけだった。
寂しいと思ったが、双葉さんから時々手紙やカードが届くようになった。短い近況を綴ったものだが、毎回センスの良いハガキや便箋だった。
あの「手紙でも書く?」という言葉を律儀に守ったという事か。やはり、一方的に苦手意識を持っていた過去が恥ずかしくなるが、私も時々手紙やカードを送る。
メールやトークアプリでもいいじゃないかと思うが、たまに不意打ちで来るのが楽しかった。思えば私と双葉さんの距離感だったら、こんな手紙やカードのやり取りの方があってるかもしれない。
あのクッキー缶の中は、双葉さんからの手紙やカードを入れて大切に保存している。
こうして眺めると、特別なクッキー缶に見えてきた。
また今年もクリスマスがやってくる。双葉さんにクリスマスカードでも書こうかな。
便箋やカードのセンスは彼女に完敗だが、その分、心を込め書こう。今年のクリスマスも楽しみになってきた。