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祈りとお菓子の家

 お菓子の家のキットをママにねだって買って貰った。スーパーのクリスマス菓子コーナーで売っていたもので、子供でも簡単に組み立てられるらしい。箱にはウサギや猫の可愛らしいイラストがつき、いかにも子供向け。クッキーでできた壁や屋根を組み合わせるだけでお菓子の家ができるキットだった。


 実はこのお菓子の家のキットは、嬉しい経緯で買ってもらったものではない。パパはクリスマスも仕事で忙しく、一緒に過ごす事ができなくなった。そのお詫びの品だった。パパは介護の施設でそこそこ偉い立場らしい。夜勤も当たり前だし、私の学校行事にもあんまり来ない。


 クリスマスも一緒に過ごせそうにない。ママはもう諦めて悟っていたが、私は納得はいってみなかった。


「ねえ、ママ。どうしてパパは忙しいの? どうして?」

「舞香、わがまま言わないの。もう小学生になったお姉ちゃんでしょ」


 ママはそう言い、去年生まれた妹にミルクを与えてに行ってしまった。妹はミルクを飲んだ後にぐずり初め、わんわん泣き始めてしまった。もうママに文句は言えそうにない。


 仕方がない。


 私はキッチンの流しで手を荒い、リビングのテーブルでお菓子の家を作る事にした。まず土台を作り、クッキーの壁、柱、屋根を組み立ていく。説明書通りに簡単にできてしまった。説明書にはクリスマスの説明も書いてあった。クリスマスはキリスト教の神様イエス・キリストの誕生日で世界中で祝われているらしい。世界人口はキリスト教の国が多く、教会で過ごすものも多いという。ドイツもそんなキリスト教国家で、お菓子の家もクリスマスでよく作られているという。


「へえ、クリスマスってサンタクロースの日じゃなかったんだね」


 私はまだ子供だがサンタクロースは信じていない。実際、そんな家に侵入するおじさんがいたら大騒ぎだろう。学校でも不審者騒ぎに保護者も先生もピリピリしている。登下校も知らないおじさんやおばさんに話かけたら逃げるように言われている。そんな事を思い出すと、サンタクロースは嘘だと思う。我ながら子供らしくないとは思うが、案外子供は現実的だったりもする。


「あ、できたかも」


 お菓子の家の屋根にマーブルチョコやマジパンのウサギなどを飾り付け、どうにか完成できた。キットを組み立てるだけなので、簡単だったが、見た目はそこそこ華やかだった。可愛い。


 こんな可愛いお菓子の家を買って貰えたのだから、文句は言えない。パパが仕事でクリスマスに居ない事も我慢しなければ。


 そう思えば思うほど、余計にわがまま言いたくなってしまう。本当はパパと皆んなで一緒にクリスマスパーティーをしたい。


 そう言えば、親戚のおばさんはクリスチャンだった。クリスマスに生まれた神様を信じていて、お祈りをしているのも見た事がある。確か食前の祈り、主の祈りというやつだったが。


 もしかしたら、自分の祈りも聞いてくれるだろうか。こんな都合よく聞いてくれないか。


 それでも。


 どうしてもパパと皆んなでクリスマスを過ごしたいと思い、親戚のおばさんに電話をかけていた。


 ママに内緒で電話をしていたが、まだ妹はぐずっている。一人、部屋で電話をかけていても、しばらくはバレそうにはなかった。


「あらあら、そうなの」


 おばさんは、私のこんなワガママも一通り聞いてくれた。


「だったら一緒に神様にお祈りしましょう」

「私の願いも聞いてくれる?」

「それは私も神様じゃなからわからない。でも家族がみんな仲良く過ごす事は、神様の御心だと思う」

「御心って何?」

「気持ち、心って意味ね。いいでしょう、一緒に祈りましょう」


 こうしておばさんと一緒に祈った。電話だったが一緒に言葉や呼吸を合わせた。正直、主とか、御国の意味はよくわからなかったが、不思議と心は落ち着いてきた。もし願いが叶わなくてもそれで良い気もしてきた。


「ありがとう、おばさん。それに神様もお祈りを聞いてくれてありがとう!」


 なぜかわからないが、神様もこの祈りを聞いてくれている気がした。


 こいして電話を切った。数日だったが、特に変化はなかった。あのお菓子の家も腐りそうだったので、飾るのはやめ、ママと一緒に食べてしまった。妹はまだ赤ちゃんなのでクッキーやチョコレートは食べられないらしい、赤ちゃんはハチミツも食べられない。本当に弱い存在で、大人がいないと生きていけない。自分もかつてはこんな弱い存在だったと思うと、偉そうな気分にはなれなかった。


 お菓子の家は壁も屋根もバラバラになり、私やママの口ニ入っていく。チョコレートやバニラの味のクッキーは、食べているとちょっと楽しくなってきた。デコレーションしたマーブルチョコやマジパンも全部食べてしまったが、もうすぐクリスマス。パパが居ないクリスマスの可能性も大だったが、寂しい気持ちはあんまりなかった。


「もうすっかお菓子の家食べちゃったわねー」

「そうだね、ママ」

「でもクリスマスが美味しいケーキやチキンを焼くからね。ケーキはミルクレープだから、楽しみにしていいて」

「ミルクレープ?」


 それは私の大好物のケーキだった。クレープ生地が何枚にも層になり、ふんわりと優しい味のケーキだった。ママも手作りケーキで世界一美味しいと思う。


「楽しみ!」

「まあ、パパはお仕事だけどね。心はいつも一緒だから、大丈夫」


 ママの言う事は難しくてよく分からなかったが、励ましてくれているのは分かる。もうワガママを言う気分にはなれなかった。


 そして12月24日、朝。


 てっきりパパは仕事だと思っていたが、家にいた。どうにか仕事を終わらせ、スケジュールを調整し、今日はお休みらしい。


 という事は今日は家族全員で過ごせる。


「神様、ありがとう!」


 どうやらお祈りを聞いてくれたようで、私は泣きそうになってしまった。


 今日は家族皆んなでクリスマスパーティー。シーザーサラダやチキン、シャンパンがもちろん、皆んなで一緒に食べたミルクレープは、最高に美味しかった。


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